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<東京怪談・PCゲームノベル>


一日限りの異邦人 〜 大捜索

 法条風槻(のりなが・ふつき)、またの名を情報屋『D』。
 彼女には、実は遠視の能力がある。
 だが、この能力は彼女自身にも完全に制御できてはおらず、暴走させてしまったことも一度や二度ではない。
 そうして「偶然」見えてしまったものは、ほとんどの場合その場では何の役にも立たず、また将来的にも役に立ちそうもない情報が大半であるが、希に後々ものすごく役に立つことになる情報が眠っていたりすることもある。
 そのため、風槻はそうして得られた情報の全てを「データバンク」と称して一時保管しているのであるが、なにぶん多忙な彼女のこと、普段はとてもそのデータバンクの整理まで手が回らず、結果としてデータバンクの中は無秩序に多種多様なデータが放り込まれたままになっていることがほとんどなのである。

 その「データバンク」の中の情報に目を通してみようと彼女が思い立ったのは、特に何かを探していたからというわけではなく、一言で言ってしまえば仕事があらかた片づいてしまって暇になったからに過ぎない。

 さしてこれといった期待もせず、彼女は軽く流し読むようにしてそれらの雑多なデータに目を通していき――やがて、あるデータに目をとめた。

「……『旅人』?」

 いつだったかはもう忘れたが、確かにそんな話を聞いたことがあるような気はする。
 この世界にほんの一日だけ立ち寄り、どこかへと消えていく「旅人」。

 一体彼らはどのような存在で、なぜそのような生き方をしているのだろう?
 そして、一体彼らは何を考え、何を思うのだろう?

 そんなことを考えているうちに、風槻はだんだん「旅人」に興味がわいてきていた。
 幸い今はまだ昼前で、まだある程度の時間の猶予はある。

 ――調べてみよう。

 風槻はそう決めると、すぐに「データベース」のチェックを打ち切り、さっそく「旅人」についての調査を始めた。

〜〜〜〜〜

 数時間もあれば、きっと「旅人」を見つけられる。
 調査を開始した時、風槻はそんな風に考えていた。

 別に自分の実力を過信していた、というわけではない。
 実際、ただの人捜しに数時間というのは、彼女の普段の仕事ぶりを考慮すれば、きわめて謙虚な推測に基づく数字であると言える。

 ところが、それから数時間の後には、風槻もその考えが甘かったことを認めざるを得なかった。

「旅人」についての情報を集めるのはそう難しくはなかったが、実際に「旅人」を見つけ出すのは、彼女が当初想像していた以上に困難を極める作業だったのである。





「旅人」が出現するのは主に朝。
 詳しい日時はもちろん、どこに、どんな姿の「旅人」が現れるのか。
 それを事前に知ることは、平たく言ってしまえば不可能である。
 いかに風槻の力をもってしても、さすがに存在しない情報を手に入れることはできない。

 そして、実際に現れても、今度は都会や田舎、それぞれの事情が問題となる。
 人混みの中に見知らぬ人が一人増えたところで、周囲の誰もそのことを気にしたりはしない。
 かといって、人などほとんどいないような場所にぽつんと現れたとなると、今度はその「旅人」を目撃する人自体がいなくなってしまう。
 いずれにしても、その「旅人」の情報は、なかなか容易には広まっていかない。

 さらに、一日が過ぎれば、彼らは現れた時と同じようにきれいにこの世界から消えてしまう。
 写真、映像、音声、あるいは足跡。
 そういった痕跡は確かに残る。
 けれども、そのどれを辿っていっても、全ての糸は彼らが消えたところでぷつりと切れてしまい、決して彼らに辿り着くことはないのだ。
 もちろん、これまでのデータを参照する限りでは、二度、三度と繰り返しこの世界に出現している「旅人」もいるにはいるが、そこにパターンのようなものはほとんど見いだせず、あくまで参考程度にしかならない。

 つまり、簡単に言えば、ほとんどノーヒントに近い状態から、誰ともわからない人を探す、という気の遠くなるような作業を、せいぜい十二時間から十八時間くらいの間に完了しなければならない、ということである。

 これは、さすがの風槻にとっても、決して楽な話ではない。

 まして、今回は朝から調査をしているわけではないため、さらに数時間のロスがある。
 もっとも、朝の数時間は「旅人」が出現したばかりでほとんど情報のない時間帯であるから、仮に調査を行えたとしても それほどの収穫は望み得ないのだが。





 ともあれ。
 欲しいものは、手に入らないとますます欲しくなる、という言葉のごとく。
 なかなか情報が手に入らないことが、逆に風槻の「旅人」に対する興味を強める結果となった。

「……何としても、見つけてみせるわ」

 もちろん、情報請負人としてのプライドを刺激された、という理由もあるにはあるのだが。

〜〜〜〜〜

 初めて有用とも思える情報が手に入ったのは、それからさらに数時間後だった。
 それを手がかりに情報を集め、「旅人」と思しき人物の現在の居場所などを特定するのにもう二時間ほど。
 途中で「旅人」がたびたび電車などを用いて移動したこともあり、二、三度のすれ違いを経て彼を発見した時には、時刻はすでに夜の九時を回っていた。





 東京郊外にある、とある郊外型書店。
 その片隅にある専門書のコーナーに、「彼」はいた。

「見つけた」

 その声に、彼は本を読むのをやめて怪訝そうに振り向いた。
 こざっぱりとした服装に、大人しそうな顔立ちをした、高校生くらいの少年である。
 普通の人が見れば、予備校帰りの少年が寄り道をしているくらいにしか思わないだろう。

 けれども。

「君、『旅人』よね?」

 風槻のその問いに、彼は少し驚いたように頷いた。

「どうしてわかったんです?」

 当たりだ。
 ギリギリで間に合ったことに、ホッと安堵の息をつく。

 とはいえ、そうのんびりもしていられない。

「『旅人』の噂を聞いて、ちょっと調べてみたのよ。
 本当はじっくり話を聞かせてもらいたかったんだけど……」

 肉体的、もしくは精神的なダメージによって滞在期間が著しく縮まったと考えられるケースを除いても、「旅人」の多くは午後十時から十一時頃には姿を消してしまう。
 あと一時間あるかないかでは、あまり詳しい話を聞くことは難しいだろう。

 と、なれば。
「そうだ、夕食まだでしょ? よかったら一緒にどう?」
 風槻がそう誘ってみると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「喜んで。言われてみれば、昼過ぎから何も食べていませんでしたし」

〜〜〜〜〜

 その後。
 一緒に近くのレストランで食事をしながら、二人は色々なことを話した。

 風槻にとって少々意外だったのは、風槻が彼について、そして「旅人」について知りたいと思っていたのと同じくらいに、彼が風槻について、そしてこの世界について知りたがったことだった。

「旅人」は、この世界に現れた瞬間から、「自分は『旅人』であり、わずか一日しかこの世界にいられないこと」を、なぜか知っているという。
 それ故に、彼らの多くは以下の二つのどちらかに分類される行動をとる。
 一つは、とにかくその日一日を楽しもうとすること。
 そしてもう一つは、何らかの形でこの世界に自分がいたという痕跡を残そうとすること。

 そのことについて尋ねてみると、彼は小さく微笑みながらこう答えた。
「僕は、自分が知らないことを知るのが楽しいんです」

 なるほど、言われてみれば、確かに彼の行動パターンはその言葉に合致する。
 昼食後すぐに図書館に入っては延々と本を読みあさり、図書館が閉館したら大きな書店へ向かい、そこも閉店したら今度は深夜まで営業している郊外型書店に足を運んでいるのだから、とにかく「書物から知識を吸収する」ことを目的としていた、といっても過言ではない。

 さらに、彼はこうも言った。
「僕は、前の世界の僕がどう考えていたかは知りませんし、次の世界の僕がどう考えるかもわかりません。
 でも、少なくとも今の僕は、『旅人』に生まれてよかったと思っています」

 風槻がその理由を尋ねると、彼は楽しそうにこう答えたのだった。
「今日知ってしまったことも、明日には知らないことに戻る。
 だから、毎日毎日、知らないことばかりの中で、いろんなことを知っていけるんですから」





 そして、時計の針が十時四十分を回った頃。

「それじゃ、僕はそろそろ行かないといけませんから」
 そう言って、彼は静かに席を立った。
 店員の目もあるし、他の客も数人ではあるがまだ店内にいる。
 さすがにその状態で消えるのはまずいと考えたのだろう。
「送るわ」
「すみません」
 そんな言葉を交わしつつ、支払いを済ませて店を出る。
 すると、彼はそっと人気のない駐車場の方へと向かい、くるりと振り向いて一度深々と頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうございました。楽しかったです」
 顔を上げて微笑んだ彼の姿が、急速に薄れていき――。

〜〜〜〜〜

「……以上、と」

 風槻が自宅へ戻り、集めた情報と、そして実際に「旅人」と話した結果わかったことなどをまとめ終えた時には、すでに午前二時を過ぎていた。

「調査結果としては、まあギリギリ合格点というところね」

 時間が少なすぎたこともあって、結局できたのは「ネットワーク等から集めた情報の真偽を確認すること」くらいだったが、「『旅人』が持ってきたものは『旅人』と一緒に消滅するが、逆に『旅人』がこの世界で得ていたものは消えずに残る」など、少なくとも今回のケースには当てはまらない情報も多数混入していたことを考えると、これでもそれなり以上の資料的価値はあるだろう。





 最後にもう一度その中身を見直して、風槻はファイルを閉じた。
 いくつか仕事の話も届いているので、明日からはまたいろいろと忙しくなる。
 次にこのファイルを開く日は――来るとしても、しばらく先になるだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6235 / 法条・風槻 / 女性 / 25 / 情報請負人

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。