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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 23 featuring シュライン・エマ〜武彦さんの謎の行動

 …武彦さんの様子が近頃おかしい。

 いや本当に『それ』が武彦さんの仕業なのかどうかはっきりはしない。けれど多分これは、武彦さんくらいしか該当者が思い付かない。何故ならここに住んでいるもしくはそれに準じるくらいずっとここに居る者でもない限り無理な行動だとは思うから。よく来る常連の人たちでも…多分ここまでは出来ない。
 通常、草間興信所では私が居ない時は零ちゃんが全面的に台所を預っている訳で――と言うか炊事洗濯家事雑事については大方私か零ちゃんでこなしていて、武彦さんの出る幕ははっきり言って無いに等しい。いやそれは全くしないと言う事はなく少しはするが、それでも『した事』が私にも零ちゃんにもわからないような手の出し方で武彦さんが何か家事をするのはまず無理だろうと思う。

 が。

 今回の場合――まず台所である。
 ふと気が付けば食器棚に洗って濡れたままのシャンパングラスが伏せてある。…水滴付けたまま棚に仕舞っては駄目なのだが。ただ、伏せてあると言う事は少々方向が違うながらも水滴が残っている事を気遣ってはいるのかもしれない。その辺思いながらも、きっと誰かが片付けの勝手が判らないにも拘らずそれでも好意で使用したそのシャンパングラスを洗って棚に片付けようとしたのだろうと取り、軽く拭いてからそのシャンパングラスを再び棚に仕舞ってみる。
 …きっと興信所に来る常連の誰かがやったのだろう。初めはそう思っていた。
 けれどそれが、幾日か続く。それも、ちょうど私や零ちゃんが居ない隙をすかさず見計らったように時間帯は色々で。同じシャンパングラスばかりが。同じように濡れたまま。…何度も繰り返し使っている。そんな感じで。
 零ちゃんに訊いてみても、さあどういう事なんでしょうと首を傾げるばかり。ちょっと見張って確認してましょうかとあっさり訊いてもくるが、知らないと言うのなら――別にそんな大事でも無いし害がある訳でも無いのでわざわざ零ちゃんに頼んで手を煩わせる気も無い。…ただ、私ならまだともかく、ここに住んでいる――更に霊鬼兵と言う素性を持つ零ちゃんの目を盗んで色々行動を起こすと言うのは良きにつけ悪しきにつけかなり難しいと思うのだが。なのにこの『誰か』はそれをやってのけている。
 そして彼女に見落とされる――と言うか無意識の内に見落としてもらえる可能性がある人物と考えると、この場に住んでいる――そして零ちゃんの兄であり零ちゃんが他の誰より心を許しているだろう相手になる武彦さんくらいしか思い付かない。だからはっきりはしないが多分武彦さんだろう、とは思っている。
 少し考え、今度はその濡れたシャンパングラスをシンク横の水切り用食器かごに戻して置いてみた。零ちゃんには予めその旨言っておき、綺麗好きな彼女にすぐ片付けられてしまわないようにちょっとだけ細工はしておく。

 すると今度は――様子が変わっていた。
 次から、当のシャンパングラスが食器棚に濡れたまま置かれているのではなく、食器かごの方に置かれているようになった。それが数回。
 が、次にこちらでまた別のアクションを起こす前に、そのシャンパングラスを使って?洗って仕舞おうとしている何者かは――水をある程度切ってからグラスを拭けば良いと気付いたらしく、棚の中に拭いて乾かしたシャンパングラスがちゃんと仕舞ってあるようになっていた。…どうやら学習したらしい。

 そこまで来ると、このシャンパングラスを見ただけでは――台所を預っている二人以外の何者かがこの場で何かしているとはわからなくなる。
 …まぁ、草間興信所ではこのくらいの奇妙は奇妙の内に入らないか。思い、それ以降殆ど気にも留めないまま、また数日が経っていた。
 ちなみにその間、武彦さんの様子は特に変わった風には見えない。



 で、忘れた頃になってまたちょっとした奇妙な事が起きている。
 何かと言うと、武彦さん用の――と言うか私も零ちゃんも煙草は喫わないので草間興信所には武彦さん用の煙草しか元々存在しないのだが――煙草の減りが『明らかに遅い』。
 が、武彦さんが煙草を喫っている姿を見ると特に変わった様子もない。ただ、灰皿にある吸殻の量は確かに今までより各段に少ない。ペースが遅い。が、武彦さんは別に何も言い出さない。減煙したなどとは私も零ちゃんも聞いていない。…もし罷り間違って減煙を始めたとするのなら、周囲に大々的に宣言するなり、信じ難いが幾らかでも自力で成功しているなら――こちらに対してふふんと自慢されそうな気もするのだが。
 はっきり言って禁煙はおろか、減煙すらもこの人には無理だろうと思うのに。
 なのに実際、目の前で減っているのを見せ付けられている。

 それでも武彦さんの様子は、少なくとも私や零ちゃんの前では全く普段通りなのだ。煙草減らしたの? と聞いてみれば、何となく言葉を濁すようなそうでも無いような。その内、別の話を持ち出されたり常連さんが興信所に乱入したりお客さんが来たりして、ごくごく自然に話を逸らされる。
 結果として決め手になるような事は何も言わない。



 これはあまり珍しい事でもない――筈なのだが、冷静に統計を取ってみると比率が随分と変わっている事がある。今まではどちらかと言うと私や零ちゃんがしている事が多かった筈なのだが、いつ頃からか武彦さんが『それ』をしている回数が明らかに増えている事がひとつある。

 …それはお茶汲み――と言うか、珈琲を淹れる事。

 自分用は勿論、客が来た時でも零ちゃんや私にお茶汲みを頼むより先に、武彦さん手ずからお客さんに珈琲を淹れている。そんな事が妙に増えている。私たちにも淹れてくれるし、何だか武彦さんからお茶を出してくれと呼ばれる回数が激減した。

 それでもやっぱり特に何も言わない。
 武彦さんを見るに何か特別な事をしている、と言う風でも無いので、何故なのかこちらも聞きそびれている。
 …そもそもここまで自然にやられると、何をどう聞けば良いのかさえもよくわからないとも言え。

 取り敢えず悪い事で無いのは確かなのだが、やっぱり何だか気にはなる。



 暁闇の真咲さんから電話があった。
 その時は武彦さんも零ちゃんも不在で、私が受話器を取っている。草間さんいらっしゃいますか? そう問われるが自分がこの所長のデスクに置いてある黒電話に出た通り、不在な訳で。
 そうですか、でしたら草間さんの携帯の方に直接掛けますね。真咲さんはあっさりそう告げて失礼しますと通話を切ってしまう。
 何だろう?
 それは真咲さんからの電話は――多くはないが少なくもない。用があれば普通に掛けてくる。別に変な事は何もない。
 が。
 何故か、妙に引っ掛かった。
 真咲さんの話し振りが変と言う訳でもない。
 何だろう。
 …強いて言うなら女の勘か。

 武彦さんが帰って来てから、その旨報告入れてみる。暁闇の真咲さんから電話があって、武彦さん居ないなら直接掛けるって言ったけど…電話、来た?
 そう知らせると武彦さんはふと止まる。
 それから――ああこっちに来た、話は聞いた。あっさりそう言いはしたのだが――果たしてその僅かな間は何なのだろうか。
 何となく、慌てている風に見えたのは気のせいだろうか。

 何なのだろう。
 不思議である。



 それからまた暫く経って、十一月も半ばを幾日か過ぎてから。
 次の木曜休みにする。だが夜は空けといて興信所に来てくれるか、と武彦さんが言ってきた。で、その話をされた日の買い出しの最中、零ちゃんも何やら不思議そうな顔をしているのに気が付いた。何かあったのか訊いてみると、私と同じで武彦さんに木曜の晩は空けといてくれと言われたらしい。だが木曜昼間の内は何処かへ出掛ける気は無いか――誰かと遊びにでも行って来ないかとやけに事務所から出て行くよう促していたらしい。つまり昼間は――晩、夕方になるまでは事務所に居るなと言いたい様子で。それでいて空けておいて欲しい理由については何も言われていない。
 何だろう。
 …更に疑問だ。



 で、木曜日の夕方。

 ――…なんと私も零ちゃんも支度をしていないのにテーブルに夕御飯が並んでいた。
 とは言ってもサンドイッチやらカナッペやらと言った、料理とは言えないくらい簡単に出来る軽食パーティ系の品が多い。かと思えばちょっとしたポトフやら何やら、密かに、だが間違い無く手が込んでいる料理まで少しだけテーブルの上にあるのが見えた。…それら全て出来合いとは思えない。出来合いの物を買って来て皿を移し変えただけ等の誤魔化しでもない。これは絶対に手作りだ。
 思わずぎょっとする。慌てて武彦さんの姿を探すが――探すまでも無くエプロンを外しながら台所から出て来ていた。意味するところはひとつ――これら、武彦さんが用意した。
 …何だか青天の霹靂である。私も零ちゃんも、そんな感じで鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で武彦さんを見ていると、何だよ、と武彦さんは顔を顰めてそっぽを向く。…俺が台所に立つのがそんなにおかしいか。ぶつくさと言いながらまた台所に戻る――何か忘れていたらしい。そして改めて持って来ていたのは、件のシャンパングラス――ではなくワイングラスとワインのボトル。武彦さんは私と零ちゃんに先に座れと言い、その前にグラスを置くとこれまた手ずから注いでくれた。当然高級品ではないが――だからと言って粗悪な安物でもない中堅どころの無難なロゼワイン。それでも興信所の経済状態を考えると、誰かからの貰い物でもない限りかなり奮発して入手した事になるのだが。
 ここに至り、漸くいったい何事なのかを武彦さん当人に聞いてみる。
 と。

 いつも世話になってるだろ、とだけ言われた。

 そんな今更。
 思いながら何故今いきなりそう来るのか改めて考える。
 …休みと言われた。
 …いつも世話になってる。
 …昼間、気のせいか出歩いている人がいつもより多く、人の層も普段――と言うか平日日中とは何だか違った。
 …て事はひょっとして今日は世間的にも休日?

 あ。

 本日木曜、二十三日。
 …勤労感謝の日。
 ひょっとして、それ?

 その旨言ったら神妙な顔で重々しく頷かれた。
 曰く、二人にもたまには何か返してやらないとな。そんな風に思い立ち、結構前から暁闇の真咲さんに色々相談を持ち掛けていたのだそう。助言だけでなく少しだが手伝っても貰ったとか。…例えばテーブルに並んでいるちょっと手の込んだ料理のコツを聞いたりとか食材の確保とか手頃なワインの選別とか。
 ちなみに武彦さんはまず、何かカクテルでも作れるようになって私と零ちゃんに御馳走してやろうか、と思っていたらしい――それでまず初めに暁闇の真咲さんが出て来たらしい――が、結局挫折したので今日出て来たのはただワインになったとの事。…となると、どうやら濡れたままのシャンパングラスはカクテル作成の練習にでも使用していたもの、と言う事か。
 煙草減の理由も知れた。曰く、自分で出来そうな事、私や零ちゃんに特に頻繁に気にされている事は何かと考えて煙草に辿り付いたらしい。そして密かに試みてはみたのだが――正直、ツラ過ぎた。暫く決死の思いで耐え続けたのだが――どうやら本当に本気だった為に理由を問われる事を考え照れ臭く誰にも言えなかった、そして同時に自分の中の葛藤だけで精一杯、人に宣言したり何だりと外向きに手を回す余裕が無かった模様で――、それもまた無理だと結局諦めた。…確かにいつ頃からか煙草のペースや量はまた元に戻っている。
 そして珈琲を手ずから淹れる回数が増えたのも同じ理由らしい。…二人に頼まず出来る事は極力自分でやってみようとの事で。武彦さんにするとこれが一番無理が無かったらしく、これだけはまだ続いている。
 他には――掃除、と考え常日頃から整理整頓を心掛けようともしてみたらしいが、そちらに意識を回し始めると何となく肝心要の本業が捗らない気がしてしまい、やっぱり諦めたとか。
 …そして色々考えた結果、最終的に決定したのが今晩の夕食作り。
 曰く、何処かに外食にでも連れて行って労う、と言うのも一旦考えはしたのだが、三食いつもお前たちにやってもらっている訳だから、ここは同じ意味の事をそっくり返した方が良いんじゃないか、と考えそれを実行してみたらしい。…ついでに言うなら、下手なファミレス・大衆食堂に連れて行くより、今回のワインのようにピンポイントで幾らか奮発、後は食材購入、手作りにした方がまだ金銭的に負担が少なくて済む上に貧乏臭くないから、と言う理由もあったよう。

 まぁ、色々世話を掛けると思うが、これからも宜しくな。
 そこまで説明した後、少し照れたように苦笑しての武彦さんのその科白。

 …結局、私も零ちゃんもそれだけで充分過ぎるくらい嬉しいし報われる訳で。このところの武彦さんの行動についての様々な謎も判明したところで、お互い顔を見合わせてから、ちょっと笑って肩竦め。
 それから三人グラスを合わせ、乾杯。

 いただきます。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■NPC(設定通常通り)
 □草間・武彦
 □草間・零

 ■真咲・御言

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 こちらの都合で「東京怪談本番直前(仮)」を先に回して、こちらは後回しになりました。
 そして本文中で「本日木曜二十三日」とか書いてありますが、実際のカレンダー上では二十三日は本日より一週間後の木曜日になります(汗)。紛らわしいかもですが御容赦下さい。

 お酒絡み、とだけの御指定でしたが…初めに思い付いていたのがまさに御懸念(?)の某バーでの話になってしまったりしたので、少し後に発注頂いた「東京怪談本番直前(仮)」での状況も鑑み、少し考えて別方向に行ってみました。
 結果、何だか妙な事になってます。日頃の労いにこのくらいはやって良いかなぁと。時期が時期なので無理矢理「勤労感謝の日」に引っ掛けて(…)話の設定をその日にしてしまったりしましたし(…実際納品したのは違う日ですが。て言うかその日直前もしくは直後まで納品を引っ張っていたら元々上乗せしてある納期が過ぎてしまうので毎度遅めなところを更に待たせ過ぎな事になりますから/汗)
 …肝心のお酒についてですが、どうもあまり気の利いた扱い方になっておらずすみません(汗)。バー取り扱っておきながら当方あまり酒飲みでもなかったりするので…(苦笑)

 それから先日の依頼後編でのお話ですが、色々了解致しました。PC様の考え方、教えて頂き有難う御座います。…ただ当方、やっぱりPC様の場合零ちゃんに対してはそんな気がしてしまってまして(笑)。…色々考えてらっしゃる事も承知致しましたが、何と言うか仰る内の「結局は〜」の方が印象強いかもなのです(苦笑)
 それと、確かにPC様の場合、真っ向から敵に回すと言う事は誰相手であってもあまり無いような気はしておりますけれども。相手が何でも敵対するその理由を先に辿ってみる、それからでも敵対するのは遅くない、と思うような方だろうな、と…。

 と、今回の内容に直接関係無い事もここで色々書いてしまいましたが、如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。23とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝