コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ロシアンルーレット・ティータイム



 口伝によると、それはどこかの王家から賜ったものだという。
 真偽は定かでないが、それが美しく、そして不思議な品であることは間違いなかった。

 金の縁取りの、白磁のティーセット。
 丸いポットがひとつに、揃いのカップとソーサーが四客。
 それで紅茶を入れて飲むと、そのうちの一人には幸福が、もう一人には不幸が訪れるという。
 けれどそれは、カップを四客全て使った場合の話であって、一客から三客しか使わなかった場合はその限りではないらしい。
 ただ、何らかの法則において『アタリ』と『ハズレ』があることだけは確かなようだった。

 持ち主の一人娘は、友達を招いてはそのティーセットを使い、『魔法のお茶会』と称して遊んでいた。
 それがもたらす幸も不幸もささいなものだから、罪のない遊びと許されるはずだった。
 だがある日、娘が不注意で一客のカップを割ってしまったあと、異変が起こる。
 
 最後のお茶会で、娘は『ハズレ』をひいたのだと持ち主は言う。
 もたらされた不幸は大きかった。
 カップの中身を飲み干した途端、いきなり手足の骨が砕けて娘はその場に崩れ落ちたのだ。

 福音と不幸を同時に運んでくる陶器。
 いずれ厄介な品に違いないが、それが魅力的かつ面白い代物であることも否めなかった。



 まるでいい獲物を見つけた、とでも言わんばかりの満面の笑顔だった。
 今にも舌なめずりしそうな碧摩蓮の表情に、さすがの陸玖翠も気圧されたように肩を引いた。弾みでそれが、一緒に店へと入ってきた草間武彦の胸元にぶつかる。
「ちょうどいいところに」
 挨拶もそこそこに蓮は二人の腕をつかみ、緋色のクロスのかかったテーブルの前へと押し出す。そこには白磁のティーセットが曰くありげに置かれていた。
「これなんだけどさ、あんた達、何とかしてくれないかい」
 ──暇潰しにそぞろ歩きをしていて、所用でアンティークショップ・レンへと足を運ぶ途中だった草間と遭遇し、何となしについて来ればこの有様である。
 翠がひっそりと溜息を落とすのにも平然として、蓮はその品の来歴を語って聞かせた。
「その娘は無事なのか?」
 話を聞き終えた草間が問うのに、蓮は軽く肩をすくめて答える。
「今は病院の特別室で手厚い看護を受けながら、文句をたらたらこぼしてるって話さ。お気に入りのティーセットだったのに、もう二度と見たくもないそうだよ」
 手足の骨が粉々に、というのは確かに派手な怪我の仕方だ。そんな目に遭ったのなら、そういう気持ちになっても無理はない。
 くそ、金持ちめ、と草間が忌々しげに呟いたのを、翠は友人の温情で聞き流すことにした。
「で、私達にどうしろと?」
 翠の問いに、蓮はニッと笑って答える。
「どうでも構わないさ。ただ、このままにはしておけないだろ。中途半端すぎてさ」
「中途半端?」
 翠は草間と顔を見合わせる。蓮は楽しげに、ごく薄情かつ無責任な台詞を吐いた。
「どうせ不幸になるってんなら、とことん不幸になってもらわないとねえ。……粉砕骨折くらいじゃ手ぬるいとは思わないかい?」
「恐ろしいことをさらっと言うな」
 呆れたように言って、草間が指でカップの縁を弾いた。澄んだ音がした。
「どうせなら、幸福を大きくしたほうがいいだろう。幸せを運ぶティーセットなら確実に売れる」
 そう言う草間も、蓮が商売っ気のない女であることはよく知っている。案の定、彼女は首を横に振った。口を開かずとも、蓮が「それじゃつまらない」と思っていることは丸分かりだった。
「元に戻すのが一番いいだろう」
 言って、翠はティーセットに視線を落とす。そのからくりに一目で気がつくことができたのは、自分が陰陽師という特殊な仕事を副業としているお陰だろう。
「戻せるのか?」
 問う草間に微笑で答え、翠は右手をポットに、左手をカップに置いた。
「ポットには陰の気が満ちている。つまり、ハズレの源はこちらにあるわけだ。逆に、カップには陽の気が込められていたわけだが……」
 最初は4客あったはずのものが突如3客になってしまったせいで、カップに込められた陽の気は均衡を崩してしまっていた。
 これを作った人物の意匠など翠には知る由もないが、4客揃ってさえいれば、きちんとささやかな福音──陽気と、些細な不幸──陰気を一旦ブレンドしてから、ランダムに配分する造りになっていたことだけは明らかだった。
 その気になれば、カップを手にした人物を呪い殺すことも、あるいは幸せの絶頂に押し上げることもできる品だ。それを小さな幸福と不幸をもたらすだけのものにしたところに、翠は作り手の穏当さを感じた。
 この品は、元のまま在るのが一番いい。そう確信して気を操る。
「……ポットの持つ陰の気を中和して、カップの持つ陽の気との均衡を保てるようにしておいた。カップの陽の気も整えておいたから、これで元通りに作用するだろう」
「さすがだねえ」
 艶然と笑い、蓮は銀色の缶を取り出した。それを見た草間が嫌そうな表情になる。
「ここに貰い物の紅茶がある。早速試し飲みといこうじゃないか」
「どうして俺まで付き合わされるんだ? 俺は客だぞ」
「この店じゃ、あたしが認めた相手だけが客さ。さっさと座りな」
 黒い瞳に射すくめられ、草間は渋々という感じで椅子に腰を下ろした。結果を見届けるのも悪くはないと思って、翠もそれにならう。
 蓮は無造作ながらも慣れた手つきで、三つのカップに紅茶を注いだ。蘭に似た香りがふわりと店内に漂う。草間が紅茶の缶を手に取り、ラベルの文字を読んだ。
「何だこれ。……き、もん?」
 翠も一緒になってラベルをのぞきこむ。そこには「祁門」という文字が書かれていた。
「キーマンだな。中国紅茶だ」
「ふうん。いい匂いだな」
 蓮がいそいそと席について、三人は同時にカップを手に取った。
 口をつけようとした草間の姿を、翠と蓮はじっと見守る。視線に気づいた草間が片眉を上げた。
「……俺は毒見役か?」
 言いつつも、彼は一番に紅茶を飲んだ。今のところ特に異常は見当たらない。飲み干さないと効果が出ないのかもしれなかった。
 翠もカップを口許に運ぶ。それを見て、ようやく蓮も中身を飲んだ。
「紅茶なんてどれも同じだと思ってたけど、なかなか美味いもんだな」
 感心したように草間が言う。翠は同意し、爽やかな香りと豊かな味をゆっくりと楽しんだ。
 やがて全員のカップが空になったのを見て、蓮が探るような視線を向ける。
「……で、誰がアタリで誰がハズレなんだい?」
「俺は今のところ何ともないが」
「私も特に……」
 翠が言いさしたところに、足元で木のきしむ音がした。何かがはぜるような音とともに、ぐらりと体が傾ぐ。
 草間と蓮が両方から手を差し出してくれたのにとっさにつかまったお陰で転ばずに済んだが、椅子は脚が折れて横倒しになった。
「太ったんじゃないのかい、翠」
 おそらくはわざとだろう、蓮がからかうように言う。
「失礼な」
 翠は素っ気ない口調で答えたが、顔はかすかに笑っていた。
 草間が爪先で椅子を軽く蹴る。ボロ椅子だったからな、と呟くのを、蓮がアンティークと言いな、とたしなめた。翠は手近な他の椅子を引き寄せて腰掛ける。
「不幸ってこれのことかい? 随分とささやかだねえ」
「これくらいの不幸がちょうどいいだろう」
 言って、翠は淡く笑む。笑って済ませられるくらいのほうが罪がなくていい。
「不幸のレベルがこれなら、幸福のほうも推して知るべし、だな」
 笑い混じりに呟いて、草間はティーセットに視線をやった。それがふと真顔になる。
「ところで蓮、このティーセット、いくらだ?」
「買う気かい?」
 蓮は、意外だと言わんばかりの表情で草間の顔を眺めた。
「俺は今日、客として来たと言っただろう。実は依頼で探し物をしててな。……これならちょうどいい気がする」
「……確かに、うってつけだな」
 ここへ来る道行き、草間から事の次第を聞いていた翠は納得したようにうなずく。蓮の問うような視線に、草間は肩をすくめながら答えた。
「依頼主は中年男性。晩婚で、ようやく生まれた一人娘を溺愛してる。五歳になったばかりの娘の将来の夢は『魔法使いになること』だそうだ」
 子供らしい夢見がちさ。微笑ましい話である。
「だがある日、幼稚園から帰ってきた娘に問われて父親は狼狽する。『パパ、魔法使いなんていないってホント? お友達がそう言ってたよ』」
 草間がわざと声音を変えて子供のように話すので、翠も蓮も思わず軽く笑ってしまった。
「親の通過儀礼ってやつだね。父親としては、娘の夢をぶち壊しにしたくないってわけか」
「そういうことだ。俺の仕事は、娘が不可思議の存在を信じられて、なおかつ周囲の人間から娘が嘘つき扱いされずに済むような品物を見つけてくること、だとさ」
 語尾は溜息混じりだった。ここまで普通の依頼に縁のない探偵も珍しいと翠は思うが、あえて口には出さない。
 しかし、草間以外の探偵には娘を得心させる品を見つけられないだろうとも思う。娘は幼いのに聡く、父親がタネを仕込んだ手品を用意してごまかそうとしても、たちどころに見破ってしまうのだという。実に一筋縄ではいかないのだ。
「翠、このティーセットのからくりは、普通の人間には見抜けないものなんだな?」
 問われ、翠は首を縦に振った。
「少なくとも、陰陽道を少々かじったくらいでは見抜けない。もし見抜けたとしても、そういう人間はその娘を嘘つき扱いしないだろう」
 何故なら、その人物は翠と同等の不可思議な存在であるからだ。
「まさにおあつらえ向きだな……。蓮、このティーセットを借りても構わないか? 依頼主の娘がこれを気に入れば商談成立ってことで、値段は……」
「構わないよ。その子はきっとこれを気に入るだろうさ。品物ってのは、愛用してくれる主に巡り会えるのが一番。お代は要らない」
 言って、愛用の煙管に火を点して美味そうにふかし、蓮はニヤリと笑った。
「それに、あんたに貸しを作っておいて損はない」
「……高い借りになりそうで恐ろしいな」
 寒気でもするのか、草間は二の腕をさすった。それを見て翠はくすりと笑う。
「心配ない。蓮の言葉に甘えておけ」
 翠の言葉に、草間は怪訝そうな表情を浮かべた。
「分からないのか? ティーポットの福音はおまえにもたらされたんだ、武彦」
 労せずとも目的の品に出会えるという、ささやかな幸福。納得したふうの草間の横で蓮がぼやいた。
「あたしだけ何もナシかい。つまらないねえ。……そうだ、あんた達」
 いいことを思いついた、というふうに蓮が目を細めて笑う。
「もう一杯付き合ってもらおうか。あたしにアタリかハズレが来るまで帰さないよ」
 物好きな女店主はそう宣言した。
 彼女の酔狂さを嫌というほど知っている二人は、諦めたように溜息をついて空のカップを差し出した。





■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6118 / 陸玖・翠 (リク・ミドリ) / 女性 / 23歳 / (表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師 】