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Halloween Party
「もうすぐハロウィンですねー」
十月も半ばにさしかかった昼下がり…蒼月亭の従業員である立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、カレンダーを見ながらそんな事を呟いた。店主のナイトホークはカウンターの奥で煙草を吸いながら、退屈そうにかかっていたレコードを取り替えている。
「ハロウィンか…最近日本でもポピュラーだよな」
「それに合わせてカボチャのお菓子とか作ろうとは思っているんですけど、何かお店で行事とかしないんですか?」
目をキラキラと輝かせている香里亜を見て、ナイトホークは煙草の煙と共に溜息をついた。こうやって何か言い出すときは、大抵何がしたいのか分かっている。
おそらく店で仮装パーティーをすることなどを考えていたりするのだろう。
「お前、自分が仮装したいんだろ」
意地悪そうにナイトホークがそう言うと、香里亜はそう言われることを見通していたようにちょっとすまし顔でこんな事を言った。
「別にナイトホークさんが忙しいなら、こっそり仮装して、作ったカボチャのお菓子とかその辺で配って一人ハロウィンします」
「配らなくていい。つか、一人ハロウィン寂しすぎだろ」
別に宗教行事としてではなく、仮装をして賑やかにお茶会のようなことをするのは面白そうだ。秋口は大きなイベントもないし、ここの常連達はこういう集まりが好きなのできっと楽しんでもらえるだろう。
…それに香里亜のことだ。ここで何もしなければ、本当に一人ハロウィンをやりそうな気もする。
「仕方ねぇなぁ…」
吸っていた煙草を灰皿に置き、ナイトホークは顔を上げこう言った。
「ハロウィンパーティーはするけど、普通にやっても面白くないから、店に入ってくるときにこっちから『Trick or Treat!』って言おうぜ。どっちを持ってくるかは客次第って事でさ、その方が面白いだろ」
一体何が飛び出すか…その日のことを考えるとなんだかワクワクする。
「じゃあナイトホークさんも仮装してくださいね。よーし、美味しいお菓子たくさん作りますよ」
「…酒のつまみも用意させてくれ」
足取りも軽やかにキッチンに向かう香里亜に、ナイトホークは溜息をつきながらそう呟いていた。
「ハロウィンですか…でも、ハロウィンって本当は何のお祭りなんですか?」
最初にそう言ったのは、この店の常連である菊坂 静(きっさか・しずか)だった。最近日本でもハロウィンが行事になりつつあるが、仮装してお菓子をもらったり…という程度の知識ぐらいしかなく、本当は何が起源なのか分からない。
すると近くで紅茶を飲んでいた樋口 真帆(ひぐち・まほ)が、思い出すように説明し始めた。
「十一月一日が万聖節っていってキリスト教の聖人の祝日なので、その前夜祭なんですよ」
ハロウィン自体は元々はケルト民族の宗教行事がキリスト教に取り入れられたものだ。十月三十一日が日本でいう大晦日にあたり、その日には死者の霊が戻ってくると信じられていてそれを追い払うためにろうそくを灯したり、仲間である魔女などの格好をする。今のハロウィンはアメリカでメジャーになった形だ。
「なので、お化けの仮装をすることが多いんです」
人差し指を立て可愛らしくウインクをする真帆を見て、同じように紅茶を飲んでいた黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき)がくす…と口元を上げる。
「今はカボチャが主流だけど、昔のアイルランドではカブにろうそくを立てていたのよ。アメリカに渡って、カボチャの方がろうそくを立てやすいから…って変わったの」
「へー…それは知りませんでした。魅月姫さんは物知りですね」
カウンターの中で驚く香里亜や、感心する静達を見て魅月姫はまた紅茶を口にする。
今はハロウィンもすっかり秋の行事の一つになってしまったが、それはそれでいいことだろう。変わらずに良いものもあれば、変わっていくことによって新しい風が吹くものもある。きっとこの店でパーティーをやれば、また新しい発見や楽しみが増えるだろう。
「皆さん参加しますよね。私も仮装しますから」
にこにこと笑いながら香里亜がそう言う。
無論こんな楽しそうなことに参加しない理由はない。いつもと違う時間の常連と顔を合わせたりするのもイベントならではだ。
「僕は参加しますけど、ナイトホークさん達はどんな仮装の予定なんですか?」
「秘密。テーマ統一予定しようと思ってるから楽しみにしてて」
遠くでコーヒーを挽いているナイトホークがそう言いながらふっと笑う。いつも黒い服を着ていて、夏の夕涼み会の時でさえ黒い浴衣だったナイトホークが、一体どんな格好をするのか…それだけでもなんだか楽しそうだ。
「私がお店の衣装係なんです。真帆ちゃんも魅月姫さんも来てくださいね」
「はい。また紅茶を持ってきますね。楽しみー」
喜んでいる真帆や楽しそうな香里亜の様子を見ながら、魅月姫は参加するであろうメンバーを思い浮かべながら「面白いことになりそうですね…」と人知れず微笑んでいた。
蒼月亭でハロウィンパーティーをやることは、夜の常連にも伝わっていた。
「ふむ…なかなか面白そうだな」
ヴィルア・ラグーンは『ラスティ・ネイル』のグラスを傾けながら、その話を聞いている。蒼月亭へは最近夜の常連になったばかりなのだが、ヴィルア好みの酒が多く落ち着きがあってなかなかいい感じの店だ。
「この店の規模でやるから、二十人程度かな…でも、色んな奴が来るから面白いよ。他の常連にも言ってあるから良かったら来てよ」
あまり顔を合わせて話をしたりしないのだが、ここには結構常連客がいるようだ。参加して顔見知りになっておくのもいいだろう。それにヴィルアには気になることがある。
「来てやってもいいが、どんな酒が出るのかな」
「ヌーボー解禁はまだだけど、シャンパンは出すよ。後はいつも通りカクテルを」
きっとデザート系が多いのだろうが、この様子だときっと大人も楽しめるようなパーティーのようだ。それに安心したようにヴィルアは『ラスティ・ネイル』のグラスを空け、コースターごとカウンターの奥に滑らせた。
「なら参加するとしようか。美味いワインも用意しておいてくれ」
自宅のキッチンでオーブンを覗き込みながら広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)はワクワクとクッキーが焼けるのを待っていた。普通に持って行く物だけではなく、余興の一つとしてちょっとした工夫を凝らしたクッキーを作っているのだが、それを皆が食べた時どんな表情をするのかが楽しみだ。
何度もキッチンをうろうろしているファイリアを見て、兄である阿佐人 悠輔(あざと・ゆうすけ)がクスクス笑う。
「ファイ、そんなに見てても早く焼けないぞ」
「分かってるんだけど、うずうずするんだもん。早くできないかなー」
エプロンに三角巾姿でたくさんのクッキーを作っているファイリアに、悠輔はハンガーに掛けてある衣装を見て少しだけ伸びをする。たまたま二人で寄ったカフェで『ハロウィンパーティー』をすると聞き参加を申し込んだのだが、ファイリアがものすごく楽しそうでそれがなんだか嬉しかった。
ファイリアは学校に行ったりしていないので、こうやって何か機会がある時にできるだけ人と触れ合ってもらいたい。聞いた話では結構な人数が来るようだが、きっとそれはお互いにとっていい刺激になるだろう。
「お兄ちゃんは何持って行くの?」
「その時まで秘密だ…ファイに言うと顔に出るから」
「えーっ、言わないから教えて」
それを遮るようにオーブンからピーッと言う音が鳴る。
「ファイ、クッキー焼けたみたいだぞ。手伝おうか?」
「うん。でも味見するならこっちじゃないのにしてね。これは後でのお楽しみだから」
鍋つかみを腕にはめているファイリアに、悠輔はそっとオーブンを開ける。バターの焼ける香りの中になにか別の匂いが混ざっているような気がしたが、それは気付いていないことにした。
都内にある『テーラークロコス』で、ジェームズ・ブラックマンは店主である糸永 大騎(いとなが・たいき)を前に余裕の表情を見せながら微笑んでいた。
「お願いできませんか?」
パーティー用の衣装を仕立てに来たのだが、その注文に大騎が難しい顔をする。
「ハロウィンの仮装にしては、ずいぶん本格的だ」
指定されたその衣装は、たった一晩…いや何時間かの為にはずいぶん本格的なデザインの上に高価だ。しかも期日まで余裕があるわけでもない。
「『遊ぶ』にも真剣に行きたいんですよ。こういうのは粋じゃありませんか?」
「確かに粋だ。たった一夜のためにこれだけの物を仕立てる心意気は賞賛に値するな」
パーティーには『華』が必要だ。その注文は自分の腕をフルに使うであろうし、出来上がった物をジェームズが着ればきっと絵になる。
「分かった。直しも含めて期日前に仕上げよう」
大騎が頷くと、ジェームズはふっと息をついた。
たまには人を驚かせるのもいいだろう。ハロウィンは死者や魔物の祭りだ。ならばその先遣りとして先頭を歩くぐらいの心意気で望みたい。迎え撃つナイトホーク達がどんな格好をしているのかは分からないが。
「よろしくお願いします。楽しみにしてますよ、ミスター」
「ハロウィンならコレは外せませんよね〜」
デュナス・ベルファーは自分が経営する探偵事務所の応接セットで、彫刻刀を持ちながら一生懸命何かを彫っていた。客が来たら…という心配をする必要はない。そもそも客が来ないので、こんな所で作業をしているのだ。
手に持っているのは食材を買いに行った先で見つけた飾り用のミニカボチャだった。それをくりぬいて提灯に仕立てた物を麻袋に詰めていく。
「ハロウィン、ハロウィーン♪」
謎の鼻歌を歌いながらデュナスは一生懸命カボチャ提灯を作る。自分が住んでいたフランスでは、万聖節は店を閉めたりする所が多く静かに過ごすのが習慣で、ずっとアメリカ式のハロウィンに憧れていたのだ。日本は宗教が混在していると言われるが、こういう色々な物を取り込める懐の広さをデュナスは心地よく思っている。
「あ、一度被ってみなくちゃ」
手に持っていたカボチャを置き、デュナスは鏡の前で自作した被り物を被ってみた。カボチャ提灯もそうだが、これも我ながらいい出来だ。金の王冠も可愛らしくできている。
「ふふふふ…何か楽しみになってきました。今日の私はあんパンじゃなくて、カボチャで行きますよー」
被り物をしたまま残りのミニカボチャを彫るべくデュナスはまた作業に没頭し始めた。
真剣にメイクをしながら、シュライン・エマは鏡越しに草間 武彦(くさま・たけひこ)を見ていた。変わった格好で飲むお酒も美味しいだろうしと誘ったのだが、気持ちよく承諾してくれたことに、シュラインは上機嫌だ。
「武彦さんは仮装決まったの?」
その声に顔を上げながら、武彦は煙草をくわえる。
「ああ、俺はシンプルにいくよ。多分他の皆が頑張ってそうだからな」
「ふふっ、私も含めて…ね」
衣装の仕込みは上々だし、持っていくお菓子もしっかり用意した。
後はちょっとした悪戯。やっぱりこれがないとハロウィンが始まらない。メインに用意したのはお菓子のほうだが、蒼月亭メンバーの顔を思い浮かべると少しは茶目っ気を効かせた方が喜ばれるような気がする。
「楽しそうだな、シュライン」
「楽しそう…じゃなくて、楽しいの。大勢で集まるのっていいわよね」
蒼月亭の常連になってからまだ一年経っていないが、夏に浴衣で夕涼みをしたりと季節事にこういう集まりがあるのはなんだか嬉しい。いつもは事件などで顔を合わせることが多いが、こういう平和なときだと意外な姿が見られるのも貴重だ。
「みんなどんな仮装してくるのかしら…悪戯にも注意しないとね」
「『パンプキンパイ』よし、『カボチャのパウンドケーキ』も『カボチャサラダ』もよーし!」
まだパーティーが始める前の蒼月亭では、香里亜がシスターの格好をして料理などのチェックをしていた。カウンターの中ではアルバイトの矢鏡 小太郎(やきょう・こたろう)が、シェーカーを使ったノンアルコールカクテルを作っている。今日はパーティーなので、ノンアルコールカクテルの方は小太郎が担当することになっていて、何日も前から練習していたのだ。
「ナイトホークさん、『シンデレラ』出来ました」
カクテルグラスに入れられたオレンジの液体を、スータンと呼ばれる黒い長衣の神父姿をしたナイトホークが一口飲んで、満足そうに頷く。
「ん、上出来だ。ノンアルコールカクテルは頼んだぞ」
「はい!」
褒められたことが嬉しかったので思わず微笑むと、それを見た香里亜がテーブルの上に乗っていた白い服をもってくるりと振り返る。
「ふふー、じゃあ小太郎君も着替えてくださいね」
「ええ!僕も仮装するんですかっ!」
カクテルを任せるという話は聞いていたが、仮装の話が出ていなかったので自分はいつもの格好でいいと思っていた。それを見たナイトホークが煙草をくわえる。
「ああ…ハロウィンだから諦めろ」
聞く所ではナイトホークの神父姿も香里亜の見立てらしい。最初は白いリネンを着せられそうになった所を「黒しか着ねぇ」という強い抵抗で、仕方なくスータンだけになったらしい。
「皆さん多分魔女やお化けの格好ですから、私達は『神様側』で統一ですよ。先輩風ぴゅーぴゅーなので着てくださいね」
「はい…」
香里亜が小太郎に選んだのは、少しゆったりとした天使の衣装だった。袖などは動きやすいように肩で切ってあり、背中の羽根も邪魔にならない大きさだ。
…一番下っ端の自分が天使というのはなんだか違和感があるが。
「よし、そろそろ誰か来そうだから頑張ろうぜ。俺が神父って間違ってる気がするけど」
「僕が天使なのも間違ってる気がします」
そんな事を言いながらテーブルセッティングをしていると、最初の客がドアをノックした。まだパーティーが始めるにはずいぶん早いのだが、客が来れば仕事の始まりだ。ナイトホークがゆったりと近づき声をかける。
「Trick or Treat!」
「トリーック♪」
元気な声と共にドアを開け、ナイトホークに抱きついたのはヴィヴィアン・ヴィヴィアンだ。黒いレオタードに脚の線がよく見える紫のストッキング…大胆なサキュバスの衣装に、香里亜や小太郎が思わず赤くなる。
「ヴィヴィアンさん…素敵ですけど大胆ですっ」
「ふふー、一番乗りしてホークちゃん達のお手伝いに来たの。あ、これ『ワインゼリー』作ってきたから、皆で食べよ」
微笑みながら片手に持っていた紙袋を小太郎に渡す。だがもう片手はまだナイトホークに抱きついたまままだ。赤いグロスが艶っぽく光る。
「ヴィヴィアン…嬉しいけどそろそろ放して」
「ホークちゃんとデートの約束してるから、たまにはヴィヴィアンがホークちゃんの隣りね。誘惑しちゃうから」
ひょいと軽やかに離れ、カウンターの中に行くナイトホークの後ろにヴィヴィアンが着いて歩く。だが料理を出したりグラスを用意する手つきはてきぱきとしているので、さほど不安はなさそうだ。
「カウンターはヴィヴィアンに任せて、香里亜と小太郎ちゃんはお客様を迎えてあげてね」
「分かりました。小太郎君、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、目のやり場が…」
ちょっと戸惑い気味な小太郎がなんだか可愛い。そうしているうちに次の客が来たようだ。今度はぱたぱたと香里亜がドアの方へと向かう。
「Trick or Treat!」
「メリクリ三年柿八年!」
その声と共に、何故かサングラスをした季節外れのサンタが店内に入ってきた。それは葬儀社に勤めている夜守 鴉(よるもり・からす)だ。
「早っ!鴉さん、サンタ早すぎです」
香里亜の突っ込みに、鴉は袋に入ったジャンクフードを持ったまま笑ってこう言う。
「今日の俺はせっかちサンタで…仕事入るかも知れないから、なんかアルコール入ってないカクテルくれる?」
早速自分の出番だ。小太郎は鴉に席を勧めカウンターに入りジュースを用意し始める。そうしているうちにも続々と人が集まり続けていた。
「こんばんはー。今日も紅茶は任せてくださいね」
小悪魔の格好をした真帆がジャック・オ・ランタンに入れた『パンプキンロールケーキ』を持って現れる。頭に付けた黒のミニハットと全体にフリルが着いたゴスロリ風の可愛らしい小悪魔だ。黒コウモリの羽根に悪魔の尻尾もついている。
「可愛い悪魔っ娘なの。羽根お揃いだね」
自前の羽根を見せるヴィヴィアンに、真帆がくすっと笑う。自分は可愛い風にしてみたが、スタイル抜群のヴィヴィアンがセクシーな衣装を来ているのも素敵だ。ナイトホークと香里亜が聖職者の格好というのもなかなか楽しい。
「Treat…さて、どんな酒を飲ませてくれるのかな」
中からの呼び掛けにそう言って入ってきたのは、白いドレスシャツに赤ベスト、それにマントをつけたヴィルアだ。自分でもベタだと思っているのだが、どんな格好をしたらいいのか見当が付かなかったのだ。
「よくある格好だが、これでよかったのだろうか…?」
自問自答しつつカウンターに座ると、ナイトホークが早速シャンパンを出してくる。
「格好いいじゃん、吸血鬼。一足先に『ヴーヴクリコ』でも開けようか?」
「ああ、頼む。なんだか今日はいつもと勝手が違って面白いな…あ、これはシロップの入った『血塗れキャンディー』だ。皆で食ってくれ」
そうしているうちに今度はファイリアと悠輔が仲良く腕を組んでやって来た。ファイリアはカボチャのような黄色のミニワンピースに黒いスカートとケープを重ねた魔女姿で、悠輔は三角帽子を被り片目の周りに、トランプのダイヤのマークのペイントをしたピエロ姿だ。鼻はついていないが、チェックのベストと右腕にバンダナが巻かれている。
「こんばんはーっ。ファイ『クッキー』作ってきたから食べてね」
差し出されたのはお化けやカボチャの形をしたクッキーだ。ちょっとつまんで食べるのに丁度いい大きさで、美味しそうな色に焼けている。
「俺のはパーティーが始まってからのお楽しみで」
真帆が二人に紅茶を出し、カクテルを出し終わった小太郎がノックの音に走っていく。
「Trick or Treat!」
「こんばんは」
いつもと変わらぬ礼儀正しい挨拶をした日本幽霊…静が箱を持って入ってきた。口元に血糊が付いているのに、微笑んでいるのでなんだか可笑しい。
「これ、お菓子作ってきたんですけど…」
そう言って渡された包みを小太郎が開け、横からファイリアが覗き込む。
「うわっ!」
「きゃー」
そこに入っていたのはぎっしりと詰まった人の指…に見えるクッキーだった。イチゴやブルーベリーのジャムがついているせいか妙にリアルで、ファイリアは胸に手を当て深呼吸をしている。
「人の指かと思って、ファイ吃驚しちゃったの」
「ふふっ『デッドフィンガークッキー』を作ってみたんです…あ、誰か来ましたよ」
話しているうちにノックの音がしたので、幽霊姿の静がドアへと向かう。だんだん人が増えてきたので、持ってきたお菓子などを出すのに忙しそうだ。かけ声と共にドアを開けると、シュラインと武彦が並んで立っている。シュラインは特殊メイクを施したフレッシュゴーレムの姿で、肌に縫合痕などがついてはいるがショールやレースでドレスアップしている。武彦が白衣姿なのは博士のつもりなのだろう。
「あら、静君こんばんは。日本風の幽霊もいいわね…これ『骸骨風丸パン』と『墓石風パンパンプキンプディング』よ…香里亜ちゃんや、ナっちゃんさんは聖職者なのね」
持ってきた菓子を香里亜に渡すと、カウンターの中からナイトホークが出てきた。今日も黒い服だが、首からちゃんとロザリオをかけている。
「いらっしゃい。今日の俺は不良聖職者で」
「なかなか似合ってるわよ、ナっちゃんさん。今日もよろしくね」
ぽむっとシュラインがナイトホークの背中を叩く。するとそこに赤インクが塗られた釘の付けられた黒い布がぺたっと付いた。付けられた本人は全く気付いていないようだが、周りは笑いをこらえるのに大変だ。
「五寸釘…なかなか格好いいアクセサリーだ」
悠輔が笑いながら皿を出すのを手伝った。今日は室内なので決められたスペースを上手く使って立食パーティーのような感じになっている。そうこうしていると、入り口からフラッシュのように強い光りがぱっと辺りを照らした。
「Trick!カボチャ大王のお出ましですよー」
小さな灯りの入ったカボチャ提灯を手に持ち、張り子のカボチャを被ってきたのはデュナスだ。中の灯りは自分の能力を使っているようで、触っても全く熱くない。そこに真帆がちょこんと近づいていく。
「カボチャ大王さん、あーん」
そう言われ、デュナスは何の疑問も持たず口を大きく開けた。張り子の中に見える口の中に真帆はお手製のミントキャンディを放り込む。それは悪戯をした人に可愛らしい悪夢を見せる、ちょっと辛めのキャンディだ。
「み、ミントが鼻に…っ」
カボチャを被ったまま思わずしゃがみ込むデュナスに、皆がくすくすと笑う。被り物の端からそっと涙を拭っていると、香里亜が近づき手を取った。
「デュナスさん、お腹空いてたらこっちにお菓子とかありますから遠慮せず食べてくださいね。でもカボチャ大王がカボチャ食べると、共食いになっちゃいますか?」
本当は突然口に入ったミントの味が鼻に来ただけなのだが、どうやら辺りを光らせたせいでお腹が空いていると思われているらしい。
「い、いえっ。いただきます」
手を握られたことに動揺し、ほんのりと発光しながらカボチャ大王が奥の方へと誘われる。
カウンターではヴィルアと鴉がそんな皆の様子を見ていた。サングラス姿のサンタと吸血鬼が並んでいる様は、異様と言えばなんだか異様だ。
「なんだか混沌としてきたな…シャンパンは如何です?せっかちサンタ殿」
「いや、サンタが飲酒運転したらまずいんでノンアルコールで。にしても、この店結構入るんだね」
普段はカウンター九席と、四人がけのテーブル席が二つの店なのだが、今日はテーブルを取り払いフロアを広く使えるようにしてある。とはいえ、これだけの人数が店に集うのは珍しい。鴉は仕事の関係で時間が不定期だが、ヴィルアは夜の常連だ。昼の常連と顔を合わせるのは初めてかも知れない。
「香里亜、お招きありがとう」
手にバスケットを提げた魅月姫が優雅な微笑みで現れた。魅月姫は黒い帽子にマントというゴシック調の魔女姿だが、何故か黒いネコ耳と尻尾を付けている。考えあぐねて魔女が魔女の扮装も一寸した洒落だと思ったのだが、ネコ耳に関しては実は香里亜から言われたことだった。「日本の魔女は、ネコ耳にネコ尻尾が基本ですよ」と。
「いらっしゃいませ。魅月姫さん、本当にネコ耳付けて来たんですね…可愛いです」
「えっ?本当にって…」
本当に…という言葉で、魅月姫は自分が騙されたことに気が付いた。だがシュラインやナイトホーク達が微笑ましそうに見ているのと、香里亜が「可愛い」と言ってくれたので、すぐ機嫌を直し、バスケットの中からカボチャ型のランタンを香里亜に渡す。それは来る途中の店で見つけた、香里亜への個人的なお土産だった。
「私の悪戯はパーティーが始まってからよ。これは香里亜にお土産」
「わぁ、ありがとうございます。魅月姫さんはネコ耳似合いそうだと思ってたんで、見られて嬉しいです」
「もう、香里亜ってば…」
そう話しているとコンコン…とノックの音がする。その音にファイリアが立ち上がり、嬉しそうにドアに近づいた。
「Trick or Treat!」
悪戯が来るのかお菓子が来るのか…ドキドキしながらドアを開けると、目の前に立っていたのは長身の魔女だった。目深に被った三角帽子に細身のロングドレス…妖艶な化粧の目元から微笑みがこぼれる。
「と、とりっく?」
一体これは誰なのか…。きょとんとするファイリアの頭をそっと撫で、魔女はしずしずとカウンターに近づきナイトホークに向かって花魁言葉で注文を告げる。
「わっちに『マティーニ』を作っておくんなしょ」
「…どちら様ですか?」
本気で誰だか分からずに聞き返すと、魔女はふっと顔を上げた。
「あら…わっちと夜サンの仲でありんしょうに…」
「あ、篤火さん」
顔を上げたときに見えた赤いエクステンションで、静はそれが紅葉屋 篤火(もみじや・あつか)だと気が付いた。気付かれたので話し方を元に戻し、篤火は香里亜に小さな箱を手渡す。
「これ、香里亜サンにお土産の『ミルクジャム』です。全員揃ってないのでわっちはもう少し皆さんを観察させていただくでありんすよ」
カウンターの上に置いた水晶玉の隣に、『マティーニ』の入ったグラスがそっと並べられた。
「………?」
墓参りで数日遠出していた陸玖 翠(りく・みどり)は、自宅への帰り道で蒼月亭がやけに賑やかなのに気が付いた。いつもは割と夜は静かなのだが、中から笑い声などが響いているのは珍しい。
何が起こっているのだろう…そう思ってドアに近づくと、中から香里亜の声がした。
「Trick or Treat!」
「はい?」
意外な展開についていけず翠が聞き返すと、中から今度は魅月姫の声がした。
「Trick or Treat!」
ドアの向こうで笑っている声がする。そういえば今日はハロウィンだった…しばし考えを巡らせたあと、翠は式神の七夜をジャック・オ・ランタンに変化させ、ドアを開けずにそれを店の中に滑り込ませた。突然現れた七夜に、わぁっと驚く声が聞こえる。
「Treat…Happy Halloween!」
そう言ってドアを開けると共にジャック・オ・ランタンが爆発し、飴玉がキラキラと辺りに振りまかれる。
「すいません、飛び入りなので仮装はなしですが」
「今の悪戯はなかなか素敵だったわ。今日はお祭りなんだから、人間が紛れ込んでもいいのよ」
咄嗟に考えた手品のような物だったが、その演出を魅月姫は気に入ったようだ。驚かせるだけではなく、こうやって楽しみがあると吃驚したあとで笑いが起こる。パーティーは楽しいのが一番だ。
「あとは誰が来るんでしょうか。というか、満員御礼ですねぇ」
翠がそう言うのと同時に、仮面を付け真っ赤な衣装に身を包んだ男がドアを開けた。
「Maquerade! Paper faces on parade.」
流暢な英語を話すこれは誰なのか。全員が顔を見合わせる中、カウンターにいたナイトホークがその男に近づいた。
「クロ!『Masquerade! Hide your face so the world will never find you.』」
いつもは黒衣に身を包んでいるジェームズが、真っ赤な衣装を着ていたので皆がそれに気付かなかった。丁重に礼をし仮面を外すと、シュラインが『ミモザ』のグラスを傾け皆に説明をし始める。
「『オペラ座の怪人』の大晦日仮面舞踏会のシーンの台詞ね。真っ赤な衣装も素敵よ、ファントムさん」
「貴女なら分かって頂けると思いました」
そう言いながらジェームズはいつものように一番奥の席に座る。するとカウンターの中にいるヴィヴィアンが、ジェームズをじっと見つめた。
「今日はヴィヴィアンが、ホークちゃんの隣なんだから」
「そうですか…では『ドン・ファンの勝利』の台本でも突きつけるといたしましょうか」
そうなるとクリスティーヌがナイトホークになるのか。それはなんだか微妙だが、こういう刺激は悪くない。そんな様子にナイトホークは全く気付いていないようで、いつものように煙草を吸いながら、注文を聞いてくる。
「これで全員揃ったのかな?」
パーティーの開始と同時に余興を考えている悠輔が、ドアの前にいる香里亜にそう聞いた。だが香里亜は外を見ながらちょっとしょんぼりとした表情になっている。
「あれー、冥月さんが…あ!」
どうやら一番最後の客である黒 冥月(へい・みんゆぇ)が来たようだ。そのノックの音に、香里亜は用意してあったクラッカーを持ちそーっとドアへと近づいていく。
「Trick or Treat!」
そういってドアを大きく開けた瞬間だった。
「きゃあっ!」
影で出来た巨大カボチャが、香里亜よりも先に仕掛けた。それを取ると中からはタキシードにマントと牙を付けた冥月が現れ、背中から香里亜に抱きつきくすぐり始める。
「ほら、どんな時も平静を保つのも強くなる為の修行だ、笑わない様にしろ」
「んーっ…」
冥月の大嘘なのだが香里亜は素直に信じ込んだようで、一生懸命笑わないように頑張っている。
「あれは女性同士だから可能なじゃれ合いですね…羨ましい」
『ブラックマジック』のグラスを傾けながら、ジェームズがそっと笑った。頑張って耐える様や表情、時々漏れる声が妙に艶めいていて、デュナスは思わずおろおろする。
「ど、どうしたらいいんでしょう」
助けに行くのも何だかおかしな気がするし、自分が妙な想像をしているだけなのかも知れない。そんな様子を見て、翠がぽんぽんとデュナスの肩を叩く。
「大丈夫ですよ、デュナス。そのうちいつものアレで終わりますから」
いつものアレ…そのタイミングに合わせたかのように、武彦がぼそっと呟いた。
「やっぱり冥月は女が好きか」
パーンと音高く影の拳が武彦を殴りつける。冥月と武彦が顔を合わせると必ずこうだ…だが、最近ではこれがないと何となく物足りないような気がするから不思議だ。
「んにーっ、冥月さんギブ、ギブ。お仕事できなくなっちゃいますー」
手をバタバタさせながら香里亜がそう言ったので、冥月はぱっと手を放した。パーティーが始まらないのも困るし、どうやら自分が最後の登場らしい。
「つ、強くなるのは大変です…」
「精進しろよ」
冥月が渡した『月餅』を受け取りながら、まだ素直に信じている香里亜の頭をポンと叩き開いている席に座る。
「じゃ、始めるか。パーティー開始の合図は悠輔がやってくれるんだよな」
ナイトホークの言葉に悠輔が席から立ち上がった。他の皆もクラッカーなどを持ち、うずうずと開始を待っている。
「じゃあ、僭越ですが俺が開始の合図をさせていただきます…Happy Halloween!」
そう言って手に持っていた色とりどりの布を舞い上がらせた。それは悠輔によって風の性質を与えられており、あちらこちらに真っ直ぐ飛び舞い落ちる。
「Happy Halloween!」
静や篤火も手に持っていたクラッカーを思い切り鳴らす。魔女や幽霊、吸血鬼などが揃う中パーティーは賑やかに始まった。
「みんなが作ったお菓子美味しいですっ」
小太郎が作った『シャーリーテンプル』を飲みながら、ファイリアは真帆が作った『パンプキンロールケーキ』や、シュラインが作った『骸骨風丸パン』を食べていた。丸パンの方は外は可愛らしいが、中にはライチの中にブドウが詰まった目玉や栗のクリームが脳風に乗せてあって、なかなかリアルだ。
「リアルな作りだけど美味しいですね…ファイリアさんの作ったクッキーも美味しいです」
切り分けられたパンやクッキーを、静も美味しそうに食べている。今日は生クリームが入ったお菓子は少ないので、自分が食べられそうな物が多い。
「そう言ってくれると嬉しいです。ファイ、もう一つクッキー作ってきました。『ロシアンルーレットクッキー』…わさび入りのが当たった人は、罰ゲームです」
その声と共に出されたのは、中にジャムの詰まったようなクッキーだった。ちょっとしたゲームと言うことで、そこにデュナスと静、小太郎に武彦が集まってくる。
「『当たり』を食べなきゃいいんですよね」
ひょいと手を伸ばす静を見て、デュナスはおずおずとクッキーを選ぶ。こういうのがあると、必ずハズレを引くような気がする。だが手を出さないよりは飛び込んだ方が楽しいので、デュナスは目を瞑って一つ手に取った。
「何だか当たりそうな気がしますが、私はこれで」
「じゃあ僕はこれにしようかな」
小太郎が取った隣のクッキーを武彦が手に取る。それを見てファイリアは悠輔にもクッキーを差し出した。
「お兄ちゃんもどうぞ」
「いや、俺はいい。他の人に悪戯しないと」
何だか嫌な予感がする。そっとその場を離れると、ファイリアの合図で皆が一斉にクッキーを口に入れた。その瞬間、声にならない声が全員から漏れる。
「あ、青汁の味がします…」
デュナスが被っていたカボチャの頭を取り、自分の目の前にあったシャンパンを飲み干す。静と小太郎はお互い涙目になってた。
「辛いけど…これ、唐辛子?」
「僕のも小太郎君と同じハバネロみたいです。ジュース下さい…」
二人とも口を押さえてジュースを飲んでいる。そして武彦は鼻を押さえていた。
「俺のがわさび…これもしかして、全部当たりじゃないか?」
「あれ?試作してたのが混ざってた?」
皆を吃驚させようと思って、最初に試作していたハバネロや青汁ペースト入りの物が混ざっていたらしい。どうやら冷凍庫でクッキーのタネを休ませていたときに、一緒にしてしまったようだ。
「えーと…ごめんね」
おろおろしながらも無邪気に笑うファイリアに、皆は涙目になりながら笑っていた。
「小悪魔のお嬢さん、こちらをどうぞ」
紅茶用のポットを暖めている真帆に悠輔がそっと近づいた。プレゼント箱を渡され、真帆は何かを覚悟したように箱を開けた。
「びっくり箱なんて怖くないんだから」
そう言って思い切り開けると、中からイヒヒヒという声と共にかぼちゃの顔が飛び出した。くすっと笑う真帆を見て、悠輔も優雅にお辞儀をする。
「ハロウィンだと、やっぱり警戒されるか…」
「ふふーびっくり箱なんて古典的…きゃっ!」
油断して箱を閉めた途端、箱が展開してかぼちゃの顔が勢いよく飛んでいき、真帆はそれに驚いた。実は最初に飛び出す方がダミーで、箱を閉めた後の方が見せたかった物なのだ。
「驚いた?」
「吃驚した…えいっ、お返しです」
パチッと悠輔の目の前で指を鳴らすと、小さな火花と共にカボチャ型の煙が現れる。その隙に真帆は持っていたミントキャンディーを口の中に放り込んだ。
「わっ!これは結構クールなキャンディだ…」
「小悪魔特製のミントキャンディです。きっと夢の中でカボチャに追いかけられますよ」
そうやって真帆達が話してるのを見ながら、魅月姫も張り合うように箱を出した。それをジェームズや鴉、香里亜とシュラインに手渡す。
「私の箱も開けてくれるかしら。何が飛び出すか分からないけれど」
「うふふっ、何かワクワクしちゃうわね。何が出るかな♪」
シュラインが箱に手をかけるのと同時に、鴉とジェームズが顔を見合わせた。香里亜も嬉しそうに箱を手に持っている。
「皆さん一緒に開けましょう。いっせーのーでっ!」
そのかけ声と同時に全員が箱を開いた。シュラインが開けた物からは可愛いカボチャ人形が飛び出し、ジェームズの箱からは紙吹雪が舞い飛んだ。
「……!俺のはずいぶん危険じゃない?下手すると死ぬって」
下にバネはついているが、鴉が開けた箱からはナイフが飛び出している。咄嗟に触られないようにしたから良かったが、のんきにしていると怪我をしたかも知れない。
「ここに来る人ならこれぐらい平気でしょう?」
くすっと微笑む魅月姫に、鴉が肩をすくめる。確かにこの店の常連でこれに反応できない者はいないだろう…そう思ってると、隣で力のない声がした。
「誰かおしぼり下さい。箱から水がー」
反応できない者がいた。香里亜が持っていた箱の中には水鉄砲が入っていて、それを真っ正面で受けたらしい。手元にあったおしぼりをジェームズがそっと渡す。
「大丈夫ですか、香里亜くん」
「ごめんなさい、香里亜。濡れちゃったわね」
心配そうに魅月姫が顔を覗き込んでいるが、香里亜は嬉しそうに笑っている。
「油断しました…でも、次は濡れませんよー」
「イタリアの『ファットリア・ディ・マリアーノ・エバ 2004 』か…」
ワイングラス入った赤い液体をヴィルアと冥月、翠はじっと見ていた。このワインは世界最高峰の作り手と呼ばれるアンジェロ・ガヤが直接ワイナリーに注文すると言うほどのものだ。長く置いておけばヴィンテージ物になるのだろうが、それを気前よく開けてしまう所がこの店らしい。
「女ばかりになってしまいましたねぇ」
翠がそう呟きながらグラスを傾ける。濃厚な味が口に広がり、用意されているローストビーフなどと良く合う。甘いお菓子だけでなくちゃんと酒に合う物を用意している所がありがたい。
「まあ女ばかりで飲むのもいいだろう…しかし、吸血鬼がかぶってしまったな」
「いいんじゃないか?今日はハロウィンだし、吸血鬼が多くてダメだいう道理は全くない」
翠を真ん中に、ヴィルアと冥月がお互い笑う。ありがちだとは思ったのだが、金髪で細身の中性的なヴィルアと、黒髪に白い肌でオリエンタルな美人の冥月では同じ仮装でも全く違って見える。その違いがまた見ている者を飽きさせない。
「冥月サンとは初めてになりますね。吸血鬼同士よろしく」
「ヴィルアだったな。覚えておこう」
グラスの中に入っているワインをくるくると回し、冥月がふっと溜息をつく。イベントで楽しいのは、普段会わない者と出会える所だ。そんな事を思っていると、ヴィルアが翠の顔を見てこんな事を言い出す。
「ところで翠はどうして仮装してない?人間がここにいると食われるぞ」
たまたま寄ったらハロウィンだったのだが、このままでは何だか仮装しないと色々言われそうだ。翠は懐からネコ耳のついたヘアバンドを出し、渋々頭に付けた。
「これで勘弁してください。私は飛び入りなので、今日がパーティーだって知らなかったんです」
あまりここ以外では見せたくない姿だ。吸血鬼が隣で笑うのを見ながら、翠は困ったようにグラスの中身を飲み干す。少し離れた場所ではナイトホークがカクテルを作りながら、篤火やヴィヴィアンと話しているのが見えた。
「それにしても化けたなぁ…女にしか見えない」
「夜サンにそう言われると嬉しいですね」
ヴィヴィアン特製のワインゼリーは、甘く濃厚な味がする。それをスプーンですくっていると、ヴィヴィアンが嬉しそうに篤火を覗き込んだ。
「ねえねえ、美味しい?ヴィヴィアン結構料理じょーずでしょ?」
「美味しいですよ、とっても」
篤火に『マティーニ』を出すと、ナイトホークも同じようにワインゼリーを食べる。それを飲み込んだ後で、ナイトホークは二人に向かってぼそっとこう言った。
「うん、美味い…俺、実はカボチャすっげぇ好きなわけじゃないから、こういうのがあるとありがたい」
ナイトホークがカボチャ嫌いだと思わなかった。今まで知らなかった事実を聞き、ヴィヴィアンが期待に満ちた目でナイトホークを見る。
「ホークちゃん、カボチャ嫌いなの?美味しいよ」
「何だか意外ですね。でも夜サンカボチャ料理してますよね、ランチとかで」
食べられない、と言うわけではないのだ。美味しいと思うし、料理も出来るのだが、それでも積極的に食べようと思わない理由がある。
「いや…イモとかカボチャって、食い飽きてるんだよな…ほら、俺、実は戦前生まれだし」
ああ、なるほど。篤火がそれを聞き、クスクスと笑う。
「夜サンは白いご飯とか見ると大喜びなんですね」
「そこまでひどくねぇ!」
「そうなんだー、何かホークちゃんの秘密聞けて嬉しいな。じゃ、ヴィヴィアンが『デッドフィンガークッキー』食べさせてあげるね。あーん」
ジャムの付いたクッキーを持つヴィヴィアンに、ナイトホークは素直に口を開けた。
宴もたけなわになって来ると、カウンターなど関係なく皆が楽しく騒ぎ始めた。
小太郎が持ってきたギターを演奏し、それに合わせてヴィルアが歌う。
「間違えてもそのまま行っちゃってください。いきます!」
それはハロウィンの歌である『Trick or treat』だ。カクテルと一緒にギターの練習をしていたのだが、ヴィルアが歌を知っていたので一緒に合わせることになったのだ。
「Give me something nice and sweet. Give me candy and an apple, too.…」
ハスキーなヴィルアの歌をを聴きながら、真帆とファイリアが手拍子を打っている。
「楽しいね、真帆ちゃん」
「うん、ファイリアさんのクッキーも美味しいし、最高の夜です」
歌って笑い、そして美味しい物を食べられる。幸せのほんの一歩なのだが、それがものすごく楽しくて嬉しい。特にファイリアは普段家にいることが多いので、こうやって皆が幸せそうなのを見るだけでも嬉しくて仕方がない。
「お兄ちゃーん」
手を振られた悠輔は静やデュナスと一緒に、ヴィルアの持ってきた『血塗れキャンディー』を食べ、お互い口の中が赤く染まったのを見せ合っていた。味はベリー系なのだが、シロップが入っていて一つ食べると舌が赤く染まる。
「デュナスさん、口の端まで赤いですよ」
悠輔にそう言われ、デュナスは慌ててカボチャを被りながらほんのりと発光して見せた。
「実は人を食べちゃったんです。キラー・ザ・パンプキンなんですよー」
「僕も人喰い幽霊なんです…悠輔君も仲間ですよ」
一緒にキャンディを食べたので、多分自分の口の中も赤いのだろう。でも静に言われた「仲間」という言葉が何だかちょっとくすぐったい。
「悠輔君…でしたっけ、一緒にご飯を食べると仲間なんですよ…かぼちゃあたーっく!」
「えい、冷たい手アタック!」
「うわっ!」
被り物をしたままで頭突きをするデュナスや冷たい手を首元に付けようとする静を避けながら、悠輔は大笑いをする。
「いいわよねー。お酒も美味しいし、こういうのって大好き」
演奏や笑い声が続くのを見ながら、シュラインは自分の頬に手をあてながらそんな事を呟いていた。ほんのりとアルコールがまわり、薄暗い照明が心地よい。そんなシュラインのグラスに、翠は懐から出した『ジェイコブスクリーク・ロゼ』を注いでいる。ロゼのスパークリングワインだが、ピンクがかった色が美しいオーストラリアのワインだ。
「シュライン殿は結構いける口ですか?」
「それなりに。でもこういう時はお酒進んじゃうわ」
辛口のきりっとした味わいに柔らかな泡立ち。やっぱり参加して良かった…翠と乾杯をしながら、シュラインはヴィルアの歌に耳を傾けていた。
「篤火さん、その色気を私に下さいっ!」
篤火の隣で香里亜が袖を引っ張りながらそんな事を言う。どうやら自分にない色気を篤火の女装に感じたらしい。困ったように篤火が冥月に助けを求める。
「冥月サン、香里亜サンが…」
「ひとかけらでいいですからっ!」
常日頃から「格好いいお姉さんになりたい」と言っているのだが、小柄な香里亜と長身の篤火ではそもそもの土台が違う。慰めるように頭を撫でた後で、冥月はひょいと香里亜をお姫様抱っこした。
「香里亜は充分可愛いぞ。このまま連れ去ろうかな」
「香里亜サン、吸血鬼に誘惑されちゃいますよ」
篤火の言う通りシスターが吸血鬼に攫われるような格好だ。照れ笑いを浮かべているその様子に、武彦が煙草を吸いながらこんな事を言う。
「香里亜ちゃん。それは女の形をした爆弾だぞ、惑わされるな」
「誰が爆弾だ!」
香里亜を抱き上げたまま、武彦の臑に思い切り蹴りが飛んだ。それでもバランスが崩れない様子に、篤火が感心する。
「冥月サンは香里亜サンのナイトですね…」
「あら、ナイトは冥月だけじゃないわ」
軽やかな足取りで近くに魅月姫がやってきた。それを見て冥月が香里亜をそっと床に立たせる。
「何か人気者ですね…でも、冥月さんも魅月姫さんも大好きですよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。香里亜のことは私達がしっかり守ってあげる…ね、冥月」
この二人が一緒なら、何が来ても無敵だろう。吸血鬼と魔女を従えるシスターを見て、魔女は幽玄的に微笑んだ。
「サンタさん、サンタさん。プレゼントは持ってきてないの?」
冥月が持ってきた『月餅』を食べている鴉に、ヴィヴィアンが悪戯っぽく笑いかけた。金髪にサングラスのサンタは何だか格好いいし、ナイトホークだけではなく他の人ともちょっと話がしたい。すると鴉は持ってきた袋の中から、カップラーメンを差し出した。
「せっかちサンタの袋には食料品しか入ってないのよ。可愛い夢魔にプレゼントするにはちょっとしょぼいから、今ならもう一つサービスしてあげるよ」
ヴィヴィアンの目の前にもう一個カップラーメンが出された。ハロウィンもクリスマスも全く関係ないが、ヴィヴィアンは素直にそれを喜びながら受け取る。
「ありがと。お兄さん名前なんて言うの?」
「夜守 鴉。彼女絶賛募集中だから、気軽に名前で呼んでよ。サキュバスのお姉さんは何て名前なの?」
白いのに鴉というのもなんだか不思議だが、きっと何か理由があるのだろう。ヴィヴィアンはにこっと笑いながらもらったカップラーメンの蓋を開ける。
「ヴィヴィアン・ヴィヴィアンなの。二つあるからお湯沸かして一緒に食べよ」
「神父様、私に『ブラックルシアン』を施してくださいますか?」
くすっと笑いながらジェームズがグラスを差し出した。それを受け取ろうとナイトホークが手を伸ばすと、グラスがカウンターの上をあちこちに滑り上手く受け取れない。
「クロ、派手な格好で地味な悪戯するなよ…」
呆れたように溜息をつくと、グラスがぴたっと止まる。その様子にジェームズは喉の奥でクックッと笑う。
「派手であればいいというものでもないんですよ」
「はいはい…っと、クロに聞こうと思ってたことあったんだ」
ウォッカとコーヒーリキュールを用意しているナイトホークが顔を上げた。
「クロ、その格好のまんまホテル帰んの?」
「そのつもりですが、何か?」
度胸があるというかなんというか。それを聞きナイトホークがカクテルを作りながら笑う。
「うちに服あるし、着替えて帰れば?いや、無理にとは言わないけど」
神父とファントムが差し向かいというのもハロウィンならではの光景だ。客が帰った後、ここで少しゆっくりしていくのもいいだろう。
「…そうですね、神父様のご厚意を承りましょうか」
そう言ったときだった。
電話のベルが鳴り、ナイトホークが駆け出していく。誰もシュラインの悪戯に触れないせいで、背中には釘が刺さったままだ。
「はい、お電話ありがとうございます。蒼月亭です」
電話の音を全員に聞こえるようにボタンを押すと、そこから聞こえてきたのは松田 麗虎(まつだ・れいこ)の声だった。
「マスター?ハロウィン盛り上がってる?」
それを聞き、全員が楽しそうに声を上げた。麗虎はどうやらアトラス編集部で缶詰になっているらしい。それを話すと、今度は碇 麗香(いかり・れいか)が電話に出た。
「もしもし…そこにいる皆に協力して欲しいんだけど、ハロウィンの記事を載せたいからここまでパレードしてきてくれないかしら。お菓子の差し入れも大歓迎よ。まだここにはゾンビ寸前の子達が仕事してるから」
そろそろお開きにしようかと思っていたのだが、それは何だか楽しそうだ。ファイリアが作った『ロシアンルーレットクッキー』を悪戯代わりに持っていってもいいし、まだ皆が持ってきたお菓子も残っている。ナイトホークが皆の方を見ると、既に全員行く準備をし始めている。
「えーと、賑やかな百鬼夜行が向かうんでよろしく」
大急ぎであたりを片づけ、全員が仮装のまま街に繰り出した。
吸血鬼二人に、魔女三人。ピエロに小悪魔、サンタクロース。カボチャ大王はシスターの手を引き、フレッシュゴーレムと博士が仲良く歩く。神父を真ん中にファントムとサキュバスが睨み合い、天使と幽霊が仲良く苦笑する。
「さて、私は仮装してないので皆さんにこれを」
一人だけ普通の格好をした翠は、カボチャ型に折った紙を全員に渡した。仮装していないのならせめて皆の演出を…カボチャの式神がお菓子を持ちながら何かを話している。
その声に合わせて全員が楽しげにこう言った。
「Happy Halloween!」
fin
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6458/樋口・真帆/女性/17歳/高校生/見習い魔女
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
6577/紅葉屋・篤火/男性/22歳/占い師
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
6615/矢鏡・小太郎/男性/17歳/神聖都学園 高等部生徒
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師
4916/ヴィヴィアン・ヴィヴィアン/女性/123歳/サキュバス
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
6029/広瀬・ファイリア/女性/17歳/家事手伝い(トラブルメーカー)
5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生
6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋
4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女
◆ライター通信◆
蒼月亭秋のイベント『Halloween Party』へのご参加ありがとうございます。水月小織です。
PC様14名+NPCの大所帯再びでしたが、如何でしたでしょうか。今回は全員揃っての話でしたが、プレイングを一部反映させられなくて申し訳ありません。
ハロウィンの楽しさや、賑やかな所が出ていればいいなと思っています。長いですが読んで頂けると嬉しいです。
リテイク・ご意見は遠慮なくお願い致します。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
参加してくださった皆様に精一杯の感謝を。
ありがとうございました。
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