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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「香里亜さん、紅葉ってどうやって食べるのでしょう?」
「はい?」
 デュナス・ベルファーが唐突に妙なことを言い出したのは、丁度ランチタイムが終わり午後のお茶を飲んでいた時だった。今日は何となく紅茶の気分だったので、以前お茶会をした時にここに預けていったアンティークのティーセットでダージリンを飲んでいたのだが、その透き通った水色を見てふと思いだしたのだ。
 デュナスとしては普通に疑問に思ったことなのだが、カウンターの中で煙草を吸っていたマスターのナイトホークは目を丸くし、質問をされた立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、クスクスと笑いながら手を横に振っている。
「デュナスさん、またまたー。冗談お上手ですね」
「いえ、冗談ではなくて、『紅葉狩り』って『ぶどう狩り』や『いちご狩り』みたいに紅葉を収穫するんですよね?」
 いつも流暢な日本語を話し、あんパンが好きで日本文化にもやたら詳しいので、フランス人だということを時々忘れそうになるのだが、どうやらデュナスは本気で『紅葉狩り』は「紅葉を収穫して食べる」と思っているらしい。
「えーと…紅葉狩りは紅葉食べませんよ」
 やや控えめに…そして困ったように真実を香里亜が告げると、デュナスは驚いたように紅茶のカップをソーサーに置いた。
「えっ?だって『もみじおろし』とかありますよね?」
「『もみじおろし』は大根に箸などでで穴を開けて、その中に唐辛子を入れて一緒にすりおろしたもののことですよ。これからの季節鍋物におすすめです」
 お互い真顔で質問と答えを返しているのは、ある意味コントのようだ。
「じゃあ『もみじ饅頭』は?」
「それは紅葉をの形をしたカステラ状の生地の中にあんこが入っている、広島名物のお菓子です。こしあんが入ってて、デュナスさんお好きだと思いますよ」
 ダメだ、黙って聞いていたら吹き出しそうだ。
 ふるふると肩を振るわせつつ、ナイトホークは真面目に話をしている二人に近寄った。このままこの会話を続けられたら堪えられる自信がない。
「デュナス…紅葉狩りは『紅葉を見物する行楽』であって、紅葉は食わないんだ。能の演目とかにそういうのがあるから、その辺から来たんだと思うけど」
 そう言った瞬間、デュナスが突然しょんぼりとした表情になった。まるでサンタを信じていた子供に「サンタはお父さんだよ」という真実を、ついうっかり言ってしまったような感じだ。
 というか、紅葉の何をそんなに期待していたのかが全く分からないが。
「い、今の今まで狩った紅葉は、その場で天ぷらにしたりして食べるんだと思ってました…日本語はやっぱり難しいです」
 そういう問題ではないような気もする。
 そんなデュナスの様子を見て、香里亜はカップに紅茶を注ぎながらニコニコと微笑んだ。この辺りで助け船を出してくれないと、本気でしょげかえったまま帰ってしまうかもしれない。
「デュナスさん、紅葉狩りに行ったことがないんでしたら、一緒に行ってみませんか?」
「えっ?」
 棚から牡丹餅…いや、季節的には棚からおはぎか。
 確かに紅葉狩りには行ったことがないし、具体的に何をするのかも分かっていない。だが香里亜からの誘いということであれば、無知ゆえの気恥ずかしさも悪くはない。ナイトホークも話の筋を変えるように、煙草をくわえ頷く。
「ああ、まだこの辺だと色付き初めってぐらいかも知れないけど、都内でもけっこう紅葉見られるから行ってくるといいだろ。香里亜明日休みだし」
 思わぬ幸運に着いていけず二人の顔を見比べているデュナスに、香里亜がまた微笑む。
「春にデュナスさんとバラを見に行った『旧古河庭園』にある日本庭園なら、きっと紅葉も綺麗ですよ。私がいた北海道だともう終わっちゃってそうですけど、東京はこれからなんですよね…って私、デュナスさんの予定も聞かずに、行く気になっちゃってますね」
「いえ、予定は全くありませんから行かせていただきます」
 一度行った場所なら案内も出来るし、春との違いを楽しめる。それにあの時秋のバラを見に行きたいという話もしていたから、その約束も果たせて丁度いい。
「じゃあ、またお弁当作っていきますね。ごゆっくりどうぞ」
 これは夢ではないだろうか。空いた食器を持ちキッチンに下がる香里亜を見ながら、デュナスはぼーっと紅茶を口にする。
「熱っ!」
「…落ち着け」
 近くにいたナイトホークが呆れたように溜息をついた。
 誰が見たってデュナスが香里亜に好意を持っているのはバレバレなのだが、気付いていないのは当の本人だけというのが何とも言い難い。まあそんな様子を端から見ているぶんには楽しいのだが。
「こ、これが落ち着いていられましょうか…」
 熱い紅茶が入ったティーカップを両手で持ちながら、デュナスは降ってわいたような幸運を一人じっくりと噛みしめていた。

 次の日は、見後な秋晴れだった。
 青空はどこまでも澄みきって高く、冬の気配を含んだ風が時々吹き下ろしてくる。
「おはようございます、デュナスさん」
 蒼月亭の前で待っていた香里亜は、ピンクのハーフコートにベージュのトートバッグを持っていた。いつもはスカートが多いのだが、今日はベージュのチノパンにスニーカーだ。
「おはようございます。なんかすみません。私がおかしな勘違いをしていたせいで、香里亜さんにお付き合いしていただいて…」
 グレーのジャケットを着たデュナスが申し訳なさそうに言うと、香里亜は首を横に振ってにっこりと笑う。
「いえいえ。私もまた行きたいなーと思ってたんですけど、一人で出かけると迷っちゃいそうなので一緒に行ってくれて嬉しいです。でも、関東だとまだ紅葉早いんでしょうか…」
 いっそこの際二人で出かけられるのなら、紅葉してようが落葉してようがデュナスにとってはどうでもいいのだが、確かに全く色付いていなければ少し寂しいかも知れない。
「あの公園は普通に散歩するだけでも楽しいですから、紅葉していなくても大丈夫ですよ。行きましょうか」
「はい。一日よろしくお願いします」
 二人で仲良く並んで歩きながら駅に行き、電車に乗ったりして目的地へと向かう。
 その間、香里亜は『紅葉狩り』についてデュナスに色々と教えてくれた。
 そもそも「紅葉の木」というものがあるわけではなく、赤色に変わるのを「紅葉」、黄色に変わるのを「黄葉」と呼ぶらしい。その色の移り変わりを見て楽しむのが『紅葉狩り』と聞き、日本文化の奥深さにデュナスは感心した。
 日本人の桜好きは有名だが、紅葉が散りゆくのにも同じようなわびさびを感じているのかも知れない。そうやって季節の移り変わりを目などで楽しめるのは、やはり素晴らしいことだとデュナスは思う。
 そうやって話していると、香里亜が突然不思議なことを言った。
「そういえば、東京には『観楓会』ってないんですよね。ナイトホークさんに言ったら『それは北海道独特の行事だ』って言われました」
「カンプーカイ?」
「はい。楓を観る会で『観楓会』なんですけど、実際は日帰りや一泊で温泉に行って、宴会をするだけで楓は全く観ないんです。おかしいですよね」
「そんな名前なのに見ないんですか?」
「清々しいほど楓はスルーです。むしろ宴会の口実です」
 『紅葉狩り』ではなく『観楓会』であったなら、あんな恥ずかしい間違いはしなかったかも知れない。だが勘違いしていたからこそ一緒に出かけられたのだから、思い出しても仕方のないことだ。今はとにかく二人でいることを楽しまなければ。
「あ、見えてきました…この前デュナスさんに入園料払ってもらっちゃったので、今日は私が払います!」
 そう言った瞬間、香里亜が入り口に向かって猛ダッシュした。すっかり自分が払う気でいたデュナスはその背中を追いかける。
「それは出来ません!」
「いーやー、私が払うんですー」
 前に来た時と立場が逆のせいか、それとも知り合ってから過ぎた時間が長くなったせいなのかは分からないが、前に来た時よりもお互いはしゃいでいるような気がする。
 結局デュナスは香里亜のあまりの必死さに負け、入園料を払ってもらう代わりに自動販売機で買ったスポーツドリンクを香里亜に手渡した。

 『旧古河庭園』は丁度秋バラの見頃だった。だが、香里亜はバラをチラリと見ただけで、日本庭園の方へとデュナスを誘う。
「バラはいいんですか?」
「今日は『紅葉狩り』ですから、まずそっちを先に見ましょう。ハゼとか色付いてるはずですよ」
 入り口から割と奥に日本庭園はあるのだが、そこへ向かっていくと香里亜が言ったようにハゼの葉が赤く色付き始めていた。まだ紅葉の見頃とは言い難いが、それでも色付いている葉を見るだけで、何となく過ぎ去っていく秋へのもの悲しさを感じさせる。
「香里亜さんは『秋の七草』を全部言えますか?」
「えっ?春の七草は『セリ、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ』って、食べるから分かるんですけど、秋…『萩』と『桔梗』ぐらいしか…」
 一生懸命考える様子に、デュナスはそれを全部口で言ってみせた。
 『萩、尾花(おばな、ススキのこと)、葛、おみなえし、藤袴、桔梗、撫子』…春の七草は邪気払いのための行事として食べるものだが、秋の七草は万葉集の詩が由来とされている。
「すごい、デュナスさん。日本人の私より知ってる…」
「でも『紅葉狩り』は知りませんでした」
 やっぱりこの勘違いに勝るものはない。溜息混じりに言うデュナスに、香里亜はじっとデュナスを見た。大きな目が自分をじっと見ている。それが気恥ずかしいのだが、顔を背けるのは何だか失礼な気がしてデュナスは固まったまま水面に映るハゼの赤を見た。
 何だか自分も顔が赤くなっているような気がする。もしかしたらほんのり発光してるかも知れない。
 すると香里亜はふふっと目を細め、また歩き始める。
「でも、覚えてるだけでもすごいですよ」
「そうですか?」
 その後をデュナスがそっと着いていく。
「覚えてたら、その花を見た時に『あ、秋なんだな』って思うじゃないですか。折角四季がはっきりしてる国に住んでるんだから、私もそういうの覚えときたいなって…素敵ですよね」
「ありがとうございます…」
 生きていく上で役に立つかと言われれば、こういう時に話の種にするぐらいしかないだろうが、褒められると悪い気はしない。
 でも…願わくば、今少しの間だけは振り向かないで欲しい。
 ハゼの葉よりより赤くなっているのを見られたくない。嬉しさで思わず口が緩んでしまっている所を見られたくない…。
 ゆっくりと歩きながら、デュナスは静かに色づき始めた野花を眺めていた。

 日本庭園を周り、芝生に着いてレジャーシートを敷くと香里亜は妙に楽しそうに自分で作ってきたお弁当の包みをデュナスに渡した。それはドーナツショップのキャンペーンでもらったという重箱で、可愛いキャラクターの絵がワンポイントに描かれている。
「デュナスさんのために少しだけ『紅葉狩り』にちなんだものを作ってきました。開けてみてください」
 そう言われ蓋を開ける。
 すると中には色々な『紅葉』が入っていた。キノコの炊き込みご飯は楓の形に象られているし、煮物の上には人参で作った紅葉と一緒に黄色や赤で着色された何かが乗っている。
「これは何ですか?」
 見たことのないその食材に、デュナスは恐る恐る箸を伸ばす。
「生麩です。本物の紅葉は食べられませんけど、これなら美味しく食べられますよ」
 少し弾力のある生麩を箸で取り口にすると、出汁のいい香りと共に生麩のモチモチとした歯触りにデュナスは思わず微笑んだ。香里亜はそれを見ながら別の蓋も開ける。
「でも他のおかずは卵焼きとかウズラ卵入りメンチカツやポテトサラダなので、あんまり紅葉じゃないですけど」
「いえ、とても美味しいです…本当に」
 本物の紅葉は食べられないが、こうやって紅葉を料理のモチーフにし口にするというのはやっぱり風流だ。それに今日は天気も良く、香里亜が作ってくれたお弁当も美味しい。こんな幸せの前では、些細な勘違いなど大したことではない。
「たくさん食べてくださいね。そう言えば、デュナスさんお抹茶は大丈夫ですか?」
「ええ、結構好きですよ」
 その返事に香里亜が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、帰る前に茶室に寄って行きませんか?抹茶とお茶菓子が頂けるんです」
「その前にバラ園を見ていきましょう。秋のバラは花は小振りですが枝分かれしてる蕾が多いので、きっと華やかですよ」
 まだ一日はたくさんある。
 欲張らず、少しずつでいいから距離を近づけていければ…。
「デュナスさん、何か顔赤いですよ」
「い、いえっ、何でもないですっ」
 前言撤回。こんな調子では気持ちを伝えられるのはいつになるやら。
 秋の日差しの下、卵焼きを食べながらデュナスはそっと天を仰ぎ、溜息をついた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6392 /デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
『紅葉狩り』の勘違いをきっかけに、香里亜と紅葉狩りに行く…ということで、前回連れて行った頂いた『旧古河庭園』に再び行く話になりました。秋のバラを見に行く約束もご一緒に…という感じになってます。
でも日本語は難しいですね。『紅葉狩り』は紅葉食べませんし、その割に「もみじおろし」とかありますので、その辺りは混乱しそうです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
またよろしくお願いいたします。