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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


名画の天使

オープニング

「お願いがあります。探し出してくれませんか?」
 そう申し出てきた男の前には絵があった。
 その絵には荒涼とした大地が広がっている。どこか物足りなく、そして、悲しみさえも感じさせるような絵だった。
「コレは僕、楢原 雄一の書いた絵なのですが、この中の天使が逃げ出してしまったんです」
 その絵にはもともと天使がいたのだという。
 その話を聞いた草間武彦は頭をかきむしり、不満げな様子で言う。
「だーかーらー、そういう怪奇系は俺の仕事じゃねぇっつーの」
「天使は、白い大きな翼を持っていて、髪は灰色、そして、瞳は海のように澄んだブルーなんです」
「お前、俺の話を聞く気あるのか?」
 完全に無視をされた草間武彦は溜息と共に声を吐き出した。
「お願いします。ここでしか頼めないんです。天使は美しい癒しの声を持っていますが、時には冷酷にもなり翼によって敵に攻撃も仕掛けてしまいます。外にいると危ないんです。この絵に入っている限り人に危害を加えることはないので安心しきっていたら、逃げ出してしまって……彼女を止められるなら僕は彼女を他の人の手に渡したとしてもかまいません。とにかく彼女には制御が必要なんです」
 こうして、押し切られるのか。
 真摯な男の瞳に圧倒され、草間は己の敗北を自覚せざるをおえなかった。

***

「お前、飛べたよな」
「飛べません」
 興信所に呼び出された篠宮久実乃は、挨拶もすっ飛ばした草間の第一声にすかさず答えた。草間のすがりつくような切実な声は、久実乃の溜息を誘うには十分な効果を発揮した。
 草間は久実乃が飛べないといってもまだ諦められないらしく、その後もしつこく問いただしてくる。
「飛んでただろ、ほら」
「あれは障気で体を支えているだけ。本当に「飛ぶ」為には人間一人分の空気の擾乱が必要。それでは光学迷彩や霊波隠蔽機器等で姿を消す意味が無いし、だから普段はやらない」
 久実乃の反撃に合うと、草間は口をつぐむしかほかに道はなかった。久実乃は無言になった草間に対して、諦めたような目を向けると言う。
「別に、飛べなくても大丈夫なんじゃない。トラップ域に追い込んだりすれば」
「まぁ、そうだな」
 草間は楢原へ顔を向けた。久実乃もそれにつられるように楢原を見る。
「今回の、依頼人?」
「ああ」
 久実乃は草間の言葉を聞いてから、楢原に近づいた。座っている彼に視線を落とし、口を開いた。
「絵が飛び出すという話だけど、楢原さんの絵はいつもそうなんですか?」
「はい、猫などはよく飛び出します。僕は絵に命を吹き込む能力を持っているんです。猫などは害がないので放って置くのですが、さすがに天使はまずいかと思ってここに来ました」
「確かに、まずいですね」
「とりあえず地道に目撃証言を聞いていくしかねぇか」
 草間の言葉に、少々考え込んでいた久実乃も頷いた。

***

「こりゃ、酷いな」
 楢原の家の近くから聞き込みをしようと意気込んだ三人だったが、楢原の家に向かう途中で襲われた人が多数見つかったことに対して事の重大さを再認識させられた。
「おい、大丈夫か」
 草間が手短に居た男に声をかける。みな比較的軽傷で、何か鋭い刃物がかすったような傷が一・二箇所についているだけだ。
「ああ、かすっただけだから平気。あんたらも、見た? あの天使」
「いや」
「ったく、襲ってきやがって。羽根が腕をかすったぜ」
「どっちに行ったかわかりますか?」
 久実乃がたずねると、男は少しだけ考えてから指で天使の向かった方向を指し示した。
「確か向こうのほうへ行ったはずだ」
「ありがとうございます、病院へは?」
「この程度の傷、舐めときゃ直るよ」
 久実乃は男のその言葉に頷くと、楢原と草間を見た。
「行ってみよう」
「そうだな」
「はい」
「それから」
 久実乃は一度言葉を切り、自分の提案を口にした。
「おびき寄せてみようか」
「どうやってだよ」
「ごみとか、捨てて」
「そんなんでくるのか!?」
 草間の驚愕した声に、久実乃は首をかしげた。
「わからないけど、罪は罪だし」
 そういって久実乃はぽいっとポケットからごみを取り出すと投げ捨てた。
「おい、環境破壊」
「コンクリート固めの道のほうがよっぽど環境破壊だけど」
 久実乃はごみを捨てながら天使が向かったという方向へと歩き出した。草間も楢原もその方向へと向かった。
 角を曲がったその瞬間。
 白いものが久実乃のほうへと向かってきた彼女はそれを軽くよけ、とんできた方向を見ると地面から数メートル浮かんでいる天使がそこにはいた。天使はよけられたことが癪に障ったのか、久実乃をさらに攻撃しようとする。
 久実乃はそれらも避ける。
 トラップ域に誘導しようと走り出した。天使の青い瞳は明らかに正気を失っており、そうするしか方法がないように思われたからだ。
 多少でも正気をよみがえらせることが出来れば楢原のことを認識できるかもしれない。天使の瞳は久実乃しか映しておらず、楢原と草間を置いて、久実乃は駆け出した。
 風が頬をなで過ぎ去っていく。
 すれ違う人々が何事かと思いながら振り返る。一瞬久実乃の頭の中にもし天使が標的を変えたらどうしようかという不安が掠めて去っていったが、相変わらず天使は久実乃二攻撃を仕掛けているし、目移りしていないようなのでほっと胸をなでおろした。
 そしてトラップ域に辿り着くと、天使がその罠にはまるのを見つめた。
 様々なトラップが起動し、彼女の動きを止める。だが、さすがに天使だ。あまり彼女にはトラップは効いていないようだった。
 楢原と草間も久実乃に追いつき、トラップ域にいる天使を視界に入れた。
 楢原が一歩前に踏み出す。
「ここまでしてもらってすみません」
 久実乃は無言で頷いた。
 楢原が絵画を持って天使の前に立った。トラップ域の攻撃に気を散らしていた天使は、そこから抜け出した瞬間に見えた己を創造した楢原に対して目を見開いた。
「創造主」
 彼女はつぶやき、そして諦めたように地面に足をつけた。
 ふわりと金の髪が浮き上がり、青の瞳が真っ直ぐ楢原を見つめている。
 天使は溜息を吐き出した。
「すみません」
「意見があるのなら言ったほうがいいですよ」
 久実乃の言葉に、天使は楢原を真っ直ぐ見つめると口を開いた。
「さみしかったんです」
「さみしかったとは?」
「動物が好きで、だから絵の外に出てみたくて。でも、絵の外は予想外に汚れていて、自分を抑えることが出来なくなってしまったんです。すみません」
「絵を、書き直しますよ」
 頭をたれた天使は楢原のその言葉に、はっとしたように顔を上げた。
「絵を、書き直します。あなたが住みやすいように森の中に動物たちを描きましょう」
「ありがとうございます、創造主」
 天使は満面の笑顔を顔に浮かべ、それから楢原の持っていた絵画の中へと入っていった。
 それを見届けてから、楢原が草間と久実乃に向き直った。
「ありがとうございます」
 二人は顔に浮かべる笑みを深くして、頷いた。
「依頼だしな」
 頬を指で掻きながら、草間は言う。それを見て、久実乃は冷静に突っ込みを入れた。
「草間、素直じゃないな。感謝されて嬉しいならそういえばいい」
「うるせぇ」
 二人のやり取りを見ながら、楢原はもう一度お辞儀をした。
「本当に、ありがとうございました」
「よかったな。……じゃあ、帰るか」
 草間の言葉に、久実乃と楢原は頷いた。


エンド
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】

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■         ライター通信          ■
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ササキビクミノ様
 ありがとうございます。どうでしたでしょうか?
 初めて発注していただけありがとうございました。
 もっと精進したいと思いますので、また機会がありましたらよろしくお願いいたします。