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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


幽霊とどら焼き

「っくしょん」
秋風が冷たい。というよりも、秋を追い越して冬がやってきたような感がある。三下忠雄はスーツの上から二の腕をさすりながら我が家へと急いでいた。部屋の戸棚には買っておいたどら焼きが待っている。あれを熱いお茶と一緒に食べれば、寒さなど幸せの前に逃げてゆくことだろう。
 どら焼きの食べたさに三下はその日、普段には使わない路地を近道した。本当は薄気味悪いので通りたくなかったのだが、甘味の誘惑には勝てなかった。ところが、それがいけなかった。
 人気のない路地で出会ったのは、迷子の幽霊。幽霊とはいえ、泣きそうな顔の子供を放っておくわけにもいかず、三下は一緒にあやかし荘へ連れて帰ることにした。

 座敷わらしの嬉璃が時計を見上げると六時半。そろそろ三下が帰ってきそうぢゃとせんべいをかじった。そろそろ帰らなくては、と気にしたのは斎藤智恵子。引き止めるように弓削森羅が新しいかりんとうの袋を破った。
 お茶の時間に呼ばれて、何時間となくだらだらとしたおしゃべりを三人で続けていた。といってもほとんど森羅のおしゃべりに嬉璃が皮肉を飛ばすのを、智恵子が聞いているという構図。
「智恵子、まだ帰らずともよいぢゃろう」
お菓子で森羅に誘われ、言葉で嬉璃に念を押され。立ち上がりかけた智恵子は結局、元の座布団へすとんと戻る。すかさず、うさぎ模様の湯飲みへお茶が注がれる。
「これもうまいぞ」
かりんとうに加えて、どら焼きが卓袱台に上った。おいしいと評判の和菓子屋で、毎週木曜日にだけ販売される限定品だった。嬉璃がどこから掠めてきたかは、言うまでもない。
「三下さんが泣きますよ」
事情をしっている森羅だったが、ちゃっかりと手は伸ばす。と、どこからか自分のどら焼きの危機を感じ取ったのか、三下の悲鳴が聞こえてきた。
「なんぢゃ?」
「あっちから・・・ですね」
智恵子が縁側から見える塀を指さし、短い呪文を唱えてひとさし指をくるりと回した。壁の向こうを透かし見ることは、魔法学校の一年生で習う呪文である。一メートル四方の塀が切り抜かれたように、ぽっかりと向こうの景色を映し出す。
 塀の向こう側では、三下が白い大きな犬に追い回されていた。三下本人は必死なのだが、犬は実に楽しそうで尻尾を振り回している。
「なにをしておるのぢゃ」
嬉璃は転げまわって笑っている。森羅も思わず吹き出してしまったが、三下のそばにいた少年に目を止め、智恵子に尋ねる。
「智恵子ちゃん、魔法の効き目がありすぎだよ。あの子まで透けてる」
「あ・・・あれは、魔法じゃなくて・・・」
人の体を透かし見る魔法は、まだ使えない。智恵子は少年が普通の人間ではなく幽霊なのだと告げた。ふうんと森羅はうなずき、それから三下を助けるため卓袱台の隅に盛られていた猫のおやつ用の煮干しを取ると、塀の向こうへ放り投げる。
「わうっ!」
今しも三下へ圧し掛かろうと見事な跳躍を見せた犬だったが、その目の前に煮干しが降ってきたものだから興味が移る。三下を飛び越え、大きな口をぱくんと開けて、煮干しを飲み込んだ。危機一髪を逃れた三下は、どうやら腰が抜けたらしくその場から動けない。
 情けない三下を運んできたのは羽角悠宇と三下を襲った犬の飼い主、初瀬日和だった。

「あーっ!」
悠宇に支えられて茶の間に入ってきた三下は悲鳴を上げた。なぜかといえば自分の楽しみにしていたどら焼きがなぜか部屋から持ち出され、卓袱台の上に並んでいたからである。犯人の嬉璃は悪びれる様子もなく、三下の目の前で頬張っている。
「嬉璃さん、なんてことをするんです!ひどいです!」
腰が抜けているのも忘れて非難を飛ばす三下だったが、嬉璃はそんな眼鏡をじろりと睨み
「技量の狭い男ぢゃのう。ほれ、そこの童も呆れておるわ」
と、三下についてきた幽霊の少年を盾にしてさらに一口飲み込む。口元にこしあんがついているのを面倒見のいい日和が拭う。
「う・・・」
「ったく、情けねえなあ」
言い返せなくなった三下を呆れるように投げ出す悠宇。笑い上戸の森羅は相変わらずけらけらと腹を抱えながら、しんがりにくっついてきた少年の幽霊に手招きする。
「おいでよ。こっちに座ってなにか食べ・・・ああ、食べられるならだけど、どう?」
「・・・」
少年の目はどら焼きに注がれていた。嬉璃が食べ、森羅が食べ、最後の一つである。全員の目が少年からどら焼き、そして三下へ注がれる。ここが大人としての度量の見せ所だ、と言わんばかりに。
「あ・・・う・・・」
限定品のどら焼きなのに。せっかく買ってきたのに。今日は朝から楽しみにしていたのに。せめて半分こ。言い訳がぐるぐると頭を巡るのだが・・・。
「・・・どうぞ」
三下は無言の圧力に屈した。
「おいしいですか?」
どうやら幽霊というものは集中すれば生きているときと同じに物へ触れられるらしく、どら焼きをかじっている少年に智恵子は微笑みかけた。こくん、と頷く少年、哲也は智恵子よりもずっと幼く見える。
「お菓子、久しぶりだから嬉しい」
幽霊になると、甘いものを食べる機会というのが減るらしい。たしかに霞を食べる仙人ではないが、線香だけでは味気ない。
「お参りに来てくれる人もね、お花ばっかりなんだ」
「じゃあ、今度お菓子を持っていってあげましょうか?」
本当、と哲也の目が輝いた。こういうところは、生きている子供と変わらない。どんなお菓子が好きですかと訊ねる智恵子に
「シュークリーム!」
と答える様は本当に嬉しそうで。
 よかった、と智恵子は思った。シュークリームなら作ったことがある。ここでミルフィーユだなんて言われたら、お菓子作りの腕を上げるまで待ってと頼まなければならなかった。

 あやかし荘の茶の間で、幽霊の哲也少年はつかの間の現世を楽しんだ。おいしいどら焼きを食べ、人と会話し、動物と遊んだ。しかし、人が家に帰るように幽霊は幽霊の世界へ帰らなければならなかった。
「帰る道を探さないとね」
幽霊の行くべき道のはじまりは、本人の死んだ場所から丑寅の方向にある。だからまず、哲也がどこで死んだのかを特定する必要があった。
「哲也くん、犬の散歩の途中で事故に遭ったそうなんです。どこかの交差点じゃないかと思うんですけど」
「どこだったか覚えているか?」
「・・・ううん」
元々自分は方向音痴で、犬を散歩させているとしょっちゅうわからない場所に出るのだと哲也は言った。慣れない場所だったから道を渡るタイミングを間違えたのだろう、日和と悠宇は見通しの悪い交差点を思い浮かべた。
「なあ、三下さん。あんた聞かないか?子供と犬が交通事故に遭ったって話」
「いえ、私は・・・」
首を振る三下を、嬉璃が役たたずぢゃのうとばっさり切り捨てる。実に、容赦がない。
「ここはわしの出番ぢゃな」
嬉璃は立ち上がると茶の間を出て、あやかし荘の奥へ向かった。紐で引っ張られていくように、全員が後に続く。三下もどうにか歩けるようになっていたので、壁を伝うようにしながらついていく。
 嬉璃の小さな足が止まったのは「曼珠沙華の間」と札の下がった襖の前だった。曰くありげに、といってもあやかし荘の半分はこれなのだが、注連縄が張られている。
「ここがあの世へ通じておるのぢゃがのう、性質の悪い連中ばかりがここを使うもので、面倒ぢゃから五十年ほど前に封印したのぢゃ」
「・・・・・・」
嬉璃の頭上で、皆は視線を合わせた。性質の悪い幽霊が通る道だなんて、一体どこへつながっているのだろう。危険な道を哲也に通らせるわけにはいかない。
「俺が結界を張るよ。あの子に邪魔な奴は通らせない」
陰陽道の心得を持つ森羅は、ポケットから幾枚かの符を取り出した。しかし符に書かれた文字をちらりと見た嬉璃が
「その符は封印を強めるだけぢゃ。入口を開くことはできぬぞ」
「それなら私が、あの、魔法で入口を開きます・・・えっと、魔法書を見ながらですけど」
精一杯頑張りますからと智恵子が頬を赤くしながら前へ出た。恥かしがりの智恵子は、滅多なことではこういう断言はしない。今日が例外なのは、哲也という少年の力になりたいからだった。
「それじゃ俺たちは、フォローに回るか」
「そうね」
イヅナを従える悠宇と日和は鋭い霊感探知機を備えているようなものだった。危険な霊が近づけば察知ができる。今からやることは貯水されているダムへ杭を立てるようなもので、智恵子が哲也の通り抜けられる穴を穿つまで他の場所が決壊しないよう悠宇と日和、そして森羅で防がなければならないのだ。
 三下は実に、立場がない。

「いきます」
魔法書の呪文を何度も口の中で繰り返し、暗誦できるようになったと自信のついた智恵子は魔法の杖を片手に部屋の前へ立った。杖の先端で襖に触れると、その部分が青く輝く。呪文を唱えるのに従い、その色はゆっくりと広がっていくのだが、同時に襖の隅のほうが赤く染まり出す。
「破!」
赤い光は悪霊の通り道である。すかさず森羅が符を飛ばし、その上から封を刻む。符が足りなくなりそうになると、嬉璃が短冊に書いたものを足してくれる。それでも封が間に合わず、悪霊が赤い光から顔を出したときは二匹のイヅナが果敢に立ち向かう。一匹が鋭い歯で悪霊に噛みつき、向こうが怯んだところへもう一匹が追い討ちで爪を立てるのだ。大人しい普段が嘘のような立ち回りを見せていた。
「あと少しです、頑張ってください」
智恵子が悪霊の赤い光から顔を背けるようにしながら皆を励ます。青い光の道が、哲也の通れる大きさになるまであとほんのわずか。
「あ」
ぱん、となにかが弾けるような音がした。衝撃に飛ばされかけた智恵子は、日和に後ろから抱きとめられなんとか尻餅をつかずに済んだ。
 見ると、青い光を無理矢理に通り抜けようとしている悪霊が一体。
「この野郎」
符を飛ばすのももどかしいとばかりに森羅は智恵子の前に飛び出して、符を握った左手で悪霊を思い切り殴りつける。さらに右の手でもう一発、お見舞いしようとした。
「大人しくして・・・うわっ!」
しかし悪霊は最初の一発で怖気づいてしまったらしく、森羅の二発目は空を切った。体勢を崩した森羅はそのまま青い光の中へ転がり込みそうになったのだが、慌てて悠宇が手を伸ばし、森羅のシャツを掴んで引っ張り戻す。
「なにやってんだ」
「悪い」
髪の毛を半分ばかり、向こうの世界に持っていかれそうになってしまった。だが、森羅が落ちそうになるくらいに光が広がっているのなら、哲也は充分にこの中を通り抜けられるだろう。
「・・・あの」
別れの間際になって、今までずっと廊下の隅にうずくまっていた三下が哲也に話しかけた。そして抱えていた鞄の中から小さな紙袋を取り出し、手渡す。
「どうぞ」
それはおいしいと評判の洋菓子店で、金曜日限定発売のマドレーヌ。売り切れる寸前の、最後の一個だけを買えたのだ。受け取って中身を覗いた哲也は笑った。
「ありがとう」
「また遊びに来てください」
今度は一週間分のお菓子を用意しておきますからと、三下は力なく笑った。さて今夜、自分はなにをおやつにしようかと考えているようだった。
 手を降りながら、哲也は青い光の中に消えていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生
6608/ 弓削森羅/男性/16歳/神聖都学園高等部一年生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回のノベルは書き終わってから気づいたのですが、
皆様同じ年齢でした。
それでもなんとなくお兄さんお姉さん、もしくは
弟妹っぽい雰囲気になったのが面白かったです。
本当は今回、哲也少年はあやかし荘に住んでもらおうかと
思っていました。
ですが智恵子さまが頑張って入口を開いてくださるというので
これは帰る方向にしなければと展開を変更しました。
魔法を使うシーンというのは、いつもどんな風なのか
悩みつつ書かせていただいています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。