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一時間後の大スクープ
[opening] 神宮寺&桐月
アトラス編集部に、木月・舞と名乗る少女がやってきて、3時に起きるという銀行強盗の件を話していたころ。
綺麗に磨かれた鏡面のような床に軽快に響いていたハイヒールの音がぴたりと止まった。
「なんですって? それは本当なの?」
神宮寺・夕日 (じんぐうじ・ゆうひ)の麗しの美貌が怒りの赤に染まったのは、署員の雑談が耳に入ったからだ。すぐ前を歩いていた男――警官だ――が語っているのが聞こえたからである。有無を言わさずその肩をつかんで振り向かせる。
「今の話、もう一度最初から教えて」
「は、はぃ……」
えもいわれぬ凄みに負けそうになりながら、名も知らぬ警察官が語ったことには、彼の知り合いの警察に女子高生が現れて、妙な事を言ったのだという。予知能力によれば、これから1時間後に銀行強盗が起こるから泊めてくれ、というのだ。けれど、誰も取り合わなかった。笑い話になっていた、と。
「教えなさい、それはどこの警察署?」
夕日はすでに携帯電話を用意して待ち構えている。相手の場所を聞くとすぐさま電話をかけた。きびきびと会話をしていく彼女の声音が、みるみる冷めていく。否、ただ冷めているのではなく、怒りで青ざめているというのが正しい。
「分かったわ、わたしが止めます。断固として阻止して見せるわ!」
彼女が乱暴に通話終了ボタンを押したのは、ちょうど午後の2時22分であった。
S銀行T支店は、いつもと変わらぬ様子であった。昼下がりの日差しも暖かく、とてもこれから銀行強盗が起きる場所だとは信じがたい。
「でも、ここで本当に起こるのね」
神宮寺はさっそく行内へと足を進めた。強盗が起こるとわかっているのなら、事前にできる限り阻止すべきだ、というのが彼女の意見である。
しかし、支店長だという小太りの男は、彼女が女性だということもあってか薄笑いを浮かべたまま、
「警察ともあろうお方が、そんな戯言を真に受けるんですか? いや、大変ですねえ、今日日の警察は。そんな超能力に振り回されて」
まるで相手にしない。
「大丈夫ですよ、うちは。以前も、脅迫状めいた手紙が届いたことがありましてね。一応警備員の数を増やす措置をしましたが、結局何も起きなかったことがあったんですよ。備えるだけバカを見る可能性が高い」
脅迫状と予知能力をいっしょにするな、と言いたかったが、言えば最後反論されることは目に見えていたのでぐっとこらえる。
「……分かりました。では、私が個人的に警戒に当たることについて許可をいただけますか」
せめてそれくらいはさせてもらわなくては気がすまない。
「あなたも物好きですね」
なんと言われようと、起こるかもしれない犯罪を見過ごすことはできなかった。
●
「大変申し訳ございませんが、お客様の場合ですと、融資はちょっと……難しくなってしまいますね」
うすうす予想はしていた返事に、桐月・アサト(きづき・あさと)苦笑いを浮かべた。黒いスーツをパリッと着こなした以下にも真面目そうな銀行員は、少しも申し訳ないと思っていなさそうな顔でぬけぬけとお決まりの向上を述べる。
ああ、そうさ。どうせ担保も信用も何もないさ。
「悪かったな、時間かけさせて」
「いいえ、またのお越しをお待ちしております」
深々と頭を下げて、行員は桐月を見送った。が、そのまま真っ直ぐ帰るのも癪だ。入り口へ向かう道すがら、ほかの窓口でのやり取りをそれとなしに聞いてみたり、待合席でいらいらしながらケータイに向かって小言を呟いている女性をこっそり観察したり――
「あれ、あの人って確か……」
彼の記憶に間違いがなければ、彼女は確か、警察組織に所属する女だ。
そっと近寄って、話の内容を盗み聞きしてみる。とはいえ、相手は警察の人間だ。あまりあからさまに近付いてはすぐに気付かれる。会話が聞こえ、且つ不自然ではない距離を保つ。
「……えぇ、そうよ。だから、とりあえず私一人でも警戒するつもり。――たかが予知夢なんていって、本当に強盗事件が起こったらどう責任を取るつもり?」
これはまた、物騒な話をしているものだ。強盗はともかく、予知夢とは一体なんだろう。まさか、夢で強盗が入るのが見えたから心配になってここに来たのだろうか。だとしたら、大した仕事熱心さだ。一円も融資してくれない銀行なんて、銀行強盗にでもあってしまえ、と冗談混じりに思いながら、桐月は銀行を出ようとした。自動ドアが開く。開いたのは、桐月がセンサーに触れたからではなかった。
「っ……」
外から入ってきた、覆面を被った男たちだ。覆面レスラーが被るような、黒地のニット。目の回りには赤い縁取りがしてある男を筆頭に、黒地に青い縁取りの一人、もう一人はタイガーマスクであった。
「あんたら、もしかしなくても強盗?」
桐月の素っ頓狂な声は、幸か不幸か周りの注目を集めることとなった。
赤い縁取りの一人が小さくしたうちすると、桐月の腕を掴みその腹に筒状のものを突きつけた。半歩後ろにいた青い縁取りの男が、天井に向けて同じく筒状のモノ――拳銃の引き金を引いた。
空気が破裂し、天井からそれを構成しているはずのタイルがぱらぱらと落ちてきた。
「全員その場に手をついてじっとしてろ!」
彼らは、紛うかたなき強盗であった。
[15:00]
鼓雫・雷哉(こしずく・らいや)は三下とともに銀行の出入り口付近にいた。もしも強盗が来たのなら、その出入り口を見張っていれば何らかの行動が取れるかもしれないと考えたためだ。
パティ・ガントレットは、予知夢を見たという女子高生、木月とともに待合席に座っていた。もっとも人が密集している位置にいれば、一般人を守りやすいだろうと考えたのだ。
唯一警察側の人間である神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)は、待合席とカウンターの間にある柱に寄りかかるようにして、辺りを警戒していた。銀行の人間がこの事態に注意を払わないならば、こちらで何とかするまでだ。
そして、3時に何が起こるかを知らない桐月・アサト(きづき・あさと)は、融資を断られてがっくりと肩を落として、今まさに銀行を出ようとしていた。
その彼と入れ違いに、とんでもない恰好をした男たちが入ってきた。
手にはおそろいの黒光りする拳銃を持ち、防寒具の一種らしい頭を全部覆うニット帽をかぶった、3人の男。それぞれ、赤、青、黄色のニット帽をかぶっているため、今後は便宜上そのカラーで呼ぶことにする。
リーダー格らしいレッドが、乱暴に桐月の肩をつかみカウンターのほうを向かせると、背中に銃を突きつけた。何の躊躇もない、流れるような動きに、観葉植物越しにそれを見ていた鼓雫が内心で口笛を吹く。素人が金に困っての犯行、というわけではなさそうだ。
「お前ら全員、床に伏せろ! 少しでも妙な動きを見せたら――撃つぜェ?」
にやりと笑った――かどうかは分からないが、そんな笑みが似合いそうな口調でレッドが叫んだ。同時に、ブルーが天井へ向けて発砲する。ようやく、いやおうにもこの場所がどれだけ非日常的な空間になってきたのかに気付いていく。
「ふ、伏せてください、皆さん。どうか、お願いします……」
カウンターの向こうで、支店長がおどおどと客の安全確保に乗り出した。が、
「てめぇもだ、とっとと伏せろ。――それから、そっちの女ァ、早く金もってこい! 俺たちの目的くらい、わかってんだろう。なあ? ――そうだな、3億だ。そんだけあれば十分だぜ」
短気なのだろうブルーが、大またでカウンターへと歩いていき、奥で顔を真っ青にしている支店長へ言う。それから、ちょうどその辺りに立っていた夕日に、安っぽいボストンバッグを押し付けた。
「……」
恐怖で声が出ないふりをしながら冷静に考える。犯人の方からこうやって接触してくるとは好都合だ。夕日は口の端がつりあがるのを犯人からさりげなく隠した。ただし、ここで一人を確保しても残りの二人がどう動くか分からない。まだ派手な行動にでるのは避けたほうがいい。先ほどまで威勢の良かった支店長とアイコンタクトを取りながら状況を観察する。
「下手に動いたら分かってんだろうなぁ? ポケットからてぇ出しとけよ。ケータイいじってやがったら殺すぞ!」
イエローが威嚇しながら大またで店の中を歩き回り、じろじろと客の一人ひとりを睨みつけていく。パティの隣で、木月が青ざめていっそ白くなった顔で震えている。
「大丈夫。あなたには指一本触れさせません」
そっと囁いて、手を握り締めてあげるパティだ。
震えているのはもう一人いた。
「……なぁ、これ記事にするんだろ?」
鼓雫は小さくぼやいた。我らがアトラス編集部の三下は、一発目が発砲された時点で腰が抜けていた。誰にも負けぬ乙女っぷりである。
カウンターの奥から、支店長と職員の男が恐怖と緊張に歪んだ顔で札束を運んできた。
「こ、これでいいか……?」
ブルーはちらりと札束を見ると、すぐに怒鳴り散らした。明らかに数が足りない。
「俺は三億っつっただろうが! 早くもって来いやぁ!」
ふたたび銃をぶっ放す。申込用紙などの入ったスタンドが派手な音を立てて倒れる。偶然そばにしゃがんでいた親子連れが、その被害をもろに受けた。
「やめなさい……っ」
夕日が小さく悲鳴じみた声を上げるのと、
「――だれかれかまわず撃つというならば、わたくしを人質にしてはどうでしょう」
待合席からパティが立ち上がったのはほぼ同時だった。ブルーがうるさそうにパティのほうを振り向く。
「――自己犠牲か、高尚なこって」
入り口付近に立ったまま桐月を盾にしていたレッドが皮肉げに笑い、こちらに来るようにと顎でしゃくって見せた。それと同時に、黄色のニット帽――イエローがパティに向かって銃を向けながら近寄っていく。
盲人用の杖をついたパティは、口元に薄く笑みさえ浮かべながら
「自己犠牲というほどのものではありませんよ。ただ、生きていても仕方ない、ここで散るのも定めならば従おう、と思ったのみ」
「……あぁ?」
「わたくしがここにきたことと、あなた方がここへ来たこと。双方に意味を見出すとするならば、やはりこの命を絶つべきときがきたと考えるのが妥当ではないでしょうか」
自殺願望か、とあたりの空気が納得したように波打った。無論「振り」なのだが、真に迫っていたのだとしたら願ってもいないことだ。
「死に違ってるやつを撃つのは面白くねぇなあ」
くさりきった台詞を吐きながら、イエローはパティの腕を取る。そして、奇妙なうめき声を発した。
「……なんだ、これは」
「手甲のことでしょうか」
しれっとした調子でパティが答えた。
「手甲だぁ?」
「えぇ、ご存じないのですか? 例えば、このようにして使うのですよ」
静かに告げると、パティはしなやかな身のこなしで裏剣をイエローの顔面に決めた。
「――ごめんなさい、気が変わりました。わたくしとて死に場所は選びたいのですよ。あなたごときの弾丸に散るのは、ごめんですね」
感情の読めない表情で決め台詞を吐く。
それが、ほかの面々が動くきっかけになった。
「てメェ、何しやがる!」
仲間のノックアウトに分かりやすく激昂したブルーは、金をつめる作業をしていた女――夕日がくるりと自分のほうを向くのに気付かなかった。手をすり合わせて、準備万端だ。
「何しやがる、はこちらの台詞ですね。銀行強盗さん方?」
凛とした夕日の声に、ブルーはほとんど警戒心を出さずに振り返った。
「あぁ? ――っでえぇええっ!」
すごい勢いで投げ飛ばされ、立ち上がろうとしたところを夕日がすでに詰めていた。日本武道を舐めてはいけない。
すでに動かなくなった――命に別状はない――ブルーに、懐から手錠を取り出してその両手首にはめる。はめながら、ずっと入り口を見張っていたレッドに視線を向けた。残るは彼一人だ。
分の悪さを感じ取り、レッドは逃げに入っていた。こちらには人質がいるのだ。そう簡単に、やられはしまい。そうたかをくくっていたのだが、
「そろそろ俺も暴れていい?」
ずっと拳銃を突きつけられていい加減に体が硬くなっていた桐月が、場にそぐわないのんびりした声音で言う。
「ぅうぅ、動くなっ!」
相手の言葉にかまわず、桐月は自分の肩をおさえる男の手を外した。さりげなく位置を移動する。自分の背後に誰もいないような、そして支店長に自分の勇姿が見える位置であることをきっちり計算した立ち位置だ。
「動くなっつってんだろぉが!」
レッドは桐月の足を狙って拳銃を発射した。近距離であり、とっさによけられるものではない。うっかり目撃しそうになったものは、思わず顔を背けた。しかし、桐月は違った。
相手の動きを予測し、フェイントをかけた上でうまく避ける。弾丸は、桐月の足をわずかにかする程度で通過する。背後のソファにパシュッ、と穴が開いた。
「なんだ……っ?」
自分が信じられなくなったのか、銃を持つレッドの腕が震えだした。それまで一般人を威嚇していた瞳は逆に、辺りに怯えきった、狩られる側の瞳になっている。その瞳が、ちょうど観葉植物の前に立っていた鼓雫を捕らえる。じわり、と異様な光を帯びた。
「てめええぇぇぇぇぇっ!」
よく分からないが逆ギレ以上に理不尽な怒りが一気に鼓雫へと向けられた。
「なんでだよっ」
思わず突っ込みを入れながら、鼓雫は冷静に相手の動きを観察した。勢いに押されては相手の思うつぼだ。銃口が狙おうとしているのは、鼓雫の額。だが、彼が引き金に力を込める前に、鼓雫の蹴りがその銃を弾き飛ばしていた。あとは、おとなしくさせるのみ。
[ending] 桐月
全くひどい目に遭ったものだ。だが、これだけの思いをして、自分が体を張った感動的なシーンを見たからには、支店長としても何か手を打ってくれるかもしれない。
そんな期待を胸に、もう一度整理券をとり、警察が現場検証をしている中改めて窓口へ向かった。が、しかし、
「……あー、失礼。私恥ずかしながら緊張のあまりほぼずっと目を閉じていたもので。お客さま、大活躍だったんですか?」
「……いや」
改めて聞かれると、大活躍というほどのことでもないような気がしてきた。考えてみれば、人質にとられていた時間の方が圧倒的に長い。やはり、金とは縁がなかったということなのか。
「……ま、強盗には気をつけろよ」
道徳的な捨てぜりふを吐いて、桐月は銀行をあとにしたのだった。
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6735 / 桐月・アサト / 男 / 36歳 / なんでも屋】
【3586 / 神宮寺・夕日 / 女 / 23歳 / 警視庁所属・警部補】
【6708 / 鼓雫・雷哉 / 男 / 26歳 / 雑誌記者&ゴーストスナイパー】
【4538 / パティ・ガントレット / 女 / 28歳 / 魔人マフィアの頭目】
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