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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『盗まれた御札』



◆01.オープニング

「よう、蓮さん」
 その日アンティークショップ・レンを訪れたのは三十路も半ばにさしかかろうとした作務衣姿の男だった。
「真野宮の旦那? うちの店に顔を出すとは珍しいねえ。何かあったのかい?」
 蓮に真野宮と呼ばれた男は彼女と向かい合わせるようにどかっと椅子に腰掛け、少し声をひそめて話を続ける。
「いや何、あんたの店に俺の札が流れてないかと思ってね」
「旦那の札? そんなもんわざわざ売りに出すヤツがいるとも思えないけどねえ」
 男――真野宮・進(まのみや・しん)は札師だった。流派に拘わらず彼が書く札には力がある。その辺の神社やお寺で売られている気休めのお守りなどとは比べものにならないほどの力が。
 もちろん真に力を持つ能力者ならば、自分が使う札は自分で用意する者も多いだろう。真野宮の仕事は、見習いや助手相手に彼らが使えるような簡易的な呪符を書いてやったり、気休めのお守りよりは強い守護を必要とする者を相手に護符を売ったり、ということがほとんどだ。しかし、彼の札に世話になっている者は案外に多く、何を隠そう蓮の店でも危険なモノを封じるために使っていたりもする。
 真野宮の札の価値を知るものはそれを手にしたら手放したりはしないだろう。それを知るが故の先刻の蓮の言葉である。
 しかし、真野宮は首を横に振った。
「大きな声じゃ言えないが、うちに泥棒が入った」
「ああ、あのボロ長屋なら盗みはしやすそうだねえ」
 からかうように蓮は言う。真野宮の住んでいる長屋はよく言えばノスタルジックな、有り体に言えば古いくさい長屋形式の住居で、お世辞にもセキュリティがしっかりとしているとは言えない。
「うるせえ」
「で、何を盗まれたんだい?」
「全部、だ」
「は?」
 真野宮の言葉に、さすがに蓮は目を丸くする。
「全部だよ。攻撃用の呪符も、式神符も、封印符も、護符も、結界符も、ついでに手遊びで書いた黒魔術の魔法陣なんかもみんな盗まれちまった」
「そりゃあまた……」
 災難だったねえと言おうとして、蓮はあることに気付いた。
「手当たり次第、ということかい?」
「ああ。ヤツは硯や筆まで盗んで行きやがった」
「つまり犯人は素人の物取り?」
「おそらくは」
 少しでも呪術の知識がある者ならば、力ある札を節操なく持ち歩いたりはしない。流派の反発による衝撃、意図しない魔物の召還、そんなことが起きてしまう可能性が高いことを知っているからだ。
「だから売り飛ばしてあんたの店に流れてないかと思ったんだが……」
「あいにくうちまではまだ流れてきてないねえ」
 蓮の答えを聞いて真野宮はため息を吐く。
「放っておくのも癪だし、何より俺の札で何かが起こったら寝覚めが悪い。蓮さん、あんた色々人脈があるんだろ? 犯人を捕まえるのに協力してくれないかい?」
 蓮はしばし考え、うなずいた。素人が真野宮の札を持ち歩いているというのは確かに危険だし、何よりここで真野宮に恩を売っておくのもいいだろう。
「わかったよ。心当たりに連絡するから、ちょっと待っておいで」
 そう言って、蓮はこの手の事件に首を突っ込みたがるであろう者たちへ電話をかけ始めた。



◇02.蓮に呼ばれる人々-D

「呪符が盗まれたんですか?」
 蓮から事情を聞いて首をかしげるのは自称好事家の雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)だ。やっと家のことが一区切りついたので、気分転換と仕事のネタ探しにアンティークショップ・レンを訪れたところで、見事に蓮に捕まったというわけである。
「……本当に素人の仕事でしょうか?」
 じっと小首をかしげて何かを考え込んでいた凪砂は、蓮と真野宮の説明を聞き終わった後ポツリとそう言った。
「どういうことだい?」
「だって、呪符って普通の人が見たら文字がのたくったただの紙切れですよ」
 余りにも正直すぎる凪砂の言葉に、蓮のみならず真野宮まで思わず吹き出してしまった。
「ああっ! すみません、あたしったら! 真野宮さんはそれを描くことをお仕事になさってるのに……」
「いや、いいんだ。あんたの言う通りだよ」
 くっくっとまだ笑いながら、真野宮は凪砂の謝罪を受け流す。
「ただ家には他に本当に何もないからな」
「でも、古書の類は無事だったんですよね?」
 札師の仕事場で、素人目にもわかる価値あるものといえば資料関係の古書がまず目に入りそうなものだが。しかし、凪砂の疑問はあっさりと真野宮の説明で氷解した。
「資料はさすがに素のまま放ってはおけないからな。部屋の一角にまとめて、同じ長屋にいる見習い術師達に結界を張ってもらってるんだ。素人さんなら多分、そこに何かがあることすらわからんだろうな」
「なるほど……」
「まとめて包んでおいてたのもあるし、札束辺りと間違ったのかもしれんな」
 それが本当だというなら、何とも間抜けな犯人だ。そう思ったが育ちのいい凪砂は声には出さない。代わりに別の犯人へのアプローチ方法をを口にした。
「硯や筆はその手の収集家もいますよね。蓮さんと重なるかも知れませんが、あたしのツテの骨董屋さんにも一応聞いてみます」
「ああ、あんたにもそっちのコネがあるか。じゃあ、あたしと被らない辺りを頼むよ」
 凪砂の好事家ぶりを知っている蓮がそう言って電話帳を開いた。
「とりあえずあたしは、この辺りに連絡をつけてみるから――」
「じゃあ、あたしはこっちの方のツテを頼ってみますね」
 いかにもおっとりとしてお嬢様然とした凪砂だが、意外にもきびきびと蓮と役割の分担を決めていく。
「それで、真野宮さん。硯や筆の形の詳細は……?」
「ん? ああ、筆は自作だってだけでどこにでもあるようなもんだよ。硯は、側面に知り合いの術者に彫ってもらった魔除けの紋様がついてるな。筆置きは珊瑚細工だ。彼岸花を意匠に結構細かい細工がされている」
 真野宮はそこで言葉を切って蓮の方を見た。彼の視線に気付いた蓮が、言葉を引き取る。
「ああ、あの筆置きかい?」
「ここのお店で買ったものなんですか?」
 凪砂は驚きの声を上げた。
「そうさね。あれは旦那と相性がいい代物だ。他はどうなるか知らんがあれだけは、絶対旦那の手元に戻るだろうね」
「他の物も戻ってきて欲しいもんだがな」
 ふう、と真野宮はため息をつく。
「そこはこいつらの活躍次第だねえ」
 と蓮は凪砂を見た。突然話を振られた凪砂は「頑張ります」と言うしかない。
「よろしく頼む」
 そう言って真野宮は深々と頭を下げた。
 アンティークショップ・レンに並べられるような品物と縁が出来る腕が良い札師。彼が作る符はいったいどのような代物なのだろうか。好事家としての凪砂の興味がうずく。
「事件が終わったら、真野宮さんに取材させて下さいね」
 そうして凪砂は、骨董品屋へと聞き込みに出かける前にそんな約束をしっかり真野宮に取り付けたのだった。



◆03.集う協力者達

 かくして、蓮に声をかけられた者たちがアンティークショップ・レンに集結したわけだが、彼らは皆一様に有能だったので顔を合わせた時点で必要な情報はすでに出そろっていた。
「出版関係はダメね。アトラスはじめ何誌か回ってみたんだけれど、今のところそう言う投稿は来てないみたい」
「骨董屋も私や蓮さんが連絡してみたところ、そう言う品は流れてきていないということでした」
 まずはシュラインと凪砂がそう報告した。駄目で元々のつもりで行った聞き込みだったので、二人の顔に落胆の色は薄い。そして期待はいやがおうにも情報のプロに託される。皆の視線を一斉に受けて、風槻はノートパソコンを開いた。
「犯人はずいぶん慎重な奴ね。それともこっち関係のパイプを持ってないのかしら。いずれにせよネット上にはほぼ痕跡は見られなかったわ」
 そう言いながらもパソコンを操作する風槻の顔には笑みが浮かんでいる。
「『ほぼ』ということは完璧に、というわけではないのね?」
 シュラインが確認する。その言葉ににいと笑って風槻は画面に一通のメールを呼び出した。
「情報屋仲間の所も当たってみたんだけど、一人だけ反応を返してくれたのがいたわ」
 そう言って風槻はパソコンをくるりと回して、皆に画面が見えるようにする。
「『仲介人にコンタクトあり。呪術関係の札、売りたしとのこと。札の種類は不明』だそうよ」
 おおっと一同から感嘆の声が上がる。
「種類が不明ってことは、やっぱり犯人は御札の区別がつけられなかったのかな」
 首をかしげる森羅に風槻はうなずいて見せた。
「おそらくね。結局真野宮さんが言っていたように素人の犯行だったってわけ」
 コンピュータを手元に戻して、また別の操作を風槻ははじめる。
「では、その御札を買いたいと言えばおそらく犯人はすぐに食いついてきますね」
「そうね。自分じゃ価値も使い方もわからないんだもの。犯人はさっさとお金に換えてしまいたいはずよ」
 凪砂の言葉にシュラインも同意する。
「その辺もすでに手は打ってあるわ。今仲介人を介してコンタクトを取ってるんだけど、何とか直接の取引に持ち込めそう」
「直接取引だったら、その場で捕まえちゃえばいいよね」
 どこかわくわくしたように森羅が言う。
「でも売りたい物が御札だけということは、真野宮さんが本当に取り戻したい硯や筆、筆置きは現場には持ってこないかも知れませんよ」
 おずおずと懸念を述べる凪砂。
「その辺りは捕まえてからどうにでもなるだろうよ。このメンツならね」
 彼らのやり取りを後ろで聞いていた蓮が口を挟んだ。
「そうね。まずは犯人確保に全力を尽くしましょう」
 興信所勤務のため、この手の荒事には慣れているシュラインが事も無げに言う。
「でもさ、犯人は素人だろ? 闇雲に符を投げてきたりしたら危ないよ」
「そうですね……何とか、犯人の動きを止めてから捕らえなくては」
 術者であるが故の森羅の当然の心配に、凪砂も相槌を打つ。そんな二人に向かってシュラインは笑顔を見せた。
「その点に関しては私にちょっと考えがあるの。――ねえ、風槻さん。犯人との取引の場所は決まった?」
「今交渉中よ。何、どこか希望があるの?」
「実はね――」
 シュラインはそうして自分の企みを皆に話す。最初は怪訝そうだった他の者たちも、その計画の全容が明らかになるに連れ、シュラインと同じような笑顔になっていった。

「何だかなー」
 犯人捕獲計画を蚊帳の外で聞いていた依頼人・真野宮はそんな呟きを漏らす。
「ひょっとして素直に警察に行っていた方が、犯人にとって優しかったのかね」
「何を今更」
 煙管から紫煙をくゆらせながら、蓮がそれに答える。
「あたしの所に相談に来た時点で、生温い結果になんて終わるわけないじゃないか」



◆04.対決!

 太陽の光がすっかり落ち、街が人工的な明かりに浮かび上がる刻限。一人の男が路地裏に立っていた。古びた雑居ビルの裏手にあるこの狭い場所には、ネオンの明かりもろくに届かない。
「あなたが売り手側の取引希望者さん?」
 前方から影が二つ近付いてくる。声をかけてきたのはそのうちの細身の方、どうやら若い女らしかった。
「ああ。あんた達が――」
「そうよ。あたしは仲介人。で、この子が買い取り希望の子」
 いくら明かりのない路地裏とはいえ、闇に目が慣れればある程度は相手の様子を窺うことも出来る。はっきりとはしないが、仲介人の女が紹介した書いては、ずいぶんと若い、まだ少年と言ってもいい年頃の男のようだ。
「そんなガキが?」
「失礼だなあ。術の使い手なら若さはあんま関係ないっしょ」
 少しむくれたような声はやはり年若い少年の物だ。霊能力に今まで縁のない生活を送ってきた男にしてみれば、そういうものかと納得するしかない。
「じゃあ、早速商品を見せてよ」
「あ、ああ」
「俺は式神符と結界符が希望なんだけど」
 そう言われても、男にはどの札も同じように見えて全く区別がつかない。仕方がないので、男はあるだけ札を手に持ち、トランプのように広げて見せた。
「勝手に選べ」
 そんな男の動作を見て、買い手の少年は一瞬目を丸くしたあとふっと笑ったようだった。馬鹿にされているようであまりいい気はしないが、まずは取引を成功させることが先決だ。
「おー、さすが良い符がそろってるなあ。それじゃあ……これと、これをもらおうかな」
 少年は札に顔を近づけてしばらく吟味したあと、二枚男の手から札を抜き取った。目の前でヒラヒラと札を振られて、ようやく男はその札の紋様のわずかな違いに気がつく。これが少年が先程言っていた式神符と結界符とやらなのだろうか。
「それで料金だが……」
 はっきり言って男には相場はよくわからない。はったりでふっかけてやろうかと思案しているところに、仲介人だという女が声をかけた。
「相場通り、この辺りでどう?」
 女の声に彼女の方へ注意を向けた瞬間、符を持っていった少年が叫んだ。
「今だ! シュラインさん、凪砂さん!」

 森羅の声を合図に、雑居ビルの裏口を蹴り開けシュラインはホースを犯人に向ける。一瞬の後、ホースの先から勢いよく水が犯人めがけて飛び出した。何が起こったのかもわからないまま、犯人は水浸しになってしまう。手に持った符と一緒に。
「……うまくいったみたいですね」
 スプリンクラーのスイッチを入れた凪砂がシュラインと並び、犯人を見た。
「な、な……」
 余りのことに犯人は上手く言葉も出ない。そんな彼に向かって、風槻がにやりと笑った。
「泥棒相手の相場はこんなもんでしょ?」
「ええー、風槻さん、甘くない?」
 そんな風槻に向かって笑い混じりの声で森羅が答える。この男が、真野宮の家に入った泥棒だということははっきりしている。接触する前に、風槻が真野宮に新しく描いてもらった結界符で遠見をして、男が同じものを持っていることを確かめたのだ。
「騙したのかっ!?」
 ようやく事態が飲み込めてきた犯人が怒鳴るが、誰も取り合わない。
「盗品で商売しようとしてた人間が何言ってるのよ。盗人猛々しいってこういうのを言うのね」
 呆れ声でシュラインが言う。
 事態は飲み込めたが、この状況は非常にまずい。どうやらこの人間達は自分が泥棒だと知っているらしい。しかも、さっきの取引の演技が本当なら、少なくとも一番若い少年は呪術も使えるかも知れない。
 そう判断した犯人は、くるりと後ろを向いて逃げ出した。
「畜生、覚えてろよっ!」
 ……捨てぜりふを残すことを忘れない辺り、意外と律儀な性格なのかも知れない。何はともあれ、素直に彼を逃がしてやる義理は真野宮達にはない。
「逃がすかよっ!」
 そう叫んで、森羅は先刻手に入れた真野宮の札を犯人に向かって投げつけた。犯人の手から抜き取った“縛符”を。
「縛!」
 犯人の元に届いた符に力を込め、呪縛の場を展開させる。目には見えない力に捕らえられ犯人はその場に膝をついた。
「てめえ、何しやがった!」
「本当にあんた素人なんだな。俺が結界符って言いながら縛符を取ったのにも気付かなかったんだ」
 犯人の元に歩み寄りながら森羅が言う。他の三人も森羅と同じように犯人へと近付いていく。
「鮮やかな術ですね、森羅さん」
 凪砂が森羅の術を賞賛する。
「へへっ、自己流だけどこれくらいはね。真野宮さんの札も良い物だし」
 照れたように森羅は言った。
「畜生!」
 膝をついた場所から一歩も動けない犯人はそれでもまだ諦めていないようだ。手にした札をこちらに向かって投げつけようとしている。しかし、符はシュラインたちが彼にかけた水のせいで、ある物は破け、ある物は墨が溶け出し、正しく発動するものなどひとつもない。
「このやろう、放せえっ!」
 もがいている犯人の指が偶然ズボンのポケットに触れた。それで、彼はふと思い出す。盗んだ札の中に明らかに毛色の違うものが一枚あり、それは取引には使えないだろうと除外してポケットに突っ込んでいたことを。それが何なのかは知らない。しかし、このまま捕まるよりは――
「畜生、こいつならっ!」
 渾身の力で犯人はポケットから紙切れを取り出し、投げつけた。犯人にとっては幸運なことに、その紙は水の被害を被っていなかった。
 ぱさり、と音を立てて紙が地面に落ちる。丁度良く表を上にして“それ”は開かれた。
「げ」
「何よ、これ」
 能力者達は、それの危険性を一目で見抜く。それは、手遊びに真野宮が欠いたという黒魔術――悪魔召還の魔法陣だった。
「何か、ものすごくやばそうな感じ?」
 すでに魔法陣からはかなりの障気が湧き出してきている。本体が召還されてしまえば、ちょっとした惨事は免れないだろう。
「みんな、下がって!」
 森羅は他の三人を守ろうと結界を形成しようとする。が、そんな森羅の言葉を聞かず、凪砂が一歩前に踏み出した。
「凪砂さん?!」
 制止の声に凪砂は振り向いて微笑んだ。大丈夫だ、というように首を振る。そのまま凪砂は真っ直ぐに歩いていく。今にも悪魔が召還されようとしている魔法陣へ向かって。
 障気が渦巻く魔法陣の前に立ち止まり、凪砂は首輪に手を当てた。
「お願い」
 他の皆には聞こえないように、彼女は自分の“中”に向かって囁きかける。
「この悪魔を“喰べて”ちょうだい」
 そうして彼女は自分に巣くう力の一部を開放する。北欧の魔狼、フェンリルの力を。召還されかけの悪魔は、封印されているフェンリルにとっても美味しい食事であったようだ。魔狼は凪砂の願いを聞き入れ、障気と共に悪魔を喰らい尽くす。
 あっという間にそこに蔓延していた危機は、フェンリルの腹の中へと全ておさまってしまった。それを確認した凪砂は、もう一度フェンリルに語りかける。
「戻って」
 首輪を掴む手に力が入る。制御できるとわかっていても、フェンリルの力を開放したあとは緊張する。暴走させてしまえば、自分は化け物と恐れられ、しかもフェンリルは世界を破壊し尽くすだろう。
「お願い!」
 しかし、凪砂の緊張は杞憂に終わったようだ。久々のごちそうに満足したのか、フェンリルは凪砂の中へとおとなしく戻っていった。
「ふう」
 凪砂は額の汗を拭き、皆の方に振り返った。
「もう大丈夫です」
 怪奇事件になれている皆は、凪砂の力も受け入れ彼女のおかげで危機を脱したと感謝する。口々に礼を言い、彼女の力を称えた。
 しかし、そうはいかない者が一人いる。言うまでもない御札泥棒である。自分の理解を完全に超えた目の前の出来事に、すっかり腰を抜かしてしまっている。そんな犯人を皆で取り囲み、逃げられないようにする。
「さて」
 全員を代表して一番の年長者であるシュラインが彼を問いただす。
「あんたが真野宮さんの所から盗み出したのは御札だけじゃないはずね? 他の物はどこにあるの?」
 しかし犯人はふいっと横を向いて口を噤んだままだ。これが最後の意地だとでも言う気なのだろうか。シュラインは肩をすくめて能力者達の方を見た。
「どうやら犯人さんは黙秘権を行使するみたいよ?」
 シュラインの言葉に能力者達は次々に解決策を口にする。
「犯人本人がいるんだから、遠見の力を使っても良いわねえ」
 犯人の顔を覗き込みながら風槻。
「この符で式神創って探してもらうって方法もあるよね」
 式神符をヒラヒラとさせながら森羅。
「“中”の子はもう匂いを覚えましたから、この方のご自宅まで案内することは出来ると思います」
 首輪に手を当てながら凪砂。
「わざわざみんなが能力使わなくても、ここまで来たら警察に任せてしまっても良いんじゃないかしら」
 常識的だが、犯人にとって一番ダメージを与える方法を提示するシュライン。
「――……くっ!」
 能力者達の脅しに怯えながらも懸命に黙秘を続ける犯人の前にしゃがみ込んだのは、一連の騒動を見守っていた真野宮本人だ。
「こいつらは本気だぞ。さっさと白状しちまった方が、あんたの身のためだと思うがな」
 ぽん、と肩に手を置きながらしみじみと真野宮はそう言った。その真野宮の真実を語る瞳を見て――犯人はついに、自宅の場所とそこに他に盗み出した物があることを白状した。



 そして犯人から無事真野宮の商売道具を取り戻し、ついでとばかりに警察へつきだして来た帰り道、真野宮が急に真顔になり前方を歩く四人に向かって頭を下げた。
「皆、今回は本当に助かった。ありがとう」
 そんな真野宮に対し、泥棒退治に活躍した四人は四者四様の言葉を返す。
「気にしないで。あたしも今回の件でネットワークを広げることが出来たし」
「この式神符、本当に俺がもらっちゃっていいの?」
「今度から興信所の方で御札が必要な時は、真野宮さんの所にお願いしようかしら」
「あ、真野宮さん。取材のお約束、忘れないで下さいね?」
 彼らの言葉はそれぞれ好き勝手言っているようでいて、事件を解決した喜びにあふれている。

 かくして、札師の元から御札を盗み出した泥棒は無事捕まり、事件は終結を向かえたのだった。



 <END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235 / 法条・風槻 (のりなが・ふつき) / 女性 / 25歳 / 情報請負人】
【6608 / 弓削・森羅 (ゆげ・しんら) / 男性 / 16歳 / 高校生】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1847 / 雨柳・凪砂 (うりゅう・なぎさ) / 女性 / 24歳 / 好事家(自称)】



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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは。ライターの沢渡志帆です。
この度はアンティークショップ・レン依頼ゲームノベル『盗まれた御札』にご参加いただき、まことにありがとうございました。オープニングをのぞく物語の導入部分、PC様と依頼人・真野宮の出会いのシーンである◇で始まる章が個別の描写、それ以外の◆で始まる章が集合描写となっています。

今回も期限ギリギリの納品になってしまったことをお詫びいたします。前回の初依頼とはカラーを変えて捕り物メインで元気よく、と意気込みだけは威勢が良かったのですが、今まであまり書いたことのない雰囲気のお話だったこと、そして執筆に使用しているパソコンがトラブルにあったりと色々と事情があったのですが、お届けが遅くなってしまったことは事実。言い訳のしようもありません。

それでも本文の執筆だけは全力であたらせていただきました。参加下さった皆様に楽しんでいただければ、これ以上の喜びはありません。そして、NPCの真野宮からささやかではありますが皆様にプレゼントを用意させていただきました。アイテム欄をどうぞご確認下さい。

それでは、またご縁がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いいたします。