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名画の天使
オープニング
「お願いがあります。探し出してくれませんか?」
そう申し出てきた男の前には絵があった。
その絵には荒涼とした大地が広がっている。どこか物足りなく、そして、悲しみさえも感じさせるような絵だった。
「コレは僕、楢原 雄一の書いた絵なのですが、この中の天使が逃げ出してしまったんです」
その絵にはもともと天使がいたのだという。
その話を聞いた草間武彦は頭をかきむしり、不満げな様子で言う。
「だーかーらー、そういう怪奇系は俺の仕事じゃねぇっつーの」
「天使は、白い大きな翼を持っていて、髪は灰色、そして、瞳は海のように澄んだブルーなんです」
「お前、俺の話を聞く気あるのか?」
完全に無視をされた草間武彦は溜息と共に声を吐き出した。
「お願いします。ここでしか頼めないんです。天使は美しい癒しの声を持っていますが、時には冷酷にもなり翼によって敵に攻撃も仕掛けてしまいます。外にいると危ないんです。この絵に入っている限り人に危害を加えることはないので安心しきっていたら、逃げ出してしまって……彼女を止められるなら僕は彼女を他の人の手に渡したとしてもかまいません。とにかく彼女には制御が必要なんです」
こうして、押し切られるのか。
真摯な男の瞳に圧倒され、草間は己の敗北を自覚せざるをおえなかった。
「依頼、お受けしましょうよ、武彦様」
「デルフェス」
楢原と草間に湯気の立つ暖かな紅茶を出しながら、鹿沼・デルフェスは言った。彼女は今日手が開いていたという理由でたまたまここに手伝いに来ていた。女らしい彼女がいると、零の仕事はすくなくなる。
草間は溜息を吐き出しつつその紅茶に口をつけた。
「天使、ねぇ」
つぶやいて、少々考え込むと、零に向かって声をかけた。
「零、アリステアに電話をかけてくれ」
「アリステアさんですね。わかりました」
零は草間に言われ受話器を手に取った。
***
「天使、ということですか」
呼び出された金髪の神父は首をかしげ、微笑んだ。彼は、アリステア・ラグモンド。興信所の近所にある教会の神父だった。
「まぁ、おまえ神父だし」
「そうですね」
穏やかな微笑みを顔に浮かべ、アリステアは頷いた。そして、楢原のほうをむくとやさしく問いかける。
「天使の行き先に心当たりはありませんか?」
「それが……僕にもさっぱりなんです」
楢原は項垂れて首を振った。それを見て、デルフェスは唇に指を当てた。
「じゃあ、地道に目撃証言をあつめたほうがよろしいですわね。楢原様の自宅の周辺から聞き込みをしてみましょう」
「そうだな、それっきゃねーか」
草間もデルフェスの提案に賛成すると、しぶしぶといった感じで重い腰をあげた。
「ここが、私のマンションです」
「へー、きれいなマンションじゃないですか」
「住んでるのは変人ばっかりですけどね」
ふっと笑いながら楢原が言うと、妙に説得力があった。アリステアはそのことに苦笑すると、あたりを見渡した。人気は少なく、少し行かないと聞き込みも出来なそうだ。
「無節操に人を襲っていないといいですわね」
「そうですね、あまりそのようなことをして欲しくはありませんね」
「とにかく、聞き込みするぞ」
草間の声に三人はそれぞれ頷いた。自宅から少し行く。十字路に差し掛かる。
角を曲がると、倒れている人が視界へと入ってくる。
デルフェスが慌ててその人に近づいた。
その人は女の人で気を失っているようだった。彼女の足には軽く何かがかすった後がつけられていた。
「大丈夫ですの!?」
「……ん」
女の人はまぶたをあげ、状況がわからずあたりを見渡した。それから自分の身に起こったすべてのことを理解したというように、デルフェスにしがみついた。
「変な女に襲われたんです!!」
「変な女って……」
デルフェスは助けを求めるように三人を見上げた。
三人は互いに顔を見合わせて頷くと、アリステアがしゃがみこんで女の人と目を合わせた。
「その女の人は大きな白い翼を持っていませんでしたか?」
「は、はい!!」
女の人は力強く頷いた。
「どこに行ったかわかりますの?」
「去っていく前に気絶してしまったので、どこへ行ったのかは……ただ」
女の人はそこで一度言葉を切って少々考え込む。それから意を決したように口を開いた。
「私に気づくまで向こうへ飛んでいました。ですから、向こうへ行ったと思います」
女の人はそう言って、ある方向を指差した。その方向を見て、デルフェスは微笑んだ。
「ありがとうございます。病院へは?」
「大丈夫です。攻撃に驚いて転んで気絶してしまっただけですから」
「そうですか、では、私たちはこれで」
「はい」
立ち上がり去っていく女の人を見届けてから、四人は天使を追うために歩き出した。
***
「あの、提案があるんですの」
デルフェスの突然の申し出、皆は彼女に視線を集める。
「天使は罪人を探すと思いますの。ですから、高い場所に居るのではないかと」
彼女がそういって見上げたのは廃墟の屋上だった。
「それに、私たちも高い場所へ行けば天使を見つけられるかもしれませんわ」
「そうだな」
草間はデルフェスの言葉に少々考え込むようにあごに手を当てると、頷いた。
「行ってみる価値はあるかもしれませんね」
アリステアもその提案に賛成すると、皆で廃墟の階段を駆け上がった。
「でも、これって結構な労力だな、これ何階まであった?」
草間がそう聞くと、困ったような笑顔を顔に浮かべながらアリステアが外から見た建物の階数を答える。
「十階ぐらいですかね」
「十階を駆け上がるって結構な労力じゃねぇか」
「廃墟だからエレベーターは壊れてますしね」
アリステアの言葉に草間はやけになったらしく、さらに駆け上がるスピードを速めた。二段飛ばしで進みながらも、それほど息切れしないところはさすがだといえよう。それは他の二人も同様で、ただ一人、依頼人の楢原はきつそうな表情を浮かべていた。三人に後れを取り、階段下に見えなくなってしまう。
楢原以外の三人はやっとの思いで屋上の扉の前まで辿り着くと、その扉を開く。
扉が開いた瞬間、彼らに訪れたのは埃っぽい廃墟の中とは違う新鮮な空気。さわやかな風が吹き込み、晴天が視界へと入ってくる。
そして、金の色。
風になびく絹糸のような金色の髪と広がる白い翼が彼らの視界を釘付けにした。
「ビンゴ」
草間は思わずそうつぶやいていた。
振り向く彼女は、青い瞳を持った天使だった。
「天使」
デルフェスが胸を突かれたように呟いた。そして、依頼を思い出したかのように彼女は前に出る。
「美しいあなたが人を傷つけるのはみたくありませんわ」
デルフェスは胸に手を当てると、天使に近づきながら歌を歌いだした。
澄んだ水のように流れる歌声に、天使は少々たじろいだ。
だが、次の瞬間目を見開くと、つばさをさらに大きく開き三人を攻撃しようとする。威嚇をして、天使の美しい顔がゆがんだ。
白い羽根が三人を襲う。
デルフェスはその羽根が自分たちに届く前に、換石の術を使用する。デルフェスの全身から力が満ちる。
すると、瞬時にして目の前まで迫っていた羽根が石になって地に落ち、天使自信も翼を広げた格好で石化した。
「説得、失敗してしまいましたわ」
「デルフェスさん……」
にっこりと笑ってそういったデルフェスに、アリステアと草間は苦笑する。
そこでやっとのことで屋上に辿り着いた楢原が扉を開けて屋上へと出てきた。
彼は石化した天使の様子を目にして、息を吐く。見つかったことに安堵しているようだった。
「見つかったんですね」
「はい」
アリステアは楢原に答え、それからデルフェスに顔を向けた。
「デルフェスさん、石化を解いてください」
「そんなことしたら、また襲われるぜ」
草間の言葉にアリステアは顔に静かな微笑を浮かべた。
「私が、説得します。それに、楢原さんがいればきっと天使も私たちの話を聞き入れてくれると思いますよ」
アリステアの言葉に、デルフェスは頷いた。
「そうですね……わかりましたわ、解除します」
デルフェスはそういって石化している天使を見た。そして、石化を一瞬にして解除する。
天使は何が起こったかわからないというようにあたりを見渡し、それから、楢原を見ると目を見開いた。
「創造主」
「あなたを心配して、彼は我々にあなたの保護を頼んだのです。絵の中に、戻っていただけませんか? 人は罪を犯す生き物です。絵の中から出ても、きっとこのよどんだ現世の空気にあなたはなじめないと思うのですが」
アリステアの言葉が、天使の動きを止める。彼女はおずおずと、楢原に近づくと、頭をたれた。
「すみません、創造主。私、私は、寂しくて、寂しかったから、だから、思わず」
「いいんです。僕もわるかったんですから。絵を書き直します。あなたが望む世界へと。だから、今はこれで我慢してくださいね」
「はい!」
絵を書き直してくれるというその言葉に天使は瞳を輝かせ、絵に手を触れた。
すると、絵が光を放ち、天使が荒涼とした絵の中に吸い込まれていく。光が収まると、天使があるべき姿を取り戻し、絵の中に納まっていた。
「ありがとうございます」
楢原はそういって絵を抱きしめた。
そんな楢原を見ながら、デルフェスが申し出る。
「その絵、出来上がったら私に、くださいませんか? 美しい天使の絵。もしよかったら、ですけど」
「喜んで。絵は製作者が持っていても意味を成しません。望む人のところへ、それが僕の信念です」
「ありがとうございます」
デルフェスと楢原が互いに微笑んだ。
「よし、帰るか」
「そうですね」
草間の言葉に、アリステアが頷き、四人はそれぞれの帰路につくために歩き出した。
***
デルフェスは、自分の目の前に現れた楢原に瞳を輝かせた。あの天使脱走事件からもう一ヶ月という長い時が経っていた。
「楢原さん!」
「草間さんに、再びデルフェスさんがここに来る日を聞いていたんです。お約束の品です」
そういって楢原は書き上げた作品をデルフェスに見せた。
森の中で天使が鳥やウサギやリスたちと戯れているその絵は見るものの心を洗うようだった。そして、絵の中の天使は満足そうに微笑んでいる。
デルフェスはその絵を抱え込むと、楢原に向かって言った。
「大切に、大切にしますわ」
「ありがとうございます」
二人は互いに微笑み合った。
エンド
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3002/アリステア・ラグモンド/男/21歳/神父(癒しの御手)】
【2181/鹿沼・デルフェス/女/463歳/アンティークショップ・レンの店員 】
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■ ライター通信 ■
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鹿沼・デルフェス様
発注ありがとうございます。
予想通りの品になりましたでしょうか。
気に入ってもらえたら幸いです。
機会があったらまたよろしくお願いいたします。
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