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<東京怪談ノベル(シングル)>


禁断のサイバーウォッチ


 小役時代から第一線で活躍し続ける実力派俳優『伎 神楽』としての顔を持つ春日 イツル。全国区で活躍しているのでファンも多く、撮影スタッフの中にもファンが混ざっていることなんてざらだ。「親兄弟や友達に頼まれて」という理由で色紙などにサインすることなど日常茶飯事である。
 しかし、勘違いしてもらっては困る。イツルから身近なファンに向けて色紙を渡すことなど、クリスマスやバレンタインデーにもらうファンからのプレゼントの数に比べれば微々たるものである。その量は膨大なもので、事務所を埋め尽くすほどだ。マネージャーや事務所の人間は中に危険物がないか確認した上でイツルに手渡す……とはいえ、だいたいの場合はダンボールに入っているので、実際に本人が持って帰るということはない。彼らがオフの日にそれらを運び込むのだ。


 ある日のこと……とある番組の撮影が終わり、帰宅の準備を終えて関係者通路を歩くイツルに向かってひとりの女性が近づく。長身のイツルと比べれば彼女の背丈が低く見えてしまうのは仕方ないことだ。ただ、その表情は緊張で少し強張っていた。彼は相手を気遣うかのように穏やかな笑顔を見せながら、駆けてくる彼女の第一声を待つ。すると彼女は持っていた小箱をイツルの目の前に出し、ずいぶんと思い切った声で話し始めた。

 「あ、あの、もらってくださいっ! 神楽さん、今日が誕生日ですよね。これ、プレゼントです! だから……」

 言われた本人はふとマネージャーとのやり取りを思い出した。明日には誕生日プレゼントと称したダンボール箱が、また玄関の近くに山と詰まれるだろうと。そう、今日はイツルの誕生日。ちなみにお渡しをご希望する彼女は、さっきまで仕事を共にしていたアシスタントディレクターのひとりだ。身近な人間からこんな形でプレゼントを貰うのは珍しいなと思いながらふたを開けると、サイバーメタリックが印象的な腕時計が鎮座していた。パッと見たところ、どこのブランドかはわからない。高くもなく安くもないといった感じだ。彼女もまさか目の前で見てもらえるとは思っていなかったらしく、ものすごい喜びようで「もしよかったら、つけてもらえますか?」と勢いに任せてお願いする。その言葉に背中を押され、彼も左腕につけるとまたもや黄色い悲鳴が飛んだ。

 「とーーーってもお似合いです! 一度だけでも使われて、私も腕時計も喜んでます!」
 「そんな……一度しか使わないってことはないよ。じゃ、今日は帰るから」
 「お疲れ様でした! バイクの運転、お気をつけて!」

 イツルはわざと腕時計をした左手を高く上げて別れの挨拶をした。そして彼女の言った通り、駐車場に停めたバイクにまたがり夜の街を駆け抜けていく。女性は憧れの俳優さんが見えなくなるまで深々と礼をしていた。バカ丁寧というか、なんというか……ただ彼女の視線はいつも腕時計に向けられている。あれを自分の分身とでも思っているのだろうか。イツル本人よりもイツルの物となった腕時計にご執心といったご様子だった。得てして、どんな時もプレゼントとは渡した本人の気持ちが大部分を占めるものなのだが。

 愛用のヘルメットに煌びやかな街のネオンが乱反射する。自宅マンションまであと少し……そんな時、不意にあの時計に目を向けた。よく見ると特撮か何かの番組に出てきそうなデザインに見える。彼はふと感想を漏らした。

 「ちょっと装着関……」

 正直な感想を述べようとしたイツルに変化が起きる。あの腕時計が一瞬だけ輝いた。すると全身を漆黒のライダースーツに包まれたかと思うと、ヘルメットも変形し、目映き光を放つデザインの胸当てや肩当てが出現。さらに腰には愛用の武器とは似ても似つかぬレーザーソードが現れた!

 「……な、なぜだ?……」

 ここからマンションまでは信号がない。それは今の彼にとって最高に幸いだった。しかしこの状況を把握する猶予が用意されても、何の結論も導き出すことはできない。この姿のままでは、どうやっても人目を引いてしまう。原因であろう腕時計を外そうにも、今は運転で両手が塞がっている。イツルはバイク上で解決することを諦め、とりあえず非常階段などを使って部屋まで行き着く手段を考え始めた。胸や肩の装甲を見てしまったからか、なんとなく自分の五感が鋭くなったような気がする。それを最大限に駆使して難局を乗り越えようと必死だった。


 策を講じるまでもなく、難なく自宅へと戻ることのできたイツル。しかし、寝室で意味不明な電撃を食らって思わず悶絶の叫びを上げた!

  ビリビリビリビリ!
 「はうぁああああああっ!!」

 自分のキャラにない悲鳴に自分で驚いたのか、彼はすぐさま我を取り戻した。この特撮ヒーローを意識したスーツはイツルの身体に吸着している。よってファスナーだのボタンだの、そういったものが存在しない。だから脱ごうにも脱げないのだ。そこで怪しさ大爆発の腕時計を外そうとしたら、身体全体に青白い電撃が駆け巡ったというわけで……どうにかしてこの装備を外せないものかと疲れた脳をフル回転させて、いろんなことにチャレンジしてみることにした。
 どう見たって特撮っぽいので、まずは適当に名乗りから。単純に腕を横に振り、途中で止めたところで決めポーズを作ってみた。

 「とぅあっ!」

 なぜか鏡の前でやっちゃってるので、解除されなかった時はしーんとして非常に虚しい。この作業をあと何度繰り返すのか……彼の果てしない挑戦は続くのであった。静寂の中を熱いセリフが飛び交う。

 「はぁぁぁっ! 電霊剣士、ストレンジャーっ!」
 「山羊戦隊テラレンジャーの7人目、テラシルバーっ!!」
 「宇宙の彼方からやってきたカグライアン、ただいま参上!」

 こういう作業が徒労に終わってしまうと、肉体的疲労よりも精神的苦痛の方が格段に増大するのがお約束。メタルヒーローの発想あたりから腰に下げていた剣を振り回す動作も交えながらがんばったが、ワンポーズ取るごとに思考がどんどん低下する一方である。戦隊ヒーローの7人目、ついには宇宙ヒーローにまで発展したイツルの発想もここで打ち止め。ついに観念したのか、そのままの姿でベッドの上で大の字になって寝転んだ。そしてデパートでおもちゃを買ってもらえずにじたばた暴れる子どものように騒ぎ始める。

 「ああああああっ! どうやったら解除できるんだーーー! あーーーーーっ!!」

 ここまでアブノーマルな状況で自分なりにがんばったのに何も報われないとは……さすがのイツルもこれにはキレた。ただキレても何の解決にもならないことは十分承知である。でも、こうでもしないと収まらない。もはやこれまでと観念した瞬間、生身の手が視界を遮った。いつの間にか、彼の姿は元に戻っているではないか。イツルは電撃ビリビリを覚悟の上で腕時計を外した。しかし何も起きなかったので、急いであの箱に時計を押し込む。後に残されたのは妙な安堵感ととてつもない疲労感。彼は着替えることなく、そのままの姿でベッドに身を投げた。そして朝まで死んだように眠ったのである。


 まったくもって謎の事件だったが、それも数日後にすべてスッキリ解決した。あの腕時計をプレゼントしてくれた女性から手紙が届いたのだ。
 なんとあの腕時計はドッキリ企画で用意されたもので、相当に手の込んだダマシだったらしい。しかも自室で繰り広げられた悪戦苦闘の一部始終をマネージャーが内緒で仕掛けた小型カメラですべて記録していたそうだ。そう、翌日はマネージャーがイツルへの誕生日プレゼントを持ってくる約束だった。もちろんその約束は守ったが、そのついでに小型カメラの回収までやったらしい。ここまで手の込んだダマシは初めてだったらしく、彼のショックは海よりも深かったようだ。その後の数日間はめったに見られない、ガックリとうなだれる彼の姿を拝むことができたらしい。