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ハロウィンを見つけに
どうせ暇してるんだろうから、明日のハロウィンはおまえを特別に構ってやる、と。
そういった内容の電話があったのは、昨日の、それも夜の遅い時間での事だった。
七重が返すであろう返事を待つ事もなく、ごく一方的に切られてしまったその電話を、七重は少しばかり重くなった瞼をこすりながら、しばしの間ぼうやりと見つめていた。
そうして、今日。今日はハロウィン当日だ。街中にはハロウィンの色が数多く溢れ、行き過ぎる人混みの中には、ちょっとした仮装を楽しんでいる顔ぶれなども見受けられる。
その中で、七重は、日頃ならば到底着る事もないであろう、黒のビジュアル系ゴシックスーツを身につけている。おまけに、背にはちょこんと揺れる悪魔の羽がついているのだ。
銀髪で、整った顔立ちをしている七重に、この格好は案外と似合ってもいたが、七重自身にとってはひどく心外なものだった。
そう。
昨日の電話の主は、七重をハロウィンに誘ったのだ。
池袋の百貨店内で、今、黒衣のパティシエ・田辺聖人が特設パティスリーに立っているとの情報を聞きつけたらしい。
一方的に衣装を送りつけてきて、それを着て池袋まで出向いて来いと、そう告げたのだった。
七重は、背で揺れる小さな羽を気にかけている。
さっきから、道を行く人々の目が、なんだか自分に注がれているような気がして、どうにも気持ちが落ち着かない。
しかも、待ち合わせている相手は時間を過ぎても一向に現れる気配すらないのだ。
七重は小さな息を吐き出して、暗紅色の眼差しをゆるゆると通りの向こう側へと向けた。
と、通りの向こう側に、やはりハロウィンの仮装なのだろうか。オレンジ色のカボチャを頭に戴き、全身を黒いマントで包み込んだ子供がひとりうろついているのが見えた。
子供は、どうやら何かを捜しているらしく、雑踏の中を右往左往している。
気がつけば、七重の足は考えるよりも先に前へと踏み出していた。
おそらく、あの子はとても困っているのだろうと。
そう考えると、とてもではないが、見過ごせそうにもなかったのだ。
自分に近寄ってきた七重の気配に気がついたのか、カボチャ頭がそろそろと七重の方に向けられた。
間近に見れば、それはいよいよ見事な形と色艶をもったオレンジ色をしていた。
目鼻口の代わりにくり抜かれた三角穴が三つと、横長のギザギザ穴がひとつ。
目にあたるであろう三角穴の奥には、ぼうやりと光る灯のようなものが窺える。
「おまえ」
七重の顔を確めて、子供がそう声を発した。
「おまえ、暇なんだろ。暇だよな」
「暇? ええ、まあ。――それより」
「やっぱり暇なんだ! よし、しょうがないから、おれさまの手伝いをさせてやる」
「え?」
「おれ、城の鍵をなくしちゃったんだ」
首をかしげた七重に、子供はしょんぼりとしたように肩を落とした。
「鍵ですか? お城の?」
城と聞いて、七重はさらに思案した。
「あの、あなたはどこからいらしたんですか」
七重が訊ねると、子供はふふんと胸をはって威張ってみせる。
「おれ、悪魔界の皇子だぞ。おれ、おつかいにきたんだ。えらいだろ」
「悪魔界」
子供の言葉を反復し、七重は改めて子供の姿を確めた。
おそらくはせいぜい小学生ほどの年頃だろう。身丈も七重よりも小さく、声もひどく子供じみている。
なにより、そこ言葉を聞いて、七重はひどく納得したのだ。
カボチャ頭は、とてもではないが、その中に人間の顔があるようには思えないようなものだから。
「鍵を落としたんですね。……わかりました、僕、お手伝いします」
ぺこりと頭を下げた七重の言葉に、皇子はひどく感激したように跳ね上がる。
「ホントにか! やった、おれすごく助かるぞ!」
「それでは、まずはその鍵の特長などを教えてもらえますか」
皇子が見せる喜色に頬を緩ませて、七重は静かにそう問い掛ける。
皇子は七重の問いに応じてうなずき、
「このぐらいの大きさの、本なんだ」
応えながら両手で示した大きさは、文庫本ぐらいの大きさだろうか。
「本?」
訊ねた七重に、皇子はさらに言葉を告げた。
「城に入るにはな、呪文が必要なんだ。でもあんまり長いと、おれ、覚えきんなくてさ。そうしたらパパ上が本にまとめてくれたんだ」
「……なるほど」
小さくうなずいて、辺りの様子を確かめる。
そうして、七重は、池袋の駅からは少しばかり離れた雑司が谷霊園の方へと視線を向けた。
「……多分、あっちの方にあると思います。……少し歩きますが、大丈夫ですか?」
訊ねながら皇子を見やる。
皇子は七重を見上げて大きくうなずき、片手を伸べてきた。
「うん。おれ、散歩も好きだ」
「そうですか」
うなずき、伸べられた手をそっと握る。
手を握ると、皇子の持つぬくもりが七重の手へと伝わってくる。
七重はかすかに目を細ませて、それからゆっくりと雑踏を後にした。
雑司が谷霊園はかつて将軍の御用屋敷や鷹狩りの場所であった辺りに造られた所でもある。
有名な文豪たちの墓所がある場所としても知られるこの場所から池袋のビルを見れば、それすらも墓石のように見えてしまうともされている。
また、オカルト面からすれば、広く知られた心霊スポットでもあるのだ。
「着きました」
しばらく歩いた後に、七重と皇子はこの霊園の前に立っていた。
「ここ、お寺があるんです。鬼子母神という名前の女神が祀られていて、絵馬とかでも有名なんです」
「えま」
「そう、絵馬。……ああ、そうか。悪魔界には絵馬とかないんでしょうか。……ようは願掛け……お願い事を書いて、神様にお願いするんです。どうか叶えてください、と」
「お願い事か。グランパが病気なんだ。グランパの病気をよくしてくださいっていうのでもいいのかな」
「グランパ? ええ、そういうお願い事を書くんです。絵馬、書いてみますか?」
「うん!」
大きくうなずいた皇子の手を引いて、七重は境内の中へと踏み入った。
悪魔界から来たのだという皇子が境内の中へ踏み入るのは、大丈夫なのだろうかと危惧もしたが――どうやら問題はないらしい。
絵馬を書いて奉納し、本堂の前で手を合わせる。
「グランパがよくなりますように」
隣で皇子がむにゃむにゃとそう述べているのを、七重は頬を緩めながら聞いていた。
皇子と、そうして皇子には内緒で、皇子と同じ願いをかけた七重との願いを聞き入れたのか。
皇子が捜していた鍵――小さな本は、鬼子母神の大公孫樹の枝が拾ってくれていた。
「あった!」
嬉しそうにはしゃぐ皇子を眺め、七重もまたやわらかな笑みを浮かべる。
「良かったですね、皇子」
「うん! ななえのおかげだな!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる皇子の手をとって、七重はかすかに首をかしげた。
「……もしも時間があるようでしたら、お茶とお菓子でも食べていきませんか?」
「お菓子! おれ、お菓子大好きだ!」
「良かった。……この近くに美味しい和菓子茶屋があるんです」
「はらへった」
「そうですね」
うなずき、皇子の手を引いて歩き出した七重に、皇子の声が問い掛ける。
「ななえ! トリック・オア・トリート!」
「いたずらはやめてください」
七重は静かに応えながら、とてもやわらかな笑みを頬に滲ませた。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】
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ライター通信
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
なにしろ時事ネタですから、出来るなら当日までにお届けしたかったのですが、なにぶんにも、申し訳なく。
お待たせしてしまった分、少しでもお楽しみいただけていればと思います。
七重さんがあまりにも可愛らしいので、書いていながら、微笑ましく思わせていただいてみたりしました。
というか、雑司が谷霊園。行った事ないんですよね。改めて調べてみたら、好きな作家のお墓もあるようなので、今度お参りしに行こうかと思います。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。
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