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<東京怪談・PCゲームノベル>


ハロウィンを見つけに


「あら、ねえ、ご覧なさいよ、デリク」
 初めにその少年に目を向けたのはウラ・フレンツヒェンの方だった。
 レースをふんだんに使って仕立てられた黒いゴシックドレスを身にまとい、ネックレスやブレスレット、その他もろもろの多彩なアクセサリーを揺らしながら、ウラは一箇所を指差してクヒヒと笑った。
 ウラの隣にはデリク・オーロフの姿がある。
 ふたりは連れ立って池袋へと足を寄せ、とある人物との合流を予定していたのだ。
 カレンダーはハロウィン当日である事を示している日であり、街中にはちょっとした仮装を洒落こんでいる者の姿もちらほらと見受けられた。
 ウラの思いつきで、今日はハロウィンをコスプレをもって楽しもうという趣旨のもと、彼らはこうして出向いて来たのだったが。
「カボチャよ、カボチャ! クヒヒ、カボチャが歩いてるわ!」
 ウラが示した場所は待ち合わせの場所とはまるで異なる所だった。
「そろそろ時間デスよ、ウラ。待ち合わせの相手は放っておいてもいいンですか?」
 電車の内外を問わず溢れかえっている人ごみに、げんなりとした表情で、デリクはちろりと視線を動かす。
 今日のウラはといえば、いつもに増して派手なドレスを身につけている。その隣を歩くデリクにも、否が応でも人々の視線が集中して寄せられるのだ。
「いいのよ、そんな事。それよりも、ほら、あれ!」
 デリクのスーツの裾をぐいぐいと引き寄せながらウラが示した場所には、ウラよりも身丈の小さな――おそらくは子供と思しき影が右往左往していた。
「オヤ、あれは」
 示されたその子供を確かめたデリクの頬に小さな笑みが滲む。
 ふたりが見つめる先にはオレンジ色のカボチャを頭に被り、黒いマントで全身を包み込むという出で立ちの子供がいる。
「ジャック・オー・ランタンですネ。これはまた、ずいぶんと古典的な仮装デス」 
 ハロウィンといえば魔女やオバケに扮した子供たちが街を練り歩くのが本来のものだ。
「あのカボチャ、何かを探してるみたいじゃない? クヒヒ、声かけてみようかしら」
 言うが早いか、ウラの足はすでにカボチャ頭の子供の方へと向いていた。
「待ち合わせの相手のコトは、もう頭にないんデスね」
 苦笑いを浮かべつつ、デリクもまたウラの後を追いかけた。

 近付いてきたふたりに気付いたのか、それまでうろうろとそこかしこをさまよっていたカボチャ頭がむっくりと起き上がり、ウラとデリクとを見つめた。
「ねえ、おまえ。素敵な仮装ね。おまえ、名前はなんていうの」
 腰に両手をあてがい、仁王立ちで、ウラは自分よりも背の低いカボチャ頭を見下ろす。
 カボチャ頭は、間近に見れば、それが被り物ではない事が知れた。今日という日でなければ異様に目立つ姿ではあっただろうが、ハロウィン当日ともなれば、その姿はむしろ街中の賑わいにしっくりと馴染んでいる。
 オレンジ色のカボチャに、三角にくり抜かれた目と鼻。ギザギザにくり抜かれた口。およそ表情といったものは窺えそうにはないが、構う事なく、ウラは眼前の少年に興味を向ける。
「おまえたち、おれさまの鍵を知らないか?」
 カボチャ頭は、しかし、ウラの問いかけに応える事もなく、かくりと首をかしげてそう訊ねかけた。
「鍵? 知らないわ。なに、おまえ、鍵を失くしたの?」
 カボチャがかくりとかたむいたのにつられて自分も首をかしげ、ウラはちろりとデリクを見やる。
「ははァ、鍵を失くしたんですネ。お家の鍵デスか?」
 黒ゴシックドレスを身につけているウラの後ろから、全身を黒で統一したスーツ姿のデリクが顔を覗かせる。
「おれさまが住んでる城の鍵だ」
 カボチャ頭は平然とそう言ってのけ、ウラはますますその顔色を輝かせた。
「城! おまえ、城に住んでるの!?」
「お城のように大きなお家、というわけではなくて、デスか?」
 ウラとデリクがほぼ同じタイミングで口を開き、デリクはウラにきつく睨みをきかされた。
「んにゃ、違う。おれさま、悪魔界の皇子なんだ。皇子だぞ。えらいんだ」
 カボチャ頭の少年は、そう言って胸を張ってみせる。
「悪魔界? そんなトコもあるの?」
 ウラの目がデリクへと向けられる。デリクは肩をすくめて髪をかきまぜ、応えた。
「さて。まあ、次元というのハ多次元ですカラ、そういう世界があっても当然といえば当然ですがネ」
「魔界があるぐらいだものね。そう、おまえ、城に住んでるの。カボチャがたくさん詰まってる城なのね! クヒヒ、パンプキンプリンが食べ放題ね」
「……」
 引きつったように笑うウラを横目に、デリクは心中で小さな息を吐く。
「お城の鍵を失くしたンでは、帰るに帰れませんネ。鍵の形や……あとはどの辺に落としたのか、検討はつきませんカ?」
「そうよ。おまえ、どこを歩いて来たの? 道順とかが分かれば、探し物も見つけやすくなるんじゃないの?」
 デリクの言葉にうなずきながらウラが訊ねる。
 少年はウラとデリクの顔を交互に確かめた後、ううむと小さな唸り声をあげて思案にふけった。
「おれさま、エルザードっていうところまでお遣いに行くところなんだ。グランパが病気になったから、薬を買いに行くんだ」
「なるほど。グランパ……おじいさんのコトですネ。それデ、どうしてこの東京へ?」
 デリクの双眸がかすかな輝きを滲ませた。皇子の話に関心を寄せたのだろう。
「おれさまたちがあちこち渡り歩く時には、世界と世界の間にある通路とか歪みを通ってくんだ。ぐにゃぐにゃしたトンネルなんだ。おもしろいぞ」
 応えた皇子に、ウラの目も輝きを滲ませた。
「おもしろそうね、あたしも通ってみたいわ! クヒッ。それでおまえの城とやらに行くのよ。お城! あたしにこそふさわしい場所だわ!」
「うん。でも、歪みがさらに歪んでてな、おれさま、通路からはじきだされちゃったんだ。たぶん、そん時に鍵も落としちゃったんだと思うんだ」
「歪みまくってるのね! 素敵!」
「まあ、落ち着きなさイ、ウラ。ええと、そうですネ……この辺デ歪みそうな場所と言えバ、」
 皇子が通ってきたという通路と城に関心を寄せ、恍惚とした表情を浮かべているウラを横目に、デリクは周りの様子を確かめた。
 自分たちが立っているのは、池袋東口に建つ高層ビル――その中には水族館や、ちょっとしたアトラクションパークなどが入っている――を間近に見る事の出来る交差点近くだ。
「この辺ハ、昔、巣鴨プリズンといわれていた監獄だったのですヨ。戦犯たちが処刑された場所としてモ有名な場所デスね」
 小さな唸り声と共にそう告げ、デリクは片手でアゴの辺りを静かに撫で回して視線を細ませる。
「……もしモ皇子が使ってきたのだと言ウ通路が、何がしか――例えバ別の歪みの影響を受けてしまったのだとすれバ、おそらくハ、原因は巣鴨プリズン跡地が発している気などではないかと思いマス」
「ふぅん、そうなの? じゃあ、その気が強く出ている辺りに行けば、もしかしたら見つかるんじゃないの?」
 ウラの目が好奇心で満ちた光を宿している。
 デリクは小さく苦笑いして、いつの間にか手を繋いでいるウラと皇子を先導するようにして歩み始めた。

 とは言うものの、ウラが真っ直ぐどこにも立ち寄らずに目的地に向かうはずのない事を、デリクは重々承知している。
 まして、今回は東京に初めて足を踏み入れたのだというカボチャ皇子も一緒なのだ。
 道すがら目につくクレープ屋やカフェ、ゲームセンター。ティッシュを配る男に向けて「トリック・オア・トリート」を口にしたり、ティッシュをダンボールごと持ち去ってみたり。
 ふたりが見せる傍若無人ぶりを、さすがのデリクも注意してみせるのかと思いきや――
「まァ、今日はハロウィンですからネ」
 などと笑いながら見逃していた。
 デリクが注意を払うのは、ふたりの傍若無人っぷりよりも、むしろ、皇子がはじきだされるほどの歪みが、何らかの性質の悪い存在までをも吐き出しているかもしれないという、危惧に向けられていた。

 一方、デリクが人知れず払っている危惧をよそに、ウラは底知れず上機嫌だった。
「ねえ、おまえが住んでるカボチャ城ではハロウィンのお祭とかしたりするの?」
 片手に皇子の手を握り、片手にクレープを持ちながら、ウラは隣を歩く皇子に向けてそう問い掛けた。
「カボチャ城じゃないぞ、しつれいだな。ハロウィンの祭はだいだいてきにやるんだ。おれさまが主役になるんだぞ、すごいだろ」
「トリック・オア・トリート! って言って回って、お菓子を山ほどもらうのね!」
「おれさまの部屋がお菓子でいっぱいになるんだ。でも歯みがきもちゃあんとやるんだ」
「おまえ、歯があるの!? おもしろいわ、ちょっと見せてみなさいよ」
「うわ、ちょ、やめろ、いだだだだ」
 皇子の口に指を突っ込んで、歯があるかどうかを確認しようとしているウラを、デリクが制する。
「ああ、ホラ、やめなさい、ウラ。――それよりも、着きましたヨ。皇子、鍵の形などを教えてもらえますカ?」
 デリクが微笑み、眼前にそびえるビルを示した。
 皇子はウラの手を逃れ、クレープの残りを口の中に押し込めて、むがむがと口を動かした。
「本」
「本?」
 むがむがと口を動かしながら応えた皇子に、デリクとウラとが同時に聞き返す。
「城に入るとき、呪文を言わないとダメなんだ。長い呪文だから、おれさま、覚えらんなくて。だから呪文が書いてある本を持ち歩くんだ」
「なるほど」
 デリクは深々とうなずいて、それから静かに睫毛を伏せた。
「この辺で、特に歪んでいそうナ場所を捜してみまス。それと皇子の気を探れバ、もしかしたら見つかるカモしれませんからネ」

 デリクがそう告げるのと同時に、デリクの身体が、不可視の光で包まれていく。
 青く光るそれは、しかし、ごく一瞬だけ輝きを放ち、すぐに四方へと向けて飛散していった。
「おおお!」
 皇子が感心して目を丸く(あくまでも感覚的なものだが)しているのを、ウラがどこか寂しげな表情を浮かべて見つめていた。
「ねえ、おまえ。鍵が見つかったら帰っちゃうの?」
「帰るっていうか、おつかいに行くんだ。グランパの具合が心配だからな」
 皇子は飛散した光を追うようにして辺りを見渡している。
「鍵があればいつでも還れるんでしょ?」
 ウラが皇子の手を握る。
 デリクは横目にウラの様子を確かめ、肩を上下させて息を吐いた。
「お遣いを済ませたら、またあたしのとこに来なさいよ。まだ遊びたいじゃない」
「ウラ、おまえ、おれさまと遊んでくれるのか」
 ウラの言葉に、皇子は嬉しそうに声を弾ませた。
「おれさま、ウラと遊ぶぞ! おつかいをすませて、グランパが元気になったら、またウラと遊ぶ!」
「ホント!? ホントよ!?」
「ぜったいだぞ!」
 ウラの表情が輝きを戻した。
 ふたりは両手を握り合い、円を描いて飛び跳ねた。

「さて、どうやら見つかったようデスよ」
 デリクが静かに言葉を挟む。
 ウラと皇子、ふたりの視線が同時にデリクへと向けられた。
 デリクの手にはいつの間にか一冊の本が握られていた。
「おお、それだ! おれさま、これでやっとおつかいにいけるぞ!」
 中を覗き読もうとしているデリクの体によじ登り、本をひったくって、皇子はぺこりと頭を下げる。
「お礼はきちんと言わなくちゃな」
「ふむ、感心ですネ。――さて、でハ、皇子が今度こそちゃんとお遣いに行けるよう、私がお手伝いをしましょウ」
 デリクの双眸がゆるりと細められ、先ほど飛散していった青い光が再びデリクの元へと寄せ集められた。
 光はデリクの掌へと集まり、それはやがて皇子の足元へと向けられる。
 皇子の足元に、マンホールのような穴がぽっかりと開けられた。
「皇子が目的地に着くマデ、私がサポートしておきマす。これで、うっかりとはじき出されたりだとカ、そういう事故には遭わずにすむでショウ」
 デリクの頬が緩められる。
「助かるぞ! ありがとう」
 皇子は再びぺこりと頭を下げて、それからいそいそとマンホールの中へと片足を入れた。
「ウラ、おれさま、きっとまた戻ってくるからな!」
 両足を投じて姿を消していく直前、皇子はウラに向けて大きく両手を振った。
「カボチャ大王に、デリクという名の魔術師によくしてもらったのだと、よろしくお伝えくだサイね」
 にこりと微笑むデリクの横で、ウラもまた皇子に向けて手を振った。
「来なかったらカボチャ城まで追いかけていって悪戯してやるからね!」

 
 



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】


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          ライター通信          
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださり、まことにありがとうございます。

デリクさんの思惑(笑)、実にデリクさんらしいと思い、そういった部分をもりこんでみようかとも思ったのですが、
その辺はあえてさらりと書かせていただいてみたり。
今回のウラさんは、ちょっとしんみりとした感を描写できていたらと思います。

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。

楽しいハロウィンを。