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名画の天使
オープニング
「お願いがあります。探し出してくれませんか?」
そう申し出てきた男の前には絵があった。
その絵には荒涼とした大地が広がっている。どこか物足りなく、そして、悲しみさえも感じさせるような絵だった。
「コレは僕、楢原 雄一の書いた絵なのですが、この中の天使が逃げ出してしまったんです」
その絵にはもともと天使がいたのだという。
その話を聞いた草間武彦は頭をかきむしり、不満げな様子で言う。
「だーかーらー、そういう怪奇系は俺の仕事じゃねぇっつーの」
「天使は、白い大きな翼を持っていて、髪は灰色、そして、瞳は海のように澄んだブルーなんです」
「お前、俺の話を聞く気あるのか?」
完全に無視をされた草間武彦は溜息と共に声を吐き出した。
「お願いします。ここでしか頼めないんです。天使は美しい癒しの声を持っていますが、時には冷酷にもなり翼によって敵に攻撃も仕掛けてしまいます。外にいると危ないんです。この絵に入っている限り人に危害を加えることはないので安心しきっていたら、逃げ出してしまって……彼女を止められるなら僕は彼女を他の人の手に渡したとしてもかまいません。とにかく彼女には制御が必要なんです」
こうして、押し切られるのか。
真摯な男の瞳に圧倒され、草間は己の敗北を自覚せざるをおえなかった。
「受けてあげましょうよ」
シュライン・エマがそういって草間の肩を慰めるようにぽんぽんと叩いた。
草間はがっくりと肩を落とした。
シュラインはくすくすと笑いながら、草間に声をかける。
「紅茶、入れてくるわね。依頼人さんに何も出さないのは失礼ですから」
「あ、お構いなく」
楢原の言葉に、シュラインは微笑むと奥へと姿を消した。
「しょうがねぇな」
草間はそうつぶやいて、楢原に詳細を尋ねようとした。
だが、その瞬間けたたましく玄関ブザーが鳴り響く。
慌てて零がその来客を迎え入れるために駆け出した。話の腰を折られた草間はその不届き者の顔を見てやろうとその方向へと顔を向けた。
入ってきたのはケーキの箱を持ったイスターシヴァだった。草間は驚き目を見開く。
「何の依頼がきたんですか?」
「おま、イスターシヴァ!」
「なんですか、その態度」
「あら、訪問者はイスターシヴァ君だったのね」
奥のほうからお盆を持ってシュライン・エマが現れた。
「シュラインさん! こんにちは。何の依頼が来たのか教えてもらってもいいですか?」
「依頼人さんに聞いてみて」
少し困ったように言う彼女の言葉を聞き、イスターシヴァは依頼人の楢原に顔を向けた。
「どんな依頼でいらしたんですか?」
草間が背後で煩かったが、イスターシヴァは気にしなかった。楢原は突然現れ、事件の詳細を聞きたがる奇特な青年に対して戸惑った表情を浮かべながらも、彼に依頼内容を説明した。
「僕の描いた絵の天使が逃げ出してしまったので、こちらで探してもらえないか話していたところなんです」
「へー、そんなことあるんですね!」
イスターシヴァは依頼内容を聞いたことで、満足したのか草間にマロンパイを渡した。
「あははー、本当に普通じゃない依頼が来るんですね」
「うるせー」
「こらこら」
イスターシヴァに先ほど始終無視されてヤサグレてしまった草間に、シュラインがやさしく声をかけていた。
イスターシヴァはそんな草間のことなどお構いなしでちらりと楢原のそばにある絵に目を向けると、彼に向かって口を開く。
「これが、天使が居た絵ですか?」
「あ、はい」
絵を見て彼は少し考え込むと、楢原に向かってその絵の感想を述べる。
「この絵の中っていうのはいくらなんでも寂しすぎない? もうちょっとこう、居心地良さそうな環境にしてあげないと可哀想ですよ」
「はい、私も今はそう思っています」
楢原はそういって、絵の額をつかんだ。
その行動に彼の天使を心配する気持ちが見えたような気がして、イスターシヴァは思わず草間に顔を向けた。
「僕は天使だから、きっと見つけ出せれば何とかなると思う。早く探してあげよう」
「そうね、天使にもいい影響はないでしょうし。まずどこから探しましょうか。なにか、手がかりになることは?」
シュラインがイスターシヴァの言葉に同調して、楢原にたずねた。
楢原はしばらく考えるように唇に手を当てると、思い出したように顔を上げた。
「動物園、かも」
「動物園!?」
草間が意外そうに目を見開いた。
楢原はそんな草間の勢いに気おされて自信がなさそうに頷いた。
「確信はありませんが、天使が居なくなった時、テレビで動物園の特集をやっていたんです。それに、たまに家に来る野良猫がよく天使の絵の前に居たりもしていたから、もしかしたらって」
楢原の言葉に、三人は顔を見合わせた。
無言の沈黙が続き、その沈黙を破ったのはシュラインだった。
「もし、心当たりがそれなら、行ってみる価値はあるわね」
「でも、天使が動物園って」
「なんですか、天使が動物園行っちゃ行けないって言うんですか?」
草間はイスターシヴァの反論にあって、彼も天使だということに気がついたらしい。横目でイスターシヴァを見る。
「お前はまた別だろ」
「別に違わないですよ」
しれっと言うイスターシヴァに反論できなくなった草間はシュラインのほうへ顔を向けた。
「行ってみるか」
「そうね、武彦さん」
先ほどの二人のやり取りを面白く思ったのか、くすくすと笑いながら彼女は答えた。
***
楢原のマンションから比較的近い位置にある動物園にやってきた四人は、自分たちの異質さを自覚せざるおえなかった。右を見ると、親子。左を見ればカップル。こちらは男三人に女一人という異様な組み合わせの上、年齢も違うし、兄弟にはどうあがいても見えなかった。
誰もがそのことに突っ込めないままの中、シュラインがぼそりとつぶやいた。
「なんか、私たちの周の空気だけ他と違う気がするんだけど」
「俺らが言わなかったのに」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。行きましょう、楢原さん」
大きな絵を持っている楢原が一番肩身の狭い思いをしているだろうと思い、イスターシヴァが声をかけるが、楢原はこのような状況でも飄々としている。案外、彼は大物だったようだ。
四人は律儀に順路を守って、動物の檻の中を見ていった。
「本当にこんなところに居るのか?」
「武彦さん、つべこべ言わないで探して」
「はいはい」
半信半疑の草間はぶちぶち言いながら、ふと、ある場所に視線を移した。それはふれあいコーナーと言う文字が羅列している半透明な建物だった。その建物の入り口の前には清掃中の札がかかってた。
「まさか、な」
草間がつぶやくと、イスターシヴァがそんな不振な彼の様子に気がついてたずねた。
「どうかしました?」
「あれ」
草間がふれあいコーナーを指差すと、三人は同じ動作で顔を向けた。
一瞬、沈黙が三人の間を駆け抜ける。
だが、皆、考えていることだけは一緒だった。
「あそこかもしれないわね」
シュラインがそういって歩き出そうとするのをすかさず草間が止める。
「まてまて、本当に清掃中かもしれないぞ」
「でも、見てみる価値はありますよね。本当に清掃中だったら、すみませんでした、って誤りましょう」
イスターシヴァはそういって、すたすたと軽快な足取りで歩いていく。草間は溜息を吐き出し、その後を追った。
イスターシヴァはふれあいコーナーの扉を開ける。
動物が逃げないように扉は二重になっていた。
だが、シュラインは扉を開けたところで室内の異変を感じ取ったようだ。
「歌声が、聞こえる」
「何?」
「早く、入りましょう。居るわ」
シュラインは待ちきれないというように、もう一つの扉を開いた。
入った瞬間、彼らを貫いたのは衝撃。
室内に満ちていたのはあまりに美しすぎる歌声だった。
決して人間には出せない、本当の鈴のような声。その声は水のように澄み渡り、月の光のようにきらめいていた。
動物たちが動くのも忘れて聞き入っているのを目にしてその気持ちがよくわかった。
室内の中心に天使が居た。
四人は唖然として彼女の姿を見る。
長い金の髪がたおやかにゆれ、今そのまぶたは閉じられているが、開けば澄んだブルーの瞳が姿を現すのは疑いようがなかった。
歌が終わり、彼女の目が楢原や他の三人の姿を捉えるそのときまで彼らは動けなかった。
「創造主」
天使が楢原に声をかけた。
そして、彼女はイスターシヴァに顔を向け、一瞬驚いた顔をすると、跪く。同じ天使として感じられるイスターシヴァの力のすごさが彼女の体に震えを走らせた。
「大丈夫だよ。顔を上げて」
イスターシヴァは苦笑交じりにそういった。天使は恐れおののいたように顔を上げる。
「逃げ出したりして、すみませんでした」
「大丈夫よ。でも……逃げ出した理由を聞かせてもらえるかしら?」
シュラインの言葉に天使は少々迷っているようだった。だが、意を決したように楢原を見た。
「寂しかったんです」
歌声のような声音があたりの空気を振るわせた。
「動物が、好きで。でも、私の絵は空っぽで、だから、つい。すみません」
「僕も、悪かったよ。君の気持ちを汲んであげることが出来なくて御免ね」
「いえ」
「帰ったら絵を描き直すよ。それまで、この絵の中で我慢していてくれないかな?」
楢原は天使に約束すると、天使が嬉しそうに頷いた。
みなの間に穏やかな空気が流れ、天使が絵の中へ戻ったその瞬間。
この事件の終焉が訪れた。
エンド
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5154/イスターシヴァ・アルティス/男/20歳/教会の助祭さん】
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■ ライター通信
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シュライン・エマ様
またまた発注ありがとうございました。
少々遅くなってしまってすみませんでした。
最後が少しだけ物足りない気がしますね。
すみません。
もっと力をつけてがんばりたいと思いますので、これからもよろしくお願いいたします。
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