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『名門学園 秋の大運動会』W
秋晴れ、快晴、良い天気。
全ての晴れを表す言葉を使っても、この空の青は表現できまい。
深い秋色の空の下、競技開始を知らせるピストルの音と共に、子供達の元気な歓声が校庭に響き渡った。
「なんだかさあ。運動会というよりもハロウィンのお祭りって感じがするよねえ〜」
ニコニコと笑う銀の髪の少女の言葉に
「そうだねえ。ホント、派手だよねえ。みんな気合入ってる〜」
と隣に立つ金の髪の少女が同意する。
ちなみに二人が話しているのは流暢な日本語。
ここは日本。名門小学校の校庭である。
「あっちはパンプキン。こっちはフェアリーだ。可愛い!」
「あ! 見てみて、あのおね〜さんのドレス、すっごい似合ってる。本当に映画に出てくる魔女みたい!」
「アニメキャラもいっぱいいますね〜。スーパーレンジャーに、プリペア、陰陽師。お国の兄さん姉さんが見たら喜びそうです」
「モバイルスーツ ゾックに、ガミダム。カッコいいですけど‥‥動きづらそう」
「なんだか、年々エスカレーターしてるんだって?」
「それを言うなら”Escalation”エスカレートでしょう? もうみあおちゃんったら〜」
友達にツッコまれて、エヘヘと笑うのは海原みあお。
周囲からもどっと笑い声が上がるが、丁度、今は競技と競技の境目。
いつもなら、静かに、と声を上げる先生方も目くじらを立てたりはしなかった。
今日は、ここ名門学園の秋の運動会。
例年ハロウィンと時期が近いという事もあって、運動会の参加者は好きな仮装をして参加して良いということになっていた。
元は『参加してよい』だったのだが、ここ数年その衣装はみあおの言葉通りエスカレートしていくばかりだという統計結果が出ている。
衣装はより、派手にそして緻密に。
服の作りばかりか、小道具、さらにはメイクやペイントにまで凝り始めている。
有名ブランドにフルオーダーした魔女のコスチュームや、自宅でSFXのメイクアップアーティストを呼んで狼男の顔を作らせたりするのは流石にやりすぎではないかという意見もあるにはある。
あるのだが、とある人物の意見で今年も運動会の仮装は許可された。
そして、彼女達一年生は応援席の中央という特等席でハロウィンパーティ、基、運動会を観覧しているのである。
ついでに言うなら彼女達の視線の先には確かに、言うとおりの見事な仮装が並んでいる。
しかし、ある意味それ以上に「凄い」のが一年生達の仮装である。
十二単に、エスーパーガール、うさぎにひよこの着ぐるみ。ハイパーマンのスーツは特注品だろうか?
可愛らしさを重視した衣装の気合の入り方は一味違う。
「みあおちゃんは小悪魔? 可愛いね!」
「うん、それに走りやすいんだよ。だから、次の障害物競走、一等は、貰ったからね!」
「負けないよ〜。エスーパーガールの力を見せてあげる!」
ピーッ! 笛の音が聞こえる。
「そろそろ、次の競技が始まります。一年生は入場門に集まって下さい」
教師の呼び声に、は〜いと素直な声が答えた。立ち上がり、準備を始める子供達。
その時、みあおは思い出したように後ろを振り向いた。
そこには一人の女の子がいる。
友達としゃべることなく、一人で俯いた顔を上げる少女。
立ち上がり歩き出す、横を通り過ぎていく彼女の服は‥‥とても美しかった。
手を腰に、胸を思いっきり前に突き出して、えへん! みあおは自慢げに笑みを浮べた。
胸にキラリと光る一等賞のバッジ。
友達もパチパチパチと拍手する。
「みあおちゃん、すご〜い! その服大きな羽ついてるのにはしご、するするする〜って抜けちゃうんだもん!」
「これはねえ。お姉ちゃんに頼んで借りた特注のデビルスーツなんだよ! メイクもね〜。濃いけど風とおしいいから涼しいの〜」
「でもでも、次の飴くい競争は負けないからね!」
子供達は楽しそうに汗を拭き、またグラウンドの方を向く。
今は、上級生がクラス20人21脚の勝負の真っ最中だ。
この競技はクラス全員が可能な限り参加する。
みんながこの競技を、この日の為に練習を続けてきたのだ。
競技中は子供達の服装も真剣モード。勝ちに行く。絶対に勝つ! という気迫が篭っている。
いよいよ次は、決勝戦。
優勝候補の最上級生と、小柄ながらもチームワークを重視してきた四年生クラスの一騎打ちだ。
どちらも負けられない。炎が燃え上がるようだ。
「位置について、よーい!」
BANNN!
両チーム、同時にスタートした。50mを一気に走る。
走る、走る。心と足を合わせて。
だが、途中。
「あっ!!!」
みあお達、だけではない。クラス全員、学年全員、学校全員、いやそれを見ていた者達は全員が嘆息する。
リーチの差を一気にスピードで詰めて追い上げてきた四年生クラス。その右端から五番目の子が転んだのだ。
バタバタと両隣がドミノ倒しのように倒れていく。一番前を行っていた左端の子はもうゴールまであと1mだった。
だが、届かない。その隙に六年生はゴールに飛び込みテープを切る。
パーン! と鉄砲の音が空に響いた。だが、六年生たちも歓声を上げて、飛び上がりはしない。
後ろの四年生たちを見つめている。
彼らはお互いの手を、肩を貸し合い立ち上がる。先頭の子達も後ろ、転んだ仲間の所に戻り、足の紐を結びなおした。
「行くぞ!」
自分達でイチニ、イチニと号令をかけ足並みを揃えて走り出す。
やっとゴールイン。いつもなら九秒か八秒タイムの彼らのゴールインタイムは一分二十秒。
転んだ子は涙を溜め、ごめんなさい。ごめんなさいと謝っている。
だが、誰も、誰一人責めたりはしなかった。ゴールを出迎えた担任が、一番最初に転んだ女の子を、そしてクラス全員を抱きしめる。
拍手がおきた。
誰が最初にしたのか解らないが、割れるような拍手が巻き起こる。
六年生も、観客も、審判も割れるような拍手を受けて、彼らは静かにお辞儀をしたのだった。
楽しいお弁当を終え、今年も各クラスの教室は、衣装交換の更衣室になっていた。
午後の競技は、得点加算の大きい団体競技が主だ。
衣装も大事だが、勝負も大事。
可愛く、なおかつ動きやすくするために今年はなんと学校側がスタッフとして用意してくれた衣装係や特殊メイク係の力も借りる事にする。
「午後は、みあおちゃんのデビルスーツ貸して? 私のエスーパーガール貸してあげるから‥‥ってみあおちゃん!」
仲良しの女の子に肩を捕まれ、大きく振られてみあおは、ハッと思考を覚醒させた。
「どうしたの? なんか気になることでもあるの?」
「うん、ううん‥‥」
「どっち? 何か心配なことでもあるの?」
エスーパーガールの少女が緑の瞳で、みあおの顔を覗き込む。
答えられずに、顔を背けるみあおの視線の先、見下ろした校庭にあるものを見た時
「ごめん! みあお、ちょっと連れて来る!」
「連れて来るって、誰を? みあおちゃん!」
背後からの呼びかけに応えず、みあおは扉を開け廊下に駆け出した。
階段を降り‥‥また昇り戻ってきたとき、みあおの手は一人の少女の手を握り締めていた。
「あなたは‥‥」
周囲の空気が一時、静寂に包まれる。
入ってきたのは民族衣装を着た黒髪の少女。
民族衣装を着ている子供は珍しくは無い。ただ、彼女は特殊だった。
彼女が着ているのは韓装。チョゴリと呼ばれる美しい刺繍のドレスである。
近くて遠い、さらに遠い国からの転入生。
彼女が決して悪いわけではない。ただ、どう接していいか解らず、彼女達はかける言葉を捜していた。
はからずも、それが無視という形になっていたのだが‥‥。
だが、一人。みあおは屈託の無い笑顔で声をかける。
「ねえ、その服、とっても綺麗ね。みあおの衣装と交換してくれる?」
心から紡がれた言葉に、少女は目を瞬かせた。いいの? と言葉に出せない問いにうんとみあおは微笑んでもう一度、手を握りなおす。
「だって、友達だもん、クラスメイトだもん。みんなで、一緒に運動会するんだよ!」
その一言が、子供達の心のスタートを告げる砲となる。
「うん、私もその服着てみたい。靴も丸くて可愛いね!」
「お花の刺繍、プリティです〜。今度よく見せてください〜」
少女を取り巻く『友達』。
黒い瞳に微かに浮かんだ雫をみあおは手でそっと拭く。
「さあ、早くしよ! 午後の競技始まっちゃう!」
笑いさざめく少女達の笑顔は、美しい衣装に丁寧に施された刺繍よりも、もっともっと美しかった。
運動会の方針決定のとき、ある人物はこう言った。
「確かに、この時勢、派手な衣装やメイクは教育上良くないと、言われるかもしれません。ですが‥‥それはあくまで表面だけの事。子供達の本質は例えどんな衣装を着ようとも変わる事はないと私は思います」
この時勢。名門学園に子供を預ける親達はその言葉の深さを誰より良く知っている。知っているからこそ
「なればせめて、こんな一時、つかの間辛い日常を忘れ、楽しんで欲しい。友達と一つの事に一喜一憂し、共に笑いあう時間を作ってあげたいのです。衣装は、その一つのきっかけになるでしょう」
そんな提案が出てきたのだ。
勿論、子供達はそんなことは知らない。
知らないが彼らは彼らなり、日々を精一杯生きる。精一杯楽しみ、そして前を向くのだ。
紡がれる友情は健やかな心の子供達には当たり前の結果でしかない。
「ほら! 曲がってる。真っ直ぐ!」
「息を合わせて、あと少し! 頑張って!!」
秋の深い青空の下。午後も子供達の笑顔と歓声が校庭から消えることは無かった。
焼き増ししてもらった写真をぺたり、アルバムに貼る。
「あら? 貸してあげた衣装とは違いますわね?」
「でも、これも良く似合ってますね。私も今度借りたいくらい」
後ろから覗き込んだ姉達にみあおはニッコリと心からの笑顔で、微笑んだ。
写真の中では白い玉を一生懸命転がす二人の少女の笑顔が写っていた。
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