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ぼくの見た『CASLL VS 死怨 2』
毎月1万円生活にガチで挑まねばならないCASLL・TOだが、自宅はやけに広い。どれくらい広いのかというと、まずドーベルマンを中で飼えるほど広い。そして和室はマジで100畳以上あり、ほとんど小学校の体育館くらいあった。シオン・レ・ハイはこの日初めてCASLLの自宅にお呼ばれし、広い和室に通されて、ただただ圧倒されていた。
今日はCASLLがギャラを2万円ももらえたということ、そして10月も後半であるということから、男と獣だらけのハロウィンパーティーを開くことになった。CASLLのペットのドーベルマンも牙を剥き、涎をしたたらせ、肉料理の登場を今か今かと待っている。シオンは大切な友達であるたれみみウサギを抱えていた。
和室の真ん中にはクリスマスツリーがあり、傍らには古びたコタツが置かれている。ツリーには生のカボチャがぶら下げられていた。部屋のすみっこでは、ずどーんと暗いオーラを背負った軍人風の男がひとりうずくまっている。
「ようこそ、シオンさん! メリーハロウィン!」
「あ、あの、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「そんなに固くならなくていいですよ、汚い家ですみません。……ほら、このひとがシオンさんでちゅよー、ごあいさつちまちょーねー」
CASLLはにこにこと微笑みながらドーベルマンをナデナデした。ドーベルマンはたちまち物凄い勢いでシオンに吼えかかった。CASLLの笑みは客観的に見ると非常に恐ろしくダークなものであり、ドーベルマンをけしかけているようにしか見えない。シオンはおびえるウサギと仲良く一緒におびえた。
「CASLL! ……準備は完了した。有り難く思え」
不意に和室の隅でうずくまっていた軍服の男が声を上げた。いつの間にか彼の前には巨大なプロジェクターが用意されている。
「CASLLさん、あの……」
「ああ、すみません。紹介が遅れましたね。彼は私の兄で、RED・FAUSTと言います。仲良くしてあげてください」
「へえ、お兄さんですか! どうりで眼帯がそっくりだと思いました」
「CASLL! 準備は完了したと言ったではないか! さっさと始めろ。いや、その前にボクに礼の言葉を投げかけろ」
「はいはい、すみません。どうもありがとうございました」
いそいそとプロジェクターに駆け寄るCASLL。手袋をはめた上から爪を噛むRED。ぶつぶつ言っている。ウサギをドーベルマンの牙から守りながら右往左往するシオン。揺れるツリーのカボチャ。そんな楽しいハロウィンパーティーは、いつの間にかDVD鑑賞会に突入していた。和室の灯は落とされ、プロジェクターがひまわりの映像をスクリーンに映し出す。
シオンの記憶にはまったく残っていないが、その映画は『ぼくの見たひまわり』。そう、以前CASLLが映画館で、ラストの感動をシオンにブチ壊された名画だ。DVDを発売日に手に入れた記念として、CASLLはこのめでたいハロウィンの席で観ることにしたのである。REDは乗り気ではなかったしシオンはドーベルマンの相手に必死だ。ちゃんと正座して観ているのはCASLLだけ。
コタツの上に乗っているのは、何かよくわからないトッピング(試験管、ビーカー、へんな色の花火、へんな色の生物)が突き刺さったパンプキンパイ。プロジェクターの光を受けてか、それとも自前で発光しているのか、パイの姿は妖しく闇の中に浮かび上がっている。
CASLLがすでに涙を左目ににじませている(まだ映画は配給元のロゴが出ている段階までしか進んでいない)後ろで、シオンはドーベルマンのローリング体当たりを食らい、後頭部から派手に転倒していた。
がるるるる。るるるるる、るるるるるるるる……
るるるるぅぅぅ。
「るーるる、るるるるーるるー……そういうわけでメリーハロウィン、シオン」
「あ、へ、編集長」
「正しくはハッピーハロウィンなんですって。知っているのに誰もツッコまない、それがこの世界。ルルルでドドドね」
碇麗香がコタツの上に座っていた。コタツはアトラス編集部における彼女のデスクだ。足がむくむというので、彼女はコタツに入らず、コタツに腰かけるのがポリシーだった。シオン・レ・ハイは彼女の前で行儀よく正座している。
「ところであなた、CASLL・TOと知り合いだったわね」
「ええ、まあ」
「彼って実は不死身の殺人鬼なんですって。取材してきてちょうだい。いいスプーク写真を撮ってきてくれたら、プリンを365個あげる」
「はーい、行ってきまーす!」
「正しくはスクープ写真なんだけどあなたは相変わらずツッコまない。そう、ツッコんではいけないの。いけないわシオン」
プリンにつられて編集部を飛び出したシオン。しかしそれからシオンの生きた姿を見た者はないという。ついでにいつの間にか、コタツに腰かけていた編集長もなぜか忽然といなくなっていた。
どどどどどど……。どどどどどど……。るるるるる、
プリンさーんププププリリリリどどどーんんんどーんどーんどーん……。
「ィヤッハ―――――!! なんだってこの俺様に取材だって、そうかそういうことならすすんで殺してやるぜウラァァァァアアきゃっはァ―――――ッ!! ブレイクブロークブロークン!!」
「うっぎゃぎゃぎゃごごごごボ!」
無駄に大きい屋敷に住んでいたCASLLを訪ね、シオンは有無を言わさずブッ殺されてしまった。シオンを出迎えた時点からすでに、CASLLは刃渡り2メートルのチェーンソーを振りかざしていたのだ。殺人鬼は手際よくシオンをバラバラにすると、ゾンビ犬を引き連れて屋敷の中に戻っていった。
「おっと、てめェにエサをやらねェとな!」
CASLLは再び高笑い。逃げまどうシオンのたれみみウサギを一瞬で捕らえると、ゾンビ犬の口めがけて放り投げた。白いウサギは腐ったあぎとの中に飛びこみ、ぷちりと咬み砕かれて、あっけない最期を遂げた。
しかし、シオンの取材と冒険はここで終わらない。ぶつぶつ独り言を繰り返すマッドサイエンティストによって、バラバラにされた四肢はあっという間に繋げられ、再び命を吹き込まれたのだ。
「……、その、えっと、キミはボクのことを覚えているかな? って伝えてくれないかな、マリモのまりもちゃん」
手術台の上で身体を起こしたシオンに、赤い髪の狂科学者はそう声をかけた、らしい。科学者は瓶入りのもの言わぬマリモに話しかけているだけで、シオンとは目を合わせよう灯していなかった。
「まりもちゃんは言いました、『この人はRED・FAUST、偉大な科学者。死者を蘇らせるのもお手のもの。なぜならこの方自体がゾンビであらせられるから』」
「はじめまして」
「まりもちゃんはこう言っています、『はじめましてだなんて寂しいことを言わないように。ボクは以前にもキミをゾンビとして蘇らせ、新たな力や武器を与えたこともある。でもそれはまた別の話、ちゃんちゃん♪』」
「あなたの目的は……?」
「まりもちゃんセッズ、『ンなことてめェに関係ねェだろコラ、とにかくCASLLを殺せるくらいの力は与えたからただちにCASLLを殺してくるように』。オーヴァー?」
「いや、あの……私は殺し合いなど……いたって非暴力主義なので……」
よろよろと、シオンは手術台の上から降りようとして――転げ落ちた。縫い繋げられた四肢がうまく動かないし、腹が減って仕方がない。手術台のそばを見れば、ボウルの中に内臓がどっさり入っていた。血まみれのボウルにはラベルが貼られている。
『摘出したシオンの内臓』
ラベルには、ラメ入りキラキラインク(カボチャ色)のボールペンでそう記されていた。シオンはよろよろと後ずさり、ビシャーンとベタフラを背負いながら絶叫した。
「こっ、こここ、これこそ『内臓がないぞう』!!」
「まりもちゃん曰く、『これを典型的なダジャレと言わずしていつ言おう。つまらんシャレはやめなシャレ』……ぶフフフフ!!」
「困ります! 何てことをしてくれたんですか! これじゃプリンもパイも消化できないじゃありませんかーッ! このマリモめ!!」
シオンは青褪めた手で手術台を掴んだ。凄まじい怪力が発揮され、床に固定されていた手術台は騒々しい音を立てて外れた。シオンはそれをREDに――正確には、REDが話しかけている瓶入りのマリモに投げつけた。
「ぁあ―――――ッッ!!」
瓶は割れ、中からマリモが飛び出し、大破した手術台のどっかのパーツの下敷きになってしまった。手術台は無論REDにもぶつかっていたが、彼は己の怪我など意にも介さず、ただただ、マリモの死を目の当たりにして悲鳴を上げるばかりだった。
「ぁア―――――ッッ!! ま、まりもちゃ―――――んんんンン!!」
REDの頭にも鉄パイプやボルトがブッ刺さっている。それどころか首が折れていてあらぬ方向に曲がっており、彼の目はちゃんとマリモを見ているのかどうか定かではない。
「よ、よよよくも!! まりもちゃんは言っているよ、『キミを許さない、絶対絶対絶対ダメ!!』って言ってる言ってる言ってるるるるる!!」
REDがいろいろなものを振り回しながら暴れ始めたため、シオンは血まみれのオペ室を飛び出した。せっかく生き返ることができたのだから、さらわれた編集長を助け出し、自分を一度殺したCASLLに復讐するのもいいかもしれないし、とりあえずキレちゃったREDからは逃げないとまた殺されてしまう――そう思ったからだ。状況や状態はともかく、シオンの思考はある程度まともだったと言えるかもしれないような気がしないでもない。
ショッキングピンクやディープパープルの色水のような、怪しい薬品を飲んだりばらまいたりしているREDをオペ室に残し、部屋の外に飛び出したシオンが見たものは、ずらりと並ぶガラス瓶だった。
「こ、これは……これは一体……へ、編集長まで……!?」
巨大なガラス瓶には人が詰め込まれている。フタが閉められているが、フタには空気孔が開けられているようで、閉じ込められた人々の中には、まだ生きている者もいた。いつの間にかさらわれていた碇麗香をその瓶の列から見つけ出し、シオンはガラス瓶を転がした。
「編集長! 碇さん!」
気絶していた彼女を瓶の中から引きずり出し、シオンは彼女の名前を呼んだ。麗香はぱちりと目を覚まし、
「バカ!」
「どえっ!」
目を覚ますなり、シオンの顔面に強烈なパンチを見舞った。パンチはシオンのいったん死んだ肉に深々とめりこんだ。
「どうしてまず写真を撮らなかったの!? いいスクープ写真になったでしょ!? なに考えてるのよ、使えないニート!!」
「に、ニート!? ひどいです! ちゃんとときどき働いてます! ゾンビになったこれからもちゃんと働きますッ!」
「今から私があざやかに殺されてみせるから、ちゃんと写真を撮るのよ。わかった!?」
「え!? はい!?」
麗香はどこからともなく使い捨てカメラを取り出し、シオンに押しつけた。そして憤然と立ち上がり――
「ギャッハッハッハァ――――ッ!! てめェは腐ったパンプキンパイだ!! メリーハロウィン!! ハッピークリスマス!! ぐへハハハハハ!!」
「ぴ アええええィ!!」
「あああああ、編集長ォおおお!!」
突如現れた殺人鬼CASLLの毒牙にかかり、碇麗香は惨殺された。CASLLはジャック・オー・ランタンを頭にかぶっていた。そして、刃渡り2メートルのチェーンソーを持っていた。麗香の血はカボチャ色だった。緑黄色野菜の健康的で美味しそうな色だ。シオンは麗香の血を頭から浴び、やっぱりスクープ写真を撮ることができなかった。
「……おお!! ラッキィーッ!!」
チェーンソーのぶいんぶいんという唸りに負けないよう、パンプキンマスクCASLLは大声を張り上げる。そして、ビシッとカボチャまみれのシオンを指差した。
「ブッ殺したはずのてめェがまた生き返った!! オレはもう一度てめェをブッ殺すことができるというわけだ! 誰のおかげで生き返った? そうだ、オレの兄貴だ! RED兄貴ィィィィッ!」
「気安く呼ぶな! おい、そいつを殺すな、バカ弟! そいつはボクの作品だし、ボクのまりもちゃんの仇なんだぞ! そいつを殺していいのはボクだけなのだッ!」
色水――いや、怪しい薬品が入った試験管を山ほど抱えて、目の色を変えたREDが走り寄ってくる。
前にはCASLL、後ろにはRED。これ以上ないくらい絶望的な挟み撃ちだ。シオンはどうしたら助かるか一生懸命考えた。せっかくよみがえったこの命、たった15分で失ってなるものか。
REDによみがえらせてくれてありがとうと言うべきか。
CASLLめがけて使い捨てカメラのフラッシュをたき、目をくらませるべきか。
どっちだ私! どーすりゃいいんだ私!
「よこせ! よこせよこせてめェの命! だるだららら!」
「いいから死ねええええ、死んじまえええええ、えるるれれれれれ!」
「てめェのカボチャでジャム作ってやるるるるるる」
「もしかしてもしかしたらプリンジャムるるるる?」
「ぐえへへへへ、ぃげへへへへへへへへ」
「あー、あー、あー、あーあーあーあー」
「るるるるるるるるるるるるるるるるる」
がるるるる。るるるるる、るるるるるるるる……
るるるるぅぅぅ!
「ぅわあっあああっどぅわあああああああああァア!!」
CASLLの感動は、やはり、肝心のラストシーンでぶった斬られた。『ぼくの見たひまわり』が今まさにクライマックスを迎えようとしたところで、ドーベルマンの体当たりを食らって気絶したシオンが、タイミングよく意識を取り戻したのだ。断末魔めいたシオンの悲鳴に、CASLLは思わず振り返る。
「に、兄さん、何を……」
REDのしわざだった。REDは、映画が盛り上がったところを見計らって、シオンに特製の気付け薬を嗅がせたのだ。REDは振り返り、これ以上ないくらい幸せそうで不敵な笑みをCASLLに見せた。
「ボクをくだらない映画に付き合わせた罰だ」
そして、ウサギを抱きしめたままシオンは飛び上がっていた――ドーベルマンは相変わらずシオンのウサギを狙っていて、シオンの顔を覗きこんでいたのだ。シオンの顔はドーベルマンの涎でべとべとに汚れている。
「うわあっああっあっち行ってください人殺しィ!!」
「CASLL! そのつまらん映画は終わったな。次はボクが製作総指揮に当たったこの映画を観るのだ。ボクはキミの兄だし、ボクがプロジェクターをセットしたのだから当然の権利だ! そう思うだろう?」
CASLLは呆然として、画面に目を戻す。『ぼくの見たひまわり』はすでに終わり、穏やかな音楽とともにエンドロールが流れていた――。
CASLLは、感動とは別の涙を流した。かすかな嗚咽を漏らすCASLLの前で、エンドロールは唐突に止まり、サイコでゴシックでアイドルな、秘密組織MASAのプロパガンダ映画が始まっていた。
〈了〉
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