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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


想い深き流れとなりて 〜4、そは聖者か狂人か

「わざわざ来てくれてありがとう」
 アトラス編集部の一室で、口を開いた碇編集長の顔は硬いものだった。
「お願いしたいことはメールでお知らせした通りよ」
 口数少なく、用件を切り出す。

 数日前、興信所で馴染みのシュライン・エマからメールが来たのが、そもそもの始まりだった。
「麗香さんの許可を得て転送します」と最初に添えられたそれは、「希望の会」という宗教団体についての調査依頼だった。
 そのメールによると、「希望の会」というのは、まあどこにでもあるような新興宗教団体で、自分の力に自信を持たせることで、人を前向きにし、実際、何人もの引きこもりの若者たちを立ち直らせていることで最近よく話題になっている。
 しかし、その一方で、表に出るのは教団のスポークスマンに当たる人物ただ1人であり、他の幹部は誰か、どうやって若者たちを立ち直らせているのかなど謎の部分が多い。さらに、裏では黒い噂も絶えないとか。
 麗香の知り合いのフリーのジャーナリストが、その暗部に迫るべく取材を繰り返していたようなのだが、全く表に出ない教祖の名が「カンナギノゾミ」だと麗香に伝えた後、消息を絶ち、そして女性と共に遺体で発見された。表向きには心中事件として処理されたそれを、麗香は納得できず、また、月刊アトラスとして公然と取材することはできないので、協力者を募りたい、というのがメールの本題だった。
 この「心中事件」を聞いて、すぐにクミノの頭に閃いた事件があった。殺人現場を目撃した女性が殺され、さらにその時彼女と携帯電話で話していたその妹までもが狙われた事件で、クミノたちの活躍で第三の殺人は防げたのだが、クミノが犯人「鵙」と接触した際に、鵙は「雑誌記者の件ならこちらの仕事は終わった」と確かに口走った。
 あの一件は、鵙が能力者だったために、後の処理はIO2がしたはずだが、心中事件として隠蔽工作した、というのが真相だろうか。
 クミノはもはや「事件」以外の可能性をほぼ除外していた。何しろ、殺人を疑っているのは、あの碇麗香なのだし、シュラインだって先日の事件との関連を疑っているからこそ、クミノにこのメールを送ってきたのだろう。
 クミノはすぐに自分も参加する旨を返信し、今日、編集部へとやってきたのだった。

 シュラインとクミノに加えて、菊坂静(きっさかしずか)、櫻紫桜(さくらしおう)、弓削森羅(ゆげしんら)、陸玖翠(りくみどり)、ヴィルア・ラグーン、総勢7人が麗香の呼びかけに応じて集まった。既に互いの自己紹介を済ませ、麗香の話に耳を傾けているという状況だった。
「参考になるかと思うのだけれど、これも見てくれるかしら」
 言って、麗香は手元のリモコンを操作した。お世辞にも大きいとは言えないテレビの画面にワイドショーとおぼしき番組の1シーンが映る。
 3人ほどのキャスターと向かい合うようにして、ゲストとおぼしき初老の男が座っている。画面にテロップで、「宗教団体希望の会広報担当 高階幸宏氏」と紹介が流れた。
『こんにちは。今日は、最近話題の宗教団体、希望の会の高階さんに来て頂きました。高階さんは、現役の外科医としても活躍なされている一方で、教団でも中心人物として精力的に活動なさっておられます』
 司会者が、画面に向かってしかつめらしく挨拶をした後で、ゲストの男、高階に会釈をした。高階も軽く頭を下げてそれに返す。
『希望の会では、何人もの引きこもりの若者を更正させたと聞いています。何が、その秘訣なのでしょうか』
 あの粘り着くような独特の視線をゲストに向け、司会者は高階にマイクを譲った。
『私は長年、医師として仕事をしていく中で、いろいろな患者さんと出会いました。中には、大けがを負ったり、大病をされて、まず助からないだろうな、というような方も大勢おられる。けれど、そんな中でも、生還される方はおられるんですね。もう、奇跡としか言いようがない。そういう人たちに共通するのは、みな、強い想いなんです。生きようとする想い、大切な者を遺しては逝けない、そんな強い想いで死の淵を乗り越えられる』
 高階は熱っぽく司会者に向かって語り、そしてカメラへと顔を向けた。
『本来、人が持っている想いの力というのは本当に大きなものなのです。誰もが、素晴らしい力を持っている。我々が関わって来た引きこもりの人たちっていうのは、それに気づかず、自分の力を知らずに、悩み、迷い、立ち止まっている人たちなんです。そういう人たちに、自分の力を気づかせてあげる。そうすれば、誰だって好き好んで引きこもったりはしないんです』
 その語りに、司会者たちは感心したような顔で何度も頷いてみせる。
 と、ぷつり、と小さな音がして画面が消えた。麗香が手元のリモコンで電源を切ったのだ。
「……こんな感じよ。表向きはこのテレビで言うように、一見建設的な新興宗教だけれど、黒い噂もちらほら聞こえてくるわ。そこを調査して記事にしたいのはやまやだけれど、どうもけっこうな数の政治家なんかも絡んでいるみたいで、上からのお達しで、月刊アトラスとしては表立って、その暗部を取材できないのよ」
 麗香は、既に何も映っていないテレビ画面を睨んで溜息をついた。
「さっきも言った通り、こちらからは大したフォローはできないわ。危険な仕事をお願いするのはとても気が引けるのだけれど、あなたたちにしか頼めないの。どうしても彼の無念を晴らしてやりたいの」
 言って、麗香は深々と頭を下げた。普段は見られない鬼編集長の態度に、誰もが一種神妙な顔になる。
「時に、黒い部分というのはどのあたりでしょうか?」 
 重くなりかけた沈黙を破ったのは、翠だった。さっぱりとした中性美人の彼女の口調はひょうひょうとしていて、どこか心強さを感じさせる。
「ひょっとして洗脳? それとも人体実験?」
 さらりとした口調で、翠は実に物騒な言葉を続けた。
「どちらかという洗脳かしら。黒い部分というのはさっきも言った殺人疑惑と、あとやはりカルト化の疑いがある……と言えばいいのかしら。狂信化して暴走しかねない、いえ、ひょっとしたら既に暴走している可能性があるの。具体的にどう、とまでは言えないのだけれど」
「強い想いが時にすごい力を生むことはわかるよ、いい方にも悪い方にも。でも、心のよりどころを変な方に持っていくのは勘弁して欲しいよなぁ」
 麗香の言葉に、森羅が腕組みをして、天井をあおいだ。この少年も、先日の殺人事件に関わっている。どうも縁というのは不思議なものだ。
「時に碇麗香。その『心中相手』とやらの名前は木下朱美といわないか?」
 クミノはおもむろに口を開いた。クミノの中ではほぼ確信となっているが、確認しておいて損はない。
「よく知っているわね」
 麗香の瞳に鋭い光が宿る。
 依頼人の麗香よりも、調査を依頼されたクミノの方が、実は事件についてよく知っているというのも奇妙な話だが、しかしこの一連の流れの中では、それもまた必然と言えよう。
「ふむ……。ということはそれは心中ではないな。少なくともその記者が殺されたというのは間違いない。実行犯を公にすることがかなわぬため、不幸にして教唆者に捜査機関の手は及ばなかったということだな……」
 事件については、皆で共通理解を持っておいた方がいいだろう。クミノが口火を切ると、後をシュラインが引き取って、例の事件を簡単に皆に説明した。
「教祖の名前を知るだけで殺されてしまうなんて……、信じたくはないけれどよほど教祖のことを秘密にしておきたいんですね」
 紫桜が深刻な面持ちで口を開いた。
「もしくは、そのライターがまた別のことも掴みはしたけれど伝えられなかったのかもしれませんね」
 翠が付け足す。
「あれ? その教祖のカンナギノゾミさんって……、あの神薙老人のひ孫さんも、希美さんっていう名前でしたよね?」
 宙をにらんで、ぶつぶつと教祖の名を呟いていたらしい紫桜が、不意に目を瞬かせた。
「ああ、そういえばそうね」
 シュラインがはっとしたような顔で頷く。
「でも、もしそうだとしたら、今までの経緯や他の家族の行方も気になるところですね……」
 そう呟いてから、紫桜が思い直したような顔をして、言葉を継いだ。
「ええと、少し前に学校の桜の木の下にたくさんの幽霊が出て『1人足りない』と騒いでいる、という事件があったんです。ふたを開けてみれば、幽霊たちの同窓会だったのですけれど、何でも三途の川が浅くなっていたので、思い入れのある母校の桜の下に集まっていたのだそうです。その同級生の中で、唯一ご存命の神薙さんという方がおられたのですが、その方のひ孫さんが希美さんというお名前でした。ただ、ご両親ともども行方不明なんです。三ヶ月前、山道で事故に遭ったようで、谷底から乗っていた車だけが見つかったとか。その時の幽霊の話では、彼らはまだ『向こう』にはいないということでしたが」
「なーんか、だんだんと怪しい部分が大きくなってきたな。ゴンタの件といい……」
 森羅が天井を睨んだ。
「あ、ゴンタってのは、本を書き換える悪戯をする小鬼のことね。そのゴンタがさ、強い思いにあてられて暴走しちゃったってのに出くわしたんだけどさ、その原因となった本がこの教団の出してた本だったってわけ」
 慌てたように付け足された説明は、わかるようなよくわからないようなものだったが、とにかく教団の後ろ暗さを語る事件がまだあった、ということだろう。
「まあ、要はその教団の黒い部分とやらを探れば良いのだろう?」
 今までわずかに口元をつり上げながら話を聞いていたヴィルアが、不敵な顔である意味身もふたもない総括をする。黒いスーツに身を包み、やはり黒ネクタイを緩めに締めた長身の外見は、一見して男に見えるが、れっきとした女性だと先ほど聞いたところだ。
「まあ、行ってみればわかることも多いでしょうしね」
 翠がそれに頷いた。どうやら、この2人、どことなくペースが合うようだ。
「そのことだけど、私は高階氏の病院の方を当たってみたいのだけれど」
 シュラインが機を見計らっていたような風情で口を開いた。
「私はカンナギノゾミの過去情報の方を主に調べたい」
 ついでとばかり、クミノもそれに便乗した。調べたい、というよりもこのメンバーを見る限り、裏の世界の情報にもっとも精通しているのは自分だと――それは決してありがたくはなかったが――判断したのだ。
「あ、もし神薙老人に会うのならお手紙を書いておくわね。麗香さん、便せんを頂けるかしら」
 シュラインが気を利かせて、その場で手紙をしたためてくれる。
「ということは、教団の方に行くのはこの5人になりますね」
 その間に、翠は軽く室内を見渡して確認をとった。他の4人は教団に行くつもりだったらしく、皆小さく頷く。
「じゃあ、私は裏方の方が似合ってますので潜入でもしましょうか、ね」
「私も潜入派だな」
 翠がさらりと言うと、ヴィルアも短く頷いた。
「あ、俺も潜入の方が……。インタビューで聞き出せる話術ありませんし」
 紫桜は、少し困惑気味の表情を浮かべた。
「あれ? 俺、インタビューにいく人に護衛がてらついてく予定だったのに」
 森羅はぱちぱちと目を瞬かせる。
 どうやら誰もが、インタビューは他の誰かがやると思っていたらしい。麗香が一瞬目を丸くして、そしてくすくす笑う。
「いっそ、囮を使うというのはどうですか?」
 それまでずっと黙っていた静が顔をあげた。夏だというのに幾分青ざめたその顔には、疲労の色がにじんでいる。
「静くん……、顔色悪いわよ? 休んでなくて大丈夫?」
「大丈夫です。夏バテというやつで……」
 シュラインの心配に、静は力なく微笑んだ。
「引きこもり役とその他数名で、その教団に直接潜入するんです。引きこもり役は僕がやります……。ちょうど夏バテで顔色悪いし、それに、僕が一番それっぽいでしょ?」
 言って、静は少し苦みを帯びた笑いを漏らす。
「けど、静」
「危険は承知です」
 森羅が声をあげたのを、静は穏やかに遮った。
「けど、危なくなったらみんなが助けてくれると信じてますから」
「そこまで言うんだったら……。全力で静を守るよ」
「ありがとうございます、弓削さん」
「『森羅』! それからございますはナシ」
「ありがとう、森羅さん」
「『森羅』! さんはつけない」
 静の謝辞を、森羅は指突きつけてびしびしといちいち訂正する。
「えと……、ありがとう、森羅」
「はい、合格」
 なんだか奇妙な方向に流れ始めたそのやりとりに周囲はくすくす笑う。
「じゃあ、俺友達その1で、しーたんは友達その2で」
 森羅がさっさと役割分担を始める。どうやらしーたんというのは紫桜のことらしい。
「じゃあ、私が母親でヴィルアは父親ってとこですかね」
 翠がくすくす笑いながら同調した。
「誰が父親だ、誰が」
 ヴィルアが渋い顔で返す。
「でも、さすがにそれは無理があるかと。せめて若い叔父夫婦とか」
 紫桜は真顔で口を挟んだ。
「だからどうして私と翠が夫婦なんだ」
 じろりとヴィルアが紫桜を睨む。
「では、さしずめ私は妹か」
 とりあえず、クミノもその流れに乗っておくことにした。

 分かれて行動する時には、どれほど情報を共有できるかがものを言う。クミノはあらかじめ用意しておいた人数分のイヤホンとマイクを各人に配った。どちらも超小型の高性能のもので、少し装着に気をつければ、まず他人からはそれと気づかれないだろう。
 使い方を皆に説明し、麗香に記者の顔写真を自分の端末に送ってくれるように頼んだ後で、クミノは編集部を後にした。
 クミノは、自らのネットワークを使い、教団関係者の洗い出しにかかった。もともと、宗教団体というのは何の繋がりもなくできるものではない。必ずそこには金や政治の力がからんでいるはずだ。
 その作業にとりかかった時、麗香から記者の写真が送られて来た。
「やはりな」
 クミノは小さく呟いた。その顔は、クミノと対峙した鵙のものだった。これで、完全に麗香の知り合いを殺したのは鵙だったと断定できる。
 となると、あとは鵙と教団の繋がりさえ見つければ、教団と関わっている政治家たちは簡単に御せる。政治家にとって犯罪とつながることは弱みになる。それは、裏の世界に精通しているクミノならではの策でもあった。
「ふむ、結構な数の政治家が加わっているな」
 手元の端末に流れるデータの量に、クミノは小さく息をついた。名前も知らないような新人議員から、閣僚まで勤めた古狸まで。金の流れを裏のルートから洗い出してみれば、実に多くの政治家がこの教団に何らかの関わりを持っていることがわかる。もっとも、このうちの何割かは税金対策のための寄付なのだろうが。
『シュラインよ。一応、小さい情報だけれど伝えるわね』
 不意に、イヤホンから聞き慣れた声が流れた。
『高階氏の勤め先は幸和会病院。数年前から勤めているから、入信当時から所属は変わっていないはずよ。ちょうど明日が高階氏の休診日になっているわ。教団の方にいるんじゃないかしら』
 どうやら機械の方も好調なようだ。クミノは小さく安堵の息をついた。
『えーっと、こちら教団突入組の森羅、どうぞ』
 しばしの後に、今度は少し上ずった森羅の声が入って来た。
『それじゃ、こちらの作戦は明日決行。高階氏のいる時を狙いますね』
『あー、先に言われたー!』
 翠のすました声の後に、森羅が不満げに叫んだ。
『了解。私も病院へは明日行くことにするわ。高階氏の留守を狙ってね』
 シュラインが微笑まじりに返事をする。
 通信が切れたのを確認すると、クミノはさらにあちこちにメールをしたり、電話をかけたり、あるいはネット上で表裏問わず、「希望の会」や「カンナギノゾミ」についての情報をあさった。
 教団については、設立はつい2ヶ月程前だったが、すでに数冊の本を出版し、この短期間の間に何人もの「会員」――教団内では「信者」と呼ばずにこう呼んでいるようだった――を集めている。
 それは輝かしい「実績」のためでもあろうが、やはり大きいのは政治家の後ろ盾であるようで、彼らの交友関係を洗って行く限りでは、どうやら外科医である高階との繋がりが強そうだ。
「ふむ」
 クミノは軽く唸ると、高階と、そして彼の勤務先の幸和会病院についても対象を広げ、その関係の洗い出しにかかった。
 やはり病院ともなると、裏の世界にも関わってくることが多いらしく、暴力団関係者の名前もちらほら見える。おそらくは、抗争などで負傷した際に、高階に世話になった連中なのだろう。巧妙に隠されてはいたが、どうやら、そっち方面からも教団に金が流れているようだ。
「呆れたものだな」
 クミノは小さく溜息をつく。だが、これだけでも対政治家への策は整ったようなものだ。暴力団関係者からの金が流れている団体とつながっているとなると、政治家にとっては致命的になる。
 クミノは引き続き、情報の整理を続けた。団体の方に関してはそこそこ順調に情報が集まっはきたが、「カンナギノゾミ」の方はさっぱりだった。これだけ後ろ暗い教団の教祖というのなら、世間一般には隠せても、裏社会には隠せないものがいろいろとあるはずなのだが。
『シュラインよ。一応追加ね』
 再び、イヤホンから声が流れた。
『高階氏、政治家たちの間では『神の腕』と評判らしいわ。家族が大病した時なんか、お世話になっているみたい。それもここ最近のことですって』
 特にとある閣僚経験者の妻が最近、大病を患って生死の境を彷徨ったものの、大手術の末に一命を取り留め、さらに目を見張るような順調な回復を見せているらしいという話をシュラインは続けた。
 ちらりとクミノは自分のメモを見遣る。それは、団体への献金額も図抜けて高い政治家だった。
「そのようだな。だいぶ政治家から金が流れている。おそらくは同じく医者つながりだろうが、暴力団関係者からも金が流れているな」
 シュラインの情報に、便乗とばかりクミノも今までに判明したことを伝えた。イヤホンの向こうからは各人それぞれの溜息が聞こえてくる。

 とりあえず情報は集め続けながら、クミノはシュラインも名を挙げた政治家に接触した。向こうは多忙を極める身だが、だからこそスキャンダルは嫌う。クミノが、「希望の会」に暴力団関係者との繋がりが認められることを告げ、それをマスコミにリークすることも辞さないことを示唆すると、すぐにでも人払いをして会いたいと言ってきた。
 指定された場所に出向くと、政治家はクミノの姿を見て一瞬目を丸くしたものの、さすがは古狸、クミノを子ども扱いはしなかった。
「それで……、本当なのかね。あの団体が暴力団関係者と繋がりがあるというのは。もちろん、高階先生は名医だ。相手がその手の人間でも、治療を拒んだりはしないだろう。そういった意味での繋がりではないのかね?」
「残念ながらそうではない。はっきりと金が流れている。まして治療したことのある相手なら、相手が暴力団関係者だと知りませんでした、という言い逃れも通用しない」
「……」
 クミノがきっぱりと言いきると、古狸は唇を噛んだ。
「私は……、気力を失った若者たちを更正させる、あの団体の姿勢を好もしいと思い、支援していたのだ」
「それだけ?」
 クミノは追及の手を緩めない。
「確かに……、私や家族に何かあったときに、あの先生に治療を頼めるように恩を売っておきたかったという下心はあった」
 ごまかせないと悟ったか、それとも正直に話すのが最良の策と踏んだか、古狸は大きく息を吐いて続けた。
「そんなに腕が良いのか? その高階という外科医は」
「神業だよ、あれは。妻の時はもう手の施しようがないとどこの医者も見放したんだ。実際、私も覚悟を決めざるを得ないと思っていた」
「……」
 クミノは軽く眉を寄せた。奇跡の腕、といえば聞こえはいいが、古狸のニュアンスを聞く限り、不自然な程の腕という気もしてくる。
「あの先生の熱意のなせる技なのだろうか、いつか死そのものを克服してみせる、とまで漏らしていたくらいだから」
「それはつまり不死の獲得ということか?」
「い、いや、いくら私でもそこまで馬鹿な夢は見ないさ」
「……」
 軽く咳き込んだ古狸を、クミノは冷ややかな眼差しで見返した。

 政治家と別れたクミノは、さっそく状況を仲間内に報告した。
 次いで、その間にも集まっていた情報を整理する。だが、実りのある情報は得られていなかった。特に、カンナギノゾミに関しては相変わらず、裏表共にさっぱりといっても良い程ないのだ。
 こうなると、カンナギノゾミは一般人であると結論づけるより他なくなってくる。それも、低年齢の人間だとしたら、筋が通る。
「神薙老人とやらを当たるしかないか……」
 クミノは小さく呟いた。時計を見れば、もう夕刻を回っている。いかに日の長い夏とはいえ、この時間に初対面の相手を訪ねるのは失礼に当たるだろう。それも、相手はかなりの高齢らしい。
 神薙老人に会いに行くのは明日にして、クミノはそのことも仲間内に伝えた。 

 翌日、クミノは神薙老人の家に出向いた。
 シュラインからは、病院に向かうという連絡があったし、教団突入組は結局二手に分かれたらしい。「引きこもり少年」静の付き添いは、友人である森羅と紫桜。ヴィルアと翠は、彼らが教団に入るとき、同時に忍び込むということだった。
 シュラインから聞いていた神薙邸の呼び鈴を押すと、ずいぶんと高齢ながら、まだ足腰はしっかりしている老人が顔を出した。
 老人は、クミノの訪問に少し驚いた顔をしたものの、クミノがシュラインからの手紙を渡し、希美を探していると告げると深々と頭を下げた。
「あの時は本当にお世話になって、その上、また……」
 老人はクミノを家に招き入れ、手ずから茶を出してくれた。クミノは恐縮してそれを頂く。
「希美は、今年6歳になりますが……、確かに、希美には少し変わったところがありました。希美に、というよりも、妻もそうだったのですが、神薙家の女には、と言った方が良いかもしれません」
「変わったところ?」
 クミノが、希美について何でも良いから教えて欲しいと頼むと、しばし考えた後で老人は口を開いた。
「妙に勘がいいといいますか、不思議と言っていることがよく当たるといいますか……。私が体調を崩した時など、『おじいちゃん、すぐ良くなるよ』と言ってくれると本当にすぐ治ったりとか、出かける予定のある日など、前日雨が降っていても、『明日はきっと晴れるよ』と言えば本当に晴れたりとか、そのようなことが結構ありまして」
「なるほど」
 クミノは小さく頷いた。老人の話を聞くところ、どうやら希美は生まれつき――おそらくは家系によるものだろうが――何らかの能力を持っていると理解してよさそうだった。
 けれど、それは日常生活に支障をきたすとか、特別に目立って人の噂を呼ぶという程度ではないらしい。そして、きちんとした訓練も受けているようすはない。逆に言えば、きちんとした訓練を受けた能力者であるならば、クミノのネットワークにひっかからないはずもない。
 クミノは丁寧に老人に礼を述べ、神薙邸を辞した。念のため、近所や希美の学校関係者にも話を聞いてみたが、これといった話は聞かれなかった。
 今年6歳になる、少し勘が強い程度の普通の少女。どうやら神薙希美像はこれで間違ってはいなさそうだ。となると、この希美が「教祖」だというのなら、実際に彼女が教団を動かしているとは考えにくい。
『シュラインよ。神薙希美さんと高階氏が繋がったわ』
 そうこうしているうちに、病院に行っていたシュラインから報告が入る。
『希美さん親子が事故に遭って運ばれたのが高階氏の勤めていた病院。ご両親はひん死の重傷で、希美さんだけが奇跡的に軽傷だったみたい。そのご両親も、こちらも奇跡的に一命をとりとめて、転院したことになっているわ。そして、教団を設立したのはどうも高階氏本人みたい。代々受け継いできた診療所を改築して本部にしたみたいね。希美さんの一件で、人の想いの強さを知ってっていうのが直接のきっかけみたい。宗教という形にしなければその想いの力を引き出せない、というのが宗教団体を名乗った理由、ということになっているわ。彼自身が教祖だとか代表者だとか名乗らないのは、人を崇拝するような形になるのを避けるためだと周囲には説明しているみたい。少なくとも幸和会病院の看護婦さんたちはそう認識してるわ』
 どうやら、麗香の知り合いの記者がつかんだカンナギノゾミという名は、ミーティングで話に上った神薙老人のひ孫であると断定してもよいようだ。そして、「黒幕」が高階であるとも。
 しかし、「少し勘が強い」程度の能力しかもたない希美をわざわざ教祖に据え、世間から隠そうとする意図はわからない。と考えたところで、待てよ、とクミノは思い直した。希美は大事故に遭ったという。生命の危機に瀕した時に能力が覚醒するというのは決してまれな話ではない。
「クミノだ。神薙老人に会って来たが、希美は今年6歳。老人の話を聞く限りだと、どうも生まれつき、治癒だか予知だかの弱い能力を持っているようだな。とはいっても正式な訓練を受けているわけでもないから、その詳細ははっきりとはわからないが。ただ、事故で生命の危機を迎えて、一気に能力が開花した可能性も否めないな。教団を高階が創立したというのなら、あるいは希美は利用されている可能性もあるわけか」
  しばし考えをまとめてから、クミノは神薙老人に会ったことの報告と、自分の考えとを皆に告げた。
『翠です。『更正した』という子たちを何人か見ましたが、『別人と入れ替わっている』可能性は限りなく低いでしょうね。術を施した跡もなく、魂と容れ物の間にも違和感がありません』
『まあ、引き続き潜入を続けるさ』
 次いで、裏潜入組の翠とヴィルアから報告が入る。
 それを片耳で聞きながら、クミノは昨日に引き続き、情報収集に勤しんでいた。当たった先からメールやら電話やらで結果が入ってくるが、なかなかこれぞというものには当たらない。
『ありがとう。こっちは今日新しく入った菊坂静くんだよ』
 そうこうしていると、唐突に、イヤホンから仲間以外の声が聞こえて来た。それは、昨日ビデオで見た高階の声だった。いぶかしさにクミノは半ば反射的に耳をそばだてていた。
『静お兄ちゃんだね。よろしくね、あたし、神薙希美。お兄ちゃんにもジュースあげるね』
 次に飛び込んで来たのは、幼い少女の声だった。
「カンナギノゾミか……」
 クミノは小さく呟いた。状況から考えて、希美と接触した静が、それを皆に伝えようとマイクのスイッチを入れたというところだろうか。
『ほら、かなっただろう? これをただの偶然、あるいはこちらの芝居ととるか、自分の思いの力ととるかは君しだいだよ。でも、どうせならもう一度だけ自分を信じてみたらどうかな? 損をすることはないと思うよ……っと失礼』
 高階の声が途切れ、遠くの方で違う誰かと二言三言言葉を交わしているような声が聞こえた。『済まないね、少し急の用事が入ったんだ。適当にこの辺りを見ていてくれないかい? すぐ戻るよ』
 イヤホンの向こうでは、どうやら高階が席を外したらしい。しばしの沈黙の後に、今度は静の声が聞こえて来た。
『君が、神薙希美さん?』
『お兄ちゃん、希美のこと知ってるの?』
『ひいおじさんが、お家で待っているよ。一緒に帰ろう』
『うーん、でもパパもママも、ここにいるから……。今の希美のお家はここなの。パパもママも、お怪我が治るまでここにいなくちゃいけないんだって』
 希美の言い分を聞いている限りでは、どうやら高階が希美を教団内に留めているようだ。
『ね、それよりもお外の話して。お外行くとばい菌がついてきちゃうから、そうしたらパパママに会えなくなっちゃうって先生が言うんだ』
 希美が無邪気にせがんだその直後。
『お兄ちゃん! 大丈夫? しっかりして』
『静!』
『静さん! 大丈夫ですか?』
 イヤホンから聞こえてくる声は、静の身に何かが起こったことを示唆していた。なかばいらだちに似た思いを感じながら、クミノは耳に神経を集中させる。
『大丈夫? お兄ちゃん』
『大丈夫だよ』
 ようやく、静の声が聞こえて来た。ずいぶんと息は荒いが、それでもその声はかなりしっかりしていた。どうやら、一段落ついたらしい。
『翠です。……希美殿のご両親を発見しました。身体的には、既に亡くなられているのですが』
『死体に魂が宿っている……といった状況だな。不完全な蘇生術でも使ったような状態だ。魂の劣化も否めまい』
 その直後、翠とヴィルアが伝えて来たのは、衝撃的な報告だった。さすがのクミノも、思わず眉を寄せる。
『どうしたんだい? ずいぶんと顔色が悪いけれど』
 次に聞こえて来たのは高階の声だった。どうやら、静のところに戻って来たらしい。
『少し立ちくらみを起こしただけです。大丈夫です』
『そうかい。ここで休んでいってもいいけれど、今日はもう帰るかい? 体調が戻れば明日、また来るといい』
『そうします』
 どうやら表潜入組は、これにて撤退らしい。神薙希美と接触しただけでも大きな収穫だろう。
『希美さんの能力は』
 おもむろに、静の声がイヤホンから流れ出た。
『おそらく、相手の望みを現実にしてしまうこと……。多分、本人はそれと気づかずに能力を発揮しています』
 つまりは、大事故で希美がかすり傷しか負わなかったのも、それを両親が望んだから。生物的には既に死亡しているはずの両親がその身に魂を留めているのは、高階が望んだから、ということだろうか。
『きっと、希美さんは無意識のうちに高階氏の望みをかなえ続けているのでは……』
 高階が担当した政治家の妻が生還したのも、希美の能力と無関係ではないはずだ。
『なるほど。そうだとしたら、高階氏が教団を設立した経緯にも納得がいくわね。希美さんの能力に気づいた高階氏がそれをより効率的な形で発揮するために宗教団体を発足させた、と。奇跡を前にすれば人は簡単に傾倒するわ。うまく演出すれば、高階氏の思い通りに、立ち直る若者だって出てくるでしょうね』
 思慮深げなシュラインの声がイヤホンの向こうから聞こえてくる。
『ふむ。しかし、正式な術の手順も踏まずにそれだけの力を発揮しているとなると……』
 イヤホンの向こうからは、ヴィルアの声が聞こえてきた。
『彼女の精神も長くはもたないでしょうね。そちらも退去したようですし、こちらも一時撤退しますね。引き続き、情報を集められるよう手配はしておきますが』
 わずかな躊躇いを含んだ翠の声がその後に続く。
 クミノがかすかな溜息をついた時、携帯電話が着信を告げた。出てみると、クミノが当たっていた情報屋の1人だった。内容を聞いて、クミノは礼を述べ、電話を切る。そして、今度はマイクのスイッチを入れた。
「クミノだ。先ほど入った情報だが……、とある裏組織から教団の方にC−4……、俗にいうプラスティック爆弾が流れているな。それも結構な量が」
『爆弾なんて何に使うんだよ』
 イヤホンの向こうからは、さまざまな溜息、そして遣りきれないような森羅の呟きが返って来た。
「さあ……、破壊活動以外の使い道があるのなら知りたいところだが」
 それにそっけない返事を返しながら、クミノは宙を睨んでいた。
「記者殺しなど3億円の前の1円のつもりだったか……ふざけないでいただきたい」

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
【6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6608/弓削・森羅/男性/16歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。いつものことながら、納品がぎりぎり綱渡りになってしまい、誠に申し訳ございません。
とりあえず、今回は調査という形で、解決すべき問題点をいくつか浮き彫りにした形になりました。次回、決着がつけばいいなと思っております。一応、皆様一度撤退したという立場になっておりますので、次回はお好きな行動をお取り下さいませ。
今回は、調査先がほどほどにばらけたこともありまして、皆様に違うものをお届けしております。が、情報を共有する旨のプレイングを頂いたこともありまして、主要な情報は、皆様に届いております。前後の脈絡等気になる部分があれば、お暇な際にでも他の方の分にも目を通していただければ幸いです。

ササキビクミノさま

1作目に引き続きのご参加、まことにありがとうございました。
そして1作目の殺人事件の最初の犠牲者が今作で出てくる麗香の知り合いであることの看破、お見事でした。もしやこれを指摘してこられる方がおられるとは……とびっくり、かつとても嬉しかったです。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。