コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズ・エンド〜おいしーのは、いっぱい?〜









「う〜ん、良い香り」
 午後の3時のティータイムは、私にとって何より愛すべき心休まるひと時。
お客様がいらっしゃるときは、お客様と一緒に。
訪問がないときでも、一人で優雅に楽しむのが私のやり方だ。
 今日のお茶は、ミルクを入れたアッサムティ。
濃厚なアッサムに負けないように、と、お茶請けのケーキはラズベリーソースがかかったチーズケーキである。
「あ〜、幸せ…」
 ソースをたっぷりすくい、チーズケーキをフォークで分けて、一口含む。
口の中にぱぁっと広がるコクのあるクリームチーズに、私の頬は自然と緩む。
「この瞬間に生きてる、ってこういうときに言うのね…」
「おねーちゃ、いいにおいするー。いちごしゃん?」
「ええ、ホント良い香り。イチゴの仲間で、ラズベリーっていうのよ」
「へぇー、らずべりーしゃん?」
「ええ、そう」
 苺よりも甘酸っぱさが増している木の実。苺も勿論好きだけど、ラズベリーも美味しいわよね。
特にケーキとこれまた合うのよ……って、ちょっと待って。
「……ええと?」
 私はフォークを握ったまま、眉を潜めて横に顔を向けた。
そのまま視線を下に向けていくと、ぱちんと誰かの視線とぶつかり合う。
「ほぇ?」
 その”誰か”は、可愛らしく小首をかしげ、私を見上げている。
 私は目をぱちくりさせつつ、こう言った。
「ええと、あの。……どなた?」









「おーかね、おいしーのだいすきなのー! しゃーわせになるの〜」
 先程の私なんか比べ物にならないほど、頬をにまぁ、と緩ませる”おーか”ちゃん。
どうやら店から漂う三時のお茶の匂いに惹かれて、ふらふらと迷い込んできたらしい。
うーん、今時珍しく、鼻が利くお子さんね。
「おーかちゃんはお一人? お母さんとか…お父さんは?」
 私はおーかちゃんにケーキとお茶を勧めつつ、そう尋ねた。
彼女は私の言葉に、「う?」と首を傾げてから答える。
「パパねー、おしごとなの。おーか、うさうさとおさんぽなのー」
「へぇ、そうなの」
 おーかちゃんがぎゅっと抱きしめているうさぎのぬいぐるみを見て、私はふむ、と頷く。
 おーかちゃんは、まだ3歳程度の少女とも言えない子供に見えた。
日本人には珍しい、透き通るような白い髪を頭の両端で二つに結い、垂らしている。
光の反射によって銀色にも輝くその髪は、微かにウェーブが掛かっていて、彼女が頭を動かすたびにふんわりと揺れる。
目の色は青。西洋人のようなくっきりとした顔立ちで、誰が見ても文句の出ない美少女である。
 でもだからこそ、彼女が保護者も無しに、
”うさうさ”と呼ぶうさぎのぬいぐるみと散歩に出ていた、ということを、私は不思議に思った。
(こんなかわいい子、何かの拍子に誘拐でもされたらどうするのかしら)
(最近物騒な人が多いものねぇ)
 彼女の”パパ”とやらは、よほどの放任主義なのか、それとも―…。
「おねーちゃ?」
 ふと気がつくと、おーかちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
私はパッと顔を上げ、笑顔を作って首を傾げる。
「うん、どうかした?」
「おねーちゃ、どっかいたいいたいのー? だいじょーぶ?」
「ああ…」
 どうやらおーかちゃんは、私が考え込んでいたのを、どこかが痛いのかと思ってしまったようだ。
こんな小さい子に心配かけるとは、私もまだまだね…。
「ううん、大丈夫よ。おーかちゃん、ありがとう」
 にこ、と笑って見せると、おーかちゃんは安心したような笑顔を見せた。
「よかったの! おーかもね、おいしーのあげるから、げんきだすの!」
 おーかちゃんはそう言って、”うさうさ”の背中をがばっと空けて、小さな腕を突っ込む。
私は一瞬驚いたが、すぐに納得した。”うさうさ”こと薄茶のぬいぐるみは、リュックにもなっていたんだわ。
「はい! おいしーの、たべるとしゃーわせなの」
「あら、どうもありがとう」
 おーかちゃんが、うさうさの中から取り出したのは、かわいくラッピングされたビスケットだった。
見た目は可愛いけれど、そんなに数は多くない。…これは、もしかして。
「ねえ、これはおーかちゃんのおやつ?」
「ほぇ?」
 再びケーキを格闘しはじめたおーかちゃんは、私の言葉に首をかしげた。
「おやつ? それ、おーかのおいしーのなの」
「そう、おーかちゃんのなのね。貰ってもいいの?」
 私がそう尋ねると、おーかちゃんは自信たっぷりに頷き、にっこーと満面の笑みを浮かべた。
「いいの。おいしーのね、みんなでたべるの、もっとしゃーわせ〜なの!」
「なるほど」
 私は納得して頷いた。
おーかちゃん、どうやら私の予想以上に、優しい良い子であるようだ。







「おねーちゃ、おみせやしゃんなの?」
「うん?」
 顔に付いたソースを取ってやっていると、おーかちゃんは唐突に私に尋ねた。
多分、この店のあちこちに置いてある、雑貨の商品を見てそう言ったのだろう。
「ええそうよ。おーかちゃん、何か欲しいものでもある? 勉強するわよ」
 私はにっこり笑ってそう言ってみた。
小さい子だから、文房具とか…。そうね、女の子だからアクセサリーなんかに興味があるのかもしれない。
そういえば髪を結ってあるリボンも、細かいレースの装飾が施されていて、凝った品物だ。
どちらかといえば、ヨーロピアンなものが好きなのかしら…。
 そう考えていると、おーかちゃんは不思議そうな顔をしていた。
「おみせやしゃん…。なにもらえるの?」
「そうねえ…美味しいのはないけど、リボンとか、ネックレスとか…あと、ぬいぐるみもあるわよ」
 そう言うと、おーかちゃんは顔色を変えた。
ぱぁっと目を見開き、わたわたしながら”うさうさ”を私の前に突き出す。
「?」
 私は思わず目をぱちくりさせた。
…これはどういうことかしら? 別に私にこのぬいぐるみをくれるわけじゃないわよね。
だっておーかちゃんの大切なお友達だもの。
 だが私の疑問は、次の瞬間綺麗さっぱりなくなった。
「これ、おーかのうさうさなの。でもねー、うさうさ、いっぱいはいんないの。
おーか、もっといっぱいおいしーのいれたいの!」
「…まぁ」
 …なるほどね、そういうことか。
 つまりは、このおーかちゃんもまた、私の―…魔女の雑貨屋の、お客だったというわけで。
「おーかちゃん、もっといっぱい入れたいの?」
 私が訪ねると、おーかちゃんは何度も首を振った。
「おいしーの、みんなでたべると、もっとおいしーの。だから、もっといれたいの」
 おーかちゃんは、子供なりの真摯な目で私を見つめる。
勿論、その願いの裏にあるのは、ただ単にお菓子をたくさん食べたい、という気持ちじゃない。
「…おーかちゃんは、みんなと一緒に食べたいから、そう願うのね?」
「…? よくわかんない。でも、たくさんでたべるの、たくさんしゃーわせなの」
「ええ、そうね」
 私はうん、と頷いて。
「まかせて。魔女ルーリィが、おーかちゃんのお願いをかなえてあげる」
「う?」









「はい、おまたせ〜。ネオ・うさうさの完成よ」
「ねおー?」
 ”うさうさ”を預かったあと、私が作業室に篭っておよそ半時間。
材質がごく普通のぬいぐるみ相手だったから少し手間取ったけれど、
ほんの少し閉所の空間を歪める術は、魔法の中でも初級のもの。
何とか約束した30分の間に、おーかちゃんの元に”うさうさ”を返すことができた。
 ”うさうさ”を受け取ったおーかちゃんは、不思議そうな顔をして、”うさうさ”の耳をつまんでみたり、
手足をひっぱってみたり、色々といじっていた。
「おねーちゃ、これ、うさうさ?」
「ええ、そうよ。正真正銘ね」
 私はふふ、と笑って見せて、おーかちゃんの目の前に、幾つかの包みを置く。
中身は勿論おーかちゃんの大好きな”おいしーの”。
ただしその量は、外見上明らかに”うさうさ”の中には収まりきれないものだが。
「おーかちゃん、このおいしーの、おーかちゃんにあげるわ」
「ほんとー? おねーちゃ、ありがと!」
 おーかちゃんは嬉しそうに笑い、鼻歌まじりに包みを”うさうさ”の中に詰めていく。
1個、2個、3個…全部で10個ある包みが全て”うさうさ”の中に収まったとき、
ようやくおーかちゃんにも事の次第が納得できたようだった。
「すごいのね、おねーちゃ! ぜんぶはいったよ!」
「ええ。これでおーかちゃん、みんなでたくさん、おいしーのを食べられるわね」
「うん!」
 おーかちゃんは嬉しそうに笑い、ぎゅっと”うさうさ”を抱きしめる。
もちろん、そんなことをしても、”うさうさ”の中のビスケットやクッキーやチョコレートは粉々になったりしない。
「たくさん、みんなとたべて、たくさん幸せになってね」
 私の言葉に、おーかちゃんはにっこりと微笑んで頷いてくれた。




 そして。
「そーだ。おねーちゃにねー」
 おーかちゃんは何か思いついたように顔をあげ、”うさうさ”に再度腕を突っ込み、何か探し始めた。
”うさうさ”の中は、ほんの少し歪められた空間が広がっている。
なかなかその中からお目当てのものを探り当てるのは難しいけれど、
それを求める気持ちがあれば、自然に手がそれに触れる設定にはなっている。
おーかちゃんにはそれを説明してはいないけれど、彼女ならきっと気づくはず。
 そう思って眺めていると、何とかおーかちゃんはお目当てのものを探し当てたようだった。
パッと”うさうさ”の中から手を引っこ抜くと、その小さな手には、これまた小さなかわいらしいガマ口が握られていた。
「あのねー、おれーにねー」
 おーかちゃんはそう歌うように言いながら、ガマ口の蓋を開け、中からふわっとした何かを掴み出す。
「はいっ」
 ぐっと差し出された小さな手に、私は慌てて両手の平を広げる。
おーかちゃんが私の広げた手の平に載せてくれたのは、不思議な色をした羽根だった。
「おーかちゃん…これは?」
「えへへー。それねー、おーかのパパのはねなの。おーかのパパね、ドラゴンしゃんなんだよ。
おーかのおまもりなんだってー」
「まぁ。いいの? そんな大事なもの」
 私は目を丸くして、手の平に載った羽根をそっと包み込む。
その羽根は、一見すると漆黒だった。だがおーかちゃんの髪の色同様、光の加減によって、銀色の輝きを見せる、不思議な羽根。
ドラゴンのものと聞いて、私は納得した。
確かにドラゴンのものなら、不思議な反射を見せるのも頷ける話だ。
きっとおーかちゃんのパパは、素晴らしく立派なブラックドラゴンなのだろう。
 おーかちゃんは私の問いに、えへへ、と少し恥じらいを見せつつ答えた。
「うん! だってねー、おれーはね、おーかのだいじなものをあげるんだよ。
だからおねーちゃにあげるの!」
「おーかちゃん…」
 私は手の中の羽根の、不思議な温かさを感じながら、胸の奥がじぃん、と鳴るのを感じていた。
まだ見ぬおーかちゃんのパパさん、放任主義だなんて言ってごめんなさい。
あなたは素晴らしいお父さんだわ…!
「…ありがとう。おーかちゃんのパパの羽根、大切にするわね」
「うん! おーかもね、うさうさにたくさんおいしーのいれるの」
「ええ、そうして頂戴」
 私がにっこり微笑むと、おーかちゃんも嬉しそうに笑ってくれた。

 後日、おーかちゃんに貰ったドラゴンの羽根は、アクセサリーの飾りに使ってみた。
すると”おまもり”のご利益は確かなものであったようで、
それをつけている間、殆どと言っていいほど、私は魔法の失敗を犯さなくなったのだ。
 さすがドラゴン。願わくば、次は実生活でのミスも何とかしてやってください…。









                            おわり。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【6108|桜霞・―|女性|325歳|竜玉】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼ ライター通信
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 桜霞さん、はじめまして!
このたびは当ゲーノベに参加していただき、有難う御座いました!
少々遅れまして申し訳ありませんでした;

 今回は美少女おーかちゃん、ということで、
彼女のかわいらしさを上手くアピールできたがどうか、非常に心配であります;
ですが内容的には、とても楽しく書かせていただきました!
気に入って頂けると大変嬉しく思います。

 それでは、またどこかでお会いできることを祈って。