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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「……どうしてお前がここに来た」
 大きな蜜柑の木がある日本家屋。玄関先は綺麗に清掃されていて、庭の木々も冬囲いがしてあり整然とした佇まいを見せている。
 その家の玄関先で、ジェームズ・ブラックマンは家主である太蘭と何故か睨み合っていた。いや…睨み合っていたとよりは、太蘭が一方的にジェームズに警戒心を抱いているのだが。
 ジェームズは溜息をつきながら困ったように肩をすくめる。
「どうしてと言われても、仕事でここに来たのですが。そんなわけで上がってもよろしいでしょうか?」
 ナイトホークから仕事の依頼をされた時に、なんとなく何かあるような予感はしていたが、まさかここで古い顔見知りと顔を合わせることになろうとは。しかも馬の合わない相手と。
「仕方あるまい、仕事は仕事だ。だが、それ以外に関して俺はお前とあんまり話したくない」
 近くにいた茶トラの猫を抱き上げながら、太蘭はジェームズを案内する。本当なら塩を撒いたり出がらしの茶を出したりしたいところなのだが、流石にそれは大人げない。それに、実際困っているからこそナイトホークに仕事を依頼したのだ。
 そっと靴を揃えながらジェームズが呟く。
「ずいぶん嫌われたものですね…」
「一度でも仲の良かったことがあったとでも?」
「ありませんね」

 そもそもこの依頼は、ナイトホークがジェームズに持ってきたものだった。
「クロにしか頼めない仕事があるんだけど…」
 一番奥の指定席でコーヒーを飲んでいたジェームズは、その言葉に妙なものを感じていた。普段なら「誰かにしか頼めない」みたいな言い方はしないのだが、その時は他の客などがいないときに、そっと話しかけてきたのだ。
「私にしか頼めない仕事とは?」
「ちょっと気むずかしい相手なんだけど、何か面倒な怨霊がいて仕事にならないから祓ってくれって。他の相手じゃなくて、クロに頼みたいんだけど…言いくるめでも何でもいいからいなくなればいいって」
 自分の仕事は「交渉人」であり、拝み屋ではない。だが自分に頼みたいと直接言うのであれば断る理由はない。ただ気になるのはその仕事の相手に、心当たりがあることだった。
 目印は大きな蜜柑の木。
 都内でそれにあてはまる家はさほど多くない。そしてジェームズはそんな家に住んでいる者を一人だけ知っている。
「ナイトホーク、それは私じゃないとダメですか?」
「うん、クロにしか頼めない。嫌だって言うなら、仕方ないから相手に断りの電話を入れるけど…」
 そう言われては仕方がない。甘いと言われそうだが、こうやって頼まれるとなかなか断りにくい。「クロにしか頼めない」というのはなかなか強力だ。
「仕方ないですね。何だか嫌な予感がしますが受けましょう」
 カップを置きながら頷くと、ナイトホークがシガレットケースを出しながら笑う。
「サンキュー、クロ…」

「おそらくナイトホークの事だ、俺とお前を会わせて仲直りさせようとか思ったんだろうが、世の中にはどうしても受け入れがたいものがあるというのを、あいつは分かってないようだ」
 客室で羊羹と日本茶を出しながら、太蘭は赤く冷たい瞳でジェームズを見た。一応客として迎えてくれる気はあるらしいが、飼い猫たちがジェームズに近づこうとすると「そいつの所に行くな」とか言っているので、やはり嫌われているらしい。
「どうして私が貴方に嫌われているのか分かりかねますが」
 近寄ってきた黒猫を膝に乗せ、ジェームズがお茶をすする。好奇心たっぷりの猫たちは、この黒衣の交渉人に興味津々なのか、そっと様子をうかがっていたり匂いを嗅いだりと、太蘭の思惑に反して歓迎してくれているようだ。
「そうやって嫌いなものを説明させて、何とか交渉に持ち込もうとするところだ。手早く仕事を終わらせて、とっとと帰れ」
 どうも太蘭とは根本的にウマが合わないらしい。
 ジェームズとしては太蘭のことを嫌っているわけではないのだが、苦手と言われれば苦手な相手だ。それは先ほどのようにとにかく話をすぐ終わらせようとするところや、何でもはっきり口にするところは、どうしても合わないような気がする。共通点があるとすれば…猫が好きな所ぐらいだろうか。
 これは手早く仕事を済ませた方が良さそうだ。普段なら少し相手をからかったりする余裕もあるが、太蘭相手にそれをやると逆撫でしそうな気がする。
「仕事の内容を詳しく説明してくださいませんか?」
 しばしの沈黙。
 まさか「自分で探せ」とは言わないだろう。ナイトホークの話では「面倒な怨霊がいて仕事にならない」ということだったが、だとしたら興味深いものが見られるかも知れない。
 羊羹を口にしながら太蘭は庭を指さした。広い庭には蔵があり、その奥にはタタラ(直製鉄をする場所)や、刀を打つための工房が見える。
「最近、気が向いたから日本刀を作っているんだが、久しぶりにやったせいかその音につられて怨霊が出るようになって困ってる。どうも今打っている刀が欲しいようで、うるさくて仕方がないので何とかしろ」
 どうやらその怨霊は名刀を求めているらしい。太蘭は腕のいい刀剣鍛冶師で、その刀を求める者も多い。かくいうジェームズもその一人で何度も頼みに来ているのだが、その度に断られ続けている。
「怨霊は貴方が刀を打っている時に現れるのですか?」
「そうだ。そろそろ『焼き入れ』して鍛冶研ぎに入りたいんだが、あの様子では鞘も作らんうちに持って行かれそうだ。折角久々に拵(こしらえ・外装のこと)まで自分でやろうと思っていたのに、やる気がなくなる。俺はそれでも構わんが、俺に刀を打って欲しいという物好きは何人もいるらしいしな」
 なるほど。ナイトホークが「クロにしか頼めない」と言ったわけだ。
 猫を撫でながらジェームズはふっと笑う。
「分かりました。貴方が刀を打つのをやめてしまっては困りますから、その仕事引き受けさせていただきましょう。その代わり…」

 工房の火床(ほど)に火が入り、ふいごで空気を送るたびに火が赤く燃えさかる。
 右手に刀身を持ちながら、太蘭は真剣な表情で火の具合を見ていた。火が上がるたびに薄暗い工房の中が赤く照らされる。
「さて、どなたが現れるのでしょう」
 刀を打っている時に現れるという怨霊を待ちながら、ジェームズはその様子をしっかり見つめていた。普段は赤い太蘭の瞳が、炎のせいか不思議な色を帯びている。かなり集中しているのか、いつもよりも話しがたい空気だ。
「………」
 刀身が炎の中に入れられ、静かに火中で動かされていく。その刹那…。
『…やっと見つけた名刀…それはわらわのじゃ…』
 ゆら…ゆら…。
 辺りの空気が不穏に揺れた。相当熱い室内なのに、急に温度が下がったように感じられる。ジェームズがちらりと太蘭の方を見ると、火の温度に気を配っているのか難しい表情をしている。
 目の前に現れたのは、頭に鉢巻きを巻いた着物の女性だった。結っていた髪は乱れほつれ落ち、恨みがましそうな視線がジェームズを射抜く。自分で斬ったのだろうか…首元からは赤い血が流れ、腹からも緋色の物が見えている
「この刀を手に入れてどうしようとするのですか?」
 説得は出来るであろうか…ただこの雰囲気ではそれも無駄な気がする。一体この女は何を求めて刀を欲しがるのだろう。その怨念をジェームズは知りたかった。
『誰じゃ、御主は…』
「私はジェームズ・ブラックマンという者です。貴女にここに来られると、刀が出来上がらないようですので、出来ればお引き取りいただきたいのですが」
 ケタケタケタケタ…。
 狂ったような笑い声が響き、それと共に影が揺れる。
『何故じゃ…何故わらわが去らねばならん?わらわは刀を手に入れ、わらわを裏切った殿と殿を色香で惑わせた娘を斬らねばならん…その血族が耐えるまで!』
 色恋沙汰か。ジェームズは軽く溜息をついた。
 おそらく首や腹の傷はそれを恨んだが上での自害なのだろう。怨霊となって相手を祟ろうとするが為の、その執念と恩讐…なかなか出来ることではない。
「…斬ったとしても、貴女の渇きは収まらないと思いますが?」
 正気を失った瞳。
 着物を染める赤。
 白い手がジェームズに向かって伸び、首元を掴もうとする。
『黙れ…黙れ黙れ黙れ!御主に何が分かろうか!』
 冷たい手がジェームズの首に触れた。それは触ったところからゆっくりと体温を奪っていくかのように冷たさを体に通していく。
「全く分かりませんね。貴女のように面倒な方を妻にするのは、誰だってきっとお断りです…太蘭が作る刀に目を付けた所は素晴らしいですが」
 こんな面倒な女に魅力を感じるものか。裏切ったと言っているのも、それが真実かどうかも分からない。勝手に恋慕し、勝手に自害したのではないだろうか…そう思うほど、この女に同情を感じる気が全くない。
 首元を掴む手にゆっくり力が入り、女が正気を失った目でにやぁ…と笑う。
『この刀なら殿とあの娘を二つ胴で切り落とせよう…いや、三つ四つ一度に切り落とせる業物じゃ…この刀でわらわは力を得るのじゃ…あははははははは…』
 火の粉が辺りに舞う。
 その瞬間太蘭とジェームズの言葉が重なった。
「つまらんな」
「つまりませんね」
 刀は力だ。だが、力を刀に求めるのは間違っている。どんな名刀も使う者によってはただの鉄の塊であるし、その逆もしかりだ。こんな者が力を求めるが故に刀を欲しがるなんて滑稽な話だ。
『何じゃと?』
 ぐっとジェームズの首を掴む手に力が入る。だが、ジェームズがふっと笑った瞬間、足下から風を切る音がした。
「そのままの意味ですよ…貴女のようなつまらない女が、名刀を求めるなんて間違いなんです」
 影に持っていた刀を抜き、女の右手を切り飛ばす。相手が怨霊にもかかわらず、その刃は生身の者を斬るように容易く身に入っていった。
 先ほど太蘭に言った言葉。それは「その仕事引き受けさせていただきましょう。その代わり、貴方の作った刀を少しの間貸してください」だった。貸してもらったのは太蘭が手慰みに作ったという無銘刀だったが、それでもその斬れ味はすさまじいものだった。
 誰のために作った刀でないのにこれほど使いやすいのなら、自分のために作られればどれだけの力が出るのだろう…女の相手をするより、それを考える方が高揚する。
『ぎゃあぁぁぁっ!何故じゃ…わらわは現世の身を持たぬのに…』
 くす…と闇が笑う。
「それは先ほど貴女がおっしゃってたでしょう?三つでも四つでも斬れる業物だと…業物過ぎて、生身を持たぬ貴女を斬ることすら容易いのですよ」
 今度は風を切る音すら聞こえなかった。女が降ろしてた左手が宙に飛び、ジェームズは更に刀を構える。
「素晴らしい斬れ味です…一つ胴ですが、切り落とさせていただきましょう。茶番はもう終わりです」
『や…やめ…』
「既に死んでいるのだから命乞いは出来ませんね…」
 ジェームズが刀を走らせると共に、焼舟に入れられた刀が水蒸気を上げる。自分の身を切られた女が恨みがましそうな目をジェームズに向ける。
『な、何故じゃ…わら…わは…』
 きっとこの様子では成仏は出来ないだろう。幽体がこれほど傷つけば、あとは闇に落ちていくだけだ。
「身の程を知らないからですよ。さようなら」
 カチン…と刀が鞘に収められ、消えていく女にジェームズは目を細めた。

 工房を出る頃には既に日が西に傾いていた。
「いい刀ですね…お返ししますよ」
 ジェームズが差し出した刀を太蘭はすっと奪う。
「刀の使い方は一流だな…」
 それを聞き、ジェームズはふっと笑いながら太蘭を見た。
 やはり刀を作ってもらうなら太蘭に限る。今まで他の刀を作ったり使ったりもしていたが、今日使わせてもらってよく分かった。何年…いや、何十年待ってでも自分専用の刀を作ってもらわねば。
「そろそろ私のために日本刀を作ってくれる気になりしましたか?」
「自惚れるな」
 きっぱりとした拒絶の言葉と冷ややかな視線。
 どうやら、まだしばらくの間待たねばならないようだ。庭にうつる影は長く、それが二つ並んで門へと向かっていく。
「俺は一流の使い手に刀を提供するわけではない。それに、あの怨霊を斬るには一度で済んだはずだ…俺はお前のそういう所が気に入らん」
「報酬に刀をお願いしようと思ったのですが、今日は引き下がった方がいいですね」
 同じ東京に住んでいるなら、いつか縁は巡ってくるだろう。
 先はかなり長そうだが。
「では、報酬はナイトホークに渡しておいてください。失礼いたしました」
 今から行けば夜の営業開始に丁度間に合うだろう。
 ジェームズは刀の余韻を噛みしめながら一礼して門を出、街の中へと消えていった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホーク経由で「太蘭からの危険な仕事」を…ということで、刀を使って怨霊退治となりました。日本刀はなかなか打ってもらえないようです。何となく苦手っぽそうとの事でしたが、確かにそりが合わなそうです。一応認めてはいるようですが。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またのご参加をお待ちしています。