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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ロシアンルーレット・ティータイム



 口伝によると、それはどこかの王家から賜ったものだという。
 真偽は定かでないが、それが美しく、そして不思議な品であることは間違いなかった。

 金の縁取りの、白磁のティーセット。
 丸いポットがひとつに、揃いのカップとソーサーが四客。
 それで紅茶を入れて飲むと、そのうちの一人には幸福が、もう一人には不幸が訪れるという。
 けれどそれは、カップを四客全て使った場合の話であって、一客から三客しか使わなかった場合はその限りではないらしい。
 ただ、何らかの法則において『アタリ』と『ハズレ』があることだけは確かなようだった。

 持ち主の一人娘は、友達を招いてはそのティーセットを使い、『魔法のお茶会』と称して遊んでいた。
 それがもたらす幸も不幸もささいなものだから、罪のない遊びと許されるはずだった。
 だがある日、娘が不注意で一客のカップを割ってしまったあと、異変が起こる。
 
 最後のお茶会で、娘は『ハズレ』をひいたのだと持ち主は言う。
 もたらされた不幸は大きかった。
 カップの中身を飲み干した途端、いきなり手足の骨が砕けて娘はその場に崩れ落ちたのだ。

 福音と不幸を同時に運んでくる陶器。
 いずれ厄介な品に違いないが、それが魅力的かつ面白い代物であることも否めなかった。



 碧摩蓮からの依頼を受け、ある荷物を届けに来たヴィルア・ラグーンは、店に入るなり魔術の匂いをかぎつけて立ち止まった。
「いらっしゃい。……どうしたんだい?」
 問う蓮の傍らに、白磁のティーセットがある。黒いテーブルクロスの上のそれに、ヴィルアは視線を注いだ。
「ああ、これかい?」
 蓮は少し笑って、この品が『アンティークショップ・レン』に巡ってきた経緯を話して聞かせてくれた。
 黙って話を聞いていたヴィルアの目が、段々と好奇の光を帯びて、愉快そうに細められる。
「なかなか興味深い品だろ? 何だったら試しに使ってみるかい?」
 冗談めかして言う蓮に、ヴィルアは嬉しそうにうなずいて見せる。彼女は「酔狂な奴だ」と言わんばかりの表情を浮かべながらも、ヴィルアのために紅茶を入れてくれた。
 ひとつめのカップが赤い液体で満たされたところで、ヴィルアは蓮を制す。
「……娘には不幸がおとずれたと言ったな。ではその時、娘と一緒に茶会に参加していた者の中に、何がしかの幸福を得た人間がいるだろう?」
 ヴィルアの言葉に、蓮は軽く目を見張る。
「どうして分かったんだい? その通りだよ。娘の友人の一人が最後のお茶会のあと、玉の輿に乗ったんだそうだ」
 蓮は赤い唇を歪め、意味ありげに微笑んだ。
「ちなみにその相手ってのは、娘が片想いしていた相手だとか何とか」
「作り話なら、出来すぎていると一蹴するところだ」
 ヴィルアもまた笑ってカップを手に取る。
「……ポットから強い魔術の匂いがする。仕掛けはそちらにあるようだな。カップが一つ欠けた為に、その術がうまく作動しなくなっている。だから、不幸が倍増なら幸も倍増、というわけだ」
 それから、カップから立ちのぼる香りを深く胸に吸い込んで言った。
「ふん。アッサムのセカンドフラッシュか。悪くない」
 白いカップの中で、澄んではいるが血のように赤い液体がゆらりと光る。どこか蠱惑的な、その紅い色。
「で? カップひとつで試飲してどうしようってわけ? 元持ち主の話じゃ、カップはあるだけ使わないとアタリハズレは出ないらしいけど」
 愉悦の表情でカップの中身に視線を落とすヴィルアに、蓮はいぶかるように問いかけた。訳もない様子でヴィルアは答える。
「それは4客揃っていればの話だ。この状態なら1客でも作動する。試してみれば分かる」
「待ちなよ。もしもそれが不幸のカップだったらどうするつもりなんだい?」
 蓮のとがめるような声にも頓着せず、ヴィルアは豪快にカップの中身をあおる。彼女がカップをテーブルに戻した途端、ぐず、と嫌な音を立てて、白い肌が赤くただれた。
「──ヴィルア!」
 崩れるヴィルアの体を、蓮の細い腕が抱き止めた。その腕の中で、ヴィルアの体は粘着質の音を立てながら、どんどん人の形を留めなくなっていく。うめき声を上げる間もなかった。
 金の髪も赤い瞳も、たちまちのうちにずるずると肉塊に飲み込まれていく。
 蓮は顔色を失くしてその場に膝をつき、肉塊に取りすがった。
 ──分かっていたはずの、この品の危険性。
 この店に足を運び、蓮の依頼を受けることのできる者はいずれ只者ではない。だから少々のことは放置しておいても大丈夫だと、たかをくくったのが間違いだった。
 もっと本気で止めれば良かったと蓮は悔やむ。まさかこんな惨状を目の当たりにしようとは夢にも思わなかったのだ。
「ヴィル……」
 蓮が放心したように、もう一度彼女の名を呼んだ、その時だった。
「一つだと不幸がくるのか。まさかここまで効果が凝縮されようとは」
 いつも通りの声が聞こえ、ヴィルアの体はまたたく間に再生された。
 冷厳とした美貌も、一見して性別の判断がつきにくい細い肢体も、端然とした黒のスーツ姿もそのままに。
 渋面を作ってから、落ちたサングラスを拾い上げて掛け直し、彼女は傲然と言い放つ。
「気に入った。蓮、私にコレを譲れ」
「気に入ったって、あんた……」
 呆然とその様子を眺めていた蓮が、盛大な溜息をついた。さっさと立ち上がり、汚れたチャイナドレスの裾を腹立ちまぎれに乱暴にはたく。
「心配したあたしが馬鹿だったよ。あんたは、このティーセットがもたらす不幸を百年分ほど引っかぶったところで死にやしないだろうさ」
「そうだろうな」
 ヴィルアがしゃあしゃあと言うのに肩をそびやかしてから、蓮は腕組みして彼女を軽く睨みつけた。
「このあたしを慌てさせたんだ。お代は高くつくよ。覚悟しな」
「勝手に慌てておいて何をぬかすか」
「やかましいね。とにかく、安くは譲らないよ」
 蓮は、怒ったようにハイヒールで床を踏み鳴らした。いつも悠然としている彼女にはめずらしい仕種だ。
 ニヤリと笑い、ヴィルアは自分が運んできた荷を叩く。
「先ほどの仕事の依頼料、コレでどうだ?」
「────」
 蓮は黙り込んでしまった。ヴィルアはぽんぽんと荷を叩いて見せる。
「持ち主の知識を奪い取って厚みを増していく本とやら。コレに取り付いた魔を私に隷属させ、二度と悪さをしないと誓わせるのには相当な苦労をしたぞ」
「ホントかねえ……」
 蓮は訝るような視線を向けたが、やがて諦めたようにひとつ息を吐いた。
「いいだろう。持っていきな。でも、こんな物騒な品を手に入れてどうするつもりだい?」
「決まっている」
 ふふんと笑って、ヴィルアはさも楽しげに言った。
「娘の行っていた『魔法のお茶会』とやらの上級版をするのだ。殺しても死なないような輩を集めてな」
「……あんたも大概、酔狂な奴だよ」
「お前にだけは言われたくない。さあ、さっさと包め」
 ったく、と呆れ顔で呟きながらも、蓮はティーセットをひとつひとつ丁寧に包んでくれた。
 それを眺めながらヴィルアは一人、思案する。
「これを使うのに、いちいち誰かを召喚するのも面倒な話だな。カップひとつでもきっちりとアタリハズレが出るように細工するのも悪くない」
「……そんな芸当ができるのなら、元通りに直してもらいたいもんだよ」
「それは、私の魔術の腕では無理だ」
 残念ながら、他人の施した術の根本的な部分をいじるには、自分がその者よりも強力な魔術を操れなければならない。
 これを作った者は相当な使い手であるようだから、ヴィルアにできるのはせいぜい、その形をほんの少し変えるくらいである。
「ひとつできっちりアタリハズレを、ねえ……」
 もはや呆れるのにも疲れた、という口調で蓮が言うのに、ヴィルアは愉快そうに答えた。
「そうだ。アタリとハズレの効果を倍増させてな。面白かろう?」
「……あんたが、一人解体ショーが趣味だって言うんなら好きにすればいいけどさ」
 さきほどヴィルアの身に起こった惨劇を、蓮はそう形容した。ある意味言い得て妙かもしれなかった。
「あたしはごめんだね。こんな因縁めいたティーセットじゃ、モーニングティーを飲もうって気にもなれないよ」
「何を言う。朝からのるか反るかの賭けを楽しめるティーセットなど、そうそうないぞ」
「のるか反るかというより、イチかバチかって感じじゃないか」
「スリルがあっていい。ぞくぞくするではないか」
 ヴィルアは心底楽しそうである。
「ま、あんたみたいなマニアがいるから、あたしもこの稼業をやってて面白いんだけどさ」
 そう言ってにんまりと笑い、蓮はティーセットの入った箱をヴィルアの腕の中に押し込む。マニアとは失礼な、というヴィルアの言葉はきれいさっぱり黙殺された。
「毎度あり。……言っとくけど、あんたがこのティーセットを使って開くお茶会に、あたしは呼ばれたって行かないからね」
「何故だ? 蓮も立派に、殺しても死なないように見えるが」
「……それは誉め言葉と受けとっとくよ。とにかく、行かないって言ったら行かない」
 蓮は断固として譲らない構えである。ヴィルアが残念だ、というように肩をすくめた。
「では、草間武彦を召喚するか。それとも碇麗香か……。いや、それともあいつを呼ぶか。騙し討ちに合わせれば、一人くらいは引っかかるだろう。……そうと決まれば早速、策を練らねばならんな」
 ヴィルアは一人ぶつぶつと、早くも魔のお茶会を開く算段を始めている。
 蓮は、悪だくみをしながらいそいそと帰っていく女の後ろ姿を、見えなくなるまで見送って──。
 不信心ながらも、名前を挙げられた彼らのため、祈るように十字を切った。





■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6777 / ヴィルア・ラグーン (ヴィルア・ラグーン) / 女性 / 28歳 / 運び屋 】