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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


二人の暗殺者 第一話

「ああ、もぅ」
 ウンザリするぐらいの買い物袋の重さに、シュライン・エマはやはりウンザリしていた。
 中には生活用品がザックザク。
 レシートの長さも異常だ。これほどの物を買う金が、あの貧乏興信所の何処にあったのだろうか?
 いや、あったのは興信所の中ではなく、シュラインの財布の中だ。
「またしても万券一枚じゃ足りない値段……。武彦さんめ、狙ってるな……」
 以前にこんな事があったようななかったような。
 あの時は夕方だったが、今回は完全に夜。にも拘らず妙な既視感を覚えてしまう。
 確かその時は、横断歩道を渡った先に少年が走っていたような……
「あれ? 小太郎くん!?」
 まさに、横断歩道を渡った先に、その少年が居た。走っていた。
「デジャヴって怖いわね……。この後の展開まで大体予想ついちゃうんだもの……」
 腕の痛みと同時に頭痛まで催してきた。
 だが、ここで見て見ぬ振りをするわけにもいくまい。
 シュラインは『よし!』と気合を入れて、駆け足で横断歩道を渡った。
 その傍らで携帯電話を取り出し、手早くコール。
『ああ、なんだ?』
「武彦さん? 私だけど」
 電話した先は草間 武彦。
「今、小太郎くんを見たんだけど、何か事件?」
『ああ、そうらしいな。今、冥月とセヴンに探らせたら、どうにもやばい事に首を突っ込んでるらしい』
「やばい事って……どれくらい?」
『人が死ぬくらいだよ』
 武彦の言葉に、シュラインは少し顔を青くした。
「そんな危ないところに小太郎くんを一人で行かせたの!?」
『違う。アイツが勝手に首を突っ込んだんだよ。あ、言っとくが、お前もあんまり近付くなよ。あぶな―――』
 ブチリと通話が途切れる。
「追いかけなきゃ。子供に危ない目に遭わせるわけには行かないわ!」
 横断歩道を渡った辺りで物騒で不気味な物音に気付きながら、シュラインは小太郎を追った。

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 それはある日の事。
 日の落ちた後にも拘らず、武彦にお使いを頼まれた小太郎はコンビニに居た。
「260円になります」
 レジ打ちの店員に言われ、小太郎は硬貨を三枚渡した。カキピーの代金である。
「300円お預かりします」
 小太郎から小銭を受け取った店員は、慣れない手つきでレジを打っている。
 どうやらバイトらしい。
 やたら長い精算にウンザリしながら、小太郎は窓の外の町を眺めた。
 夜だ。時計も九時を回ろうとしている。夜なのに外が明るく見えるのは街頭や車のライト、店の看板の電飾の所為だ。
 ただでさえ小柄で実年齢よりも年下に見られる小太郎が、こんな時間に町を歩いていて、もしも警官なんかに呼び止められたりしたらどうするのだろうか。
「40円のお返しになります」
 言われて小太郎はお使いの途中だという事を思い出し、茶色い小銭を四枚受け取った。

 とある事件をきっかけに、草間興信所で無償労働することとなった三嶋 小太郎。
 初めはやる気に満ちていた小太郎も、ここ最近の仕事がお使いばかりなのに飽き飽きしていた。
 平和な事に越した事は無いが、それでも変化の無い毎日は、中学生である彼にとってつまらないものに他無かった。
「ああ、なんか事件とか起きないかなぁ」
 鬱屈した思いを夜空に吐き出してみたが、帰ってくるものは無い……はずだった。
「……ん? なんだ?」
 俯き加減だった視線を上げてみた瞬間、小太郎の目に異常な物が見えた。
 夜の街を飾る電気的なモノでない光。
 それは彼の目が捉える、人のオーラの形である。
 老若男女、誰もが持っているオーラだが、今彼の目に留まったモノは、異常に殺気を帯びていた。
「事件だ! これはきっと事件だ!」
 小太郎は見つけた光を目指して駆け出した。

***********************************

 その先で見たのは、殺劇の跡。
 血の海に沈む十数体の死体と、その中心でガタガタと震える男性。
 そしてそれを見下す二人の人間。
「私怨は無いが、その命、頂く」
 見下していた内の一人、どうやら男らしい片方がその右腕を振り上げる。
 そしてその手刀で震える男性を一刀両断して見せた。
「……お兄ちゃん」
 その殺人現場を静観していた、どうやら女らしいもう片方が小さな声を出す。
 その声に気づき、血の付いた右手を血振りするように払いながら、男が女を見る。
「どうした?」
「見られたよ」
「誰に?」
「あいつ」
 短い問答の後、女が指差した先には小太郎が居た。
「お、お前ら、何してるんだよ!?」
「……そうか、見られたか」
 小太郎の問いに、男は答える気はサラサラ無いらしい。
「見られたら、口を封じねばな」
 静かに言って、そして静かに小太郎に近付いた。

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 二人の殺人犯と対峙した小太郎。
 人死にを見るのは初めてではないが、それでもやはり背筋に寒気を覚える。
「口を封じるって、俺も殺すって事か?」
 その冷ややかな物を誤魔化すために、小太郎はわざと大声で問いかける。
 が、その反応は軽微なものだった。
 男の方が軽く頷いた。それ以外にリアクションは無し。
「っち。随分と静かなヤツだな。やり難いが、やるしかないか」
 逃げると言う選択肢は少年の頭の中には無い。
 目の前には殺人と言う絶対的な悪を犯した人間が二人ほど居る。
 それに背を向けて逃げろ? 馬鹿を言うな。死んでもゴメンだ。
「戦うみたいよ?」
「そうだな」
 女の声に男が答えた。
 軽く嘲笑を交えたように聞こえたのは気のせいだろうか?
「私怨は無い。殺す利益も無い。が、これも職業柄だ。悪く思うな」
 男が言い、そして―――拳が小太郎に届く。
「……っが!?」
 バカな! あれほどの距離が空いていたというのに。
 男は小太郎の目の前に現れ、そして右拳を、小太郎の胸を突き破るかと思うほどの衝撃を持って、思い切り振り切った。
 色々と嫌な音が聞こえたかと思うと、小太郎は衝撃に耐え切れず宙を舞い、地を転がる。
「……っが! っぶふ……げ」
 地面の冷ややかな感触を感じる頃に、小太郎は自分の呼吸がまともに行えていない事に気づく。
 酷く、苦しい。
「おや、生きてる」
「生きてるね」
 意外そうな二人の視線。小太郎はそれに気づく余裕も無い。
 必殺の威力を持った拳だったはずだったのにも拘らず、小太郎が生きているのは咄嗟に霊刀顕現を応用して目の前に光の壁を作り出したからだ。
 一瞬遅れて完全防御には至らなかったものの、生命を辛うじて繋ぎとめる程度には役に立った。
「まぁ、次で死ぬだろう」
 言いながら男が一歩踏み出す。
 死ぬ。
 それは呼吸に必死な小太郎でも理解できた。
 いや、絶望的な状況だからこそ理解できたのだ。
 一部でも余裕があれば、死ぬ事なんて考えずに突っ走るだろう。
 それが小太郎である。
 だが、今は死を考えた。それはつまり、諦めたという事だ。
「……っぐ! っがっふ」
 そんな自分に腹が立つ。生きる事を諦めた自分に嫌気が差す。死を受け入れようとした弱い自分を殺したくなる。
「おや」
 男がもう一度意外そうな声を出した。
 目の前で小太郎が立って見せたのだ。
「小柄なくせにタフだね。……なら、次はちょっと本気で行くよ」
 小太郎の目に映る殺気。それは男の右手に纏わりついている。
 今の小太郎ではかわす事も、耐える事も出来ない。
 やはり、絶体絶命である。
「辛いだろう。ゆっくり休むと良い」
 男の言葉が聞こえ、そして再び小太郎と男の距離が一瞬で詰まった。
 そして右拳が―――
「ちょぉっとまったぁ!!」
 届く前にとある乱入者が。
 とても急いてここまで来たようだ。髪がボサボサである。
 その女性はシュライン・エマ。草間興信所の事務員である。いや、本業は翻訳家か。
 シュラインの乱入に、一瞬呆ける男。女の方も同様である。
 普段ならば、すぐに手近に居る小太郎を片付け、その後シュラインも手にかけそうなものだが、すこし状況に慣れが薄い。
 武装をしているならまだしも、パンパンの買い物袋を下げた敵の援軍なんて初めてだったのだ。
「これでもくらいなさい!!」
 そう言ったシュラインは小太郎を自分の方に引き寄せ、買い物袋から小麦粉一袋を取り出す。
 風向きは確認済み。風下には男女が居る。
 封を開けられた小麦粉袋は、中から白い粉を惜しげもなく放り出し、男が立っているあたりを中心にフワリフワリと舞った。
 男は多少驚いた顔をしたが、特に反応を起こすわけでもなくたたずんでいた。
 すぐに次の行動に移ったシュラインが取り出したのはライターとスプレー。
 ライターは武彦がタバコを吸うのに使うのだろうが、スプレーの方は用途は不明だ。
 なんと言う商品名かも定かでない。……なんだろう、これ。
 ともかく、その二つを使い、簡易火炎放射器を作ったシュラインはその炎を男に向ける。
 炎の向かう先には小麦粉が舞う。
 その先の結果は、火を見るように明らかなのである。
 閃光、そして大爆発。
「やった! これで……ああ、でも私人殺しになるのかしら!?」
 小太郎を助けるためとはいえ、容赦ない大爆発だった。
 あの中心で生きている人間なんて……
「……嘘、でしょ」
 居たのだ。東京という都市は広く、複雑らしい。
「熱い。でも僕を殺すほどじゃないな」
 炎やら煙やらが消えた後、確かに男はそこに立っていた。
 上半身を覆っていた服は焼け落ちていたが、身体の方にはダメージが無いように見える。多少煤で汚れているが。
「ふむ、主婦だと思って少し油断したな」
「大丈夫? お兄ちゃん」
「問題ないよ。……でも騒ぎが大きくなりそうだな。すぐに片付けよう」
 そう言って再び男が小太郎とシュラインとの間を詰める。
 やはり瞬速。シュラインの前に立つ小太郎が身構える隙も無い。
 だが、男の動きが少し揺らぎ―――
「なるほど。瞬間移動能力ではなく単純な体術か。凄まじい脚力だな」
「身体能力強化の方に能力を使っていると思われます。先程の爆発も人の身で耐えられるとは思えません」
 ―――声と共に止まった。
 そして、次の瞬間には男の額に三発の銃弾が打ち込まれる。
 発射元は小太郎の近くをうろついていたらしい機械。それにはカメラと機関銃が取り付けられている。
 その状況を確認した後、不意に影が歪む。
 その手と声に安堵し、小太郎はガックリと膝をついた。

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 影の中から現れたのは黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)とマシンドール・セヴン。二人とも草間興信所の関係者だ。
 冥月の能力によって、興信所からここまで転移してきたのである。
「悪いが、邪魔させてもらうぞ。これでも一応、小太郎は私の弟子なのでな」
「そういうわけです。この少年は殺させません」
 額に銃弾を受けたにも拘らずピンピンとして、突然の援軍に警戒して距離を取った男。どうやら銃弾によるダメージも無いらしい。
 その隣に、依然静かにたたずむ女。『お兄ちゃん』と呼ぶ人間が銃弾で撃たれても悠然としている。
 物理的ダメージもほとんど無く、敵の援軍による動揺も無いらしい。
「この程度では動じないか。戦闘にも慣れているようだし、銃弾を受けても弾くほど丈夫……やはり普通の人間では考えられんな」
「機械でもなさそうです。生命反応は確かにあります」
「ならば、どうにかすれば死ぬだろう。小太郎が貰った一撃の分の借りはキッチリ返してやろう」
 冥月は左手に右拳をぶつけて戦意を表す。
 セヴンもその脇に構えた大型の銃器、ライトニングハンターの銃口を二人に向けている。
「小太郎くん、今のうちよ。走れる?」
 シュラインに担がれた小太郎はほとんど気を失っているらしく、返事もまともに出来てない。
「ここは任せるわよ、冥月さん、セヴンさん」
 小太郎を担いだまま、シュラインはこの場を離脱した。
「千歳、追え」
「わかった」
 男に言われた千歳と言うらしい女は、すぐさまシュラインを追うために駆け出す。
 と言っても、二人を追うには冥月とセヴンの横を通り過ぎなければいけないのだが。
「そう簡単に追わせると思うな!」
 冥月の声と共に、千歳の足に影が巻きつく。
 そして、次の瞬間にはその身体に稲光が走る。
 セヴンのライトニングハンターによる電撃だ。
 光の速さで走るその電撃を躱すことはほぼ不可能。
 当然、千歳もその電撃を浴び、良ければ戦闘不能、最低でも何らかのダメージを受けると思ったのだが、電撃が身体に触れた途端、千歳の姿が掻き消えた。
「……幻影!?」
「索敵、後ろ……!?」
 千歳は冥月とセヴンの背後を駆け抜けていた。
「何時の間に……でも、逃がしません!」
 スカウトビットを飛ばした後、セヴンがその後を追う。
 それを阻止しようとした男は進行方向を冥月に塞がれた。
「言ったろう、借りは返す」
「……面倒臭い。そのまま踏み倒して良いですよ」

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「ああ、もぅ! 重たい!」
 大通りを走るシュラインは、その重さにウンザリした気持ちを吐き出していた。
 今度の重さは買い物袋だけではない。
 中学生の少年を背負っているのだ。そりゃあ重い。
 いくら小太郎が小柄だといって、人一人を背負えば運動に制限が掛かるのは当然だ。
「せっかく逃走用の変装案まで練ってたのに、これじゃああんまり意味が無いじゃない!」
 シュラインが結っている髪を下ろしたり、小太郎に上着を着せて遠目を誤魔化そうとしても、今、この辺りで少年を背負っている女性を見つければ、高確率でそれはシュラインである。
 その証拠に、すぐに見つかったのだ。
「みつけた」
「みつけたっ!」
 シュラインを追っていた女、千歳にも、それを追うセヴンにも。
 だが、千歳は兄であるらしい男と同様に人目につくのを嫌がっているらしく、今のところ積極的な戦闘活動は行っていない。
 それはセヴンにとってもそうだ。関係の無い一般人に被害を及ぼしてはならない。
「……と言っても、このまま鬼ごっこをしてたら私の負けね……」
 シュラインと千歳との距離はどんどん縮まっている。
 そして捕まればゼロ距離で何をされるかわかったものではない。
「こうなれば一か八か、ね。頼りにするわよ、セヴンさん!」
 呟きながら、シュラインは人の居なさそうな路地裏に入った。

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 そこは、運悪く袋小路。
「っな!? 地図を見誤った!?」
 シュラインは自分の頭の中にある地図を何度も確認したが、どうやら一、二本早く路地を曲がってしまったらしい。
「これじゃあ逃げ場が無いじゃない……」
「そう。もう逃げられない」
 後ろを振り返るとそこには千歳が居た。
 シュラインは小太郎を後ろに回して庇うように立ちはだかる。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。まだ、貴方達の番じゃない」
 そういう片手間に、千歳は近くを飛んでいたスカウトビットに飛び掛り、瞬時に破壊する。
 そして、降って来た雷撃を幻影で防御した。
「大丈夫ですか、シュライン様」
「セヴンさん!」
 ビルの屋上からシュラインの目の前にセヴンが降り立つ。
「まずは貴方の番よ」
「それは私を破壊するという事ですか? ……無理ですね」
 ライトニングハンターの銃口を向けながら、セヴンが言いきる。
 その言葉に、大して興味も無いように、千歳は乱れてしまった自分の短い髪を手櫛で梳いた。
「諦める事は良くないってお兄ちゃんが言ってた」
「妙な所でポジティブね……。よく見るとまだ子供か」
 シュラインが千歳の様子を見て呟く。
 今まで夜の暗がりと、逃走しながらチラリチラリと様子を窺っていなかったので、相手の年恰好に気を回していなかったが、彼女はまだ、精々小太郎と同年代だ。
「あんな歳の内から殺人を犯してるなんて、小太郎くんの教育に悪いわね」
「そういう問題ではないと思います」
「わかってるわよ! ちょっと精神安定を図ってるの!」
 セヴンに冷静に突っ込まれ、シュラインは少し顔を赤くした。
「シュライン様。あの娘は私が抑えますから、今の内にここから逃げてください」
「逃げてって言ったって、逃げ道が無いじゃない?」
「こちらに」
 セヴンは壁を蹴り飛ばして破壊し、そこに強引に道を作る。
「このビルの出口は向こうの大通側です。どうか無事に逃げてください」
「え、ええわかった。セヴンさんもちゃんと戻ってくるのよ?」
「はい。もちろんです」
 答えを受け、シュラインは小太郎とカキピーの入ったビニール袋をしっかり掴んでビルの中を駆け出した。

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 ビルの中を駆け抜け、出口を目指す。
「どいて、どいてください! すみません」
 謝りながら残業帰りのサラリーマンを押しのける。
 そして自動ドアを潜り、やっと外へ出た。
「えっと、次は……」
 とりあえず危険は遠退いた。
 次にすべき事を冷静に考えて、そして思いつく。
 ボスへの報告と次の行動の指示を仰ぐこと。
 そう思ってシュラインは携帯電話を取り出した。
「もしもし、武彦さん?」
『ああ、そうだが。どうした?」
「小太郎くんは無事に確保したわ。これからどうすれば良い?」
『あぁ、そうだな……とりあえず死ぬほど痛い目に遭ったろうから、興信所につれて来い。零に診させよう』
「りょ、了解。でも、なんで死ぬような目に遭ったってわかるの?」
『それはまぁ、帰ってきてから話すさ』

 その後、理由を聞いたシュラインは
「子供にそんな危険な目に遭わせて!」
 と、一度は怒ったものの、武彦のいう事にも確かに一理ある、と思い直したのだった。
 子供だからこそ、こんな世界に早くから足を踏み入れてはいけなかったのかもしれない。

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 小太郎が目を覚ましたのは、白い病室だった。
「目を覚ましたか」
 傍らに居たのは武彦。
「もう昼だぜ? ったく。今日は興信所休みだな」
「……いつも依頼なんて少ないくせに」
「なんか言ったか、ガキ」
「い、いや」
 そう言って小太郎は起き上がろうとしたが、胸に激痛を覚えて断念した。
「アバラが三本ほどやってるみたいだ。まぁ、くっつくみたいだし、内臓にも傷は無いって言うから、そんなに大した事じゃないな」
「大した事じゃないって……痛ってぇ……」
「……痛いか?」
「当たり前だろ!?」
 小太郎が叫んで見た武彦の顔はとても真剣だった。
「痛いだろうな。骨折だもんな。そりゃあ痛いだろう。だが、これが俺たちの居る世界だ」
「……なんだよ、急に真剣な……」
「マジな話だ。お前は怖くなかったか? 死ぬかと思ったろ?」
「……」
 確かに、今回、小太郎は死ぬかと思った。
 あの男に一撃を貰い、その後に近寄られた時、もう終わりなんだと思った。
 シュラインの登場が無かったらどうなっていた事か。
「怖いだろ。死ぬのは」
「……怖い」
「だろ? そう思ったんなら、もうウチの興信所には―――」
「怖かったけど、それ以上に腹が立った」
「……は?」
 小太郎は強く右拳を握っていた。無意識のうちに眉間にも力が入る。
「死ぬのを受け入れて、生きるのを諦めた自分に腹が立った。もう、あんな無様な事はしない。俺は絶対に生きるのを諦めない」
「……ガキが何を悟ったような事を」
 ため息をついて武彦は立ち上がった。
「草間さん……俺、すぐにでも興信所に戻るよ」
「怪我人や病人は居るだけ邪魔だ。そこで寝ておけ」
「でも……!」
「カキピー、欲しくなったらまたお使いを頼む。そん時、骨折して上手くお使いできませんでしたなんていい訳は聞きたくない」
 そう言って、武彦は病室を出て行った。
 傍にあった棚にはカキピーの空袋が落ちていた。

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「まぁ、でも。これで一応落ち着いたわけね」
 武彦が一度帰ったあと、再び病室には来客が居た。
 冥月、シュライン、セヴン、そして何故か武彦もまた。
「せっかく格好良く帰ったっつーのに……なんでまた居るんだよ」
「仕方ねぇだろ。女連中の力に負けちまったんだよ」
 どうやら帰る途中で出くわしてしまった三人に連れ戻されたらしい。
 武彦は不機嫌そうに火のついてないタバコをくわえていた。
「それにしてもあの二人、なんだったのかしらね?」
 シュラインが小太郎のベッドの傍らに座りつつ声を出す。
「最後には興信所の協力が必要、などと言っていた。何か裏があるのかも知れん」
「なんにせよ、今後何らかの接触があるかもしれません。注意した方が良いかと」
「そうだな。仕事場を見られて、そのままにしておく暗殺者など、そう居ないだろう。協力と言うのが嘘だったとしても、間違いなく近いうちに何かあるだろうな」
「そうですね。となれば狙われるのはまず小太郎様でしょうか。誰かを傍においていた方が良いかもしれませんね」
 セヴンもシュラインも小さく警戒したような口調で話す。
「あれ? 師匠、妙に詳しいっぽい口調じゃね?」
「ああ、私も元は暗殺者だからな。奴らも暗殺者ならば多少の心理を読むことは出来る」
「ま、マジで?」
 驚く小太郎に冥月は試すような笑みを見せる。
「恐かったら弟子を辞めても構わんぞ?」
「い、いや! まだ師匠には教えてもらう事がいっぱいあるし!」
「……ふ、そうか」
「あ、そうそう。冥月と言えば」
 そこで思い出したように武彦が口をあけた。
「相手は男女二人組みだったんだよな?」
「ああ、そうだが?」
「じゃあお前、女のほう口説かなかったか? お前はどうにもまだ男と疑わしグベフ」
 語尾がおかしいのは冥月の鉄拳が飛んだからである。
「さて、これ以上騒いだら周りの人にも悪いから、この辺でおいとましましょう。何かあれば冥月さんの能力ですぐに飛んで来れるだろうし」
 と言うシュラインの言葉でこの場は解散となった。

 その後、小太郎が退院して全快するまで、あの二人による襲撃は無かった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4410 / マシンドール・セヴン (ましんどーる・せぶん) / 女性 / 28歳 / スペシャル機構体(MG)】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださってありがとうございます! 『カキピーって美味いよね』ピコかめです。
 今回、小太郎くんはマジお荷物。

 変装案が全く生かせず、申し訳ない。
 個人的には結った髪を降ろす女性の仕草はかなりツボなんですが、ストーリー展開的にそれが出来なかったのがとても惜しい。
 チクショウ、その代わりちゃんとカキピーは確保したぞ。
 OPの冗談に反応してくれるとは思っても見なかったぜw
 では、次回もよろしければ是非!