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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 いつもの席、いつものブレンド。そしていつもの小さなデザート。
 蒼月亭でこうやってコーヒーを飲む時間は、黒 冥月(へい・みんゆぇ)にとってくつろぎの時間だ。最近はここで働いている立花 香里亜(たちばな・かりあ)に「私を鍛えてください」と言われたりもしているので、時間があれば様子を見に来るようにしている。
 そうやってコーヒーを飲んでいると、ふと香里亜が冥月に向かってこう質問してきた。
「そういえば…冥月さんはどれぐらいお強いんですか?」
 全く予想もしていなかった質問に、冥月はカップを置き考える。
 仕事などで戦ったりすることは多いのだが、香里亜の目の前で力を見せたことは全くない。誰かと競ったりもしないので、どれぐらい…と聞かれると、その基準をどうしたらいいのか少し悩む。
 冥月は、カウンターの奥で煙草を吸いながら後ろの棚に並んでいる酒のボトルを拭いているナイトホークに目を向けながら少しだけ笑う。
「さて、私は全力で戦った事は殆どないからな。自分でも判らん。だが…ナイトホーク千人位なら楽勝だ」
「俺千人って…」
 実際ナイトホークと戦ったことがある訳ではないが、それぐらいなら何とかなるだろう。言われたナイトホーク側も一言呟いただけで、特に反論する気はなさそうだ。
「全力で戦ったことがないと言うことは、全力を出さなければならない相手がいなかったって事ですよね?」
「そうかも知れないな」
 冥月の能力的に普通に戦えば死角が出来ることはない。光があれば必ず影は出来るし、それを消すために辺りを闇にしてしまうと、その闇全てが冥月の操る全てと化す。それだけ本気を出さねばならない相手に、いまのところ出会ったことはない。
 どれだけ強いか。
 その『強さ』に対して、香里亜は一体どう考えているのだろう。香里亜は「強くなりたい」と言った。だがその『強さ』に対する考えによっては、それが逆効果になることもある。ただ闇雲に強さを求めれば、その道の先に待っているのは破滅かも知れない。
「なぁ、香里亜。本当に強くなりたいのか?そうだとしたら、『強さ』は何だと考えている?」
「えっ?」
 冥月の質問に、ボトルを拭いているナイトホークの動きが一瞬止まった。おそらく冥月の質問の意図に気付いたのだろう。口を出さずに黙っているのが、ナイトホークらしい。
「強さですか…」
 皿を拭きかけた手を止めながら、香里亜が一生懸命考える。
 そんな香里亜を見ながら、冥月は諭すように静かに話し始めた。
 その答えは一つではない。
 強さは「力」と答える者もいるだろうし、「優しさ」や「倒してきた者の数」と言う者もいるだろう。それは間違いではないが、その根本にはあるものが必要だ。それがなければ、どんな強さも揺らいでしまう。
「強さにはいろいろある…だが、私が思っていることは、強さとは『覚悟』だ」
 覚悟。
 それがなければ強くなることは出来ない。
 特に香里亜が「強くなりたい」と願ったのは、自分に危害が及びそうになった時に何も出来なかった自分を悔やんでいるからだ。だからこそ『覚悟』が必要なのだ。
 大切なものを害する者を、時に逆に害してでも守る為に…。
「覚悟…ですか?」
 真剣に聞いている香里亜に冥月はコーヒーを一口飲んで頷いた。
 カタカタと風が窓を鳴らし、その音にジャズが重なる。コーヒーの香りが煙草の煙と溶け合っていく…。
 その沈黙に冥月はほんの少し考える。
 今から香里亜に話す言葉はかなり厳しいものになるだろう。だが自分に対して「強くなりたい」と言ったのであれば、いつかどこかで話さなければならない言葉だ。それならば少しでも早い方がいい。
 カチ…とカップがソーサーに置かれ、冥月は香里亜をじっと見た。
「極端な話だが、お前は自分やナイトホークを殺そうとする奴を逆に殺せるか?」
「………」
 ごく。
 香里亜が息を飲み、緊張したことが伝わってくる。
 どんな言葉を返せばいいのか、本気で考えているのが分かる。
「ナイトホークならどうだ?」
 ここで冥月は話をいきなりナイトホークに振った。
 おそらく香里亜にこの答えは出ないであろう。冥月の機嫌を伺おうとするのであれば、すぐ「殺せる」と言うのかも知れないが、香里亜にそんな嘘がつけるはずがないし、嘘をつくようであれば鍛えるという約束はなかったことにした方がいい。
 ナイトホークは吸っていた煙草を消しながら溜息をつく。
「俺?俺は『やらなきゃやられる』って所にいたから、必要があれば…っと、煙草切れたからちょっと買いに行ってくるわ。ごゆっくりどうぞ」
 気を利かせたつもりなのだろう、ふっと笑ってナイトホークがカウンターを出て行く。必要があれば…と言うところが奴らしい。伊達に長生きはしていないということか。
「答えは出ないか?」
 漫画のように一度敵を倒して終りならいいのかも知れないが、現実はそうではない。生きてる限り標的を狙うのが裏社会の常識だ。殺さない限りずっと狙われ続ける。香里亜が狙われているというのなら、相手を何とかしない限りその影は後ろをついてくるのだ。
 ナイトホークがドアベルを鳴らし、外へ出て行った。
 その後ろ姿を見守ったあと、香里亜が小さな声で俯きながら呟く。
「ごめんなさい…私には、まだ分かりません」
 それでいい。
 そうやって悩み、苦悩する時間は必要だ。その答えを聞き、冥月はふっと微笑み香里亜の顔を見た。
「怖がらせてすまん。だがそれでいい…それよりも、どんな状況でも諦めず耐えて逃げ延び生き抜く覚悟を持て」
 わざわざ手を汚すことはない。手を汚すのは自分達だけでいい。
 香里亜に必要な『覚悟』は、どんな状況でも絶望せず生き抜き耐える覚悟だ。人を殺す覚悟ではない。
「諦めない覚悟ですか…?」
 涙を一生懸命堪えていたのか、すんと香里亜が鼻をすする。
「そうだ。もし自分の身に何が起こっても、私達の助けを信じて待ち続けろ。その為の術なら幾らでも教えよう…それに、自分を過信して立ち向かって痛い目に遭うぐらいなら、上手く隙を作って逃げた方がマシだ」
「はい…」
 何とか笑おうとしている香里亜の頭をそっと撫でようとしてた時だった。
 入り口のドアベルが鳴ると共に、冥月に向かって声が飛んだ。
「女の子泣かせるなんて悪い男だな…マスターは?」
「誰が男だ!」
 入ってきたのは草間 武彦(くさま・たけひこ)だった。どうしてこの男は、いつもいつも間の悪い時に来るのだろう…何かこう因縁とかそんなものを感じる。
「い、いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ。ナイトホークさんは、煙草を買いに行きました…」
 それを聞いた武彦が、椅子にも座らず溜息をつく。
「げっ、俺も煙草切れてるから、マスターに分けてもらおうと思ってたのに…」
 煙草をねだりに来たのか。
 そんな武彦に冥月はニヤッと笑った。さっき男と言われたぶんの礼はきっちりと返さねば。
「おい、煙草買ってやるからちょっと外まで付き合え」
 その不敵な笑みに武彦が尻込みする。冥月がこういう笑い方をするときは、大抵何か考えているときだ。
「嫌な予感がするので帰ってもよろしいでしょうか?」
「付き合うか死ぬか、好きな方を選べ」
 どちらを選んでも痛い目に遭うような気がするが、後者を選ぶと本当に殺されかねない。深い溜息をつく武彦を尻目に、冥月は香里亜を呼び寄せる。
「客が来るまで少し護身術の手本を見せてやろう。隣の駐車場なら客が来てもすぐ戻れるしな」
 少し木枯らしが吹く中、三人は駐車場へと出た。車は一台も停まっていないので、かなり広いスペースが使えそうだ。
「草間、お前が暴漢役をやれ。私に向かってな…香里亜に行ったら殺すぞ」
 少しお互い間を取り、冥月は草間に向かって人差し指をちょいちょいと自分に向かって動かした。香里亜は少し離れたところでそれを見ている。
「…冥月、お前が本当に女か確かめてやる」
「なっ…」
 武彦は何を思ったのか、手を前に出して冥月の胸を触ろうとした。それをひょいとかわすと、武彦も同じように向きを変える。
「どういうつもりだ、貴様」
 暴漢役をやれとは言ったが、いったい何のつもりなのか。
 そういうと武彦は人差し指を突き出してびしっとこう言った。
「絶対それはシリコン…」
「誰がシリコンだ!」
 ……こいつはこれを言わないと気が済まないのか。
 秋の空に草間をしばき倒す音が響き渡る。
「冥…月…お前本気でしばき倒したな…」
 ゆっくり立ち上がりながら顔を押さえている武彦の横に立ち、冥月はふっと意地悪く笑い香里亜を側に呼び寄せた。
「香里亜、男の急所は股間だから何かあったらそこを蹴飛ばせ。ほら、練習台だ」
「えっ?いいんですか?」
 戸惑いながら冥月と武彦を交互に見、香里亜は「こうですか?」と言うように右足を蹴り上げるように動かす。
「ちょ…冥月、それは待て…それは反則だ」
 流石にさっきのはやりすぎたかと思っていたが、しばき倒された上にそんな練習台に鳴るという話は聞いていない。香里亜も困ったように武彦を見ている。
「生きるか死ぬかになったら反則とか関係ないから、思いっきりやれ。お前が男かどうか確かめてやる」
「えーと…草間さん、ごめんなさいっ!」
 スカートの裾を少し上げる香里亜の蹴りを、武彦はすっと避けた。
「香里亜ちゃん、待て!嫁入り前の女の子がそんな事しちゃダメだ。冥月は男だからどうでもいい」
「まだ言うか!」
 香里亜を避けるのに気を取られている所に、冥月は横から音もなく出た。そして容赦なく裏拳を叩き込み、それに気を取られている間に膝蹴りが飛ぶ。
「いいか香里亜、これが正しい見本だ」
「草間さーん…生きてますかー?」
「××!×××!」
 声も出ずに屈んだまま倒れている武彦に、心配そうに香里亜が声をかける。本当はここまでする気はなかったのだが、たまには痛い目に遭った方がいいだろう。遭わせたところで喉元を過ぎれば忘れるのだろうが。
「あれは放っておけ。香里亜、危ない時は影を三度叩け。私がすぐ駆付ける…分かったか?」
「影を三回…こんな感じですか?」
 コツコツコツ…と靴音が鳴る。
「そうだ。危ない時にやるんだぞ」
 影さえあれば冥月にとって距離は全く関係ないし、それが一番の危険回避策だ。香里亜が自分で身を守れるように鍛えることはするが、いざという時、すぐ助けに行けるようにしておくのは必要だろう。
 嬉しそうに笑う香里亜の頭を冥月がくしゃっと撫でる。そこに買い物から帰ってきたナイトホークが困ったように立ち止まる
「……何これ。駐車場の惨劇?」
 その言葉に香里亜と冥月がクスクスと笑った。

 三日後…。
「どうした香里亜!」
 影を三度叩かれ急いでやって来た冥月は,何故か香里亜の家の台所に立っていた。その側にはエプロンをつけた香里亜が、少し上目遣いをしてぺこりと頭を下げる。
「ご、ごめんなさい…本当に来るか誘惑に負けました」
 どうやら冥月が教えた後、ずっと「本当に冥月がやってくるのか」を確かめたくて我慢していたのだが、好奇心に負けつい叩いてしまったらしい。そんな香里亜の頭を軽くコツ…と叩く。
「狼少年か。そんな事してると、本当に危険の時助けに来てやらないぞ」
「はい、もうしません。お詫びと言っては何ですが、豚汁を作ったので夕ご飯食べていきませんか?」
 コンロにかけられた鍋の中から美味しそうな匂いがする。そっと部屋の中を見ると、テーブルの上に茶碗が二つ用意してあった。もしかしたら昨日もこんな風にしていたのだろうか…その様子を考えながら、冥月がふうっと溜息をつく。
「仕方ない。夕飯を食べてから説教だな…だが、次はないと思えよ」
 そう言いながら冥月は思う。
 本当は「次」なんてものがなければいい。
 次に自分が呼ばれるのは、香里亜が本当に危険な目に遭っている時なのだから…。
「冥月さん?」
「いや、何でもない。飯にするか」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
ご来店ありがとうございます、水月小織です。
香里亜に「強さ」や「覚悟」を教えるシリアスなところから始まって、合間が少し軽い感じになってます。草間氏が出てくるところはご指定通りに…ちょっとかわいそうですが。
一応「fin」とついてますが、まだ続くという感じです。これからがスタートなのかなと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
まだ預かっている話がありますので、よろしくお願いいたします。