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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


一時間後の大スクープ


[opening] 鼓雫&パティ

 月刊アトラス編集部は、今日もにぎやかだ。何しろ碇編集長がいるのだ。黙っていれば美女なのだが、その艶やかな唇から飛び出すのは、
「ちょっと、こんな記事を載せるつもり? 全くなってないわ! 一体いままで何を見て生きてきたの? ちょっと人生を最初の方からやり直してきたらどうかしら。今日日の小学生の方がずっと面白い記事を書くわね。あなた、小学生の息子さんがいるそうだけど、反論できる? えぇ、そうでしょうね、――没!」
 徹夜で完成させた記事を容赦なくぶった切り、その上傷口に塩をすり込んでおろしたてのへちまスポンジでたっぷりとこする……というようなえげつなさである。
 1時間ほど前に碇にばっさりとやられて意気消沈していた三下忠雄は、この場にそぐわない少女がおずおずと中へ入ってくるのを見た。
 高校生くらいだろうか、セーラー服を着ている。白い肌はきれいというよりは病的な白さで、露出している手足の細さも、おぼつかない足取りも、どれもが彼女の弱々しさを強調していた。肩にかかるほどの茶色い髪も、はらはらと頬にかかり、陰を濃くしている。それでも、どこかを目指して歩くことはやめようとしない。
「あ、あのぉ……」
 何とか声をかけようと、おっかなびっくり少女のあとを追う三下だ。
 少女はふと立ち止まった。
「――どうしたのかしら?」
 歩んでいった先には、美貌の鬼――もとい碇編集長がいた。少女は顔を上げると、今にも泣きそうな顔で彼女に言い放った。
「お願いします……私のことを、記事にしてください!」
「どういうこと?」
「いまから、事件が起こるんです……ここから10分くらい歩いたところに、銀行がありますよね。そこに、3人組の強盗が入って……銃を乱射して、たくさんの人が血を流す……。お願いします、私、未来が見えるんですっ……!」
 どうやら、この少女がやつれていたのは、そんな衝撃的な未来が見えてしまったから、らしい。碇は慎重に言葉を紡いだ。スクープか、ガセネタか。見極めが肝心だ。
「未来が見えるって、どういうことかしら? どんな風に見えるか、教えていただけるかしら」
「ええと……白昼夢、みたいな感じです。見たいと思って見えるわけじゃなくて……でも、3日前に見たのはすごく鮮明だったんです。銀行のカウンターの上に乗っているディスプレイから、日付も時間も分かって……だから、止めてもらいたいんです!」
「警察には?」
「行きました。でも……起こってもいないことのためには動けないって」
「なるほど。警察じゃあ相手にされないから、うちに来たということね」
 警察がオカルトを信じきって行動してしまってはおしまいだ、という気もする。
「わかったわ。あなたのことを記事にさせてくれるなら、全力を尽くして、その銀行強盗を止めることを約束します。――そこの三下が」
「……えええぇぇぇぇ!?」
 いきなり話をふられ、腰の引けていた三下は見事にしりもちをついた。
「つべこべ言わない! 記事がほしいのよ、面白い記事が。――大丈夫よ、きっと誰か手伝ってくれるはずだから」
 碇は済ました顔であたりを見渡した。にっこりと笑って、もう一度少女に問いかけた。
「あなた、名前は?」
「木月・舞(きづき・まい)です。――お願いします、時間がないんです! 白昼夢で見た時計は、3時を指してたから……あと1時間で強盗が来ちゃう!」

     ●

「なるほどねえ、起こる前のスクープ、か」
 近くのデスクで、ノートパソコンを前に身を縮めながら、雑誌記者である鼓雫・雷哉 (こしずく・らいや)はそっと呟いた。
 それにしても、彼女が白昼夢で見た強盗は、午後3時に強盗に入るらしい。白昼堂々の犯行、などと記事に書かれたいのだろうか。そうかんがえると、なかなか自己顕示欲のありそうな輩である。ある意味、彼と気が合いそうだ。
 高校生らしき少女は、今にも倒れそうなほどに顔面蒼白だ。
 くるり、とあたりを見渡す鬼編集長、碇麗香の視線が、すっと一点を凝視した。なぜだろう、ノートパソコンのモニターがあるというのに、視線はそこを突き抜けん勢いでちくちくと痛い。
「……なんでしょう」
 気付かない振りを続けられなかった、鼓雫の負けであった。おそるおそる、モニターを閉じて相手と対峙する。
「悪いんだけど、三下とこの子を守ってあげてくれないかしら。大丈夫、あなたならできるわ。そうよね?」
 彼女の浮かべたそれは、脅しなのかおだてなのか、判断の付きかねる壮絶で妖艶な微笑であった。

     ●

 彼女――パティ・ガントレットが彼らを見つけたのは、ほんの偶然であった。部下に車を走らせていると、見知った姿がある、と伝えてくれたのだ。
 見知った姿とやらと対面する。相手は随分萎縮しているのか、おびえた空気が伝わってくる。別に、彼女の正体を知っていて怯えているというわけではなく、そういう性格のようだ。
「あ、あのぉ……」
 弱々しい声に、すぐに相手の正体が分かった。声を聞くまでもなかったはずだ。
「アトラス編集部の……三下さんですね」
 あの弱々しい空気はなかなかほかの人間が真似できるものではない。
「三下、知り合いか?」
 若い声がした。三下はどうやらほかに二人ほど人を連れているらしい。連れているというよりは、連れてこられたという風でもあるが。
「はい、あの……」
 おどおどと説明しようとするのを、若い少女の声が遮る。
「あのっ、早くしないともうあんまり時間がないんです!」
「ああ、そうだったな。3時に強盗が来るんだったか」
「どういうことです?」
 天気予報でもあるまいし、なぜそんなことが分かるのか。
「あたし、未来が見えることがあるんです。それで、3時にS銀行に強盗が入るのが見えて、それで止めてもらいたくて……」
 少女が必死に説明をする。普通の人間ならまず疑ってかかる話だ。三下がここにいるということは、この話がアトラス編集部に持ち込まれたのだと予想がつく。あの碇編集長が絡んでいるとなれば、おそらくは――
「話は分かりました。私もごいっしょさせてください」
「あんたも?」
「少なくとも素人よりは役に立てるはずです。三下さんやアトラス編集部にはお世話になっていますから」
 S銀行へ行く道すがら、少女が木月・舞という名の高校生だということと、もう一人の若者が鼓雫・雷哉(こしずく・らいや)という名の物書きだということを知る。


[15:00]

 鼓雫・雷哉(こしずく・らいや)は三下とともに銀行の出入り口付近にいた。もしも強盗が来たのなら、その出入り口を見張っていれば何らかの行動が取れるかもしれないと考えたためだ。
 パティ・ガントレットは、予知夢を見たという女子高生、木月とともに待合席に座っていた。もっとも人が密集している位置にいれば、一般人を守りやすいだろうと考えたのだ。
 唯一警察側の人間である神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)は、待合席とカウンターの間にある柱に寄りかかるようにして、辺りを警戒していた。銀行の人間がこの事態に注意を払わないならば、こちらで何とかするまでだ。
 そして、3時に何が起こるかを知らない桐月・アサト(きづき・あさと)は、融資を断られてがっくりと肩を落として、今まさに銀行を出ようとしていた。
 その彼と入れ違いに、とんでもない恰好をした男たちが入ってきた。
 手にはおそろいの黒光りする拳銃を持ち、防寒具の一種らしい頭を全部覆うニット帽をかぶった、3人の男。それぞれ、赤、青、黄色のニット帽をかぶっているため、今後は便宜上そのカラーで呼ぶことにする。
 リーダー格らしいレッドが、乱暴に桐月の肩をつかみカウンターのほうを向かせると、背中に銃を突きつけた。何の躊躇もない、流れるような動きに、観葉植物越しにそれを見ていた鼓雫が内心で口笛を吹く。素人が金に困っての犯行、というわけではなさそうだ。
「お前ら全員、床に伏せろ! 少しでも妙な動きを見せたら――撃つぜェ?」
 にやりと笑った――かどうかは分からないが、そんな笑みが似合いそうな口調でレッドが叫んだ。同時に、ブルーが天井へ向けて発砲する。ようやく、いやおうにもこの場所がどれだけ非日常的な空間になってきたのかに気付いていく。
「ふ、伏せてください、皆さん。どうか、お願いします……」
 カウンターの向こうで、支店長がおどおどと客の安全確保に乗り出した。が、
「てめぇもだ、とっとと伏せろ。――それから、そっちの女ァ、早く金もってこい! 俺たちの目的くらい、わかってんだろう。なあ? ――そうだな、3億だ。そんだけあれば十分だぜ」
 短気なのだろうブルーが、大またでカウンターへと歩いていき、奥で顔を真っ青にしている支店長へ言う。それから、ちょうどその辺りに立っていた夕日に、安っぽいボストンバッグを押し付けた。
「……」
 恐怖で声が出ないふりをしながら冷静に考える。犯人の方からこうやって接触してくるとは好都合だ。夕日は口の端がつりあがるのを犯人からさりげなく隠した。ただし、ここで一人を確保しても残りの二人がどう動くか分からない。まだ派手な行動にでるのは避けたほうがいい。先ほどまで威勢の良かった支店長とアイコンタクトを取りながら状況を観察する。
「下手に動いたら分かってんだろうなぁ? ポケットからてぇ出しとけよ。ケータイいじってやがったら殺すぞ!」
 イエローが威嚇しながら大またで店の中を歩き回り、じろじろと客の一人ひとりを睨みつけていく。パティの隣で、木月が青ざめていっそ白くなった顔で震えている。
「大丈夫。あなたには指一本触れさせません」
 そっと囁いて、手を握り締めてあげるパティだ。
 震えているのはもう一人いた。
「……なぁ、これ記事にするんだろ?」
 鼓雫は小さくぼやいた。我らがアトラス編集部の三下は、一発目が発砲された時点で腰が抜けていた。誰にも負けぬ乙女っぷりである。
 カウンターの奥から、支店長と職員の男が恐怖と緊張に歪んだ顔で札束を運んできた。
「こ、これでいいか……?」
 ブルーはちらりと札束を見ると、すぐに怒鳴り散らした。明らかに数が足りない。
「俺は三億っつっただろうが! 早くもって来いやぁ!」
 ふたたび銃をぶっ放す。申込用紙などの入ったスタンドが派手な音を立てて倒れる。偶然そばにしゃがんでいた親子連れが、その被害をもろに受けた。
「やめなさい……っ」
 夕日が小さく悲鳴じみた声を上げるのと、
「――だれかれかまわず撃つというならば、わたくしを人質にしてはどうでしょう」
 待合席からパティが立ち上がったのはほぼ同時だった。ブルーがうるさそうにパティのほうを振り向く。
「――自己犠牲か、高尚なこって」
 入り口付近に立ったまま桐月を盾にしていたレッドが皮肉げに笑い、こちらに来るようにと顎でしゃくって見せた。それと同時に、黄色のニット帽――イエローがパティに向かって銃を向けながら近寄っていく。
 盲人用の杖をついたパティは、口元に薄く笑みさえ浮かべながら
「自己犠牲というほどのものではありませんよ。ただ、生きていても仕方ない、ここで散るのも定めならば従おう、と思ったのみ」
「……あぁ?」
「わたくしがここにきたことと、あなた方がここへ来たこと。双方に意味を見出すとするならば、やはりこの命を絶つべきときがきたと考えるのが妥当ではないでしょうか」
 自殺願望か、とあたりの空気が納得したように波打った。無論「振り」なのだが、真に迫っていたのだとしたら願ってもいないことだ。
「死に違ってるやつを撃つのは面白くねぇなあ」
 くさりきった台詞を吐きながら、イエローはパティの腕を取る。そして、奇妙なうめき声を発した。
「……なんだ、これは」
「手甲のことでしょうか」
 しれっとした調子でパティが答えた。
「手甲だぁ?」
「えぇ、ご存じないのですか? 例えば、このようにして使うのですよ」
 静かに告げると、パティはしなやかな身のこなしで裏剣をイエローの顔面に決めた。
「――ごめんなさい、気が変わりました。わたくしとて死に場所は選びたいのですよ。あなたごときの弾丸に散るのは、ごめんですね」
 感情の読めない表情で決め台詞を吐く。
 それが、ほかの面々が動くきっかけになった。
「てメェ、何しやがる!」
 仲間のノックアウトに分かりやすく激昂したブルーは、金をつめる作業をしていた女――夕日がくるりと自分のほうを向くのに気付かなかった。手をすり合わせて、準備万端だ。
「何しやがる、はこちらの台詞ですね。銀行強盗さん方?」
 凛とした夕日の声に、ブルーはほとんど警戒心を出さずに振り返った。
「あぁ? ――っでえぇええっ!」
 すごい勢いで投げ飛ばされ、立ち上がろうとしたところを夕日がすでに詰めていた。日本武道を舐めてはいけない。
 すでに動かなくなった――命に別状はない――ブルーに、懐から手錠を取り出してその両手首にはめる。はめながら、ずっと入り口を見張っていたレッドに視線を向けた。残るは彼一人だ。
 分の悪さを感じ取り、レッドは逃げに入っていた。こちらには人質がいるのだ。そう簡単に、やられはしまい。そうたかをくくっていたのだが、
「そろそろ俺も暴れていい?」
 ずっと拳銃を突きつけられていい加減に体が硬くなっていた桐月が、場にそぐわないのんびりした声音で言う。
「ぅうぅ、動くなっ!」
 相手の言葉にかまわず、桐月は自分の肩をおさえる男の手を外した。さりげなく位置を移動する。自分の背後に誰もいないような、そして支店長に自分の勇姿が見える位置であることをきっちり計算した立ち位置だ。
「動くなっつってんだろぉが!」
 レッドは桐月の足を狙って拳銃を発射した。近距離であり、とっさによけられるものではない。うっかり目撃しそうになったものは、思わず顔を背けた。しかし、桐月は違った。
 相手の動きを予測し、フェイントをかけた上でうまく避ける。弾丸は、桐月の足をわずかにかする程度で通過する。背後のソファにパシュッ、と穴が開いた。
「なんだ……っ?」
 自分が信じられなくなったのか、銃を持つレッドの腕が震えだした。それまで一般人を威嚇していた瞳は逆に、辺りに怯えきった、狩られる側の瞳になっている。その瞳が、ちょうど観葉植物の前に立っていた鼓雫を捕らえる。じわり、と異様な光を帯びた。
「てめええぇぇぇぇぇっ!」
 よく分からないが逆ギレ以上に理不尽な怒りが一気に鼓雫へと向けられた。
「なんでだよっ」
 思わず突っ込みを入れながら、鼓雫は冷静に相手の動きを観察した。勢いに押されては相手の思うつぼだ。銃口が狙おうとしているのは、鼓雫の額。だが、彼が引き金に力を込める前に、鼓雫の蹴りがその銃を弾き飛ばしていた。あとは、おとなしくさせるのみ。


[ending] パティ

「いいかい、死ぬだなんて考えちゃいけないよ」
 事件が何とか解決した後、野次馬に紛れて退散しようとしていたパティは、銀行で同じく事件に巻き込まれていた老婦人に捕まっていた。演技がうますぎるというのも考えものだ。自殺志願者というとっさの設定を、すっかり信じ込まれてしまった。
「たしかに人間はいつか死ぬ。でもねぇ、命の重さに優劣なんてないんだよ。あんたが死んだら、悲しむ人がいるんだろう?」
「えぇ、まぁ」
 家族というかファミリーであり、もしも自分が誰かに殺されることがあれば、悲しむどころでは済まないだろう。
 そんなパティの裏事情など知らず老婆は、老婆心ながら、と前置きして
「どんなときでもね、まずは生きるってことを考えるんだよ。いいかい」
「えぇ。心得ます」
 ずっとそう考えていたつもりなのだが、改めて言われると気恥ずかしいものだ。
 パティの沈黙をどう受け取ったのか、婦人は別れ際にリンゴ味の飴をくれたのだった。

fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6735 / 桐月・アサト / 男 / 36歳 / なんでも屋】
【3586 / 神宮寺・夕日 / 女 / 23歳 / 警視庁所属・警部補】
【6708 / 鼓雫・雷哉 / 男 / 26歳 / 雑誌記者&ゴーストスナイパー】
【4538 / パティ・ガントレット / 女 / 28歳 / 魔人マフィアの頭目】