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二人の暗殺者 第一話
「遅い」
夜の草間興信所。
所長である草間 武彦はお使いに出した少年の帰りが遅く、イライラしていた。
「カキピー買うのにどんだけ時間書けてるんだ、あの小僧は……しかもシュラインまで帰ってこない」
先程から武彦の靴がタシタシと床を叩く音が絶えない。
「貧乏ゆすりはみっともないぞ。少しは待つことを覚えたらどうだ」
「小太郎様が出かけてから、まだ十五分程しか経っておりませんが……」
興信所にきていた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)とマシンドール・セヴンに言われ、武彦は口篭って地団太をやめた。
「ですが、そうですね……。興信所からコンビニを往復するのに、時間がかかりすぎかもしれません」
「ここから近くのコンビニまで往復で十分はかからんな……。確かに精算に手間取ったとしても遅すぎる」
「お前ら、さっきと言ってる事が違うぞ」
二人の意見の変わりように、武彦はブーイングを飛ばすが、当の二人は何処吹く風。
「……まぁいい。冥月。お前の能力であの小僧が何処に居るのか探せ」
「……草間、私の力をなんだと思っている」
「高性能で便利な迷子発見器だろ?」
冥月の鉄拳が武彦の頬を強か打った。
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それはある日の事。
日の落ちた後にも拘らず、武彦にお使いを頼まれた小太郎はコンビニに居た。
「260円になります」
レジ打ちの店員に言われ、小太郎は硬貨を三枚渡した。カキピーの代金である。
「300円お預かりします」
小太郎から小銭を受け取った店員は、慣れない手つきでレジを打っている。
どうやらバイトらしい。
やたら長い精算にウンザリしながら、小太郎は窓の外の町を眺めた。
夜だ。時計も九時を回ろうとしている。夜なのに外が明るく見えるのは街頭や車のライト、店の看板の電飾の所為だ。
ただでさえ小柄で実年齢よりも年下に見られる小太郎が、こんな時間に町を歩いていて、もしも警官なんかに呼び止められたりしたらどうするのだろうか。
「40円のお返しになります」
言われて小太郎はお使いの途中だという事を思い出し、茶色い小銭を四枚受け取った。
とある事件をきっかけに、草間興信所で無償労働することとなった三嶋 小太郎。
初めはやる気に満ちていた小太郎も、ここ最近の仕事がお使いばかりなのに飽き飽きしていた。
平和な事に越した事は無いが、それでも変化の無い毎日は、中学生である彼にとってつまらないものに他無かった。
「ああ、なんか事件とか起きないかなぁ」
鬱屈した思いを夜空に吐き出してみたが、帰ってくるものは無い……はずだった。
「……ん? なんだ?」
俯き加減だった視線を上げてみた瞬間、小太郎の目に異常な物が見えた。
夜の街を飾る電気的なモノでない光。
それは彼の目が捉える、人のオーラの形である。
老若男女、誰もが持っているオーラだが、今彼の目に留まったモノは、異常に殺気を帯びていた。
「事件だ! これはきっと事件だ!」
小太郎は見つけた光を目指して駆け出した。
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その先で見たのは、殺劇の跡。
血の海に沈む十数体の死体と、その中心でガタガタと震える男性。
そしてそれを見下す二人の人間。
「私怨は無いが、その命、頂く」
見下していた内の一人、どうやら男らしい片方がその右腕を振り上げる。
そしてその手刀で震える男性を一刀両断して見せた。
「……お兄ちゃん」
その殺人現場を静観していた、どうやら女らしいもう片方が小さな声を出す。
その声に気づき、血の付いた右手を血振りするように払いながら、男が女を見る。
「どうした?」
「見られたよ」
「誰に?」
「あいつ」
短い問答の後、女が指差した先には小太郎が居た。
「お、お前ら、何してるんだよ!?」
「……そうか、見られたか」
小太郎の問いに、男は答える気はサラサラ無いらしい。
「見られたら、口を封じねばな」
静かに言って、そして静かに小太郎に近付いた。
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「……なるほど。面白い事に首を突っ込んでいるな」
「そのようですね」
小太郎の行動を大体把握した冥月は小さなため息をついた。
セヴンもスカウトビットと言う小型支援兵器を用いて、大体の状況を確認している。
「なんだ、どうしたんだ? カツアゲにでも遭ってるのか?」
「それぐらいならまだマシだったんだがな。どうやら殺人現場に出くわしたらしい。どうやらあのバカは厄介事を呼び込む体質みたいだな」
「しかも、その殺人犯の男女二人が相当の手練のようです。どうしますか? すぐに援護に向かいますか?」
武彦は少し考え……
「いや、少し様子を見よう。冥月の能力ならすぐに現場に向かえるだろう?」
「ああ、それほど時間は掛からんな」
「だったら小太郎がホントにダメそうな時に助けろ。アイツがこの先、この興信所で働けるか、その死ぬような出来事が判断してくれるだろう」
「なるほど……ですが、その機会は意外と早く来そうですよ」
セヴンの言葉に、僅かに緊張が混じった。
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二人の殺人犯と対峙した小太郎。
人死にを見るのは初めてではないが、それでもやはり背筋に寒気を覚える。
「口を封じるって、俺も殺すって事か?」
その冷ややかな物を誤魔化すために、小太郎はわざと大声で問いかける。
が、その反応は軽微なものだった。
男の方が軽く頷いた。それ以外にリアクションは無し。
「っち。随分と静かなヤツだな。やり難いが、やるしかないか」
逃げると言う選択肢は少年の頭の中には無い。
目の前には殺人と言う絶対的な悪を犯した人間が二人ほど居る。
それに背を向けて逃げろ? 馬鹿を言うな。死んでもゴメンだ。
「戦うみたいよ?」
「そうだな」
女の声に男が答えた。
軽く嘲笑を交えたように聞こえたのは気のせいだろうか?
「私怨は無い。殺す利益も無い。が、これも職業柄だ。悪く思うな」
男が言い、そして―――拳が小太郎に届く。
「……っが!?」
バカな! あれほどの距離が空いていたというのに。
男は小太郎の目の前に現れ、そして右拳を、小太郎の胸を突き破るかと思うほどの衝撃を持って、思い切り振り切った。
色々と嫌な音が聞こえたかと思うと、小太郎は衝撃に耐え切れず宙を舞い、地を転がる。
「……っが! っぶふ……げ」
地面の冷ややかな感触を感じる頃に、小太郎は自分の呼吸がまともに行えていない事に気づく。
酷く、苦しい。
「おや、生きてる」
「生きてるね」
意外そうな二人の視線。小太郎はそれに気づく余裕も無い。
必殺の威力を持った拳だったはずだったのにも拘らず、小太郎が生きているのは咄嗟に霊刀顕現を応用して目の前に光の壁を作り出したからだ。
一瞬遅れて完全防御には至らなかったものの、生命を辛うじて繋ぎとめる程度には役に立った。
「まぁ、次で死ぬだろう」
言いながら男が一歩踏み出す。
死ぬ。
それは呼吸に必死な小太郎でも理解できた。
いや、絶望的な状況だからこそ理解できたのだ。
一部でも余裕があれば、死ぬ事なんて考えずに突っ走るだろう。
それが小太郎である。
だが、今は死を考えた。それはつまり、諦めたという事だ。
「……っぐ! っがっふ」
そんな自分に腹が立つ。生きる事を諦めた自分に嫌気が差す。死を受け入れようとした弱い自分を殺したくなる。
「おや」
男がもう一度意外そうな声を出した。
目の前で小太郎が立って見せたのだ。
「小柄なくせにタフだね。……なら、次はちょっと本気で行くよ」
小太郎の目に映る殺気。それは男の右手に纏わりついている。
今の小太郎ではかわす事も、耐える事も出来ない。
やはり、絶体絶命である。
「辛いだろう。ゆっくり休むと良い」
男の言葉が聞こえ、そして再び小太郎と男の距離が一瞬で詰まった。
そして右拳が―――
「ちょぉっとまったぁ!!」
届く前にとある乱入者が。
とても急いてここまで来たようだ。髪がボサボサである。
その女性はシュライン・エマ。草間興信所の事務員である。いや、本業は翻訳家か。
シュラインの乱入に、一瞬呆ける男。女の方も同様である。
普段ならば、すぐに手近に居る小太郎を片付け、その後シュラインも手にかけそうなものだが、すこし状況に慣れが薄い。
武装をしているならまだしも、パンパンの買い物袋を下げた敵の援軍なんて初めてだったのだ。
「これでもくらいなさい!!」
そう言ったシュラインは小太郎を自分の方に引き寄せ、買い物袋から小麦粉一袋を取り出す。
風向きは確認済み。風下には男女が居る。
封を開けられた小麦粉袋は、中から白い粉を惜しげもなく放り出し、男が立っているあたりを中心にフワリフワリと舞った。
男は多少驚いた顔をしたが、特に反応を起こすわけでもなくたたずんでいた。
すぐに次の行動に移ったシュラインが取り出したのはライターとスプレー。
ライターは武彦がタバコを吸うのに使うのだろうが、スプレーの方は用途は不明だ。
なんと言う商品名かも定かでない。……なんだろう、これ。
ともかく、その二つを使い、簡易火炎放射器を作ったシュラインはその炎を男に向ける。
炎の向かう先には小麦粉が舞う。
その先の結果は、火を見るように明らかなのである。
閃光、そして大爆発。
「やった! これで……ああ、でも私人殺しになるのかしら!?」
小太郎を助けるためとはいえ、容赦ない大爆発だった。
あの中心で生きている人間なんて……
「……嘘、でしょ」
居たのだ。東京という都市は広く、複雑らしい。
「熱い。でも僕を殺すほどじゃないな」
炎やら煙やらが消えた後、確かに男はそこに立っていた。
上半身を覆っていた服は焼け落ちていたが、身体の方にはダメージが無いように見える。多少煤で汚れているが。
「ふむ、主婦だと思って少し油断したな」
「大丈夫? お兄ちゃん」
「問題ない。……でも騒ぎが大きくなりそうだな。すぐに片付けよう」
そう言って再び男が小太郎とシュラインとの間を詰める。
やはり瞬速。シュラインの前に立つ小太郎が身構える隙も無い。
だが、男の動きが少し揺らぎ―――
「なるほど。瞬間移動能力ではなく単純な体術か。凄まじい脚力だな」
「身体能力強化の方に能力を使っていると思われます。先程の爆発も人の身で耐えられるとは思えません」
―――声と共に止まった。
そして、次の瞬間には男の額に三発の銃弾が打ち込まれる。
発射元は小太郎の近くをうろついていたらしい機械。それにはカメラと機関銃が取り付けられている。
その状況を確認した後、不意に影が歪む。
その手と声に安堵し、小太郎はガックリと膝をついた。
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影の中から現れたのは冥月とセヴン。
冥月の能力によって、興信所からここまで転移してきたのである。
「悪いが、邪魔させてもらうぞ。これでも一応、小太郎は私の弟子なのでな」
「そういうわけです。この少年は殺させません」
額に銃弾を受けたにも拘らずピンピンとして、突然の援軍に警戒して距離を取った男。どうやら銃弾によるダメージも無いらしい。
その隣に、依然静かにたたずむ女。『お兄ちゃん』と呼ぶ人間が銃弾で撃たれても悠然としている。
物理的ダメージもほとんど無く、敵の援軍による動揺も無いらしい。
「この程度では動じないか。戦闘にも慣れているようだし、銃弾を受けても弾くほど丈夫……やはり普通の人間では考えられんな」
「機械でもなさそうです。生命反応は確かにあります」
「ならば、どうにかすれば死ぬだろう。小太郎が貰った一撃の分の借りはキッチリ返してやろう」
冥月は左手に右拳をぶつけて戦意を表す。
セヴンもその脇に構えた大型の銃器、ライトニングハンターの銃口を二人に向けている。
「小太郎くん、今のうちよ。走れる?」
シュラインに担がれた小太郎はほとんど気を失っているらしく、返事もまともに出来てない。
「ここは任せるわよ、冥月さん、セヴンさん」
小太郎を担いだまま、シュラインはこの場を離脱した。
「千歳、追え」
「わかった」
男に言われた千歳と言うらしい女は、すぐさまシュラインを追うために駆け出す。
と言っても、二人を追うには冥月とセヴンの横を通り過ぎなければいけないのだが。
「そう簡単に追わせると思うな!」
冥月の声と共に、千歳の足に影が巻きつく。
そして、次の瞬間にはその身体に稲光が走る。
セヴンのライトニングハンターによる電撃だ。
光の速さで走るその電撃を躱すことはほぼ不可能。
当然、千歳もその電撃を浴び、良ければ戦闘不能、最低でも何らかのダメージを受けると思ったのだが、電撃が身体に触れた途端、千歳の姿が掻き消えた。
「……幻影!?」
「索敵、後ろ……!?」
千歳は冥月とセヴンの背後を駆け抜けていた。
「何時の間に……でも、逃がしません!」
スカウトビットを飛ばした後、セヴンがその後を追う。
それを阻止しようとした男は進行方向を冥月に塞がれた。
「言ったろう、借りは返す」
「……面倒臭い。そのまま踏み倒して良いですよ」
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屋上を飛び跳ね飛び跳ね、千歳を追う。
地上を走る、異常に早い女を見つければ、それが十中八九、千歳だ。
「みつけたっ!」
人ごみをスラスラと猛スピードで駆ける女が一人。その先に少年を背負った女性が。
間違いない。
だが、発見できたとしても攻撃、若しくは追跡妨害は出来そうにない。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら町の中、と思ってシュラインが雑踏に紛れたのだろうが、それゆえに一般人への被害を考えると、安易に雷撃を放てない。
「思ったよりも困難ですね。ですが、私の攻撃手段はライトニングハンターだけではありませんよ」
言いながらスカウトビットに指令を送る。
スカウトビットはすぐさま千歳に近付き、跳弾を気にしながら千歳に向かって機銃を放つ。
二、三発は幻影に吸収されたものの、後の十数発は千歳本体が弾いた。
ダメージが通らなかったのは残念だが
「思わぬ収獲ですね」
あの幻影の攻略する糸口を発見した。
と、シュラインが路地裏に進路を変えた。
千歳がそれを追い、セヴンもすぐに向かう。
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スカウトビットを走らせ走らせ、千歳を追う。
するとその先は袋小路。
シュラインはどうやら袋小路に逃げ込んでしまったようだ。
「危険ですね。少し急がなければ」
言う間にスカウトビットは破壊されてしまった。
これでは今はシュラインと小太郎を守るモノが居ない。
そう思ったセヴンは一足跳びに跳び、その袋小路の上空からライトニングハンターを構える。
そして雷撃。
千歳を目掛けて撃ったのだが、やはり幻影に阻まれた。
「大丈夫ですか、シュライン様」
「セヴンさん!」
シュラインを庇うように立ち、千歳を見やる。
先程の雷撃によるダメージは、やはり無いようだ。
「まず、貴方の番よ」
敵意のこもった千歳の一言。
どうやらここで一戦交える気満々らしい。
「それは私を破壊するという事ですか? ……無理ですね」
根拠は無いがあんな子供にやられてしまえば『最良』の名が泣く。
「諦める事は良くないってお兄ちゃんが言ってた」
「妙な所でポジティブね……。よく見るとまだ子供か」
シュラインも気付いたらしい。
相手はどうやらまだ子供。年恰好は小太郎と同じぐらいだ。
「あんな歳の内から殺人を犯してるなんて、小太郎くんの教育に悪いわね」
「そういう問題ではないと思います」
「わかってるわよ! ちょっと精神安定を図ってるの!」
草間興信所に関わる事件に参加して、何度か修羅場を潜り抜けているシュラインだが、やはり死ぬような目には慣れないらしい。
これでは小太郎を死ぬような目に合わせても今後興信所で働く判断には役に立たないのではないだろうか、とセヴンは密かに思った。
だが、そんな事よりはまず、任務遂行。小太郎とカキピーの帰還を優先せねば。
カキピーはどうやらシュラインがちゃんと確保しているらしい。
ならば次は逃げ道の確保。
「シュライン様。あの娘は私が抑えますから、今の内にここから逃げてください」
「逃げてって言ったって、逃げ道が無いじゃない?」
「こちらに」
セヴンは壁を蹴り飛ばして破壊し、そこに強引に道を作る。
「このビルの出口は向こうの大通側です。どうか無事に逃げてください」
「え、ええわかった。セヴンさんもちゃんと戻ってくるのよ?」
「はい。もちろんです」
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シュラインがビルの中に消えたと同時、千歳がセヴンに飛び掛る。
ビルの壁を蹴って蹴って、随分高くまで飛び上がり、そのまま急降下してセヴンに向かう。
ライトニングハンターで狙い撃ち、とも思ったのだが、電気は近くにある伝導体に向かって伸びてしまう。
ある程度の距離ならば科学の力という名の不思議パワーでそれなりに修正できるが、あれほど上空に行かれると、途中でビルに雷撃が伸びてしまう可能性がある。
ならば、近づいてきた時が勝負。
連射するのにもバッテリーの内容は十分。ラジエーターの限界ギリギリまで引き金を引き続けるつもりだ。
なぜならば、セヴンの予想ではあの幻影は連射に対応できない。
限界で二、三発。それが先程スカウトビットの機銃を防げなかった理由だ。と思う。
そして銃弾とは違い、電撃は外面のみならず内面にも効果を及ぼす。筋肉を麻痺させれば捕縛も可能だ。
「銃身が焼きつくまで撃ってあげます」
そして、その距離が縮まる、と思ったとき、千歳の姿がフッと消えた。
何事か、と思ってすぐに索敵を行うと、いつの間にか千歳の兄であるらしい男が近くまで来ていたらしい。
「一旦引き上げるぞ、千歳」
「……わかった」
男は千歳を担いでそのまま遁走して行った。
「……これで一応退けた事になります、か」
二人の向かう先はシュラインの向かった方向とは別。
という事は小太郎を追っているわけでは無さそうだ。
だとすれば、任務はこれにて終了。晴れて帰還できるというものだ。
セヴンは一つ、ため息をついてシュラインの元に向かった。
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小太郎が目を覚ましたのは、白い病室だった。
「目を覚ましたか」
傍らに居たのは武彦。
「もう昼だぜ? ったく。今日は興信所休みだな」
「……いつも依頼なんて少ないくせに」
「なんか言ったか、ガキ」
「い、いや」
そう言って小太郎は起き上がろうとしたが、胸に激痛を覚えて断念した。
「アバラを三本ほどやってるみたいだ。まぁ、くっつくみたいだし、内臓にも傷は無いって言うから、そんなに大した事じゃないな」
「大した事じゃないって……痛ってぇ……」
「……痛いか?」
「当たり前だろ!?」
小太郎が叫んで見た武彦の顔はとても真剣だった。
「痛いだろうな。骨折だもんな。そりゃあ痛いだろう。……だが、これが俺たちの居る世界だ」
「……なんだよ、急に真剣な……」
「マジな話だ。お前は怖くなかったか? 死ぬかと思ったろ?」
「……」
確かに、今回、小太郎は死ぬかと思った。
あの男に一撃を貰い、その後に近寄られた時、もう終わりなんだと思った。
シュラインの登場が無かったらどうなっていた事か。
「怖いだろ。死ぬのは」
「……怖い」
「……だろうな。そう思ったんなら、もうウチの興信所には―――」
「怖かったけど、それ以上に腹が立った」
「……は?」
小太郎は強く右拳を握っていた。無意識のうちに眉間にも力が入る。
「死ぬのを受け入れて、生きるのを諦めた自分に腹が立った。もう、あんな無様な事はしない。俺は絶対に生きるのを諦めない」
「……ガキが何を悟ったような事を」
ため息をついて武彦は立ち上がった。
「草間さん……俺、すぐにでも興信所に戻るよ」
「怪我人や病人は居るだけ邪魔だ。そこで寝ておけ」
「でも……!」
「カキピー、欲しくなったらまた買出しを頼む。そん時、骨折して上手くお使いできませんでしたなんていい訳は聞きたくない」
そう言って、武彦は病室を出て行った。
傍にあった棚にはカキピーの空袋が落ちていた。
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「まぁ、でも。これで一応落ち着いたわけね」
武彦が一度帰ったあと、再び病室には来客が居た。
冥月、シュライン、セヴン、そして何故か武彦もまた。
「せっかく格好良く帰ったっつーのに……なんでまた居るんだよ」
「仕方ねぇだろ。女連中の力に負けちまったんだよ」
どうやら帰る途中で出くわしてしまった三人に連れ戻されたらしい。
武彦は不機嫌そうに火のついてないタバコをくわえていた。
「それにしてもあの二人、なんだったのかしらね?」
シュラインが小太郎のベッドの傍らに座りつつ疑問を声に出す。
「最後には興信所の協力が必要、などと言っていた。何か裏があるのかも知れん」
「なんにせよ、今後何らかの接触があるかもしれません。注意した方が良いかと」
「そうだな。仕事場を見られて、そのままにしておく暗殺者など、そう居ないだろう。協力と言うのが嘘だったとしても、間違いなく近いうちに何かあるだろうな」
「となれば狙われるのはまず小太郎様でしょうか。誰かを傍においていた方が良いかもしれませんね」
セヴンもシュラインも小さく警戒したような口調で話す。
「あれ? 師匠、妙に詳しいっぽい口調じゃね?」
「ああ、私も元は暗殺者だからな」
「ま、マジで?」
驚く小太郎に冥月は試すような笑みを見せる。
「恐かったら弟子を辞めても構わんぞ?」
「い、いや! まだ師匠には教えてもらう事がいっぱいあるし!」
「……ふ、そうか」
「あ、そうそう。冥月と言えば」
そこで思い出したように武彦が口をあけた。
「相手は男女二人組みだったんだよな?」
「ああ、そうだが?」
「じゃあお前、女のほう口説かなかったか? お前はまだ、どうにも女かどうか疑わしグベフ」
語尾がおかしいのは冥月の鉄拳が飛んだからである。
「さて、これ以上騒いだら周りの人にも悪いから、この辺でおいとましましょう。何かあれば冥月さんの能力ですぐに飛んで来れるだろうし」
と言うシュラインの言葉でこの場は解散となった。
その後、小太郎が退院して全快するまで、あの二人による襲撃は無かった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4410 / マシンドール・セヴン (ましんどーる・せぶん) / 女性 / 28歳 / スペシャル機構体(MG)】
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■ ライター通信 ■
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マシンドール・セヴン様、シナリオに参加してくださってありがとうございます! 『カキピーって美味いよね』ピコかめです。
今回、小太郎くんはマジお荷物。
雷って難しいですよね〜。
自然現象って全部描写に気合が要るぜ。
拙い文章になっていないか、多少心配ですが、楽しんでもらえたら意味も無く水平バランスを決めてしまうほど喜びます。
では、次回もよろしければ是非!
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