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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ロシアンルーレット・ティータイム



 口伝によると、それはどこかの王家から賜ったものだという。
 真偽は定かでないが、それが美しく、そして不思議な品であることは間違いなかった。

 金の縁取りの、白磁のティーセット。
 丸いポットがひとつに、揃いのカップとソーサーが四客。
 それで紅茶を入れて飲むと、そのうちの一人には幸福が、もう一人には不幸が訪れるという。
 けれどそれは、カップを四客全て使った場合の話であって、一客から三客しか使わなかった場合はその限りではないらしい。
 ただ、何らかの法則において『アタリ』と『ハズレ』があることだけは確かなようだった。

 持ち主の一人娘は、友達を招いてはそのティーセットを使い、『魔法のお茶会』と称して遊んでいた。
 それがもたらす幸も不幸もささいなものだから、罪のない遊びと許されるはずだった。
 だがある日、娘が不注意で一客のカップを割ってしまったあと、異変が起こる。
 
 最後のお茶会で、娘は『ハズレ』をひいたのだと持ち主は言う。
 もたらされた不幸は大きかった。
 カップの中身を飲み干した途端、いきなり手足の骨が砕けて娘はその場に崩れ落ちたのだ。

 福音と不幸を同時に運んでくる陶器。
 いずれ厄介な品に違いないが、それが魅力的かつ面白い代物であることも否めなかった。



 その品が本当に王家から下賜されたものであることは確認できた。
 だが、その王朝は既に滅びてこの世にないのだと知った時、シュライン・エマは何故か思わず溜息をついてしまった。
 祖国を失うというのは一体どんな気持ちなのだろうと、まるで目の前の磁器に人格でも宿っているかのような感慨まで抱いてしまった。
 事実、そのティーセットは家族のように見えたのだ。寄る辺を失って、ひっそりと身を寄せ合う母と娘達。
 カップを失ったソーサーの姿がいかにも寂しそうに見える辺り、自分は相当に重症なのではないかとも思った。
 シュラインがそっと二度目の溜息を落とした時、草間武彦が書類から目を上げて訊ねた。
「どうしたんだ? それ」
「蓮さんから貰ったの。見てると何だか和んだものだから、暫く眺めてたら、そんなに気に入ったんならやるよ、って」
「和むと言う割に溜息ばかりだな」
 書類を読むのに没頭しているものだとばかり思っていたのに、しっかりと気が付かれていたらしい。
 シュラインは草間に、このティーセットの曰くを語って聞かせた。蓮からの話と、シュラインが独自に調べたこの品の出自を織り交ぜながら。
「亡国のティーセットか……」
 草間は興味を惹かれたらしく、観察するような目つきで磁器を眺める。シュラインは軽く身を乗り出した。
「ねえ、カップが割れた直後に、割った娘さんの骨が砕けるなんて意味深だとは思わない?」
「娘が、カップを割った報いを受けたと言いたいのか?」
 シュラインはかぶりを振る。
「いいえ、私、このカップに対する所作で、幸不幸の配分が決まるんじゃないかと思ったの」
「カップを丁寧に扱った者が幸福を、ぞんざいに扱った者が不幸を受けるということか」
 頷き、笑われるのを覚悟でシュラインは言った。
「ええ。私、このティーセットには心がある気がするの」
 シュラインがそう思うに至った理由は、カップが4客揃っていた当時のお茶会の話を聞いたことにある。
 蓮から元の持ち主の名前を教えてもらい、その娘と仲の良かった少女達に話を聞かせて貰って、シュラインはそう実感した。
 一番頻繁に不幸に見舞われた少女などは、「私はガサツだから、きっとあのティーセットに嫌われてたんだと思う」と言ったほどだ。だから、自分の推測はあながち的を外してはいないと思う。
 シュラインの言葉を、草間は笑わなかった。黙ってパソコンのキーを叩き、ディスプレイを見るよう示す。画面には、個人運営らしき小さな博物館が映っていた。
「この博物館に、かの王朝ゆかりの品が展示されていた筈だ。館長とは、依頼を受けたこともあって面識がある。何か役に立てる事があったら言ってくれ」
 火のついた煙草をふかしながら、草間は画面をスクロールさせる。
 クリックするたび映し出される、古い品の数々。個人蔵であるせいか、王家に深く関る貴重な品は数点しかない。
 その中に古びた楽譜があるのを見つけて、シュラインは思わずそれを指さした。
「これは?」
「王家を讃える歌……、当時の国家の楽譜らしいな」
「これの写しを貰うことはできる?」
「頼んでみよう」
 シュラインの考えが正しければ、この磁器は意志を持っている。彼らに心があるならば、説得することも可能かもしれない。
 電話をかける草間に背を向け、シュラインは身を屈めてカップに語りかけた。
『ねえ、ひょっとして王家に帰りたいの?』
 シュラインが紡いだのは遠い異国の言葉。彼らの祖国の、懐かしい響きを持つ言語だった。
 返事をするように、かち、とポットの蓋が音を立てた。物理的な反応があったことに驚きつつ、シュラインは続ける。
『それで、乱暴に扱う人に意地悪をしたのね? 優しかった王家の人達とは似ても似つかないから、そういう人には使われたくなかった。違う?』
 かちかち、と返事が返ってくる。シュラインの背後で、草間がその様子を軽く瞠目しながら眺めていた。
『親切な人には……、そうね、元の持ち主のところに帰してほしい、っておねだりしていたのかしら』
 硬質な生き物のように、ポットもカップも体を揺らして答えた。彼らが立てる硬い音が、シュラインには「帰りたい」という悲痛な叫び声に聞こえた。
『でもね、可哀想だけど、あんた達のご主人はもうこの世にいないのよ』
 ポットもカップも、途端に死んだように静まり返った。
 何だか自分が酷い事をしているようで胸が痛む。けっして哀しい思いをさせたいわけではないのに。
 けれど、真実は伝えられなければならない。その上で、彼らにとって最善の道を探さなければ。
『あんた達の祖国も、もうないの。だから帰してあげることはできないんだけど……』
 磁器はぴくりとも動かない。
「シュライン」
 草間に呼ばれて振り返ると、楽譜の写しが送られてきていた。
 それを受け取り、シュラインはかすれた音符を目で辿る。若く勇猛な王と、優しく美しい后。聡明な王女と愛らしい王子。王家の人々に対する深い敬意の込められた曲。
 シュラインがその調べを口ずさむと、ティーセット達が一斉に、弾むように動き出した。
 その様子に目を丸くして、草間とシュラインは顔を見合わせる。
「……嬉しいんだろう。歌ってやれ」
 言われ、シュラインは歌った。遥かな故国に想いを馳せながら。主を失くし、帰る場所を失った彼らの為に。
 朗々と流れる旋律に聞き入るように、磁器はおとなしく黙り込む。草間もまた、静かに目を閉じてシュラインの歌に聞き入っているようだった。
 歌い終えると、まるで拍手でもするかのように彼らは賑やかな音を立てた。先ほどからこそりとも音を立てないのは、片割れを失ったソーサーだけだ。
 シュラインは紙袋から包みを取り出し、包装を解いた。中身は同じ白磁の、金の縁取りのカップだ。王家のものとは形こそ違うが、デザインはよく似ている。
「それは?」
「これは蓮さんのところで買ってきたの。ひとつだけぽつんと置かれて寂しそうだったから」
 ふ、と草間が笑う。シュラインは小首を傾げた。
「何?」
「いや」
 慌てたように笑みを消し、草間は言う。
「失くしたものを補ってやろうというわけか」
「ええ。どちらも何かを失くして寂しいのなら、お互いに寄り添うことでそれが和らげばいいと思って」
 ひとりぼっちのカップをソーサーの上に置く。手を離した瞬間、かちりと音がした。
『色々なものを失くして辛いのは分かるわ。でも、どんな生も失くすばかりじゃないの。新しい出会いだってある』
 諭すような優しい口調で、シュラインは語りかけた。
『新しい場所にだって行けるわ。あんた達と同じ、王家にゆかりの品が展示されている博物館があるの。そこへ行く?』
 沈黙。
『じゃあ、蓮さんのところに戻って、新しいご主人を探してもらう?』
 これにも返答がない。シュラインは困って草間を見た。
「武彦さん、この子達に相応しい、新しい居場所に心当たりはない?」
「ここにいるかと訊いてみろ」
 何故か草間は楽しそうにそう言った。ここにいる? と問いかけた途端、全ての磁器が踊るように動き出す。
「決まりだな。ああ、もう悪戯はナシだと言い聞かせておいてくれ。幸はともかく、不幸を引っかぶるのは勘弁だ」
「分かったわ。ありがとう、武彦さん」
 輝くような笑顔に、草間が目を細めた。シュラインは懇々と彼らに注意を促し、かちかちと返事をするのににっこりする。
「随分と嬉しそうだな」
「ええ。言葉はとても無力だと感じることが時々あるけれど……」
 シュラインはティーセットに視線を落とした。
「言葉の壁の、どうしようもない厚さを感じることもあるわ。でも、こうしてちゃんと心が通じることだってあるんだと思うと、やっぱり嬉しいの」
「……お前らしいな」
 何かを含味するような笑みを浮かべ、彼はそう呟いた。シュラインはまたも首を傾げる。
「どういう意味?」
「何でもない」
「何よ。さっきからニヤニヤして。私のした事はそんなに変? お節介だって言いたいのかしら」
 腰に手をあて、シュラインは草間を軽くねめつけた。草間は慌てて手を振る。
「そう気色ばむな。俺はただ、らしくていいと言いたかっただけだ」
「よく分からないわ武彦さん。それ、どういう意味なの?」
「そこまで──」
 言わせる気か、という草間の言葉を遮って、ティーセット達が不満の声を上げるように体を揺すり始めた。草間がそれを顎で示す。
「そら。おまえが俺にばかり話しかけるから、そいつらがヤキモチを焼いてるぞ。構ってやれ」
「何よそれ。嫌ね。誰も仲間外れになんかしてないわよ」
 シュラインは、またもごそごそと紙袋から紅茶の缶を取り出した。
「零ちゃんも呼んでお茶にしましょう。帰りにニルギリを買ってきたの」
 亡国の歌を口ずさみながら、シュラインはゆったりとお茶の準備を始める。さて、彼らは自分の言いつけをちゃんと聞いてくれるだろうか。
 カップに紅茶を注いだ途端、グラスハープに似た音がシュラインの歌に合わせるように流れ出し、二人は呆然とした。
 彼らの歌は、埃っぽい事務所の空気を洗い流すかのような清浄さで響き渡る。そこから故郷を失った哀切は薄れ、代わりに新しい主、新しい仲間と居場所を得た喜びに満ちていた。
 今日からは、この草間興信所が彼らの居場所だ。居つけば居つくほど、彼らはこの場所に愛着を感じてくれるだろう。昔、シュラインがそうだったように。
 ふと、今の彼らにかけるのに相応しい言葉を思いつき、シュラインは小さく囁きかける。
『おかえりなさい』
 歌はよりいっそう高らかに、のびやかに広がって事務所の空気を震わせ、やがてそこに融けていった。
 草間は、その様子を穏やかに眺めるシュラインの姿を見つめて──。
 眩しそうに、慈しむように、笑った。





■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】