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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 デュナス・ベルファーが探偵業を営んでいるのは、都内のあるビルの一室だ。
 住居兼事務所で家賃はとても安いのだが、代わりに何故か色々な物が壊れる。エアコン、アイロン、冷蔵庫…仕事で入る稼ぎが貯金出来たためしがない。
「はぁ…」
 フリーズしたままのパソコン画面を見ながら、デュナスはあんパンを持ったまま深く溜息をつく。探偵…とはいうものの、あまり繁盛しているとは言い難い。強制終了させ、もう一度溜息をつこうとしたときだった。
 事務所にある電話からメロディーが鳴る。
「電話?仕事の依頼でしょうか…」
 だが、何となく嫌な予感がした。着信音を『天国と地獄』にしていたのも相まって、受話器に伸ばそうとした手が一瞬止まる。
 仕事か…それともセールスか。
 セールスは断ればいいが、仕事は逃がしてしまったら後がない。報告書などを作るのにパソコンは必要だ。背に腹は代えられない。
「はい、もしもし」
「もしもし、デュナス?俺だけど…って、うるせぇ!黙れ、浮かれポンチ!」
「あのねあのね、デューナースくーん?」
 受話器を取った途端に、電話の向こうからナイトホークの声と共にぎゃーぎゃーと声がする。その無邪気な声には聞き覚えがあった。それは科学者の篁 雅隆(たかむら・まさたか)で、少し前にボディーガードを勤めたことがあった。その時は確か、エアコンが壊れて「アルバイトをお願いします」と、ナイトホークに頼んだのだが…。
「ナイトホークさん、どうかしました?」
 聞こえてくる様子からすると、ナイトホークに叱られて雅隆はようやく静かになったようだ。前もそうだったが、無邪気というか天衣無縫というか、雅隆は自分が一番じゃないと気が済まないところがある。
 するとナイトホークは軽くこう言った。
「デュナスさぁ…もし今仕事ないんだったら、ちょっと頼まれてくれない?」
「それは、もしかして後ろにいるドクター関連ですか?」
「嫌だったら断れるけど」
 デュナス自身としては、別に雅隆が扱いにくいとかそういうわけではない。ただ無邪気で、立場の割に警戒心とかが薄いのではないかとは思っているが、一緒にいるのは苦にならないし、どちらかというと結構楽しい。
 ナイトホークの言葉が聞こえたのか、雅隆が遠くで「断っちゃダーメー!」と言っている声がする。それに苦笑しながら、デュナスは電話に向かって頷く。
「いえ、丁度仕事を探そうと思っていたところです。今からそちらに行きますね」

「…パーティーですか?」
 蒼月亭のカウンターに座りカプチーノを飲みながら、デュナスはナイトホークから仕事の内容を聞いていた。
 それは雅隆の弟である篁 雅輝(たかむら・まさき)が経営する『篁コーポレーション』の創立記念パーティーの間、雅隆を守って欲しいというボディーガードの依頼だった。無論会社にもボディーガードはいるのだが、どうしても雅隆が嫌がるのだという。
「社長と、その浮かれポンチから直々のご指名なんだけど、どうする?」
「いえ、私はいいんですが…というか、私でいいんですか?」
 そう言って念を押すと、雅隆はパイのかけらを口の端につけたままにこっと笑う。
 今日も雅隆は海賊の船長が着ているような、個性的な服と帽子だ。科学者だという話なのだが、このゴシックな格好と年齢よりかなり幼く見えるその姿を見ていると、どうしても「科学者」というより「コスプレ青年」にしか見えない。
「パーティーはあんまり面白くないけど、ご飯は美味しいよ。それにデュナス君にはこの前お世話になったし、僕の話聞いてくれるし。雅輝のボディーガードは、僕の話聞いてくれないから嫌ー」
「はぁ…」
 ……どうやら一番重要なのはそこらしい。
 まあここで仕事を請けなければ、次にいつ仕事が入ってくるか分からないあげく、いつまでも調子の悪いパソコンを騙し騙し使わなければならない。企業のパーティーがどんなものかは分からないが、断る理由はないだろう。
「どうする?デュナス」
 煙草を吸いながら笑うナイトホークに、デュナスが頭を下げた。
「私でよろしければ。ドクター、よろしくお願いします」
 にぱっと雅隆が微笑む口元についているパイのかけらがどうしても気になって、デュナスは思わず自分が持っていたハンカチで口の端を拭いた。ボディーガードというよりは、何だか保護者のような気分だ。
「うわーい。デュナス君が一緒なら、パーティーの間退屈しなくていいや。じゃ、コーヒー代ここ置くから、デュナス君お持ち帰りー。釣りはいらねぇ、とっときなっ」
 ポケットに入れていたマネークリップから札を出し、雅隆が立ち上がる。するとどこで待っていたのか黒塗りの車が店の前に止まった。
「………」
 安請け合いしてしまったかも知れない…。
 雅隆に手を引かれながら、デュナスは飲みかけのカプチーノを気にしたまま車に乗せられていった。

 パーティー用の黒いスーツを借り、デュナスは控え室になっているホテルの特別室で雅隆を待っていた。雅隆はいつもゴシックな服を着ているが、パーティーでもそうなのだろうか…そう思っていると、雅隆がドアを開け出てくる。
「じゃーん。このスーツ本当は着たくないんだけどなぁ…何か普通じゃない?」
「あ、本当に普通」
 思わずそう呟いてしまうほど、雅隆はどこにでもありそうな普通のスーツだった。高級感はあるが袖からレースや羽毛が出ているわけでもなく、髪もきちんとオールバックにしてある。口を開きさえしなければ、知的な雰囲気だ
「普通のスーツも持ってるんですね」
「今日は、対外面用装備なんだー。いつもの格好の方が好きなんだけど、やっぱりそういうわけにも行かないからね。んじゃ、行こっか」
 今日のパーティーは立食形式と言うことで、最初に挨拶などがある他は出入りが自由と説明された。雅隆の後ろを歩きながら、何故かデュナスは心配になってくる。
 雅隆はちゃんと振る舞えるのだろうか…。
 それは身の危険を案じるというよりは、どちらかというと小学校の入学式に臨む保護者のような気持ちだ。そんな事を思っていると、前からやって来た老婦人が雅隆に向かって頭を下げる。
「あら、雅隆さん…ごきげんよう。日本に帰ってらしたのね」
 その瞬間、デュナスは信じられないものを見た。
「ごきげんよう、奥様。つい最近戻ってきたばかりなんです…忙しくてご挨拶に伺えず申し訳ありません」
 これは別人ではないだろうか。いつも舌足らずで間延びしたように話す雅隆が、普通に会話をしている。思わず呆然としていると、老婦人がデュナスを見て会釈をした。
「そちらの金髪の方は?」
「僕の秘書です。フランス人で優秀なんですよ」
 いつから秘書になったのか。だが迂闊に話に入ることも出来ず、つい日本人的曖昧な微笑みを浮かべ会釈してしまう。
 しばらく話をして老婦人が離れると、雅隆は笑顔を浮かべながら小声でこう言った。
「めんどくせーぇ」
「ドクター…私、一瞬ドクターが二重人格なのかと思いました」
 受付に挨拶をしながら、雅隆は悠々と会場に入る。笑顔を浮かべ礼はしているが、デュナスに話しかけているのはいつもの口調だ。
「こういうときは、やっぱり丁寧口調にならないとねぇ。雅輝に恥かかせるわけにも行かないし…どうも、お久しぶりです」
 流石代々続く由緒正しい家系というところなのか、それとも単に外面が思いっきりいいだけなのだろうか。その変わり身の早さが何とも言い難い。すると雅隆はシャンパングラスをデュナスに渡しながらこう話し始めた。
「なんだかんだ言っても、兄弟だからねぇ…雅輝が会社を継いでくれてるから、僕は好きに勉強できるんだって思うと、すごい感謝してるんだよ」
「弟さん思いなんですね」
「ふふーん、でも僕いい人じゃないよ。基本的にひどい人だし…っと、雅輝の挨拶聞かなくちゃ」
 ステージの上では雅輝の挨拶が始まり、会場ではおのおの話をしたり名刺を交換したりしていた。だが、雅隆はそれをじっと聞いている。
「………」
 ピン…。
 その気配にデュナスはふっとステージと反対の方を見た。雅隆は気付いていないようだが、微かに自分達に向けられている殺気を感じる。それを雅隆に伝えようか、どうしようか…そう思っていると、雅隆がぼそっとこう呟いた。
「…雅輝の挨拶終わったら外出よっか」
 殺気に気付いているのか、そう言った雅隆はステージの方を真っ直ぐ見ていた。口元には、ほのかに笑みも浮かんでいる。
「ドクター…人混みの中にいた方が安全かも知れませんが、よろしいですか?」
「…どこにいたって危険だよぅ」
 ……やっぱり気付いている。
 もしかしたら飄々と振る舞っているのが演技で、今見せているこの顔が素顔なのではないだろうか。だがデュナスが今やることは、雅隆を守ることであってどちらが仮面なのかを見破ることではない。それに…どちらが仮面であろうと、デュナスの前にいる雅隆に違いはない。
 挨拶が終わり、拍手の音を聞きながら人の間を抜け二人は会場の外に出て行く。そして雅隆は真っ直ぐ化粧室に入っていった。
 誰もいない広々とした化粧室…。するとその後ろから声がした。
「わざわざ狭いところに入っていくなんて、優秀な秘書と聞いていたけどそうでもないようね」
「きゃー、男性用の化粧室に入ってくるなんて、信じらんない。それとも奥様って覗き趣味あったっけ?」
 それは先ほど雅隆に挨拶をしていた老婦人…いや、老婦人の姿をした暗殺者だった。手には小さな銃が握られており、デュナスは自分の後ろに雅隆を庇う。
「ドクターは私が守ります…」
 だがどうやって守ればいいか。
 広々としてはいるが相手は銃を持っている。懐に飛び込む間に撃たれれば、この距離なら嫌でも雅隆に当たるだろう。デュナスは威嚇のため懐に手を入れながら考える。
「………」
 遠くから拍手の音がする。誰かが入ってくればいいが、入り口に清掃中の札などが立てかけられていれば他の所に行くかもしれない。
 …考えろ。雅隆がわざわざここに敵を引き寄せた意味を、そしてどうすれば一番安全に守れるかを。
「あ、ちょっとタンマ。僕は便所に旅立つ!達者で暮らせ!」
「なっ…!」
 後ろに隠れていた雅隆が、唐突にそんな事を行って個室に入る。
 その瞬間相手に隙が生まれた。これはチャンスだ。出来るか出来ないかを考えている暇はない。この一瞬の間で生死が決まるのだ…デュナスは懐に入れていた右手を銃の形にして、相手の手元に向けて念じた。
 光が操れるなら…自分の力が通じるのなら、手からレーザーだって出せるはずだ。
 音もなく指から出た光線が相手の手元に当たり、持っていた銃が弾かれた。それを見てデュナスは前へと走り込む。
「たあっ!」
 思い切り肘を突き出しながら懐に入り、それが当たると同時に足払いをかける。相手も抵抗してくるが、その隙を与えず喉元めがけて一閃…!
「指一本…いえ、かすり傷すら与えさせません!」
 倒れ込んだ女を見下ろしながら、デュナスはゆっくりと防犯ボタンを押した。

 女の身柄は、篁コーポレーションのボディーガード達が引き取っていった。本当は警察に連絡すべきなのかも知れないが、大事にするのは雅隆も本意ではないだろう。
 個室からそっと出てきた雅隆に、デュナスは空腹を押さえ微笑みかける。
「ドクターが気を利かせてくれたおかげで、無事に撃退できましたよ」
 だが雅隆は手を洗いながら首をかしげる。
「え?僕何もしてないよぅ。それより痴女どっか行った?」
 まさか…全くの偶然だったのか。外に出ようと言ったことなどを説明すると、胸元に入っていたハンカチで手を拭きながら雅隆が笑う。
「ああ、あれ?雅輝の挨拶終わったら、お手洗い行こうってずっと思ってたんだよねぇ」
「でもさっき『どこにいても危険』だって…」
「お手洗い行きたいときは人生の危機でしょ?にしても、老婦人を惑わせるなんて、僕のフェロモンも大したもんだよね」
 ……先ほど自分のことを『基本的にひどい人』と雅隆は言ったが、本当に色んな意味でひどい人だ。気が抜けた途端、急にデュナスの腹の音が鳴る。
「な、何か気が抜けました…」
 がっくりと肩を落とすデュナスに雅隆が笑いかける。こうして見ると、ほんの少しだけ雅輝に似てなくもない。
「守ってくれてありがとね。さっきのデュナス君格好良かったよ」
「ありがとうございます」
 戯けているだけなのか、それとも本当に偶然だったのかは分からないが、まあそれでもいいだろう。何もないに越したことはないし、今の礼は本当だ。
 髪の毛の乱れを鏡の前で気にしている雅隆を見ながら、デュナスは言いようのない充実感に笑みを浮かべていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
「ナイトホーク経由で篁雅隆関連の危険な仕事」を…ということで、ボディーガード再びという仕事にしてみました。普段はどうしようもない雅隆も、外面だけはいいようです。
でも本当にひどいですね…偶然なのか、本当は気付いていてごまかしているのかは秘密ということにさせていただきます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
修正したゲームノベルでは、雅隆関連の話も選びやすくなってますので、ご縁がありましたらまたよろしくお願いいたします。