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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―midnight&flare―



 もしも。
 もしもこのドアの向こうに彼がいなかったらどうしよう。
 そんな不安を感じつつ菊坂静は病室の引き戸をゆっくりと開けた。
(あ……)
 心に広がる安堵感。この瞬間はぞくりとするほど幸せだ。
「やあ、いらっしゃい」
 そうベッドの上から声をかけてきた欠月の笑顔に、静は息を吐き出す。
「こんにちは、欠月さん」
 何がそんなに心配なのだろう……?
 脳裏に過ぎる、大型車のカゲ。
 なぜそんなことを思うのか……。
 ベッドの傍にあるイスを引っ張って腰掛ける。
(やめよう……死んじゃうなんて考えたら、本当にそうなったら、僕は……)
 ――きっともう、マトモではいられないだろう。
「学校帰り?」
 制服姿からそう判断したらしい欠月が、明るく言ってくる。静は頷く。
「はい」
「忙しいだろうに……。ボクのお見舞いに律儀に来なくていいんだよ?」
「……嫌なんですか、僕が来るの」
 少し怒ったように言うと欠月がちょっと驚き、苦笑する。
「いや? すっごく嬉しいよ?」
「ほんとですか?」
「……どうしたの。なんかあった?」
 うかがってくる欠月はさすがに鋭い。静の少しの不調も見逃す気はないようだ。
 静はぷいっと顔を逸らす。
「何もありませ……。あ、いや、あった……のかな」
 神聖都学園での事件。そこで出会った、全身を白の衣服で揃えていた赤髪の少女。確か名前は……。
「欠月さん、この間フレアさんに会いましたよ」
 ぴく、と欠月が眉を痙攣させる。あからさまに彼の表情が不快そうに歪められた。
「……あいつに……会ったの?」
「え? あ、はい。偶然なんですけどね。欠月さんによろしくって……」
「ふぅん……」
 不機嫌そうに冷たく呟く欠月の態度は、静にとってかなり新鮮である。これほど露骨な欠月は初めてかもしれない。
 静はフレアの姿を想像する。白い帽子を目深に被った彼女は、不敵に笑う様子が欠月に似ている。――あれ?
 そういえば欠月は目覚めてからしばらくは周囲の人間の動作を真似ていたと言っていた。
(もしかして……あの笑い方って、フレアさんの真似……?)
 いやらしく不敵に笑う様子などそっくりだ。
 フレアに言われたことを思い出し、静は頬を赤く染めた。可愛くてたまらないと言っていたというのは……本当なのだろうか?
「あ、あの……欠月さん……僕の、こと…………他の人に……どう言ってるんですか?」
「ええ?」
 突然なに? という態度で訊き返した欠月から視線を逸らして伏せると、静は続ける。
「フレアさんに……その、僕のこと……」
「もうフレアのこと言わないでよ。ムカつくから」
「…………そんなに嫌いなんですか?」
「だいっきらい!」
 腕組みして顔を逸らす欠月に、静は無言になってしまう。なぜ彼はこんなにフレアを嫌うのだろう。
(悪い人じゃなさそうだし……キリッとしてて美人だと思うけど……)
 時折帽子の下から見えるフレアは美人と称してもおかしくない娘だったのだ。欠月ほど整った顔立ちではないけれど。
 欠月が嫌う要素を思いつかなかった静だったが、ふとそこで「あっ」と思った。
(もしかして……)
「……昔の、彼女だったとか……? いえ、別に欠月さん優しいし、格好良いから彼女の一人や二人いても驚きませんよ?」
 明るく尋ねる静の言葉に、欠月は完全に硬直している。ああ、やはりそうだったのだ。
(やっぱりそうなんだ……。でも……彼女かぁ。恋人が居たなんて……子供みたいですけど……寂しいですって言ったら…………困るよね、きっと)
 自分だけで独占している時は感じないこの寂しさ。自分の知らない欠月を、他人が知っているというのは……悲しい。
「か、かのじょお? フレアが、ボクの?」
 底冷えのするような声を出す欠月は、低く笑う。あれれ? と静は目を丸くした。
「冗談じゃないよ! 誰があんなヤツ!」
「か、欠月さん?」
「顔を見るだけでムカムカするのに、なんで恋人なんかにしなきゃいけないんだよ!」
 頭を掻き毟る欠月の様子に静はおろおろした。
「静君……キミは誤解している……。あいつとボクは、そんな艶めいた間柄じゃないんだ……」



 ぴく、と欠月は反応した。引き戸の外に誰かが居る。
(この気配……)
 個室内の欠月に声もかけずに、相手は無遠慮に引き戸を開けた。それは、欠月が一ヶ月の眠りから目覚めてしばらくしてのことだった。
 ベッドから起き上がった欠月は、引き戸の向こうから現れた相手を見てムッと顔をしかめた。そしてすぐに無表情にする。
「やあ。元気?」
 呑気な口調で言ったのは、白い帽子と白いコートの女だ。赤い髪と深紅のシャツが目につく。
「……何しに来たんだ。帰れ」
「ご挨拶だな。せっかく見舞いに来てやったのに」
 引き戸を閉めてベッドに近づいてきたフレアは、ふ、と薄く笑う。だが欠月は目を細めただけだ。
「……ついで、だろ」
「察しがいいね」
「いつもそうなんだから、察しはつく」
「可愛くないこと言うようになったなぁ。前はもっと可愛かったのに」
 その言葉に欠月は眉間に皺を寄せた。だがフレアは気にもせずにベッド脇のイスに腰掛ける。
 柔らかい色を基調にした室内で真っ白の衣服なのだから、フレアが目立たなくなるのは当然とも言えた。だが異常だと、欠月は感じてしまう。ここに居るくせに、居ないように見える。出会った頃からこいつはそういうヤツなのだ。
 フレアはふふっ、と軽く笑う。
「欠月が起きてるということは、大切な人ができたのかな?」
「…………どういう風に考えたらそうなるんだ」
 相変わらず理解不能な思考回路だ。
「うんうん。いい未来を選んでくれたようで、アタシは非常に嬉しい。ハッピーエンドがいいからね」
「……だから、勝手に納得するのはやめてくれないか」
「独り言だから気にしなくていいよ。ところでその大切な人はどんな子?」
「…………おまえ、ボクの話を聞いてないだろ」
 怒りを抑えて言う欠月だったが、フレアは全く怯まない。
「名前は? 可愛い子?」
「…………」
 不愉快そうな表情をする欠月を愉しそうに眺め、フレアは笑った。
「言わないつもり? いいよ別に。そんなの調べたらすぐわかるんだから」
 立ち上がろうとしたフレアの様子に苦虫を潰したような顔をして欠月は口を開いた。
「菊坂静。……可愛いと思う」
「すっごい嫌そうな言い方。
 なんだ。そんなにアタシに干渉されるの嫌なのか?」
「嫌だ。さっさと帰れ」
「すぐ帰るから安心しなよ。
 シズカ……シズカねぇ……。うー……ん」
 腕組みしたフレアはビッ、と人差し指を欠月に向ける。
「それ、男の子だよね?」
 ぎくっとして欠月が目を見開く。シズカという発音では女の子を連想するものだが、一発で見抜かれてしまった。
「あー、そう。ココはその子が相手なのか。ふぅん」
「……なんだ? 喧嘩売ってるのか?」
 フレアの言い方に苛立った欠月だったが、彼女はすぐさま笑顔で言う。
「まさか。欠月がそんなに怒るってことは、よっぽど大事なんだね」
「……怒る?」
 怒って、いるのだろうか?
 怪訝そうにする欠月は視線を逸らす。その様子にフレアが呆れる。
「まだそういうのわかんないの? 進歩してるようでしてない男だなぁ」
「……うるさい」
「いいんじゃないか? 前はもっとこう、『特別なヤツとか、どうやったら見分けられるんだ?』って澄ました顔をしてたくせにねえ?」
 見分けるって、三つ葉の中の四つ葉を探してるわけじゃないんだから!
 けたけたと笑うフレアの態度に欠月は手に持っていた文庫を投げつける。投げられた文庫をフレアが軽々と受け止めた。
「痛いな。ケガしたらどうするんだよ」
「すればいい!」
「冷たいヤツだねえ、相変わらず」
「どうでもいいけど、静君にちょっかい出したら許さないからな!?」
「…………へぇー。そんなに好きなんだ」
 感心したように言われた欠月がカッと顔を真っ赤にする。彼は視線を伏せた。
 足を組んで頬杖をつくフレアは帽子の下から小さな笑い声を洩らした。
「ははっ。素直に言ったら手は出さないでおくよ。どうなの、その菊坂くんとやらは?」
「……可愛い。可愛くて、たまらない。大切な、弟……みたいだ。…………兄弟がいたら、こんな感じなのかなって、思う」
「…………兄弟にしちゃあ、愛が過ぎると思うけど」
 小さく呟いたフレアの言葉は欠月の耳には入らないほど……微かなもの。
 彼女はすっくと立ち上がった。
「まあ……うん。いいんじゃない? あの子なら欠月は大丈夫だろ」
「? あの子?」
「おまえの大好きなシズカくんだろ? …………ま、心をしっかりと保て」
 帽子の下から覗いた薄い笑みは、欠月が本能的に悪寒を感じるほど残酷で、恐ろしいものだった。
 冷汗を流す欠月は尋ねた。
「おまえ……ボクの敵なのか?」
 その言葉にフレアは肩をすくめてドアに向かう。
「それ、最初に逢った時も訊いたな」
 低く笑う彼女は引き戸に手をかけた。そして振り向く。帽子で顔が見えない。
「味方だよ。昔も、今も、これからも」
 引き戸の外へ出て行った友人の姿を欠月は見送った。もう来るな、と思いながら。



「――というわけ。あんな化物を恋人にしたいなんて、死んでも思うもんか!」
「化物って……」
 静は驚く。そんなイメージは静にはないのだ。
「……わりと綺麗な人だと思いますけど」
「……あいつ、幾つに見える?」
「ええ? そ、そうですね……欠月さんと同じくらいだから……17歳でしょうか」
「……ボクが初めて会った時も、そう思ったよ」
 欠月の答え方に静は違和感を覚えた。怪訝そうにする静に、頬杖をついて欠月は言う。
「あいつ……姿が変わらないんだよ。まったくね」
「まったく?」
「そう。髪の長さも衣服も、姿全部」
「………………」
 無言になってしまう静は……ややあってから口を開いた。
「なんか、凄いですね」
「でしょう? 他の人ならふざけて『静君てとっても可愛いんだよ〜』って言えるんだけど、あいつ相手にはそうもいかないから」
「…………」
 嘆息する欠月を見つつ、静はこっそり思う。
 ふざけていない、ということは……。
(本心、なんだ……。嬉しいけど、恥ずかしいなぁ)
 小さく笑い声を洩らした静を、じとりと欠月が見遣る。
「ちょっと……。なに笑ってるの?」
「えっ!? な、なんでもないです!」
「ほんとにぃ?」
「ほんとですってば!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
【フレア=ストレンジ(ふれあ=すとれんじ))/女/17/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 欠月とフレアのやり取りも入れてみました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です!