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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


SPUTNIK


 草間武彦はしぶしぶといった表情で歩道を歩く。
 それもこれも数分前―――

「煙草が欲しい!?」
 零の驚いたような声が興信所内に響く。
「いいですかお兄さん。ここの経費や雑費の中で一番値を張っているものが何かご存知ですか?」
「何だ? 食費か?」
 ここには何かしら人が訪れる事が多いうえに、人の懐具合など気にも留めず大量の食物を消費していく輩もいたりする。
 しかし、そんな草間の反応に零は肩をわなわなと震わせると、草間をきっと睨みつけ叫ぶ。
「お兄さんの煙草代です!」
 そうして、
「煙草が吸いたいなら、自分で買ってきてください!!」

 と、興信所を追い出され(?)てしまったわけだ。
(いつからあんなに小言を言うようになったんだ)
 草間はむすっと顔をしかめ、ブツブツと文句を言いながら一番近い自動販売機へと歩を進める。
 きっとこの草間の姿を何も知らない人が見たら、ぐれ始めた中年とでも見えていたかもしれない。

―――どこにいるの?

「?」

―――もう、誰でもいい……
―――誰か、一緒に

 草間の意識はそこで途切れた。



 興信所の時計を見上げ、零は眉を寄せる。
 煙草を買いに行ったにしては草間の帰りが遅すぎる。
 何か事件にでも巻き込まれたのだろうかと零は少しだけ心配になって、興信所を後にした。
「お兄さん!?」
 そして、煙草の自動販売機の前でもたれかかるようにして倒れている草間を見つけた。






 キィ…と、興信所の扉が開き、零ははっとして顔を上げ、興信所の中へと入ってきたシュライン・エマに抱きついた。
「シュラインさん!」
「零ちゃん」
 シュラインは自分の胸に飛び込んだ零の頭を安心させるようにそっと撫でる。
「連絡を聞いて驚いたわ……」
 そしてシュラインは寝息さえも聞こえないほど深く寝入っている草間を見て、ぎゅっと唇をかみ締める。
 電話口で零が言っていた言葉を思い出すならば、草間は何か切欠があれば目を覚ますという事。
「武彦さん。武彦さん」
 シュラインは草間が寝ているソファの傍らに膝をつき、そっとその名を投げかける。
「……シュライン、か…?」
「そうよ、武彦さん」
 シュラインは草間の手をぎゅっと握り締める。
「俺、は……?」
「タバコの自動販売機の前で倒れていたのを零ちゃんが興信所まで運んだの。ねぇ、何があったの?」
 どこか夢見心地の瞳のまま草間は声がする方向――シュラインのほうへと顔を向ける。
 草間は顔に手を当てて、考え込むように空を見た。その時、
「こんにちは」
 キィ…と、扉が開く音と共に、澄んだ水のような透明な声が興信所内に響き渡る。
 起動の際の音を最小限に抑えられた車椅子の足先が興信所の中へと入ってくる。
「どうかされたのですか?」
 車椅子に座り、興信所に入ってきた人物―――セレスティ・カーニンガムは、零や草間だけではなく、低い位置にあるシュラインの瞳を一心に受け、軽く小首を傾げた。
 草間は頭に手を当てたままソファから起き上がり、当てていた手をひらひらと手を振って、苦笑する。
「どうもされてないさ。ただ俺が自販機の前で倒れてたらしい」
 加えて、どうしようもなく眠たいだけで。
「突然倒れるなんて、充分どうかしているわ!」
 ぐっと唇をかんで訴えるシュラインに、草間は握られていた手を解き、大丈夫だからとソファから立ち上がった。そして何かを思い出したようにふと天井を見上げる。
「彼女が―――」
「彼女?」
 心配そうな声音で繰り返された言葉に、草間は頭を覚醒させるために顔でも洗おうとキッチンへ向かって歩いていく。
「いや、泣いてるんだよ」
 ジャァア…と、蛇口から水が落ちる音が聞こえ、シュラインはすとんとソファに腰掛ける。
 心配で、心配で、胸がつぶされそうだったのだ。
 草間が倒れ、そして起きないと零から電話で聞いた時に。
 彼女とは一体だあれ?
 蛇口から流れる水の音は、止め処なく響いていた。



「詳しいお話を聞かせていただけますか?」
 興信所の入り口でシュラインと草間のやり取りと聞いていたセレスティは、同じようにはらはらとした表情でやり取りを見つめていた零に問いかける。
「はい……」
 電話口でシュラインに話をしたせいか、幾分か落ち着いた零は、セレスティに完結に事の起こりを説明した。
 煙草を買いに行ってなかなか帰ってこず、心配になって見に行ってみれば、自販機の前で倒れていたこと。
 話しかければ起きるのだが、気がつけば寝てしまっていること。
「そうですか」
 セレスティは軽く口元に手を当てて、考えをまとめるように瞳を軽く伏せる。
「やはり何かあったのではないでしょうか」
 あの草間をいとも簡単に昏倒させた人か物がきっとある。だが、昏倒させただけで草間がその場に倒れていたという事は、草間自身が目的というようには思えない。現に草間はここに帰ってきているのだから。
「こればかりは直接聞いてみない、と……?」
 ガタッ………
 微かな音に零とセレスティはソファに視線を向ける。
 腰掛けていたはずのシュラインが立ち上がり、泣きそうな視線が一箇所に向けられている。
「武彦さん!?」
 そして弾かれた様にキッチンへと走り出した。
「シュラインさん?」
 零がその後を追いかけ、セレスティも入り口の邪魔にならないよう車椅子を移動させる。
 キッチンの床に蹲り、意識を失っている草間。
「零ちゃん。そっち持って」
「はい」
 シュラインと零はてきぱきと草間を興信所のソファにまた寝かせる。
「事の重大さを認識していないのは、草間さんだけのようですね」
 意識を失っているというよりも、心地よい寝息を立てていると言ったほうが的を得ている草間を見て、セレスティはふっと息を吐き呟く。
「武彦さん!」
 草間の耳元に向けて、シュラインは再度その名を呼ぶ。
 普通、耳元で叫べば驚くだろうし、耳がキーンとなるものなのだが、草間は何事も無かったかのように目を開ける。
「……俺また、寝てたのか」
 そんな草間の呑気な言葉に、「またじゃないわ」と小さく呟いて、シュラインは問いかけた。
「彼女が“夢で”泣いているの?」
 草間が先ほど起きたときに零した言葉に、予想を加えてかまをかけてみる。
「ああ。見つからないと泣いてたんだが、もういいらしい」
 なぜそういう結論に至ったのか、夢の彼女は説明していないらしく、草間も怪訝そうに眉根を寄せた。
「草間さん。煙草を買いに行って何かに遭遇したり、目にしたりしていませんか?」
 やはり、煙草を買いに行った自販機の前で倒れていたのだから、その場所で何か起こったと考えるのが妥当だとセレスティは問いかける。
「ああ、声がした。あの声があの子……なんだろうな」

―――どこにいるの?
―――もう、誰でもいい……
―――誰か、一緒に

 草間自身は頻繁に眠たくなり、夢に彼女が出てくるだけという状況なため、何か大事に発展するとは余り思っていないのだろう。声に危機感が無い。
 状況と草間の話から考え、その声の主が原因で草間が気がつけば寝入っているという状態にしてしまったのは明白。
「武彦さん、その子…彼女とお話って出来るのかしら?」
 それは一方的に彼女が話すだけではなく、草間が問いかける事が出来るのか。という意味合いを含んでいる。
「大丈夫だと、思うが」
「もういい理由とか、聞けないかしら」
 それを聞くためには草間を眠らせなければいけない。
 歯がゆい。
 もし“彼女”が草間を気に入ってしまったら、もう二度と起きないのではないか。そんな不安が行過ぎる。
 すぅっと草間が寝入っているのにそんなに時間はかからなかった。
 それは、言葉をかける――会話を止めてしまえば、すぐさま寝入っていったから。
「誰かの代わりに草間さんを引き込んだ。そう考えると妥当でしょうか」
 セレスティの考えに、シュラインも頷く。
「見たところ草間さんは自発的に起きられないようですし、また程よい時間で起きていただいて、たずねてみましょう」
 シュラインはすっと瞳を閉じ、耳を済ませる。
 彼女の影響らしき振動や、変わった音が聞こえないかと思って。
 けれど、耳で分かるような変化はなく、シュラインはため息を着いた。



 草間は起こされた早々「やられた!」と、苦虫を噛み潰したような顔をして悪態をついた。
「一緒に行くはずだった奴がどこかに行っちまって、丁度良く俺がそこに居たんだそうだ」
 詳しく言えば、彼女と彼は一緒にどこかへ旅に出ようとしていたのだが、彼女は彼とはぐれてしまい、探したが見つからない。そして、悲嘆に暮れていたところに丁度良く草間を見つけ、一緒に旅立ってもらおうと思った。と、そういうことらしい。
「予想はしていましたよ」
 周りに心配だけかけて、まったく気にしていなかった草間を責めるように、にっこり笑顔を浮かべるセレスティ。
「連れて行かれちまったら、俺は…どうなるんだ…?」
 連れて行かれたら―――草間はもう、二度と目覚めない。
 それは即ち、死……なのだろうか。
 状況を理解して初めて草間は困惑の表情を浮かべた。それを安心させるように、シュラインはまたそっと草間の手を取る。
「大丈夫よ。私たちが彼を見つけるわ」
 セレスティは車椅子が草間の頭側に来るように移動させ、問いかける。
「彼女は草間さんに“憑いている”という状況なのでしょうか?」
「なぜだ?」
「いえ、ぬいぐるみや人形など、生きていない物でも問題ないのでしたら、移動していただけないかと思いまして」
 一つの身体に二つの魂が入っているような状態が草間に負担をかけ、眠らしているのではないか。そう考えて。
 シュラインもそれは考えていた。もし、草間ではなく、別の何か――そう、植木の植物等に移ってもらうことは出来ないかと。けれど、植物では意思疎通が出来ないため、それでは情報源が経たれてしまう。と、思い直し口には出さなかったが。
「そうだな…そうなってくれたら、俺も助かるが」
 草間は聞いてみる。と答え、自分はどうしたらいいか分からずに立ち尽くす零を安心させるように笑いかける。
「ねぇ、武彦さん。その彼の、性質とか、外見、体長は武彦さんのどの程度かとか聞いてほしいの」
 それから。移動方法や過去引っ付いてたモノ、探し人は乗り物?なのか。と―――
 そして一拍置き、今まで真剣な表情で草間に用件を伝えていたシュラインの顔がほころぶ。
「彼女に、一人より皆で探せば見つかるし手伝うから諦めないでって、伝えてくれる?」
「そうですよ。草間さんは困った人を助けるお仕事の人ですから、私もお手伝いさせて頂きますので」
 シュラインの言葉を引き継ぐように、セレスティは草間に微笑みかける。
「ああ。分かった」
 二人のそんな心遣いが、なんとも照れくさく、草間は顔を隠すようにしてそう答えた。
(それにしましても)
 セレスティはそっとシュラインを盗み見る。
 理不尽な理由で草間と引き裂かれかけるような状況に陥ってしまったのに、相手のことを気遣える。「連れて行かないで!」と、叫んだって誰も咎めはしないのに。
 泣きそうな微笑を浮かべるシュラインに、草間なその頬にそっと触れる。
「信じてるぞ」
「武彦さん……」
 セレスティが肩をすくめて瞳を閉じる。
(妬けてしまいますね)
 そしてまた、草間は眠りに落ちていった。



 セレスティは車椅子を動かし、興信所の扉を開ける。
「セレスティさん、どちらへ?」
「いえ、草間さんが寝ている間に、一度その自販機まで行ってみようかと思いまして」
 現場の様子を見に行けば、もしかしたら草間が陥った状況に自分も遭遇できるかもしれない。
 そうなれば、草間を助ける道が開かれるだろう。
 ただ一つ気をつけなければならないのは、ミイラ取りがミイラにならないようにする事。だが。
 シュラインはソファで眠る草間を一度振り返り、
「私も行くわ」
 と、ショルダーバックを手にする。
「あの…」
 自販機へと向かおうと興信所を出ようとした二人に、零がおずおずと声をかける。
「零さんは、私たちがいない間に、もし草間さんが目を覚まされましたら、先にお話を聞いておいていただけますか?」
 もし、自発的に目を覚ませたとしても、携帯電話に連絡して帰ってくる間にまた草間は夢の淵に落ちてしまうかもしれない。
 そんなセレスティの言葉に、零は「はい」と自分にも何かできる事があると、嬉しそうに微笑んだ。
 公道へとおり、車での移動を問うたセレスティに、シュラインは答える。
「自販機の場所なら私が分かるわ」
 何時も車で移動しているセレスティは多分知らないであろう、裏道の煙草の自販機。
 シュラインは公道をセレスティの車椅子を押して進んだ。
 家の塀や電信柱、道を猫がにゃーと鳴く。
 そんな中に、件の自販機は顔を出した。
 何の変哲も無い煙草の自販機。
「本当に普通の自販機ですね」
 車椅子の高さという普通よりは低い位置から自販機に触れてみるものの、何処にでもあるような自販機で、ここ自体に何か仕掛けや切欠があるようには思えない。
「後で草間さんにも同行してもらうというのは、どうでしょうか」
 セレスティは振り返るように顔を上げ、シュラインに伺うように問いかける。
「ええ、そうね。その方がいいかも」
 彼女という媒体が無い自分たちには分からなくても、草間ならば分かる事があるかもしれない。
 一般的に何も無かった。それが分かっただけでも収穫として、二人は興信所に戻った。
「ただいま」
 自分たちが居ない間に草間に変化はあったかと問う視線に、零は瞳を伏せふるふると首を振る。
「お茶、淹れるわね」
 顔に微笑を浮かべてはいるものの、瞳は悲しげに揺らしながら、シュラインはキッチンへと消えていく。
「流石に起こしてもよい頃合でしょう」
 セレスティは草間の顔の位置に移動し、そのままソファに眠る草間を覗き込み、声をかける。
「草間さん。起きる時間ですよ」
 声をかけてみるが起きる気配がない。
「草間さん?」
 セレスティは手を伸ばし、控えめに肩をゆするが、やはり草間が起きる気配はなかった。
「起きにくくなっている…と?」
 怪訝そうに瞳を細め、セレスティは呟く。
「どうかしたの?」
 先ほどまで呼びかければ起きていたため、セレスティの呼びかけで起きるだろうと思っていたシュラインは、未だ眠ったままの草間を見てぐっと唇をかみ締めた。
「シュラインさん?」
 机にお盆を置き、カツカツとソファに近づくシュラインに、セレスティは小首をかしげる。が、シュラインが草間の胸倉を掴み、片手を振り上げたのを見て取り、驚きに瞳を大きくした。
(ごめんなさい、武彦さん!)

パン――――!!

 どれほどの力で平手を打ったのか、草間の頬が軽く赤くなっている。
 やはり平手の衝撃からか草間が目を開き、ゆっくりとその頬に手を触れる。
「…痛い……?」
「ごめんなさい。武彦さん」
 起こすためとはいえ草間に平手を当ててしまったシュラインは、シュンと肩を落とすが、現状を理解している草間は、自分を起こすための行動だったのだからと、むしろ感謝した。
 そして傍らで伺うように草間を見ているセレスティへと顔を向け、
「まず、ぬいぐるみだが、良くわからないそうだ」
「それは、どういう意味でしょう?」
「うーん…、詳しい事はよくわからないが、他には移れないという事なんだろうな」
 外から見ている分には、草間は眠っている間、彼女と共にいる時間を過ごしている。それ即ち、草間の夢に憑いているといえなくも無い。
 もしかしたら、彼女自身も草間とどうやって繋がっているのか理解していないのかもしれないが。
「相手さんの性質だが……」
 彼女にとって自分と彼は同じものなため、性質を聞いても、“同じ”という答えしか返ってこなかった。
 その後、彼女に彼の外見等を問うたところ、盛大にのろけられたらしく、草間は視線を泳がせた。
 彼女ののろけから草間が予想した彼の外見は、優男。中肉中背。一般的二十歳男児。
 過去の移動も、彼と一緒にふわふわといろんな所へ行ったのだそうだ。
「それから、ありがとう。だそうだ」
 やはり彼女にとって“彼”は特別な存在なのだろう。もしこのまま彼が見つからず、草間と共に行ったとしても、彼女自身後悔するに違いない。
 いや、それ以前にifなどという事は起こさない、が。
「今はまだ、起きていられるのでしたら、一度現場へと一緒に行ってもらえませんか」
「現場って、そんな大層なもんじゃ…」
「私も行ったほうがいいと思うの」
 もしかしたらその時、草間が気がつかなかっただけで、重要な手がかりがその場所にあるかもしれないし、夢という媒介を挟んでいても、彼女と共に居る草間が自販機へ行く事で何か変化が起こるかもしれない。
「私は、興信所に残りますね」
 入り口の扉を開けた三人に、零が興信所の窓から入る光を背にして言う。
「お客様が着たら困りますから」
「零ちゃん…」
 逆光で表情は見にくくても、彼女の顔が悲しげに微笑まれている様を見て、シュラインはぐっと唇を引き締める。
「なるべく早く帰るわ」
「ええ、草間さんは大丈夫です」
「はい」
 いってらっしゃい。と、零に送り出され、三人はいつもなら視線の端に流してしまうほど何の変哲も無い、あの煙草の自販機へと向かった。
「ここで声を聞いたんだよな」
 自販機に手をついて、草間がその状況を思い出そうと思考をめぐらせる。
「!!?」
 突然背中を引かれるような感覚に、草間の足元がふらつく。
「草間さん?」
 草間が羽織っている灰味がかったこげ茶のジャケットが、まるで猫の首を摘むかのように空に引っ張られている。
「な、何だ!?」
 草間は空に向かって引かれる襟首に手を上げるが、空を切るばかりで何かに触れるような感覚は一切無い。
 後ろに回りこみ、何かの変化を探すがその瞳に移るのは持ち上げるようなシャツの襟首のみ。
 シュラインはびくっと背をそらせ肩を震わせる。
 その微かな変化にセレスティが首を傾げた。

キイイィィィイイ――――…

「!?」
「何だ?」
 セレスティと草間は共に耳を押さえる。

―――見つけた!






 耳を劈くような声が止み、ゆっくりと瞳を開いてみれば、そこはあの自販機の前ではなかった。
 まるでふわふわとした雲の中のように、不確定で幻想的な場所。
「ここは…?」
 景色に変化が無く、目で見るならば視力の弱いセレスティにはただ一面が輝く白にしか見えない。
「もしかして…」
 同じように目を覚ましたシュラインは、とうとうミイラ取りがミイラになってしまったのではないかと、頭の端で考える。
「見つけたみたいだな」
 いや、見つけられたというべきか。
 視線を上げれば妙に慣れた顔つきで草間が光の先を見つめている。
 その視線につられるように顔を向ければ、嬉しそうな微笑を浮かべた少女が、青年と抱き合っていた。
 手を取り合うように二人は上に昇っていく。
 ふと、少女と青年の足取りが止まり、視線が三人に注がれる。
 少女の口元が動いた気がした。

―――ありがとう
―――そして、ごめんなさい。
――― 一人で行くのは寂しかったの。

 終わりよければ、その行動の善し悪しを問うのは野暮というもの。
「草間さんのお仕事は困った人を助ける事ですから」
 ね? と、セレスティは微笑み、草間は肩をすくめるように笑い、
「良い旅を」
 シュラインは、昇り行く光に向かって笑顔で手を振った。



























「シュラインさん!」
 シュラインは自分の名を呼ぶ声に、ゆっくりと瞳を開ける。
「零…ちゃん?」
 顔を上げれば、今にも泣きそうな零の顔がシュラインを覗きこんでいた。
「シュラインさんまで起きなかったらって思ったら、私…!」
 胸にすがり付いて顔を埋める零の頭を、シュラインは優しく撫でた。
 やはり草間が倒れた場所へ行くという事で、調査をするのならば多少の時間はかかることは分かっていたが、やはり心配になり迎えに着てみれば、三人が自販機の前で倒れていたのだという。
 興信所に戻り、草間は吸い損ねた煙草を吸い、零は草間が倒れた事で頓挫していた掃除を開始し、シュラインはお茶を淹れ、セレスティは取り寄せたお菓子を机に並べた。
 そして、シュラインがお盆を持ってキッチンから事務所へと戻って来たのを感じ、
「人騒がせなだけの少女で良かったと言うべきでしょうか」
「そうね。大事にならずにすんでよかったわ」
 興信所には沢山の人が出入りする。
 もし、大勢の人が偶然興信所に訪れていた際に草間が倒れるなどという事になっていたら、下手をすれば大事になりすぎて、解決するものも解決に至らなかったかもしれない。
「でも、武彦さんが……」
 連れて行かれなくて良かった。
 その言葉は、実際の声にはならなかったけれど、視線を見ればセレスティには予想がついた。
「ん? どうかしたか?」
 やはり、気がついていないのは草間のみ。
 シュラインはパタパタとキッチンへかけていき、
「いいえ」
 代わりにセレスティの清々しいまでの笑顔が草間を迎えた。


































 あなたがいれば、どこまでも行けるの
 それが誰かの夢の中だとしても
 だから、いつまでも一緒にいて―――




















fin.




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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 SPUTNIKにご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 かなりご無沙汰振りの東京怪談ノベルだったのですが、結局どこの世界観でもそうさして大差ないのだと痛感しました。
 そして、今回のお話は過程が重要で結果は結構あっけないという話でした。
 過程の部分でやきもきとした気持ちを味わっていただければ幸いです。
 いや、幸いという言葉はふさわしくないですが……
 
 お久しぶりでございます。今回、反映させられなかったプレイングが多く、本当に申し訳ありませんでした。
 今回のお話はシュライン様の草間氏に対する想いのお話のようにも思えてきます。
 それではまた、シュライン様に出会える事を祈って……