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<東京怪談ノベル(シングル)>


『禁断の七番目』


 神聖都学園七不思議七番目は永久欠番。
 校長だけが知る物語とする。
 校長はただひとりそれを継承するものとして他者にそれを教えてはならない。
 またこれを使ってはならない。
 校長職から辞した場合は速やかにそれを忘れなければならない。
 これを神聖都学園校長職の正式な職務として全うせねばならない。



 +++


 その日、影沼ヒミコは現国の授業を受けていた。
 とても身勝手な男が自分の好いた女を自分の手に入れるために友人に嘘を吐き、結果友人を自殺させ、友人に嘘を吐いてまで手に入れた妻を残して自殺する話である。
 ヒミコはこの主人公の身勝手さや、友人の間違ったロマチズム、さらにはこの年代の作家に多く見られる鬱々的な身勝手さに辟易とし、ただただ馬鹿で身勝手な男たちに振り回された女性の事を哀れに想いながら窓の外を見ていた。
 10月の最初、学園祭の準備でまだ学園内がとても騒がしい落ち着かない雰囲気に包まれていた頃に行われた席替えで、ヒミコがクッキーの缶から引いたクジに書かれていた席は窓際の前から三番目というとても幸運な席であった。
 夏場の窓際は本当に暑く、また窓から飛び込んでくる太陽の光りに含まれる紫外線にもものすごく気を遣わなくてはいけなくってひどく最低な席だが、この時期からの窓際前から三番目の席は暖かくって最高だ。
 秋の温かい日差しを浴びながら、どこか縁側の猫のように目を細め、外を眺めていたヒミコはこの物語の女性や、昨夜読んだ『ヴィヨンの妻』に出てきた妻、そしてそこから平安の世を生きた貴族の女性たちがその高い感受性を持って描いた恋物語などに想いを馳せていた。
 今ちょっと、ヒミコの中ではそういう文学ブームが流行っているのだ。
 しかしそんな縁側の猫のようなヒミコの幸せな時間は、中庭を挟んで向こう側にある情報棟の屋上から落ちてきたモノを目撃してしまった事で、唐突に終了させられてしまった。
「    」ヒミコは声を失ってしまった。
 そして他にもそれを目撃してしまったのであろうクラスメイトが、ヒミコの思考が再び動き出したのと同じ頃に悲鳴をあげた。
 悲鳴、という声によって目撃者たちの恐怖は一瞬で教室に居る全員に感染した。
 教師が騒がないように注意し、それを目撃してしまったのであろう男子生徒が、誰かが飛び降りたんだよ、馬鹿野朗、などと教師に興奮して暴言を吐いている。
 このヒミコの居る校舎内全体が浮き足立つような恐怖に一瞬で感染したのをヒミコはその霊感能力を有する感性で一瞬で理解した。
 そしてそれはあともう数分もすればこの学園全体に感染するのだろう。
 そう、誰かが屋上から、飛び降りたのだ。
 果たしてそれは、自殺か?
 ―――他殺か?
 ヒミコはその薄く形の良い唇をわずかに動かす。
「決まっているわ。これは、他殺よ。霊現象によるね」
 そう。彼女は感じていた。凄まじく暗い霊気…否、妖気を。
 そして、確かに落ちていく彼女はその一瞬、ヒミコと目を合わせて、唇を動かしたのだ。
 ――――――たすけて、と。


 ――――――――――――――――――
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【T】


 くすり、と思わずデルフェスは笑ってしまった。
 だって、本当にこの方は変わっていない、と、彼女はそう懐かしく思ったから。
 それはとてもくすぐったいような歓びだった。
 懐かしさをふんだんに含んだ喜びだった。
 とても嬉しかった。
 幸せだった。
 懐かしかった。
 昔に戻ってしまったようだった。
 真銀であるこの身体にだけど仄かに灯る温もりをデルフェスは確かに感じていた。
 それをそっと掻き消してしまわぬように両手で包み込むようにデルフェスは赤毛のツインテールの女の子に微笑んだ。
 唇をアヒル口にしていたその娘は今度はさらに頬まで膨らませていた。デルフェスが笑ったからだ。
 ――――本当にこの方はお変わりない。
 そう、それがデルフェスには幸せのあまりに微笑んでしまうぐらいに嬉しかったのだ。
 さらりと艶やかな動きで黒色の前髪を揺らしながらデルフェスは小首を傾げた。本当に優しく。余裕のある母親が拗ねた娘にそうするように。
 事の発端はいつものように前世でデルフェスが守り抜いた娘がアンティークショップ・レンに遊びに来た事で始まった。
 彼女は自分よりもデルフェスに構われる新しい店員(とはいえ、この娘は人ではなくアイテムであるのだが)であるオリザに妬きもちを焼いてしまったのだ。
 それで少し態度が悪くなって、それをデルフェスにやんわりと諭されて、唇を尖らせてしまった。
 笑われて、頬を膨らませてしまった。
 もちろん彼女は前世の記憶を持ち合わせてはいない。
 デルフェスも彼女に前世の彼女と自分との事を聞かせてはいなかった。
 この時代を生きる彼女として二人は親友だったのだ。
 彼女は前世の彼女と同じくらい、いや、寧ろ前世でとても哀しい別れをしてしまったからこそデルフェスが大好きだった。
 だから例えそれがアイテムでもデルフェスを自分から取り上げるような彼女は敵。
 大嫌いだった。
 そんな彼女の事を誰よりも理解しているのがデルフェスだった。
 ―――ああ、本当にこの方は何も変わってはいられない。前(前世)では確か仔猫に妬きもちを焼かれていましたわよね。
 デルフェスは本当に懐かしい感覚をこの目の前の娘から感じた。
 だからデルフェスは何も言わず、ただただたおやかに微笑んで小首を傾げて見せたのだ。
 前の彼女はこの表情にとても弱かった。
 そう。彼女がいつもつまらない事でへそを曲げたり、
 今回のように何かに妬きもちを焼いて拗ねるたびに、
 デルフェスはこうやって小首を傾げて、娘を見据えてやった。
 前の彼女は最初こそじぃっと睨みかえしたがすぐに目を逸らして、それから唇を舐めて、謝ったものだ。
 そしてこの今の娘もそれは変わりないようで赤い前髪の奥で両目を逸らして、それから唇を舐めて、
「ふーんだ、デルフェスさんなんか大好きだ!」
 と、言ってツインテールを揺らしながらそっぽを向いた。
 デルフェスはそんな彼女に呆気に取られて目を丸くした。
 本当に幼い。すごく幼さを感じた。大切なデルフェスを取られるのが嫌で、でもそのせいで自分がデルフェスに嫌われるのがもっと嫌で、だから拗ねた態度を取りながらもあんな悪態と好意の言葉を口にして。
 本当に幼い。
 そしてだからこそ愛おしいと思う。
 デルフェスはくすりと笑う。
「まあ、なんという淑女の嗜みに欠けた態度なのでしょう。これはおしおきが必要ですわね」
 そう言うが早いかデルフェスの両手がそっぽを向く彼女の顔をそっと包み込んで、それからびくりと仔猫のように震えた彼女の顔をこちらに向かせ、そして、
「両目を閉じてください。さあ、お早く」
 彼女に両目を閉じさせると、あらかじめ彼女が来る事がわかっていたから用意しておいたデルフェスお手製のアップルパイをナイフとフォークで一口サイズに切り分けて、目を閉じている彼女の口にアップルパイの欠片を運んでやった。
 彼女のアーモンド形の眼が見開いた様子はすごくかわいいと思った。
「美味しい」
 感動したようにそう言う彼女にデルフェスは、
「良かったです」
 と、本当に嬉しそうに言った。
 そう言うデルフェスの顔は本当に優しく、そしてそれは実は前の彼女とデルフェスとの想い出の味だった。



 +++


 成人式の日のあたしへ。
 どう、あたし?
 あたしは何をしていますか?
 笑っていますか?
 元気でやっていますか?
 綺麗に成長していますか?
 希望としてはデルフェスさんみたいに綺麗になっていて、それで胸もあれぐらい成長していると嬉しいんだけど。うーん、贅沢は言わないわ。Cカップぐらいで手を打っておくからどう?
 ここまで読んでくすりと笑ってくれているのかしら? 叶ったよ♪ って。だと良いなー。
 苦笑を浮かべてたら………それは嫌だなぁー。
 っていうか、あたし、生きてこれを読んでいるよね?(^―^;
 あー、で、デルフェスさんとはまだ仲良くやっていますか?
 それを希望します。
 うん、希望します。
 今日はちょっと、新しい店員の娘(えっと、なんか複雑な事情があるみたいだけど)の事でデルフェスさんにかわいくない事をしちゃったから、だからこれからが心配………。(―_―;
 あー、うん、わかっている。あたしが子どもなんだって。
 でもあたしはまだ小学生なんだ、っていうあたしの言い分も二十歳のあたしはもちろん、わかってくれるわよね?
 うーん、あのね、デルフェスさんの事は好きよ。
 それはこれを読んでいるあたしも一緒でしょ?
 でもちょっと、時折デルフェスさん、あたしにもちゃんとした歳以上の女の子としての礼儀とか嗜みとかを求めてくるんだよね。苦笑いを浮かべちゃうよ。うん。そこは、ね。
 だけどさ、上手いなー、と思うのはそうやってあたしに苦虫噛み潰したような表情を浮かべさせるくせに要所要所ではすごく優しくしてくれて、今日だってそうだった。すごく美味しかったよ、アップルパイ。そこのところ家のお母さんやお姉ちゃんにも見習ってもらいたいよね、本当にさ。(笑い
 あの娘にそんな風に接しているみたいだね。今日見てて思った。だから嫉妬しちゃったんだよね。あーぁ。
 そういうの、あたしだけにしてもらいたいなー、って。わがままかな? にゃぁー。
 いかん。いかん。わがままからネコを連想しちゃった。
 でも本当に不思議。デルフェスさんって。
 あたしたち、どんな糸で繋がっているんだろう? ってすごく考える。
 お母さんやお姉ちゃんとも違う縁を感じるんだよね。
 あ、2枚目に続きまーす♪



 +++


 それはアイテムだった。
 【白銀の姫】内で作られた【魔力の結晶人形】というアイテムだった。
 持ち主となる人物たちは主という存在であると処理し、以降その命令が絶対であるようになるようにそれはプログラミングされていた。
 それは絶対実行せねばいけない最優先事項ルーチン。
 たとえ自壊しろ、と言われてもそれが主の命令であるのであれば自壊を選ぶようにそれはなっている。
 それが主の命令を実行するために存在するそれのあり方であったのだから。
 しかし新しい主 鹿沼デルフェスはそれにお友達になりたいと言った。
 お友達………
 お友達………
 お友達………
 それをそれは上手く処理できなかった。
 それの中にはその理念を把握する回路と容量はあるが、
 提示されたお友達になるという条件をそれ自身が主 鹿沼デルフェスに対して完全に履行するにはそれを可能とするプログラムが足りなさ過ぎるように感じられた。
 つまりそれはそのようにはできてはいなかったのである。
 しかしそれは主…友達であるデルフェスの言う事を実行せねばならぬ義務があった。
 だから実行する。
 EROR――――
 EROR――――
 EROR――――
 EROR――――
 しかしエラーが続くに従ってそれの中にある作業ルーチンに齟齬が見られるようになった。
 それはいけないとそれの思考を司る機関が計算を弾き出した。
 OS内に生まれたそれを消去、もしくは隔離しようとした。
 それはアイテム。
 道具。
 バグは主たるデルフェスへの危険に繋がる。
 しかし、しかし、しかし、それはそのバグを消去も隔離も――――――。
 そしてそれはいつの間にかあのツインテールの彼女の顔ばかりを見るようになっていた。
 EROR――――
 EROR――――
 EROR――――
 それは、壊れてしまった。
 それのOSにはバグが生じた。
 ピィー。
 ――――――EROR



 +++


 わたくしは【白銀の姫】で知り合った彼女を【魔力の結晶人形】というただのアイテムとしては見たくはありませんでした。
 あの時、彼女にそう告げたようにわたくしはお友達として彼女に接したかったのです。
 ですからアイテム【魔力の結晶人形】というアイテム名は嫌でしたから、彼女に登録してある機体名を書き換えてもらいました。オリザと。
 そしてわたくしはオリザに【魔力の結晶人形】というアイテムとしてのあり方ではなく、オリザとしてのあり方を望んだのです。
 インストールしてあるOSに従った存在の仕方ではなく、オリザのオリザらしいオリザでなくてはできない存在の仕方、生き方を望んだのです。
 そう。ミスリルゴーレムであるわたくしがミスリルゴーレムではなく鹿沼デルフェスとして存在しておりますように。
 創造主様によって錬成され、そしてあの娘と出会い、あの娘と生きて、別れ、そうしてここアンティークショップ・レンに来て、生まれ変わったあの娘やオリザ、たくさんの人たちと出会い、たくさんの想い出を作れたようにオリザにもそうあれるように願ったのです。
 わたくしはわたくしが幸せだと知っています。
 わたくしにはたくさんの想い出があります。
 わたくしにはたくさんの大切な人たちが居ます。
 このミスリルゴーレムであるわたくしでもそれだけの物を得られたのだからアイテム【魔力の結晶人形】として造られたオリザにも同じ様に幸せになって、たくさんの想い出を作ってもらいたいとそう願ったのです。
 ですからわたくしは、わたくしが知りうる限りの事をオリザに教えよう(インプット)しようと想いました。
 淑女としての嗜みや礼儀作法、教養を彼女に覚えてもらいたいと思ったのです。
 そう。まずはそこから。
 焦らずに時間をかけて、わたくしはアイテム【魔力の結晶人形】からオリザになっていただこうと思ったのです。
 この世界にただひとり存在するオリザに。
 そのための知っていて当然の事柄から深い知識まで。
 わたくしの知識がこのアンティークショップ・レンで役立っているようにいつかわたくしが教えた事もオリザを助ける事になりましょうから。
 そしてそれが必ずや幸せを彼女に運んでくれるとわたくしは信じております。
「いいですか、オリザ。まずは挨拶です。早朝から9時頃まではおはようございます。9時から17時頃まではこんにちは。それ以降から早朝まではこんばんは」
「早朝から9時頃まではおはようございます。9時から17時頃まではこんにちは。それ以降から早朝まではこんばんは」
「そうです。そして淑女の嗜みとしてお辞儀をする時はこうしてスカートの裾をわずかにあげて………これ、オリザ。スカートの裾を上げすぎです。それでは下着が………見えてしまうではありませんか…。もう」
「?」
「ナイフとフォークの使い方はこうです。そして食事の仕方は――――」
 このようにわたくしは日常の礼儀作法を彼女に教えました。
 最初こそはぎこちなかった彼女の動作も最近では淑女らしいたおやかで繊細な仕草となってきてだいぶ見られるようになってきました。
 あと少しで仕草や日常の行動、常識はどこへ出しても恥ずかしくない淑女となることでしょう。
「では、Lesson1の復習はここまでにして、今日からLesson2へと移行いたしましょう」
「はい、デルフェス様」
「Lesson2は知識です。ここ、アンティークショップ・レンにある商品でまずはお勉強いたしましょう。そしてお客様が着たらそのお勉強した事を生かして接客です」
「はい、デルフェス様」
「ふむ。ではそうですね、どの子の事から学びましょうか………」
 わたくしは頬に片手をあてながら店の品々を見回しました。
 そして一つの子に目を留めたのです。
「ではこの、ビスクドールと呼ばれるアンティークドールの事から学びましょう」
 わたくしはひとつひとつ丁寧に教えました。
 わたくしの教え方はあの娘に言わせれば少々厳しいと言う事で(そう言えば前世でもあの娘はわたくしの錬金術の講義を厳しいと言っていましたね)、少しばかりオリザにも同情しているようでしたが、ですがわたくしは自分の教え方を変えようとは想いませんでした。
 理性の無い教育は教育ではありません。
 愛情だけではダメなのです。
 いえ、愛情も必要です。
 でも愛情だけでは良き教育とは言えません。
 愛情と理性、この二つの物が揃ってこそはじめて教育とは良き教育となるのです。
 わたくしはその考えの下に3人の娘に接するのです。
 そうして今日はとうとうLesson2の実施試験という事でオリザに実際に接客業務に着いてもらう事にしたのです。
 オリザにはまだ感情とはプログラム上の物でしかない、というアイテム【魔力の結晶人形】という理論しかありませんようですから緊張などは見えませんが、
 わたくしはドキドキでした。
 前世でのあの娘の錬金術師になるための才能があるかどうかを見極める試験の時の事を思い出します。
 あの時には奥様はわたくしの事を母親のようだ、とお笑いになりましたが、
 やはり今回のこのわたくしのドキドキも母親のそれと同じという事になるのでしょうか?
 本当にドキドキです。
 カラーン、とお店の扉が開きました。
 そして品の良い婦人が入ってきました。
 わらくしはお店の奥の角からそっと顔だけを覗かせています。
 お店のカウンターにはオリザが。
「さあ、オリザ。接客を、接客をしてください」
 わたくしは祈りました。
 とことことオリザは彼女の方へと歩いていきます。
「いらっしゃいませ、奥様」
 ふわり、とオリザはスカートの裾を上品に上げてお辞儀をしました。
 その仕草は合格です。
 ただ、やはり感情がまだプログラム上の物でしかない彼女の口調は一定のトーンの物です。
 しかし婦人にそれを咎めるような様子は有りませんでした。
「お人形が欲しくって寄らせていただいたのよ」
 お人形、と聞いてわたくしの胸がどきりとしました。
 それはLesson2初日に学んだ事です。そして数ある商品の中でも一番に彼女が興味を示したものでした。
 やれますでしょうか?
 本当にドキドキです。
「では奥様、この子などはいかがでしょうか? ビスクドールと言われているこのアンティークドールは19世紀のはじめにフランスで生まれたビスキュイと呼ばれる2度焼きの製法を用いた陶磁器の頭部と、間接などが自在に動くコンポジションボディ、手縫いの素敵なドレスなど当時の職人技を結晶させた素晴らしい芸術作品なのです。いかがでしょう、当時の人形作家たちが精魂込めて作ったこのお人形を奥様の新しいご家族としてお迎えしてみませんか?」
「そうね、この子にさせていただこうかしら? でもお手入れはどうすればいいのかしら?」
「お手入れの方も簡単です。お洋服の汚れは、手洗いかドライクリーニングでして下さい。お顔や手足の汚れは消しゴムで消すか、中性洗剤を含ませたガーゼや柔らかな布などでふき取ってくだされば大丈夫です。立てロールがゆるくなりましたら、カーラーで巻いて数日置きます。付属品のソバージュやウェーブの髪は目の粗い櫛をご使用ください。今ご説明したお手入れの方法はわたくしが書いたメモをお人形と一緒に箱に入れておきますのでご安心ください。また何か問題が起きましたらお気軽にこちらの方にお寄りください。当方で責任を持って、お手入れさせていただきます。奥様がそのお人形を大切にしてくださります事がわたくしたちの幸せですから」
 やはりオリザのアイテム【魔力の結晶人形】という性質上、口調は一定のトーンの物となってしまいますが、でも、最後の台詞はわたくしが教えた物ではありませんでした。
 そしてわたくしはそれをとても嬉しく思うのです。
 ですからわたくしは、最後までちゃんと婦人を見送れたオリザを抱きしめました。
 とてもわたくしは愛おしいと思ったのです。
 今はまだ確かにアイテム【魔力の結晶人形】でしかないと想います。
 ですが必ずやきっと未来においては――――
 そしてからーん、とまたお店の扉の鐘が鳴って、
 入ってこられたのはオリザを抱きしめているわたくしを見て頬を膨らませるあの子と、それから、
「まあ、ヒミコ様」
 影沼ヒミコ様でした。



【U】


「つまりその自殺事件の真相を究明したい、と、そう言うことですか?」
 ヒミコ様の目が悲しげに細められたのはおそらくはわたくしが眉根を寄せたからでしょう。
 しかしそれはいたし方の無い事だと思うのです。
 なぜならこの件はただの自殺、という事では無いのですから。
「わかっておいでですか、ヒミコ様。これがどれほどに危険な事なのか?」
「はい。わかっています。でも彼女は私に言ったんです。助けて、と。だけど私には彼女は助けられませんでした。だからせめて彼女が自殺しなければならなかったこの件を私が解決したいと望むのです」
「それは、確かにとても尊い心です。わたくしは素直にそのヒミコ様の感情が素晴らしいと申しましょう。ですがもしもここでわたくしが止めないで、そしてだからヒミコ様が傷ついてしまう事があったら、お命を失うような事にでもなれば一体どうしましょう? ヒミコ様はヒミコ様しかいらっしゃらないのです。ですからわたくしはヒミコ様がこの件に関わる事を止めなければと思うのです」
 わたくしのそう言う言葉にもしかしヒミコ様は反論はしませんでした。
 ただきゅっと下唇を引き結ぶだけで。
 頑ななその心はヒミコ様だからこそしかしわたくしの言葉をそれでも聞き入れて、そこにあるわたくしの感情を吟味する強さと広さがあるのでしょう。
 そう、だからこそわたくしはこの方を尊敬も致しますし、また、そのようである心を持つからこそ普通の感受性の人たちよりもきっと傷つく事が多いのであろうこの方を不憫にも思うのです。
 ならばわたくしが、この次にヒミコ様に言うべき言葉はそう、決まっていました。
 頑なにきゅっと唇を結ぶヒミコ様にわたくしは氷解するような笑みを浮かべるのです。
「しかし、もしもここでヒミコ様をお止めたとして、それでヒミコ様の心が完全に無事か、と言えば違うのですよね。わたくしがここでヒミコ様をお止めする事で、それによりヒミコ様の心に大きな傷をつけてしまう事になる。そしてヒミコ様はこれから一生その傷の痛みを抱えて生きていかなければならなくなる。それはわたくしが望む事ではありません。ならばどうすれば良いのでしょうか? いえ、答えは一つなのです。それはヒミコ様が無事にこの件を解決する事なのでしょう。だからわたくしはその万全たる運命の結果を迎えるための労力は惜しみなく厭う事をせずにいたしましょう。それがわたくしがその万全たる結果を得るために運命へと払う対価といたしましょう」
 錬金術とは等価交換が基本原則。
 そしてだからわたくしはヒミコさんの心と身を守るべくわたくしがこの件に関わり、ヒミコさんを守ると決めたのです。
 それをわたくしが運命に差し出す対価とします。
 わたくしが望む結果を運命から頂くために。
 微笑むわたくしにヒミコ様は頭を下げられました。
「あの、ごめんなさい。デルフェスさん。ご無理を言って。でも、私………私がやらなくっちゃ、って思って、それでデルフェスさんならきっとこの私の気持ちもわかってくださる、って…そうずるい事を…………あの、私、本当に………ずるい子なんです………」
 泣き出す寸前の声でそう言って、俯くヒミコさんの事をわたくしはとても眩しいと想いました。
 本当にその健気で純粋な想いを尊いと思ったのです。
 だからこそわたくしは本心からこの方をお守りしたいと想いました。
 本当にそのための労力など厭う事は無いと想いました。
「大丈夫です。ヒミコ様の事はわかっております。ですからどうぞ、ありがとう、と、そう仰ってください。わたくしはそれをヒミコ様にただただ願います。ヒミコ様がわたくしにかけてくださるお言葉は本当にそれだけなのですよ」
 泣き出してしまったヒミコ様の涙をそっとわたくしの指で拭いながらわたくしは想いました。
 そしてこれはまたオリザにも願う事なのだと。
 アイテム【魔力の結晶人形】とでしか自分を見られない彼女にもわたくしの姿を見てただ使われるだけのアイテムなどではなく自分の手でこそできる事があるのだ、と、そう感じてもらいたかったのです。
 だからわたくしはこの件の解決に乗り出しましょう。
 大切な人たちの心を守るべく。
 そう、守ることこそがわたくしの戦いなのですから。



 +++


 わたくしたちは神聖都学園に参りました。
 でも、そ、その、わ、わたくしの格好には触れないでくださいまし。
「あ、あの、ヒミコ様」
 わたくしは無駄だと知りつつもヒミコ様に問います。
「その、この変装は必要なのでしょうか?」
「もちろんです」
 笑顔で言われてしまいました。………。
 そう。わたくしは神聖都学園の女子の制服を着ているのです。ヒミコ様が用意してくださいました。
 で、でも恥ずかしいです。…………。
「あ、あの、ヒミコ様。ですが少々スカートが短すぎます。は、はしたないです………」
「ダメです、デルフェスさん。今時の女の子はそれぐらいの短さが常識ですよ。それにデルフェスさんの美脚ならば男の子も喜びます」
「で、でもこんなに短かったら、そ、その階段を上るときに………」
 ―――見えてしまいます。………。
「ああ。いいですか? 階段を上るときはこうやって鞄でさりげなく隠すんです。こうです」
「こ、こうですか?」
「そう。こうです」
「あ、そのやっぱりわたくしは普段の服装を」
「だ・め・で・す・よ♪ あ、ちなみにいいですか、デルフェスさん。スカートの下のスパッツとジャージは邪道ですからね。女の子はお洒落にいつも真摯でいるべきです」
「ぁぅ」
 結局わたくしはヒミコ様に押し切られる形で制服を着て神聖都学園へ到着しました。
 し、しかし男子生徒や、女子生徒までもがわたくしを見てきます。
 そ、そのわたくしの格好がやっぱりおかしいのでしょうか?
 スカートが短すぎるとか。
 あう………。
「ヒ、ヒミコ様。やはりわたくしのこの格好が」
「違います。皆、デルフェスさんのような美少女がこの学園にいたっけ? って驚いていたり、見惚れていたりするんですよ」
「え、そんな………ヒミコ様。…………」
 は、恥ずかしいです。
 俯いてしまったわたくしにヒミコ様がかわいいですよ、とお囁きになられました。
 そんな風にしてわたくしたちは神聖都学園に入ったのです。
 昨日飛び降り自殺があった校舎の屋上は立ち入り禁止となっていました。
 また他の校舎の屋上も同じ様に。
「その判断は正しいでしょう。こういう時に怖いのは連鎖ですから。それにこれはただの自殺ではありませんですし」
 確かに例の屋上には妖気の残滓がありました。
 何らかの怪異が絡んでいるのでしょうか?
 でも一体何の怪異が?
 …………。
「これは万全ではありませんわね。とにかくヒミコ様。一旦どこかで考えをまとめましょう」
「そうですね。では、私たちの部室に」
 そういう事でわたしたちは怪奇探検クラブの部室へと移動しました。
 そしてわたくしたち三人はホワイトボードの前で椅子に座り、今回の事件について考えるのです。
「被害者という事でいいですよね。被害者は昨日14時に情報棟屋上から飛び降りました。即死だったそうです。警察はいじめとの因果関係を疑い、今日の午前中は警察による聞き込みが生徒たちに行われました」
 これが怪異絡みだったとしてもその情報は軽んじることはできません。被害者が被疑者という事も有るのです。
 わたくしの視線にヒミコ様は頷かれました。
「いじめは見られませんでした。私も彼女を知っています。でも彼女はそういう人間ではありませんでした」
「では怪異絡みという事を踏まえた上で質問しますが、その方はそういう事に興味を持たれる方だったのですか?」
「いえ、それも。彼女はすごい怖いがりでした。学園祭で上演されたホラー映画もすごく怖がって、最初から見ないほどでしたから。ですから彼女が自分から何らかの怪異に接触を持ったとかそういう事は無いと思います」
「なるほど。ご自分から怪異事件に関わる事も無かったのでしたら、これは、わかりませんわね」
「本当に彼女は怖がりで、そして誰かに敵意を持たれる事も無かったんです。なのにどうして………」
 しかしわたくしはヒミコ様のその呟きに首を横に振りました。
「いえ、そういう事もありません。人が他人を嫌う事には理由は要りませんから」
「デルフェスさん」
「これが怪異絡みだからとはいえ、怪異を使った上での殺人では無い、とは言い切れないのです。ですからヒミコ様もくれぐれも」
「はい」
「ですがこうなってくると被害者の方の事を詳しく知らねばなりませんね。最近の彼女の動向を詳しく知っておられる方はいらっしゃらないのですか?」
「ええ、居ます。ただ、今朝から警察に事情とかを聞かれているはずだから大丈夫かな? 一応連絡を取ってみます」
 そう言いながらヒミコ様は携帯電話を取り出され、それでそのお方と連絡をお取になり、そしてしばらくしてひとりの女子生徒が怪奇探検クラブの部室に来られました。



「あの、その子は?」
 その子、という彼女のご意見には少々複雑です。
 いえ、白状します。嬉しいです。
「この娘は鹿沼デルフェスさん。我が怪奇探検クラブの名誉顧問よ」
「そう。あの、それで、彼女の事なんだけど」
「うん」
 そして彼女は情報棟の屋上から飛び降りた被害者の事を語り出しました。
 最近の彼女の動向の全てをわたくしたちに教えてくださったのです。
 ですがその教えてくださった事の中には今回のこの件に関わるような重要な事は何もありませんでした。
「手詰まり、と言う他にはありませんわね」
 しかし気になる事も。
 このお方、朝から警察に何度も説明しているからとは言え、それでもあまりにもこのお方の説明はまるで前もって用意しておいた原稿をお読みになられているように感じられました。
 この感覚は果たしてわたくしの考えすぎでしょうか?
 目の前のずっと怯えきって神経質そうに髪を弄いながら喋る彼女の様子は本当に演技をしているようには見えないのですが。
 …………。
 さて、本当に――――何がどうなっているのでしょうか?



 怪奇探検クラブの部室の扉がノックされました。
 わたくしはヒミコ様と顔を合わせ、それから頷きあって、ヒミコ様が扉を開けられました。
「校長先生」
 ヒミコ様が校長と呼ばれたその方はわたくしたちをじろりと見回した後にヒミコ様がお呼びになられた方を睨み据えると、
「来なさい」
 と言いました。
 それは命令でした。
「私にも聞かせてもらいたい事がある」
「はい」
 わたくしは見逃しませんでした。
 そう頷いた彼女が薄っすらと冷たく微笑んだのを。
 がしゃん、と彼女は机の上の筆記用具を落とされました。
 わたくしはしゃがみこんでその落ちた筆記用具を拾おうとして、
 そして同じ様にしゃがみこまれた彼女も落ちた筆記用具を拾おうとなされて、
 そう見せかけて彼女はわたくしに囁かれたのです。
「学園七不思議の七番目」
 そして彼女は出て行かれました。
 しかし学園七不思議の七番目とは?
 わたくしが口にしたその事を聞いたヒミコ様は軽く握られた拳を口元に当てられました。
 そして彼女が語ったのはわたくしを戦慄させる事だったのです。
「学園七不思議七番目は欠番だと言われています。ですが七番目は実在し、またそれを管理するのは校長だと言われているんです」
「校長だけが知る七不思議七番目」
 わたくしたちは顔を合わせました。
 尋常ではありません。
 七不思議七番目を管理する校長。
 そして彼に呼ばれた彼女は自殺した親友の事を調べるわたくしたちにそれを囁いた。
 やはり、わたくしが感じた感覚は間違いではなかったのです。
 彼女は校長と被害者の間にあった何かを知っていた。
 そして十中八九校長が彼女を殺したのだと感づいていた。
 その方法が学園七不思議七番目に由来する事?
 だけどそんな事を周りの人間に言っても信じてもらえる訳が無いと彼女は考えられた。
 だから彼女は自分の手で仇を取ろうとした。していらっしゃる。
「万全ではありませんわね。無謀もいいところですわ」
「でもまだ真相がこの推理通りだとはわかりませんよね」
「ええ。ここはあのお方のお力をお借りしましょう」
 わたくしは怪奇探偵と名を馳せる彼に携帯電話で連絡を取り、校長の身辺調査の依頼を彼にしたのですが、しかし彼はその校長の名前を聞き、驚いた声を出したのです。
 彼の話に寄れば彼はここ最近東京で起こっている連続した自殺の事を調べていたそうなのです。
 自殺。一見すればそれはただ東京という街での負の面の一角でしかなく、珍しい事では無いと言い切れてしまう事が哀しいのですが、ここ最近では多かったのです。
 しかしその自殺の中の数件に類似性がある事が判明したのです。
 それを解明したのはとあるジャーナリストでしたが、しかしそのジャーナリストもまた自殺したそうなのです。
 そのジャーナリストが最後に会ったのが校長であり、また類似性があると判断された自殺者たち―――数名の少女ともまた校長は関係があったのです。
 そしてその中には情報棟から飛び降りた彼女も含まれていました。
 校長は完全なる黒で、そしてこの学園の校長が管理するというその七番目こそがこの異常事態を起こしている事でまず間違いないでしょう。
「万全はありません。彼女が危ないですわ、ヒミコ様」
「はい。デルフェスさん。すぐに校長室に向かいましょう」



 そしてわたくしたちは怪奇探検クラブの部室から飛び出しました。
 その時にわたくしたちは廊下の窓から見たのです。
 向かいの校舎の屋上に居る彼女と校長を。
 万全ではありません。
 早く行かなければ彼女もまた屋上から―――――




 わたくしたちは走りました。
 スカートがもう短いとか、はしたない、などと言っている場合ではありません。
 そしてわたくしたちは屋上に。
 校長は彼女の上に乗り、彼女の首を両手で絞めていました。
「おやめなさい」
 わたくしがそう告げると、校長はわたくしたちを見て、そして、
 おもむろにおそらくは彼の負けだと言ったのであろう彼女の上からどいたかと思うと屋上の縁のフェンスへと走りました。
 フェンスはわたくしの腰ぐらいまでの高さしかないはずです。
 そのフェンスを彼は飛び越えました。
 そんなにもあっさりと彼はこの4階建ての校舎の屋上から飛び降りたのです。
 なんと浅はかで、命を軽んじた行為でしょうか?
 ですからわたくしはこの彼の右手の手首を掴んだ手を決して離さないと決めたのです。
「あなたをここで死なせる訳にはいきません。自殺した少女たちの為に、あなたの悪事を告発しようとして殺されたジャーナリスト様の為に。そして友人の為にあなたを追い詰め、仇を取ろうとした彼女の為にも」
 ――――しかし、わたくしはそこまで言って、
 それがまるで検討外れだった事を知ったのです。
 校長の意識の無い顔を見て。
 そして校長にまとわりつく黒い靄(まるで死を具現化したような物)を見て。
 ああ、なんという事でしょうか?
 この彼もまた………ひょっとして―――――
 わたくしは背後を振り返りました。
 わたくしが校長を、
 そして彼女の介抱はヒミコさんとオリザに任せたのです。
 しかし、
「ああ、ヒミコ様………」
「デルフェスさん………」
 ヒミコ様はとても邪悪な笑みを浮かべる彼女に羽交い絞めにされて、そして首筋にバタフライナイフの刃を当てられていました。
 まるでわたくしに見せ付けるようにヒミコ様の白い首を飾るルビーのように血の珠が浮かぶのです。
「おやめください。ヒミコ様をお放しください」
「だーめ。この子も、私の赤ちゃんのご飯」
 そう言ってくすくすと笑う彼女はどこか気高くもありました。
 その理由は彼女の言にあるのでしょう。
 赤ちゃん?
「それはどういう事ですか?」
「私のお腹の中にはね、赤ちゃんが居るの。誰の子かはわからないわ。私、売りをしていたから。家の両親ってさ、どうしようもないクズなの。育児放棄よ。育児放棄。わかる? ネグレクトよ。育児放棄をするようなクズな訳。私は本当に幼い頃から阻害されて生きてきたわ。周りの子達とは違う。この学校の授業料だって私は自分で払っている。売りでね。って、こういう事を言うとほんと、あなたのような顔をするわよね。売りなんて自分を粗末にして不幸にするような真似はやめろ、って。そこの男もそうよ。その男ね、私がここの生徒とは知りもしないで私を抱いたのよ? すごく下手糞で全然感じなかったけど、感じてるフリをしてあげたらすごく馬鹿みたいに喜んで興奮してさ。ほんと、滑稽だったわ。でも一番許せないのは私の状況を何も知らないで、知っててもどうせ何も出来なかったくせに、なのに私にやる前とやった後に教育者ぶって、偽善者ぶって、説教した事よ。その癖毎回私を指名して、私の身体を貪る。する度に説教をする。ああ、なんたるクズ。なんたる偽善者。ほんと、とんだ性職者よ。あーははははははは。でもね、私は妊娠したの。ヘマをしたとは思わなかったわ。がんばって生きている私に神様がご褒美をくれたと思った。だって私は誰にも愛されなかった。でもこの私の産む子なら、私の血肉を分けたこの子ならきっと私を愛してくれる。私を好きになってくれる。私の大切な大切な家族になってくれる。嬉しかったー。それでね、お金を得るためにその男を強請ったの。その男が一番腹立ってかたらね。校長室を訪ねた私を見た時のその男の顔は本当に傑作だったわ。いえ、このお腹の中にあなたの子どもが居るの。だから養育費ちょうだい♪ って言ってやった時の顔の方が見物だったかな? でもそいつ、私の赤ちゃんを殺そうとした。この学園の七不思議七番目。それは殺したい相手を自殺させる事ができる詩。数十年前に自殺した生徒が残した詩が魔力を帯びたそう。その詩が他の人間をまた自殺させる。それをこの男は私に使ってきた。私と私の赤ちゃんを殺そうとした。許せるものかぁー。そう、許せない。許せない。許せない。許せない。許せない!」
「ちょっとお待ちください。何故あなたは自殺しなかったのですか?」
「七番目の詩が作用したのが私じゃなくって私の赤ちゃんだったから。私の赤ちゃんは呪われて、でも私の中に居るから自殺できなくって、そういう空回りした呪いのパワーが私の赤ちゃんを能力者にした。私の赤ちゃんがね、テレパシーで私に聞かせてくれたの。全部。そして詩も。それからその詩で殺した人間の命が私の赤ちゃんの栄養ともなると。だから私はその男が抱いたデートクラブの女子高生ばかりを詩で殺したという訳。ああ、ジャーナリストはその男が殺したわ。そして一向に自殺しない私をジャーナリストに告発されそうになって初めて真相に気付いたその男が殺しに来た。それが事の顛末という訳」
「そういう事ですか」
「そう、そういう事よ」
 彼女はにこりと微笑みました。
 そして本当にとても母親らしい笑顔で言うのです。
「私の赤ちゃんがお腹が空いた、って言うの。だから早くそれの手を離して。私の赤ちゃんの栄養。じゃないと、このナイフを持つ手をこう、ヒミコちゃんの首に押し込んで、引いちゃうよ? 鹿沼デルフェスさん♪」
 わたくしは―――――


 その時、テレパシーでオリザが私に話しかけてきました。
『主よ、彼女を殺しますか?』
 

 眩暈を覚えました。


『ダメです、オリザ』


 そしてわたくしはだからこそこの場でわたくしが守り抜かねば、とそう思ったのです。


 だからわたくしは手を放しました。


「デルフェスさん!!!」
「あーははははははははははは。そうよ。それでいいのよ。私の赤ちゃん。私の大切な子。私のたったひとりの家族のための栄養」
 そして彼女はにこりと笑うと、
「でもあんなのが栄養じゃ、私の赤ちゃんがかわいそう。だからかわいいかわいいヒミコちゃん。私の赤ちゃんの栄養になって」
 そう言って、ヒミコ様の耳に唇を近づけて囁こうと、
 ―――――させはしません。
「んな??? こ、これは何よ? 何でヒミコが石に???」
「錬金術。それがわたくしの力」
「そ、そんな………。じゃ、じゃあ、あの男も!」
「はい。たとえこの高さから落ちたとしても、それでもわたくしの換石の術によって石に変わっている彼ならば大丈夫です」
「そ、そんな事って………あ、あんた、何よ? 何なのよ? 何でこんな真似をするのよ? あんたも、あんたも私を苛めるの? そうなのね? そうなのよ。私の大切な赤ちゃん、私の赤ちゃんを私から取り上げるつもりなんでしょう?」
 泣き叫びながら後ずさる彼女に、
 しかしわたくしも一歩ずつ近づいていきます。
 優しく微笑みながら、その顔をゆっくりと横に振って。
 彼女の顔に絶望の表情が浮かんだのは、
 それは、彼女の背が屋上のフェンスに当たったからです。
 彼女はその場にしゃがみこんでしまいました。
 お腹の中の子が大切だからこそ、彼女はそこからもう動く事ができなくなったのです。
 そして悲鳴のような泣き声をあげたのです。
 それは本当に凄絶で哀しい泣き声でした。痛ましくさえもありました。
 ですからわたくしが彼女を抱くのに何の躊躇いがありましょうか?
 わたくしは彼女を抱きしめたのです。
「何で?」
「わたくしにもとても大切な娘が居ました。それこそわたくしの娘のように大切な子で、わたくしの家族でした。だからわたくしはあなたがお腹の中の子を守ろうとした想いがわかる。そしてそのために罪を犯してしまった事も、わかります。あなたはとても辛かったですね。哀しかったですね。ごめんなさい。あなたはずっと悲鳴をあげていたのに、わたくしはあなたのその声に気付いてあげる事ができませんでした。ごめんなさい。だからそう、だからわたくしはこれからのあなたの道を照らす日の光りに、月の明かりになりたいと思うのです。一緒にこれからどうすればいいのか、考えましょう。わたくしはあなたの味方です」
 彼女はまるで夕暮れ時の人込みの中で迷子になり、
 そしてようやっと母親に出会えて、
 母親に抱きついて、泣き声をあげる幼い子のように、
 わたくしに抱きついて、ただ、幼い子のように泣き続けました。


【ending】


 学園七不思議七番目を使い殺人を行い、また未成年保護条例に違反した彼女と校長は警察によって逮捕されました。
 呪いによる殺人が憲法で認められてはいない以上七番目を使った殺人が罪に問われる事は無いのですが、それでもわたくしはその罪を償いたいと言った彼女と共にその方法を共に模索していきたいと想います。
 今はまだ警察署で保護されている彼女との面会からの帰り道、一緒に来たヒミコ様とは途中で別れ、わたくしとオリザは夕暮れ時の公園のブランコに乗っておりました。
「オリザ、わたくしはね、かつて換石の術によってとても大切な人と長い事別れる事になってしまいました。でも、わたくしはその時の判断が間違っていたと思いたくはないのです。だってわたくしはあの娘を守れたのだから。だからわたくしは術を使い続けるのです」
 そう。わたくしは彼女を守れた。
 それは確かなのだから。
 だからわたくしは術を使い続けていく。
 その果ての結果がきっとわたくしに全ての答えをくれるのだから。
「デルフェスさ……ま…デルフェスさん」
 オリザはブランコから降りて、わたくしの前に立ちました。
「道具であるアイテム【魔力の結晶人形】であるあたしにバグが生じました」
 そう言う彼女にわたくしは微笑みました。
「もちろんです。焦らずにわたくしと一緒に歩いていきましょう」


 そう。どれだけこの世界は悲しみと酷い事に溢れているようには見えても本当はこの夕暮れ時の温かい光りのように美しく優しいから、だからこの世界で一緒に生きて、探していきましょう。あなたが真の幸せを得られる日を。


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