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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>





「いや……どうしたもんだろうね、これは」
 チャイナドレスに身を包んだアンティークショップの店長は、呻きながら『それ』を見つめる。奇怪なもの、異常な品には慣れてきたつもりだったが――。
「さすがに……こいつぁ……」
 それは、本である。
 もっとも普通の本ならば、蓮が動揺するはずもない。蓮を辟易させているのは、その開かれた本から突き出た――。
 腕。
 人間の肩から指先までの一本の腕が、本から伸びだしているのである。指は天井を掴むかのようにひらかれている。色はとても白い。女の腕かもしれない。
 この本は、蓮の知り合いの古書店店主が売ってきたものである。読もうと開いてみれば、いきなり腕が飛び出してきたのだ。そのまま腕は微動だにしない。『アンティークショップ・レン』におあつらえ向きだ、と言っていたが――まさかこういうことだとは思いもしなかった。
「まあ、特別害意があるようではないんだけどね……」
 この本――もとい、この腕をどうしたものか。
「いつも通り、任せてみるか」
 この店の常連には、この本を任せられそうな客が何人もいる。一体どうなるかは分からないが、まあたかが腕だ。少々不気味だが、危険なことにはならないだろう。
 そう楽観視した蓮は、さっそく常連客に連絡をとろうと、電話を手に取った。

「あー、なんだ、言っても無駄だろうが一応忠告しておくけれど……本当にやるのかい?」
「はい! 生まれてこの方運動などというものをしたことはない僕ですが、なにせ相手は本から突き出た奇妙な腕! ましてや女性のもの! いくら僕でもあっさり勝てるはずです! 卑怯者と罵っていただいてもかまいません。しかし勝つことにこそ意味があるのです!」
 アンティークショップ・レンの中で、またひときわ奇妙な珍客が、声をはりあげていた。病弱そうな眼鏡の青年であるが、どうやら本から突き出した腕に闘争心を刺激されたらしく、外見に似合わずはりきっている。
 彼の名は、宇奈月慎一郎。いつもは肉体労働などしない彼だが、今回は見るからに貧弱な腕に対してやたらと強気である。
「これで負けたら、あんたのプライドが粉々になるような気がするんだが、そのあたりについては?」
「それは負けてから考えれば良いでしょう。いざ!」
 慎一郎は本から突き出した白い腕を、思いっきり握った。


「ううううぅううううう…………」
「あー、そのなんだ。まあ気を落とすな。相手はなんかよく分からんが人間じゃないんだ、負けても仕方がないさ」
「しかし……しかしぃ……開始から初めて二秒で負けるなどとは思わなかったのでえっ……!」
 地面にひざまづき嗚咽をあげる慎一郎に、蓮はひたすら呆れた表情をするばかりである。
「で、どうするんだい」
「こうなれば……こうなれば『根暗な未婚』の力を使うしか……!」
「誰が根暗な未婚だって?」
 げしっ、とハイヒールで慎一郎を蹴りつける蓮。『ぅぐおぅっ』と声をあげてのけぞった後に、『ご、誤解ですぅ』と小さな声をあげた。
「しかし……不気味だしねえ。あんた、ただの道化ならさっさと帰って欲しいもんだが」
「……得意の召喚術で攻めてみます」
 慎一郎はそう言うと、自ら愛機を取り出した。


「ふーん? 見た目が変わったようには見えないんだがねえ」
「もちろんです。見てしまったら発狂するでしょう。バイアクヘーを召喚しました。見えないかもしれませんが、今の僕の手には百近くのバイアクヘーがくっついています。次元が違うので、その気になれば千でも万でもこの身体に集められます」
 モバイルに魔法陣を記憶させ、非常に手早く召喚を行う――これが、身体勝負を完全に捨てきって頭脳戦を選んだ、宇名月慎一郎の得意技であった。強力きわまりないのだが、ごくたまに失敗する事もあったりする。
 ――なんにせよ、今回は成功のようだったが。
「さて、再戦といきますよー……」
 不敵な笑みを浮かべて、再び白い本から伸びた腕を掴む。腕のほうもなんだか『さあやってみるがいい若造よっ!』というような態度に見えるのは、蓮の気のせいだろうか。
「ぬぅっ……!」
 慎一郎が力を込めた瞬間――。


 ジゅジジジジぅジジじジじぁジじジじジじジジぅァ――――――――――!


 慎一郎の手――先ほどバイアクヘーを召喚した腕だ――から、不気味な獣の悲鳴のような、羽の曲がったセミが無理に鳴いているような、そんな音が響いてきた。聞いているだけで気がおかしくなりそうだ。黒板をひっかく音に近いものがある。
「相変わらず――ク・リトル・リトルの体系は不気味だねえ」
「わざわざ日本人に一番発音し難い表記を使わなくても……僕としては九頭竜がなかなか良い線を言っていると思いますが」
「この際、異次元の神の日本語表記などどうでもいいだろうに。それよりあんた、大丈夫なのかい?」
 気持ちの悪い音はまだ続いている。慎一郎は一見余裕で話しているように見えるが、腕との格闘はまだ続いていた。しかも慎一郎の腕のほうが震えている。
「いやぁ、もう僕の腕を使ってバイアクヘーたちがやっているだけですから。こうして力抜いていても平気なんですよ」
「……勝っても余韻にはひたれそうにはないねえ」
 呆れたように、蓮は呟いた。


 一時間後。
 白い腕と慎一郎――もとい、バイアクヘーとの戦いは、まだ決着していなかった。
「いい加減終わらせて欲しいんだがねえ」
 そのあたりの骨董品を磨きつつ、蓮が呟いた。当事者の慎一郎も退屈そうであった。


 更に一時間後。
「おおっ!」
 ちょっとだけ――本当にちょっとだけだが、白い腕が傾いた。
 文庫本を開いていた蓮も注目する。
 その後は――早かった。
「ふんぬううううううううううっ」
 おかしな奇声をあげて、慎一郎が腕に力を込める。慎一郎の力などバイアクヘーたちに比べれば微々たるものであろうが、それでも拮抗している腕の力をどうにかするには十分だったらしい。
 やがて。
 白い腕が、ぱたりと倒れた。
「おお! やりましたやりました! 僕が初めて体力勝負で勝った瞬間です。どうですか!?」
「頑張ったのはバイアクヘーたちだろう」
 冷静にツッコミをいれつつ、蓮は白い腕を見た。白い腕は負けて落ち込みでもしたのか、ずるずると本のほうへ戻っていった。やがて全部本に戻り、腕は欠片も見えなくなった。
「……二度と出てきたほしくないもんだねえ」
「おお!?」
 慎一郎が変な声をあげる。今度はなんだと蓮が振り向いたら――。
「あー……なんだい、そりゃ?」
「わ、分かりません」
 慎一郎の右腕が――。
 まるで石膏像のように、まっ白になっていた。
「あー……もしかしたら、さっきの白い腕の呪い……だったりするのかねえ?」
「そ、そんなっ」
 尋常な白さではない。慎一郎が助けてくださいと声を張り上げるが――。
「……まあ、漂白剤をつけたとおもうしかないねえ」
「そんなあああああああああっ!」


 こうしてしばらく。
 慎一郎は長袖を着て、手袋をつけるという羽目になってしまったのであった。


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【2322/宇奈月・慎一郎/男性/26歳/召喚師 最近ちょっと錬金術師】

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■         ライター通信                                                  ■
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 はじめまして、宇奈月慎一郎さま。クトゥルフ神話に造形が深いということで、ちょこちょこっとクトゥルフ系のお話をさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか? プレイングは多人数にちょこっと参加させてほしいというようなお話でしたが、人数が集まらなかったので、単独でやらせていただきました。なかなか面白くかけたと思います。
 召喚師という設定は珍しいですねー。しかもモバイルとは。今回はギャグでしたが、奇怪があれば、今度は戦闘シーンとかも書かせてみたいです。

 追伸:うちの異界です。よければ覗いてください。   http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248