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ドッペル現る！
草間興信所のデスクの上に、一つの桐彫刻が置かれている。
鳳凰の姿をかたどったそれは、実はただの彫刻ではない。とある神社の御神体であった彫刻であり、その彫刻には神様が宿っている。
その名も桐鳳。
何時の間にやら草間興信所に居候している桐鳳は、かつて自分の神社に納められていた品の回収をしている。
時に興信所の調査員に協力を願い、時に自分一人で行動して。
かつて桐鳳が御神体として納められていた神社は、曰く付きの品の供養・封印を行うことを主な仕事としていた。
ゆえに。
盗難に遭い散逸してしまった神社の品々はすべて、あまり一般に放置しておけないような品ばかりなのだ。
「いつも思うんだが……」
来客用であるはずのテーブルを遠慮なく窓際に移動している桐鳳に、武彦はひとつ、大きなため息をついた。
「ん？」
当の桐鳳はといえば、武彦の呆れたような視線をものともせず、作業を止める様子もない。のほほんっとした桐鳳の声に、武彦はもう一度、ため息をつく。
「お前が俺のデスクを居場所にするのも、そこらで虫干しをするのも諦めた」
「うん」
「だがな……さすがに、来客用のテーブルを動かすのは文句を言わせろ」
「でもこの前、床に置いたら危ないって文句言ったじゃない」
確かに桐鳳の言うとおりなのだが、来客用のテーブルを動かされるくらいなら、床のほうがまだマシだ。折りたたみテーブルを買ってくるとか、そういう思考はないのだろうか、桐鳳には。
「わかった。とりあえず、床で良いから……。テーブルは元の場所に戻してくれ」
「もう〜。武彦さんってば我侭なんだから」
「どっちがだっ！！」
思わず叫んだ武彦に、桐鳳は爽やかな笑顔で武彦を指差した。
そうして一通りのものを床に移動して落ち着いた、その、直後。
台所でお昼ごはんを作っていた零が、置かれていた品の一つに気づかず蹴飛ばしてしまった。
……それだけなら、問題はなかった。
しかしタイミング悪く扉が開き、そして……。
来客に当たったその品は、小さな音と共に、物から人へと姿を変えた。
◆
向かってきたそれを、冥月は咄嗟に手刀で叩き落とした。
ピシ――。
小さな亀裂の音、そして同時に、目の前に一人の少女が出現した。
少女は、冥月が確認する間もなく影の中へと姿を消す。
「何だあれは」
冥月はすぐさま、武彦の方へと目をやった。冥月の視線を受けて武彦は、桐鳳の方へと視線を向ける。
「実は……――」
乾いた笑いを浮かべてから、桐鳳はこれまでの事情を話してくれた。
◆
「なぜ幼い？」
ひととおりの事情を聞いて、まず冥月が浮かんだ疑問はそれだった。自分の偽者であるのなら、姿かたちも同じであるはず。
「多分、鏡が割れたせいじゃないかな。今頃は修復してるだろうけど、あの瞬間、きちんとした複製ができなかったんだと思う」
「記憶や能力は？」
「能力は見た目の頃のまま。記憶は……ちょっとわからないな。たぶん当時のものだろうけど、今のも少し混じるかも」
二人の問答の横で「子供の頃は可愛いな」などと軽口を叩いた武彦をとりあえず殴ってから、冥月は表情を変える。
「まずいな。……思考は私とは違うと言っていたが、影響がないわけではないだろう？」
同じ記憶を持っているのなら、影響はあって当然。冥月の問いに、桐鳳はこくんと頷き、問い返してくる。
「何がまずいの？」
「５歳頃の私は周りを全て敵と見ていた。見る奴全員殺しかねん」
「えっ！？」
「能力は影の武器化と百メートル程度の移動だけだが、殺しに躊躇はない」
これにはさすがに桐鳳も顔色を変えた。武彦も慌てた様子で、デスクの椅子から立ち上がる。
「俺も探しに行こう」
足早にこちらに歩いて来た武彦に、だが。
冥月はじっと武彦を見つめて、告げる。
「お前は来るな」
「何故？ 人手はあったほうがいいだろう？」
問い返す武彦には答えず、冥月は一人外へと歩き出す。しかし、理由もなしでは武彦も納得はしなかったのだろう。
結局、武彦も冥月のあとからついてくる形となった。
◆
偽者を探す――それ自体は、そう難しいことではなかった。
影を使った感知能力ならばすぐに見つけられる。しかし問題は、そこから先。
こっそりと近づいても、偽者も影を使う者。そして影などどこにでもある。
捕らえようとした瞬間に影を使って逃げ込まれて、冥月はまた偽者を感知し近づいて、そして逃げられて……。
それをもう、何回繰り返しただろう？
唯一の幸いは、偽者がこちらに気を取られているせいか、他への被害がないということ。
「私の能力がこれほど厄介だったとは……」
「影がなければいいんだよね？」
あちこち動き回るうちに、すでに武彦は置いてけぼりにされている。
「ああ。だがそんなことは不可能だろう」
光あるところに影はあり、光なければそこには影だけが存在する。影の中の影までも扱う冥月から見れば、影のない場所など在りえないのだ。
「周囲百メートルに影がなければ……移動、できないよね」
確かに偽者の移動は百メートル程度が限界。遮るもののないまっさらな大地、もしくは海などであればそれは不可能ではないかもしれない。
けれどこんな街中では……。
移動した偽者を追いかけながら、そんな会話をしていた時だ。
冥月の携帯電話が着信音を響かせた。
「こんな時に」
だが発信者を見てみれば、それは武彦からのコール。
「偽者を捕まえたぞ。とりあえず事務所に戻るから、冥月たちも戻って来い」
「武彦さん、すごいね」
感心する桐鳳ののんきな声に答える気になどならず、冥月はすぐに興信所の方へと駆け出した。
◆
興信所では確かに、武彦が問題の品を持って待っていた。
「いったいどうやって捕まえたの？」
予想外の結果に半ば呆然としている冥月の横をすり抜けて、桐鳳がこくんと首をかしげて尋ねている。
「いや、それがな……」
影を使って動き回る冥月と、自在に空を飛べる桐鳳。
この二人の追走劇に、ただの人間である武彦が追いつけるはずもなく……。すぐに二人を見失って、仕方なく別行動で偽者を探していた時。
偶然にも武彦は、偽者が現れた場所に遭遇したのだ。
真正面から戦って捕獲などできるわけもなし。どうするかと考えて、とりあえず思いついたのは――相手は、子供、だということ。
「冥月、おいで」
これでダメならまた考えようと、ダメ元で声をかけてみたら……。
小さな冥月は素直に武彦に元に駆け寄ってきて、ひっしと抱きついて来たのだ。
おかげで武彦は偽者の変身を解除し捕獲することに成功したわけだが。
「お前、俺のこと好きな――」
「〜っ！」
笑いながら言いかけた武彦を拳で黙らせ、冥月はふいと視線を外して説明してやる。
「あの頃私を拾った男が名付け親だったんだ。多分、その男と勘違いして」
そう言う冥月の顔は赤くて、口調こそいつもと変わらぬ男性口調であるけれど。
「だから来るなと……」
呟いた言葉は、とても小さくて。
何を言おうかと、それすらわからなくなってしまって。
「……」
黙った冥月の頭に、武彦の手が乗せられる。
無言のまま撫でる手に、昔のことを思い出す。
ますます顔が赤くなっていくのは自覚したけれど、ささやかな抵抗といえば膨れっ面をするくらいで。
どうしても、その手を跳ね除ける気にはなれなかった。
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登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
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整理番号｜ＰＣ名｜性別｜年齢｜職業
2778｜黒・冥月｜女｜20歳｜元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
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