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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


▲廃洋館・モノマネ師の怪▼


------<オープニング>--------------------------------------

 袋小路になった道へ佇み、碇・麗香は植物の絡まる鉄格子の門を睨みつけた。身長の倍はある塀には表札の掛けられた跡がある。とても人が住んでいるとは思えなかった。逃げ場所にはもってこいというわけだ。
 横で呼吸を荒げる三下・忠雄とメイン記事になる標的を追いこんだところだった。
 発端は銀行や大手会社の混乱だ。社長や会長などの役職になりますまし、大金を横領、または情報操作による利益獲得する者が出た。昔風に言うと、狐に化かされた、となる。世間はプロによる詐欺事件としていた。
 麗香は違う。オカルトの匂いを敏感に察知し、三下を引き連れて冷静且つ明晰な頭脳をもってついに追い詰めるのに成功したのだ。普通の警察に捕まえられないのも無理はなかった。
 奴は化け物に類する。それを前提にするかしないかで対策は大幅に差異が出て当然だった。
「本当にここへ逃げこんだのね」
「はひっ、そうでしゅ」
 上擦り、噛んだ言葉は信憑性に欠くも、嘘をつかないのが彼の良い面だ。なによりもの功績は珍しく先頭をきって住宅街を右へ左へ敵の影を追い、行き先を突き止めたこと。編集長である自分の存在がプレッシャーを与えたおかげかもしれない。緊張がたまたま望ましい方向に働いたようだ。
 門の取っ手に触れて押してみる。
 女の甲高い悲鳴に似た錆び擦れが耳朶をつんざいた。
「碇編集長〜、ここにいましたかぁ〜。やっぱり僕達だけじゃ心配だったので応援の人達を呼んできました〜」
「遅いわよ、さんしたくん。いったいなにを──」
 手を止める。背後の声に半ば条件反射で激昂を浴びせようとした。分かりきった矛盾に一瞬だけ脳がショートを起こす。
 振り返ると三下・忠雄が息を乱して駆けていた。
 黒目を横へ移動させる。そこにも三下・忠雄が立っている。
 麗香は自分のミスに舌打ちして即座に飛び退いた。いったいどこで入れ替わったのか、背筋に寒気を覚える。
 三下の要望でトイレ休憩したのを思い出した。初めに出てきたのがなにを隠そう捕らえようとしていた相手だったのだ。本物はまだ中で用を足していたのだろう。
 三下に化けた男が唇を裂けんばかりに吊り上げる。こちらの硬直する隙をついて門を通り抜けていった。
「こらっ、待ちなさい!」
 やっと出した声と共に腕を伸ばしても、既に影も形も見えなくなっている。うっそうと茂った草木の闇が風に揺れていた。額に手を当てて自分の落ち度に溜め息する。
 化けられた方は青い顔をして腰を抜かした。
「ぼ、僕が、いま、あそこに」
「あれが奴の能力みたいね、並の警備が騙されるのも無理ないわ。追跡する私を誘いこもうとしたのはなにかある。おそらくは、罠」
「ぼぼぼぼ、僕は嫌ですよぉ、あんな気味の悪いのを捕まえるなんて」
「そうね、残念だけど今回は専門家に協力してもらった方が良さそうだわ。応援はいつ来るの」
「もうそろそろだと思いますけど〜。あ、来ました来ました」
 お〜い、と腕を振る彼の目線を辿る。電灯の明かりに照らされた影がいくつか近づいてきているのが確認できた。
 三下は安心したようで胸を撫で下ろしている。そこへ携帯の着信音が鳴ったものだから体を短く痙攣させた。偽物の方が役に立ちそうだ。
 電話は麗香宛てだった。編集部で業務上の問題が発生したらしい。
「じゃあさんした君、あとは頼んだわよ」
「え、ええぇええぇ!? 僕も同行するんですか!」
「生きた体験がリアリティとなり、雑誌の売り上げに繋がるの。いい? 絶対に解決するまで帰ってきちゃ駄目よ」
 頼りない部下を置いていくのは正直言って不本意だった。しかし編集長という立場上はこの事件のみに時間をかけてはいられない。すっかり意気消沈する三下の肩を叩き、麗香は現場をあとにしたのだった。

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★ササキビ・クミノSide
 三下・忠雄が忙しく眼球を動かして後退るのも無理なかった。背後に忍び寄ったササキビ・クミノは意図なく肩を叩く。全身を仰け反らせた彼の表情は恐怖に歪んでいた。
「いいいい、いつの間に後ろへ来たんですかあぁあぁ!?」
「ステルス装備で不可視化してたので」
「驚かせないでくださいよぉ、心臓が乱舞してますよぉ〜」
 決して意地悪をしたくて姿を消していたのではなかった。連絡で事件のあらましは既に聞いている。
「現場にいる限り、二人ともマネされると考えるべきです。区別するため、洋館侵入後に姿を現す私は偽者だと判断してください」
 胸を押さえながらも納得いった様子の三下に持ってきた手提げを渡す。
「通信機が入ってます。なにかあったら連絡をしてください」
「ほへぇ、この機械ですかぁ。もう一つなにか袋が入ってますけど」
 通信機を片手に中身を覗く彼は首を傾げた。これはいったいなんぞや、と問う視線を向けられる。
「最終兵器」
 役に立つ場面もあるだろうとあらかじめ行きがけの店で買っておいた物だった。これに関しては疑問を解消できなかったようで、はぁ、と気の抜けた返事が返ってくる。
 事前の対策はこのぐらいで十分だろう、あとは臨機応変に対応する以外にない。
 格子状の門に手をかける。
 息を呑む音が聞こえた。
「て、ぼぼぼぼ僕も一人で行動するってことですかっ!」
「東館と西館に分かれて探した方が効率いいです」
 廃洋館の間取りは先に所有する機械に調べさせておいた。都会の住宅街ゆえに城並の広大さはないが、一般家庭の数倍はある。
「あまり時間がかかると私の障壁で即死しますよ」
「ぼ、僕は帰るっていうのは──」
 無言で返す。
「──ダメですよねぇ、はい。うぅ、暗いよぉ怖いよぉー、でも編集長はもっと怖いっ。ササキビさんが来る前に電話あって写真撮ってくるように言われたし」
 化け物の類よりも恐ろしがっていると知った碇・麗香がどう思うだろうか。クミノが気にすることでもなかった。ブツブツと文句言う彼をつれて館へ続く不揃いの石畳を歩んでいく。
 両開きの扉は片方が地に落ちていた。踏み越えると同時にステルス装置を起動させる。またも三下が驚きの声を発したのは言うまでもない。
 ホールの真ん中には二階へと続く階段が伸びていた。
「まずは一階から調査します。三下さんは左、西館をお願いします。標的発見後は連絡、異常がなければここで一旦落ち合いましょう」
 見当違いな方向へ返事をした彼を見送り、クミノは反対を向いた。通路の視界は割れた窓から射す月明かりが頼りだ。庭の鈴虫が活発に生命を営んでいるのが分かった。
 タイル張りの床がかかとを乗せるたびに硬質な響きを奏でる。踏みしめると砂利が足下で擦れ跳ねた。間もなく一つ目のドアを通りがかる。
 素通り。
 クミノにはドアを開けるまでもなかった。障気による視聴点は二○メートルまで有効だ。奥行きのある部屋とはいっても忍ばせた視覚と聴覚をもってすれば何者かがいるか否かぐらい容易い。
 通信機を確認する。液晶モニターには三下を見上げる映像が映っていた。どうやら向こうも第一の部屋を調べ始めているらしい、意味不明な奇声をあげたり跳ねたりしている。
 クミノは気配を感じて視点を前方へ向けた。一つ飛ばし、先の部屋だ。
 ドアはなかった。影がゆっくりと姿を現す。
 光に照らされたのは三下・忠雄、その人だった。
 銃声。
 ギョッと瞼を全開にした彼は慌てて部屋へ逃げこんだ。クミノの手元で硝煙を昇らせるのは黒光りするグロック18だった。
「躊躇なく撃つとはなぁ。冴えない男の体じゃ分が悪いぜ」
 壁越しに半笑い混じりの声がする。声質は三下でも安定したイントネーションは全く別物。即断に対して偽者をかたる気も失せたようだ。
「そこにいるんだろ、俺には分かるぜ。耳と目、鼻には自信があるんだ」
 再び見せた姿は人間のそれではなかった。鼻骨はせり出し、長いヒゲが左右に三本ずつ伸びている。両耳が体毛を生やしてピンと天井を向いた。
 こちらは姿を消しているというのに焦点は見事に定まっていた。眼鏡の奥で爛々とする瞳が細長く弧を描くのがうかがえる。狐の化け物なのは一目瞭然だ。
 キシシッ、と獣が笑った。
「アンタは血の匂いがする、随分と修羅場をくぐりぬけてきたんだろ。身軽そうだな、便利な能力も持ってるようだし。見た目、女のガキは論外だと思ったが、そうでもないようだ」
 体がぼんやりと発光して輪郭が縮んでいく。反射的に連続して発砲したクミノの弾丸は白きもやの中へ吸いこまれた。
 徐々に建物本来の明るさが舞い戻る。
 ツインテールにした黒髪、小柄な体、理性を伴う黒い瞳──自分自身がそこにいた。
「いい! 俺様が求めてたのはこれだ! 資金の次は優れた肉体が必要だからな。たまたま追ってきた奴を人質にとって強い人間を誘いだそうとも思ってたが、こりゃ好都合だ」
 金属音が遅れて床を跳んだ。命中せずに役目を終えた弾だった。自分の無意識下にある障壁は物理攻撃を完全に無効化する。想定していた事態とはいえ、少々厄介なことになった。できればこうなる前に捕らえるのが理想だったのだ。
「拳銃も効かないとは便利だな。透明になるのはどうやるんだ? いや、教えなくてもいい、俺は物覚えがいいんだ。こうだ、こうだろ」
 敵の体が薄れていく。
 起きてしまった現実を悔いてても仕方がない。
 次の行動へ移ろうと腕を伸ばした時だった。通信機がビープ音を告げる、三下の方で異常が発生したらしい。画面がノイズで乱れ、彼はヘルプを訴えていた。
 隙を見せた瞬間、目の前の気配が奧へ走り去っていく。あっという間に障気の範囲を出てしまい、追うのは骨が折れそうだ。
 通信が途切れる。
 クミノは最後に信号のあった三下のもとへ急いだ。
 通路に沿った二つ目の部屋、ドアが半開きのまま放置されている。書棚と机があるだけで彼の背景になっていたところだった。ホコリっぽく、毛の長い絨毯を歩くたびに湿り気のある不快な匂いがする。
 念のために入ってみた室内にはネズミ一匹いなかった。西館一階全てを調べても同じ。二階に連れ去られたとみて間違いない。
 玄関ホールに戻るクミノを待ち受けていたのは三匹の異形だった。狐が二足歩行に進化したらこうなるのだろう。自分や三下に化けた者よりも体長が低い、どうやら未成熟なようだ。
 成人していなくとも元から備わる基礎能力は高いみたいで、しっかりとこちらの動きは読まれていた。三下が捕われたいま、あまり不可視状態は意味がない。
「あなた達に用はありません、そこをどいて」
「パパにお前の能力をもっと引き出せって言われてんだ。そしたら美味い物を沢山食わせてくれるんだって」
 ナイフを持った中央の狐が階段を二段、三段と下りてくる。両側の手すりにそれぞれ腰掛けた者はキシシシと愉快そうに笑った。退く意思は一切感じられない。
「どいて」
「やだって言ったら?」
 発砲した時には子狐は上空を舞っていた。階段に穴が空いて破片が飛び散る。
 銃口を上へ向け、引き金を引けずに前転した。思いのほか素早く斬りこんできた敵が後ろで着地。前方の二匹が一斉に襲い来る。振り下ろされた鉄パイプを横へのステップで回避。薙がれたチェーンを腕で庇う。グロック18もろとも錆びかけた鎖に巻かれた。実に見事なコンビネーションだ。
 薄く開かれた瞼の隙間で赤い双眸がとろりと揺らめき、勝利を確信する輝きがあった。鋭い殺気が背中に迫る。
 腕を拘束された状態でクミノは上半身を低く振り、後ろ回し蹴りを繰り出した。銀のきらめきが吹き抜けの天井近くへ昇り、自由落下して床に突き刺さる。
 驚きに目を開く彼らは隙だらけだ。回転の勢いを止めないで至近距離に寄った足首を続けざまに打ちつける。面白いほど軽く倒れた獣がおのおのの苦痛を短く叫んだ。
「パパに聞かなかったんですね、そもそも私に物理攻撃は無効だと。初めから私はこのチェーンのみに気を配ってた」
 持ち主の手を離れたそれを解いて地に落とす。金属の固まりを掻き回すような音が立った。いくら攻撃が効かなくとも頑丈な物で拘束されては不利になる。推測するにマネの条件は知覚されることだ、どこで見ているとも分からない親狐を前に威力の大きい障気を使用するのは避けたい。
 拘束。
 クミノは呻く三匹とチェーンを見て手を打った。
 数分後には子狐兄弟をチェーンで一括りにしていた。
 三下は無事でいるだろうか。一抹の不安を胸に、暗闇へ続く階段を見上げて一歩を踏み出す。クミノはいまにも底抜けそうな頼りない足応えを感じつつ上がっていった。


★三下・忠雄Side
「おいおい、お前のガキ共、あっさりやられたらしいぜ。どういう教育してんだ」
「うっせ、うちは放任主義なんだ。こうなりゃ実力行使だ、全員で行くぞ。なんせこっちは個人個人であいつと同等の力を持ってんだからな。隠した特殊能力絞り出せるだけ絞り出してぶっ倒してやる」
 あわわわわわわ。
 後ろで両手首をしっかり握られた三下はササキビ・クミノの群れに腰を抜かしそうになった。現れた自分自身に捕まって気を失い、目を覚ますとそこには全部で六人の彼女がいたのだ。
 姿を現すクミノは偽者。
 あらかじめそれを聞いていなければ再び夢の世界へ落ちているところだった。
「で、あいつどこ行ったよ」
「分かんねぇ、二階のどっかだろ。さっさと探してとっちめてやろうぜ。どっちにしろあいつもこのフヌケ野郎がいる限りは逃げられないだろ」
 いまさらながらまずい状況なのを自覚する。力が至らないばかりに自らに被害が出るのは構わない。しかし他人に迷惑をかけてしまうのは心苦しかった。
 助けてもらいたい反面、逃げてほしい酷い目には遭わないでほしい。
 お、という声に嫌な予感がした。視界の端でなにか動いていると思いきや、クミノに渡された手提げを探る奴がいた。
「なんだこれ、壊れてんのか」
 通信機だ。映像でクミノの居場所を知るには十分な役割を果たすだろう。故障したのならせめてそのままであってください、と祈った。
 願いは叶わなかった。
 三回ほど叩くと小型モニターに反応があったのだ。長いテーブルと燭台が並んでいるのが確認できる。
 先頭の一人が唇を耳元まで裂いた。
「食堂だな。息を潜めて隠れたつもりか、バレバレだぞ」
 他の者もキシシシと喜んでいる。三下は心の中でひたすらに謝った。
 ほら早く歩け、と手首を掴む者に急かされて寝室を出る。食堂まで大した距離はなかった。通信モニターの中には相変わらずその風景が映っている。彼女は近くに敵が集まろうとしているのを気づかないで作戦でも立てているのだろうか。
 他のドアとは違う両開きの扉で先頭を行く偽クミノが止まった。着いてしまったようだ。
 一人がノブを静かに回す。蝶番が細く鳴いて視界が開けていった。
 三下は彼女に見せる顔がなくて頭を垂れる。偽者が室内へなだれこんでいった。
 ああもうダメだ、ササキビさんごめんなさい。
「おい、なんだこりゃ、どこにもいねぇじゃねぇか」
「バッカ、あいつは透明になれるんだ、よく探せ」
「そういう問題じゃねぇ、匂いや衣擦れすらねぇじゃんか」
 クミノの顔面が突きだし、細い鼻が現れてヒクヒク動いた。次は尖った耳だ、前後に忙しく動かして辺りを探っている。
 顔を上げ、三下は口を無意識にだらしなく開けた。
 なにがどうなっているのか分からなかった。傍の一人が持つ通信モニターには同じ景色が映っているように見える。白いテーブルがあって、燭台がある。
 異様な姿になった偽クミノ達がそこを跳び回った。
 舞い上がったホコリを吸ってしまってクシャミする。鼻をすすって三下は首を傾げた。
 現実には彼女はどこにもいそうになかった。ステルス機能を起動させると匂いや物音まで消せるものなのか。
 ふと両手の自由を奪っていた力がなくなった。後ろで監視していた化け物が倒れ落ちる。物音に視線が集まった。足下で動かなくなった仲間とこちらを交互に確認している。
 ハッとなった。慌てて、違います違います僕じゃありません、と手を振る。非力で臆病な自分にはとても無理だった。果たして面識の少ない彼らが信じてくれるだろうか、心許なかった。
 細い赤目が凶暴な輝きを持つ。
 首も振って三下は後退した。
 背になにかが当たる、人の感触だ。しかしそこには誰もいない。
「お待たせしました、三下さん」
 クミノの声。安堵の想いが全身を脱力させてくれた。
 偽者達は彼女を察知していたのだろう。自分ではなく、彼女を見ていたのだ。ステルスを解いた肉体が現れる。
 テーブルに乗った獣が歯軋りをした。
「なぜお前がそこにいる。機械はここを映してるのに、なぜだ」
「通信機の映像は細工して流したものです。優れた五感を持ってても人間に近いあなた達は視力を頼るに違いないと推測してました」
 悔しげな呻きがあちこちで漏れた。
「三下さん、敵はこれで全員ですか」
「え、あ、はい〜、たぶんそうですよぉ〜」
 それは良かった、と表情はさほど変わらないが、満足げに肯く。全て計算通りだったのだろうか。室内で散らばった標的を品定めするように見回している。
 床に飛び降りた一人が口角を吊り上げた。
「だからどうした、五対一で勝てるとでも思ってるのか」
 区別のつかないそれぞれが集合を始める。例の笑い声がばらばらに木霊した。クミノの方は至って冷静でなにも口にせず眺めている。
 それが腹立たしかったらしく、中央の偽クミノが声を荒げる。
「野郎共、蜂の巣にしてやれ! 数撃ちゃ効くはずだ!」
 全員が拳銃を構えた。三下は這いつくばるようにして銃口の向く位置を逃れる。角に来て体を壁に押し当てても弾が飛んできそうな気がした。あの拳銃もクミノからコピーしたのだろう、相手の手強さが感じられる。できることがないかと逡巡するも、足手まといにならないようどいているのが自分の役割だと結論した。
 クミノは颯爽と一歩を詰める。
「無駄です、一切の物理攻撃は無効」
「うるせぇ! やっちまえ!」
 トリガーが引かれる。
 思わず耳を塞いだ三下は発砲音の中に彼女の言葉を聞いた。
「自分のことは一番熟知してます。だから対処の方法も」
 片手をかざした。手には銃。
 遅い、弾丸が当たるのが先だ。
 寸前で金属魂が跳ね返った。それでは終わらない、次々に死を運ぶ脅威が迫りくる。どんな物理攻撃もものにしないからといって心配になるほどだった。第一、自身をコピーしている者に銃を向けたところで同じではないか。
 躍起に連射する怪物共と違って彼女はゆっくりとした動作で狙いを定めた。よく見ると持っている武器の形が異なっている。銃口に当たる部分が懐中電灯みたいだった。
 発射と同時、敵が叫んだ。
 弾は通常の物ではなかった。扇状に白い網が広がり、すっかり彼らを包みこんでいる。粘着質で暴れれば暴れるほど体にまとわりつく代物だ。
 悠々と歩み寄ったクミノ。
「捕縛はできるということです」
 チクショー、と言って網の中の獣が抵抗をやめた。偽者は偽者、オリジナルには到底及ばなかったのだ。
 三下は見事な仕事ぶりに拍手した。これで帰れると思うと余計に嬉しくなる。その前に自分の仕事も忘れてはいけなかった。常備するデジタルカメラを背広の内ポケットから出す。
 電源を入れ、構図をどうしようか考えた。もはや危険がないから時間はたっぷりある。液晶モニターに折り重なる事件の根源が映った。
 ふいに真っ暗になる。初めは電池が切れたと思った。
 クミノがレンズの前に立ったのだ。否、本物ではない。しばし一緒にいたおかげか、それが一番最初に倒れた敵だと分かった。いつの間にか復活したのだ。
 カメラを抱えて逃げる。
「う、うひゃぁああぁ〜!」
「待ちな! お前は人質だ!」
 裂けた口が食いつかんばかりに開かれた。鋭い牙が並んでいる。
 オリジナルのクミノとは距離がある、捕まる方が早いだろう。自らの情けなさに泣きたくなった。
 襟に手がかかって首が絞まった。これで終わりだ。
 絶望感に制される。
「三下さん、最終兵器」
 向こうでクミノが言った。
 すぐに気づく。任務開始前にもらった物だ。なんのことかは不明だったが、最終兵器と聞いたからには肌身離さず持っていた。ポケットをまさぐって袋の中にある無数の丸い感触を投げつける。
 たまたま一つが敵の口内へ入りこんだ。
 再び逃げようと脚を踏ん張らせるとあっさり逃げ切れた。適当な間隔をとって振り向く。相手は苦しげにうずくまっている。
 改めて袋を出し、中身の物を摘まむ。これを敵が食べて倒れたのだ。考えるまでもなかった。最終兵器を投げ捨てて震える。
「どどど毒殺ですか。ひゃぇえええっ、殺しちゃいましたよぉぉ。ぼ、僕、知らなくて!」
 近づいたクミノが落ちていたロープで倒れる者を縛った。
「ただのアメです」
「で、ででで、でも、た、倒れてますけど」
 きつめに結び目を作った彼女は落ちた袋を拾い、一粒を持つ。静かな瞳でこちらを見つめ、そっと口元へ運んできた。不思議と抵抗を失って唇を開く。
「私は気絶するほど嫌いなんです、甘い物」
 素っ気ない態度で踵を返した。
 舌に滲み渡る味は優しいミルクだ。
 デジカメを構える。構図は決まった。
「ササキビさん、記事に載せる写真、撮らせてください。今回の活躍者と強敵の図を。いいですか、いきますよ。ハイ、チーズ」


★碇・麗香Side
 おかしい。
 デスクの前の三下は満面の笑みだった。普段のおどおどとしたものではなく、いつになく仕事をやり遂げた自信に溢れている。まるで別人だった。彼のいったいなにがそうさせるのかが理解できない。
 もしかしたら見落としているのかと思い、麗香はジッとモニターへ目を凝らした。彼から受け取ったデジカメデータが映っている。
「どうですか編集長、綺麗に映ってるでしょう。本当に大変だったんですよぉ。僕も襲い来る怪物へ立ち向かいましたし。いやぁ見せてあげたかったなぁ、あの勇姿を。すごく恐かったんですけど、それもこれも月刊アトラスのため! いや、全ては編集長のためと言っても過言じゃありましぇん!」
「そう、お疲れ様。で、さんしたくん、これはいったいなんなのかしら」
 やはり分からなかった。背もたれに体重を預け、相変わらずご機嫌な顔を見上げる。
 嫌だなぁボケたんですかぁ、とでも言うような似合わない態度で彼は体をくねらせた。少々癇に障ったがグッと堪える。きっとなにかしら根拠があるのだ、変に怒鳴っては恥をかきかねない。
「なにって決まってるじゃないですかぁ〜。現場の写真ですよぉ、げ・ん・ば・の」
「それは分かるわ、あの廃洋館のどこかでしょう。でもねさんしたくん、私が頼んだのは事件の元凶よ。これのどこに写ってるっていうの」
 そこでようやく三下は表情を固めた。デスクへ身を乗り出してきてパソコンモニターを覗きこむ。姿勢を戻した彼は、いつもの三下・忠雄だった。
 写真にはテーブルと燭台、あとは白い網が見て取れた。それだけだ。
「本当に現場へ行ったんでしょうね」
「い、行きましたりょ! ササキビさんに聞いてくだしゃい! あ、そうだ、きっとシャッターを押す間際にステルス機能をONにしたんだ! だから見えなく──」
「言い訳がましいわよ、さんしたくん。そもそもあなた、本物のさんしたくん?」
「ほ、本物です、せめてこれだけは信じてくだしゃい、編集長ぉ〜」
「証拠は?」
 沈黙。
「どう見ても僕でしょう」
「マネできるもの」
「じゃ、じゃあこの身分証明書」
「マネできるもの」
「ほ、ほら、この眼鏡特注なんです、実は。お店で確認すれば──」
「マネできるもの」
 冷たく言い放つ。
 三下は口をつぐみ、目元に涙を溜めた。そしてなにも言わないまま背中を向け、泣き叫びながら編集部を出ていく。
 あの逃げっぷりは彼以外にあり得ない。こうして本人の自覚なく証明されることになったのだった。
 予定していた記事のページへ赤ペンでバツ印をつける。写真がなくては話にならない。
 やれやれだわ。麗香は溜め息をついた。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】


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■         ライター通信          ■
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「廃洋館・モノマネ師の怪」へのご参加、ありがとうございます!

復帰第1号目となります^^

お久しぶりですm(_ _)m

複数人参加を想定していましたが、自分が至らないばかりに単独での調査となりました。

しかし今回の調査難易度としては単独の方が実は容易になるので、

これはこれでスムーズに解決できて良かったのではないかと思います!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

かなりのブランクがあるゆえ、なにかありましたらリテイクや意見・感想など遠慮なくどうぞ。

今後は、月に1・2回の頻度で稀に窓開けする予定です。

機会がありましたら、ぜひまたよろしくお願い致します♪