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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜秋の収穫祭・栗三昧編









「やっほーい! 久しぶりぃ」
 毎度お馴染み、やんちゃな大和撫子候補の紅色人魚さんが、
明るい笑顔と共にうちの店にやってきたのは、或る晴れた秋の日のことだった。
「紅珠さん、いらっしゃい。まっ、かわいい弟分なんて連れちゃって」
「へへ。最近召還できるようになったからさぁ。ほらっ、お前も挨拶しろー」
 溌剌とした笑顔を浮かべながら、紅色人魚さんこと浅海紅珠は、小脇に抱えていた珍獣を、私に差し出すように突きつける。
 ぴぎゃあ、と怪獣のような鳴き声をあげたその珍獣は、確か今年の新年パーティに見かけた覚えがあった。
「そういえば紅珠さん、その子って」
「うん! 子水竜なんだー。かわいいっしょ?」
 紅珠が喉のあたりをくすぐると、まるで猫か犬のように気持ち良さそうに目を細める。
 確かに紅珠の言うとおり、その子水竜は愛らしかった。
丸い黒目はくりくりと動き、太い前足は紅珠の腕の中から落ちないように、しっかと彼女の細い腕を支えにしている。
でろん、と垂れ下がった尻尾はワニのような形だったけれど、もっと小さくて、もっとすべすべしてそうだ。
「いいわねー、海の人魚さんになれば、そんなかわいい子召還できちゃうんだ」
「ほんとはもっとすっげーの召還できるらしいんだけど、俺はまだこの程度でさっ。でもいーよな、かわいいし」
「ええ、かわいいっていうのも立派な武器だと思うわ」
 私たちが自分のことを話題にしていることに気づいたのか、小水竜は紅珠の腕のなかで、”ふん?”と首をかしげている。
その様子がこれまた愛らしくて、思わず目じりが下がる私たちである。
 すると、そのほんわかした空気をぶち壊すように、店の奥からやってきた銀埜が声をかけてきた。
「紅珠さんのお友達鑑賞会も宜しいですけどね。まだ紅珠さんのご用件もお聞きしていないでしょう」
「はっ。そうでした、そうでした」
 私は我に返り、苦笑して紅珠に向かって手を合わせる。
「ごめんなさい、紅珠さん。それで、今日は何の御用事で?」
「あっ、そうそう」
 紅珠は思い出したというように何度か頷いた。そして私の腕に小水竜を預け、よいしょ、と背中にしょっていた籠のようなモノを床に置く。
余談だが、小水竜を預かったときに、その思いがけない重さに私は思わずぐらついてしまった。
…海の魔女さんって、案外力持ち…?
「じゃーん! 秋のおみやげ、おすそ分けっ」
 紅珠は弾けんばかりの笑顔と共に、籠の中身を私と銀埜に見せた。
揃って首を突き出し、目を丸くする私たち。
「紅珠さん…これって?」
「うん、こないだ栗拾いに行ったんだよね。それが思ったより楽しくってさぁ、拾いすぎちゃって」
「なるほど、だからおすそ分け、と」
「そーいうこと。何かに使ってみてよ」
 ふむふむ、と銀埜は紅珠の言葉に頷いている。
私は、というと、いまだに籠の中のものに圧倒されて、口をぽかん、と開けていた。
「…ルーリィ?」
 紅珠が不思議そうに私の顔を覗き見て、ようやく我に返る。
「はっ。ご、ごめんなさい、びっくりしちゃって。…こんなにたくさんの栗見たの、初めてだったから。それに刺みたいなものちゃんと付いてるのね!」
「そりゃね、産地直送だもん!」
 紅珠は得意げに、えっへんと胸を張る。
 確かに、紅珠の言うとおり、”産地直送”でないと、この刺に包まれたままの栗の山にはお目にかかることは出来ないだろう。
「ちなみに、トゲじゃなくって、”イガ”なっ。あ、素手で触んないほうがいーよ。結構危ないから」
「あ、そうね。ふぅん、イガっていうのね。へぇ…」
 紅珠の言葉に、私は籠の中を覗き込みながら、感嘆のため息を洩らす。
 そういえば去年の秋は、紅珠さんにはサツマイモをたくさんもらったっけ。
そうそう、あのときは防熱の魔法カーペットを使って、店の中で焼き芋を作ったんだっけ。
ということは、今日は…?
「ふむ、ではそうですね…折角持ってきて頂いたので」
 銀埜は良いことを思いついた、というように、ニッと笑って見せた。
「いざ、料理教室インワールズエンド、というのは如何でしょう?」
 銀埜のその提案に、紅珠は満足げな笑みを浮かべ、グッと親指を立てた。










 …ということで、紅珠の持参した栗を用いたお料理教室が、急遽私の家のキッチンで開催されることになった。
参加者は私と銀埜。リネアも参加したがったが、さすがに包丁を持たすのは怖いので、彼女は食べる役。
講師として、今回の材料提供者である、紅珠さん。
彼女曰く、「ばーちゃん仕込の栗料理、たっぷり堪能させてやっからな!」…らしい。

「うわっ、かっわいー」
 私が貸したエプロンを身につけ、喜ぶ紅珠。あまりピンクのエプロンはつける機会は少ないのかしら?
「ばーちゃん相手だとさ、いつも割烹着なんだもん」
「あはは、でも割烹着もなかなか似合うと思うわよ。でも生憎、うちには用意がなくって」
「ううん! これでいいよ。女の子らしいしっ」
 エプロンの裾を掴み、えへーっと笑ってくれる。うん、お年頃ってやつね。
「さ、では始めましょうか。先生、今日は何を?」
 腰にウェイターのような黒い巻きエプロンをつけた銀埜。どうやら今日は、生徒に徹するつもりらしい。
「えっへん。ええとねー、定番の栗ごはんと、あと栗蒸しっていうやつ。銀埜サン、食べたことある?」
「栗ご飯はありますが…栗蒸し、というのは聞いたことがありませんね」
「そっか! へへ、じゃあ今日は俺が正真正銘の先生役な。がんばるぞー」
 えいえいおー、と紅珠は腕まくりをし、気合をいれる。
 銀埜同様、私も栗蒸し、という名の料理は知らない。一体どんなものなのかしら?
「栗蒸し…。蒸した栗…?」
「ルーリィ…それじゃそのまんまだよ」
 思わず呟いた独り言は、ばっちり紅珠に届いていたようで、苦笑されてしまった。









「えーっと。栗ご飯でも栗蒸しでも、どっちにしろ渋皮まで剥かなきゃいけないんだ。…渋皮って分かる?」
 紅珠の言葉に、私はぶんぶん、と首を振る。
「うんと、栗のいっちゃん外側の、この固い皮が鬼皮っていって」
 紅珠はイガを取り、ぬるま湯に漬けてある栗を一つ取り、こんこん、と叩く。
「この中に、薄い皮がまだあるんだ。それが渋皮」
「へぇ。このぬるま湯に漬けてあるのも、何か意味があるの?」
「うん。10分ぐらいつけとけば、鬼皮が柔らかくなって剥きやすくなるんだ。栗ってのはさ、この皮むきが結構面倒でさ。スーパーで売ってる剥き栗使えば楽なんだけど、

やっぱそのほうが味も落ちちゃうし」
 紅珠は苦笑しつつそう言った。うん、確かにナマのものと、パック詰めされてるもの、比べるほうが野暮っていうもんだろう。
「で。この栗の底の部分に切れ目を入れるんだ」
 言いつつ、紅珠はまな板の上で、栗のお尻の部分にさくっと包丁を入れる。
「切り落としちゃダメだぜ。そんでもって、先端に向かって剥ぐよーにして、鬼皮を剥く、っと」
 紅珠は包丁を持ち代え、果物の皮を剥くように、べりっと濃い茶色の鬼皮を剥いていく。見る見るうちに鬼皮は綺麗にはがれ、少し薄い茶色の皮が見えた。
「これが渋皮。これも剥いてくんだ」
 渋皮は元々柔らかい皮らしく、手で簡単に剥くことが出来るようだ。
「これで完了! 最後に4分の1の大きさに切って、もっかい水に浸す、っと」
 水の張ったボウルに、ちゃぽんと剥いたばかりの栗を入れる。そしてパンパン、と手を叩き、どう?というように私と銀埜を見た。その手早い作業に、思わず拍手してし

まう私たち。
「さっすが。仕込まれてるだけあるわね、紅珠さん」
「ええ、見直しました」
「えっへん。そんじゃー、さくさくやってこーか」
 紅珠は照れたように笑い、手で水に浸された山盛りの栗を指した。
「……これ、全部?」
「もちろん。」
 紅珠は当然、というように頷き、私は何となくめまいがするのを感じた。
 …こりゃあ…大変だわ。








 そして山盛りの栗の皮を全て剥いたときには、予想通り、私の手は麻痺したように痺れていた。うう、包丁に当てっぱなしだった親指が元に戻らないわ。
「なかなか…これは苦行ですね…」
 一応は涼しい顔をしている銀埜も、しらっとしつつも手を懸命にほぐしている。ああよかった、私がなまってるだけかと思っちゃった。
「あはは。結構しんどいよなあ、これ。でもあとは楽だしっ」
「うう、そうだといいんだけど。紅珠さん、何してるの?」
 私は手首を回しつつ、紅珠に尋ねた。紅珠は、ああ、と頷いて手元のスプーンを見せる。
「栗ごはんの用意。ご飯と水はもうセットしただろ、あと調味料を入れるんだー」
「ふむふむ」
 栗ごはんの調味料は、塩小さじ1、醤油小さじ1、酒小さじ3、みりん小さじ1。ちなみにお米はカップ4、栗はカップ2。これで4〜5人分の分量だそうだ。
「これと栗を炊飯器に入れてー」
 歌うように紅珠は言い、炊飯器のふたを閉める。
「普通にスイッチオーンっ。栗ご飯、これで完了!」
 完了、らしい。これは、確かに…。
「簡単、ね」
「だろ?」
 私の言葉に、紅珠はニッと笑って見せた。
「そんじゃ、次は栗蒸しな。これはちょーっと手間がかかるんだけど、まあ大丈夫だろー」
「楽しみですね」
 自分の知らないレシピとあって、銀埜も心なしか嬉しそうだ。うん、一体どんな料理なのかしら?









「はい、ではまず材料の確認っ」
 打って変わって、”先生”の顔になった紅珠。ずらっとキッチンの上に並べられた材料を前に、一つずつ指差し確認を行う。
”栗蒸し”の材料は、まずメインとなる栗が6個。そして甘鯛の切り身が4切れ、キヌサヤが8枚。卵白が2個分、だし汁カップ2。あとは薄口醤油が少々。
「これで4人分、な。まずは栗を茹でまーす」
「はい、先生」
 紅珠の指示で、銀埜が動く。鍋に張ったお湯の中に剥いた栗をいれ、ぐらぐらと湯掻く。
「で、これはどのぐらいまで?」
「んー、柔らかくなるまで、かな。具合見つつ、ヨロシクっ。そんでルーリィは卵白な。かたくなるまであわ立ててくれる?」
「イエス、マム!」
 合点、と私は敬礼をし、ボウルに卵白を入れ、泡だて器でがちゃがちゃとやり始める。
うーん、これって意外としんどいのよね。ああ、自動泡立て器が欲しいわ…。
 数十分後、銀埜と私の様子を見、紅珠はうん、と頷いた。
「よっしゃ、もういいかな。そんじゃ銀埜サン、茹でた栗を入れて、少し混ぜてて」
「了解」
 銀埜が紅珠の言うとおりに栗を入れた卵白を混ぜている間、紅珠は蒸す用意をしていた。
「えーっと、でかい鍋に少し水入れて、沸騰させてー。そんで椀に入れた甘鯛を鍋ん中において、蓋をする、っと。強火で5,6分な」
「了解、先生」
「鍋で蒸すときは、水蒸気が垂れないように、蓋に布巾を巻くのがポイントだぜ!」
 ぴっと指を立てて解説する紅珠に、私は思わずくすっと微笑む。ほんと、良く仕込まれてるお嬢さんだこと。
「さ、蒸してる間にだし汁な。小鍋であっためてくれる?」
「だし汁だけで良いので?」
「うん。あとにかけるだけだし」
 ふむ、と銀埜は頷き、だし汁をあっため始める。程なくして、蓋をした鍋から漂う魚とお出汁がミックスされた匂いが、キッチン中に漂い始める。
「いいにおいね」
「うん。日本料理って、こういう匂いがいいんだよなあ。俺、出汁の匂いって大好きでさ」
「私もよ。なんかこう、ほんわかするわよね」
 うんうん、と頷きつつ、紅珠は蒸している鍋の蓋を取り、中身を確かめた。
「ん、そろそろいっかな。ルーリィ、卵白取って」
「はい、先生」
 卵白のボウルを紅珠に手渡すと、紅珠はお玉を使って、切り身の上にふわっとかける。そしてまた蓋を閉め、
「これであと30秒ほどな」
「はい。ほんの少しなのね」
「うん、あんまり蒸しすぎると固くなっちゃうからさ…ああ、もういいかな」
 紅珠はそう言って、蓋を取り、中を覗き込んだ。状態は良いのだろう、紅珠は火を止め、鍋つかみをはめて椀を取り出す。
「銀埜サン、お出汁かけてー」
 銀埜が湯気を立てている卵白と切り身の上に、熱いお出汁を流し込み。
最後の飾りに、紅珠が茹でたキヌサヤを隅のほうに2つほどあしらえて。
「はい、これで栗蒸し完了!」
 











 料理のあとは、勿論エプロンを外しての試食タイムである。
私たちがキッチンに篭っている間、小水竜の相手をしていたリネアも、わくわくした顔でテーブルに付く。
「わっ、すごい! これ、紅珠ねーさんが作ったの?」
「へへー。ルーリィと銀埜サンも作ったぞ? うまそーだろっ」
「うん!」
 リネアは紅珠の得意顔に、頬を赤くして何度も頷く。
 確かに、キッチンにいた私が見ても、並べられた料理は大層美味しそうに見えた。
 栗ご飯は栗の黄色と白米が色鮮やかで、炊きたて特有の湯気が食欲を誘う。上品にお椀に盛られた栗蒸しからは、お出汁のいい香りが立ち上り、今すぐにでも箸

をつけたくなってしまう。
「さっ。じゃあ手を合わせてー」
 いつも小学校でやっているのだろうか、済ました顔で紅珠が号令の音頭を取る。
「いっただっきまーす!」
「「「いただきます!」」」










 結論から言うと、だ。
 紅珠の主導で拵えた料理は、どちらもほっぺたが落ちるほど美味しかった。栗ご飯はもっちりとした濃厚なお味、栗蒸しは出汁の上品な味と卵白、甘鯛の淡白な味

と栗の甘みがマッチしていて、これぞ日本料理の絶妙なバランス、と唸らずにはおれないほど。
 無論紅珠の持参した栗はまだまだたくさん残っている。他にも色々レシピを教えてもらったし、これから暫く栗三昧ですね…、と、珍しく銀埜も弾んだ声で言っていた


 我が家の秋は、まだまだこれからである。



 ご馳走様でした。








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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】

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▼ ライター通信
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 いつもお世話になっております!
今回は秋の味覚のおみやげ、ありがとうございましたv
有り難く頂き、急遽お料理教室を開催させて頂きました。
過去にも色々とお料理関係のお話をお受けした覚えがあったので、
きっと紅珠さんは某方に仕込まれているのだろう、と空想を巡らし。
PL様のイメージと相違ないことを祈っております…!

 それでは、またどこかでお会いできることを祈って。