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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間武彦行方不明事件 その2

 新宿へ出かけた草間武彦と零。その途中で立ち寄った「諏訪の文化」と称する展示会で草間は「知り合いに似た人間を見た」と零に告げ、その翌日、忽然と姿を消した。まったく連絡もなく、いつまでも帰ってこない草間を心配し、零はその行方を調べ始める。
 前日、草間が見かけた零の知らないとされる人物を追いかけたのか、それともなんらかの事件に巻き込まれたのか。
 調査の過程で草間が再び展示会場を訪れ、持参した写真に写る男が、昨日、この会場にいた人物であるかを確認していたことを零は知った。
「どんな写真でしたか?」
「そうですね……確か、男の人と、小さな男の子が写っていたと思います」
 その男の子が写った写真とはなんなのか。零は男の子が幼い頃の草間ではないか、と考えた。つまり、草間が捜しているのは、彼の過去に関係した人物ではないかと。
 そして、事務所に残されていたメモ帳の中から「12‐D」と記されたメモを発見する。これが座席番号であると考えた零は、草間が特急あずさに乗ったのではないかと思った。デパートで開催されていたのは「諏訪の文化」という催しで、そこで草間が誰かを見かけたのなら、長野に関係のある人物かもしれないと考えたのだ。
 特急あずさならば新宿駅からも列車が出ている。もし草間が諏訪へ向かったのだとしても不思議はない。その読みは当たっていた。なにかを感じ取っていたのか、草間は事前に特急あずさの指定席を電話で予約し、新宿駅の南口にある、みどりの窓口にて乗車券と指定席券を受け取っていた。
 草間は長野へ向かったのだということは判明した。しかし、それがどのような理由によるものなのかは不明なままだった。草間とは依然として連絡が取れず、その安否についても心配された。零は草間の後を追いかけ、長野へ行くことを決意した。

 JR上諏訪駅のホームに滑り込んできた特急あずさから3人の男女が降りてきた。草間零、ジェームズ・ブラックマン、シュライン・エマだ。
「ようやく着きましたね」
 安堵にも似た息をつきながらジェームズが言った。新宿駅から2時間強。窓の外を流れる景色で飽きることはなかったが、旅行気分というわけではなく、行方不明となった草間武彦のことを考え、そして草間を心配する零を見ると楽しむ余裕はなかった。
 車内ではシュラインが零を気遣い、しきりに話しかけたり、弁当や飲み物を渡して気を紛らわせようとしていたが、零の表情が晴れることはなかった。今も笑みを浮かべているものの、それはどこがぎこちなく見える。
「零ちゃん、そんなに思いつめないほうがいいわよ」
 そんな零を気遣ってシュラインは声をかけるが、零は強張ったような微笑を浮かべて小さくうなずいただけだった。
 ふらっと草間がいなくなってしまうことなど、これまでにも何度となくあった。その度に周囲の人間は心配するのだが、今までは無事に帰ってきていた。だが、今回も無事であるとは限らない。そうした不安が零の胸中を支配しているのだろう。
「乗り越しをしていないのなら、武彦はここで電車を降りたことになります。とりあえず、駅周辺で聞き込みをしてみましょう」
 ジェームズの言葉にシュラインと零は同意した。
 草間が14時、新宿発のスーパーあずさで上諏訪まで来たことは乗車券で確認されていた。途中の停車駅である甲府や茅野で下車した、あるいは諏訪を通過して終点の松本まで向かったという可能性も考えられたが、まずは上諏訪周辺から調べることにした。
 時刻表によれば特急スーパーあずさの上諏訪駅到着は16時5分となっている。その前後に駅周辺で草間を見かけた人物がいないか、または草間を乗せたタクシーなどがないかを当たることにした。
 JR上諏訪駅には改札口が1つしかない。休日などは観光客で賑わうとはいえ、普段はそれほど混んでいるわけでもなく、ましてや新宿駅のように入り組んでいるわけでもない。改札口にいた駅員に草間の写真を見せ、一昨日の午後4時過ぎ、スーパーあずさから降りてきた客の中にいなかったかを訊ねた。
「ああ。なんか、いたような気がするね」
「1人でしたか?」
「多分、1人だったと思うけど、良く覚えていないな」
「この人は、どっちに行きましたか?」
「確か、西口のほうだったと思う。観光客にしては、珍しいほうに行くもんだから、なんとなく覚えていたんだ」
 上諏訪駅には2つの出口がある。国道20号線に面した東口と、諏訪湖方面の西口だ。東口には駅に隣接した温泉や観光案内所などがあり、多くの観光客は東口に出る。
 対する西口には目ぼしい観光施設がなく、またタクシーなどもほとんど客待ちをしていない。どちらかといえば、地元住民が向かう出口である。だから、地元民には見えない草間が西口に向かったことで、駅員はおぼろげながら覚えていたのだろう。
 駅員の言葉を信じて西口に出た3人だったが、そこに人の姿が見当たらないことに驚きを感じ、そこで聞き込みをすることが困難であることを悟った。なにもない。駅前にはロータリーが設けられているが、そこにタクシーの姿はなく、商店なども見当たらない。背の低い雑居ビルと、民家らしき建物が並んでいるだけで、酷く閑散としている。
「弱ったわね……」
「そうですね。これでは、タクシーを拾うにも一苦労です」
「それにしても武彦さんは、こっちに降りてどこへ向かったのかしら?」
 率直な意見であった。ジェームズの言葉が示すように、これではタクシーへ乗車するにも時間がかかる。路線バスもあり、それは16時半に西口を出発することになっている。だが、行き先は1つだけで、霧ヶ峰までだ。草間は霧ヶ峰へ向かったのだろうか。
 これまでの草間の行動を顧みる限り、彼の行動に逡巡というものは感じられない。明らかになんらかの目的があり、新宿から諏訪まで足を伸ばしている。
「お兄さんが歩いたとは考えられませんか?」
 その時、不意に零が口を開いた。
 確かにその可能性も考えられた。閑散としているのは西口前だけで、100メートルも離れれば温泉街に入るし、駅から400メートルと離れていない地点には諏訪湖もある。徒歩で行ける距離に草間の目的地があるとするなら、零の言うことはもっともであった。
「そうね。零ちゃんの言う通りだわ。歩いたってことも考えられる」
「問題は、どこへ向かったのか、ということですね」
 結局はそこに問題が戻ってきてしまう。
 ふと、シュラインは腕時計へ目をやった。
「ちょっと早いけど、お昼にしない?」
 その意見に反対する人間はいなかった。3人は西口から少し足を伸ばし、温泉街にある定食屋に入ることにした。

 早めの昼食を終えた一行は、二手に分かれて草間の足取りをたどることにした。駅から徒歩で移動した可能性も考えられるが、現時点ではタクシーや路線バスなどを使用していないと断ずることはできない。そこでシュラインと零が駅周辺での聞き込みを行い、ジェームズは温泉街を中心に草間を見かけた者がいないかを調べることにした。
 平日の昼間であったが、駅の東口には多くのタクシーが客を待って停車していた。シュラインと零は草間の写真を見せながら、それら1台1台に対して念入りに聞き込みを行った。この写真の男を乗せなかったか。あるいは他のタクシーやバスに乗るところを見なかったか、など。
 客を乗せたタクシーが発進し、新たな車両が駅まで人を降ろす。次々とタクシーが入れ替わり、20台近くに話を聞き終えようとした頃、草間を乗せたという運転手を見つけることに成功した。
「乗せたのは、この人に間違いありませんか?」
「そう改めて言われると、ちょっと自信ないけど、間違っちゃいないと思うよ」
「乗せたのは、どの辺りですか?」
「線路を挟んだ反対側の、上諏訪病院がある辺りだったかな?」
 運転手の言葉に零が観光案内所からもらってきた駅周辺の地図を広げた。上諏訪病院は西口を出て道路を南に行ったところにある。つまり、草間はその辺りまで歩き、通りかかったタクシーを拾ったということなのではないか、とシュラインは思った。
「それで、どこで降りたか覚えていますか?」
「確か高島城のところで降りたはずだ。多分、駅から歩くつもりだったんじゃないかな」
 諏訪駅西口から高島城まで直線距離で1キロと離れていない。歩こうと思えば、徒歩でも行ける場所だ。
 高島城は、かつて諏訪湖に突き出した形で建てられており、諏訪の浮城とも呼ばれていたが、江戸時代初頭に行われた諏訪湖の干拓で水城の面影は失われた。江戸時代は諏訪藩の政庁であり、同時に藩主の住まいでもあったが、明治8年に建造物がすべて破壊され、一時は石垣と堀のみになっていた。現在は天守や本丸、門などが復興され、高島公園として一般市民に開放している。
「ありがとうございます」
 運転手に礼を言い、シュラインは携帯電話を取り出してジェームズへ電話をかけた。

 1人で温泉街を歩き回り、草間を見かけた人間がいないかを聞き込んでいたジェームズは、その一角にある写真屋の店先で気になるものを発見した。そこは映画館やストリップハウスが建ち並ぶメインストリートから1本、裏手にある古びた写真屋であった。
 店先のショーウィンドウに飾られた無数の写真の中に、色あせた古い写真を見つけたのだ。その写真には20代前半とおぼしき男性と、小学生らしき男の子が写っていた。親子というには歳が近すぎる気もする。少し歳の離れた兄弟、そんな印象を受ける写真だ。
 ジェームズが気になったのは、そこに写っている男の子であった。どことなく似ている気がするのだ。草間武彦に。
 その写真がいつ撮影されたものなのかを確認するため、店へ入ろうとしたところでジェームズの携帯電話が着信を知らせた。懐から電話を取り出すと、液晶画面に表示された発信者はシュラインであった。
「はい。ブラックマンです」
「武彦さんが乗ったと思われるタクシーを見つけたわ」
「そうですか。それで、どこで降りたかもわかりましたか?」
「ええ。高島城の近くで降りたようよ。これから向かおうと思うの」
「わかりました。私も向かいます。高島城の前で待ち合わせとしましょう」
「そうね。そうしましょう」
 そこで電話を切り、ジェームズは写真屋のほうへ視線を向けた。どこか後ろ髪を引かれる思いもしたが、表通りへ出てタクシーを拾うと高島城へ向かった。
 温泉街から高島城まではタクシーでワンメーター、信号にさえ引っかからなければ3分とかからない。高島公園にある2つの出入り口のうち、北側の門前でタクシーを降りると、すでにシュラインと零は到着していた。
「お待たせしました」
「わたしたちも今、着いたところよ」
 ジェームズの言葉にシュラインが答えた。
「この近くに武彦が?」
「それは、わからないわ。でも、この近くでタクシーを降りたそうよ」
 3人は地図を開いて覗き込んだ。観光客用の簡単な物で、主要な施設しか載っていないが、なにもないよりははるかに良かった。
 高島城周辺には、諏訪市役所、商工会館、小学校、保育園、武道館などの公共施設が建ち並び、地元の新聞社や貸事務所がある程度だ。たいして目を引くようなものはない。
「さて、ここで降りた武彦は、どこへ向かったと思います?」
「考えられるのは、新聞社かしら?」
 高島城の西側には長野日報社のビルがある。しかし、草間がそこへ向かったとするならば、この場所で降りるよりもビルの前までタクシーを向かわせるだろう、と思った。歩いて行けなくはないが、それでも100メートルちょっと離れている。
「あそこは、どうでしょう?」
 零が1つのビルを指差した。諏訪市役所の南側に建つビルの窓に「週刊すわ」という文字が見えた。恐らく、地域の情報誌かなにかだろう。
「なるほど。可能性はありますね」
「じゃあ、行ってみましょう」
「ちょっと待ってください」
 零を連れてビルへ向かおうとするシュラインをジェームズが引き止めた。
「全員で行くというのも非効率ですから、ミス・エマにお任せします。私はこの辺りの地図を入手しがてら、別の場所に武彦が立ち寄っていないかを調べてみます」
「そう。わかったわ」
 そうして3人は再び二手に分かれた。

 ジェームズは近くにあるコンビニエンスストアで諏訪市内の地図を購入し、高島城の周辺を歩き回ることにした。元々、城下町であったせいか辺りの道は入り組み、一方通行などで通行が厳しく制限されていることがわかった。
 歩きながら草間はなにが目的で長野まで来たのだろうか、とジェームズは考えた。なんとなくだが、目的の1つは推測することができた。恐らく、草間は新宿の展示会で見かけた男の足取りを追いかけ、ここまで来たのだろう。つまり、この諏訪に、その男に関する情報があるということだ。
 北側から反時計回りに高島城の周りを歩いていたジェームズは、城の南側に小ぢんまりとしたレストランがあることに気がついた。そこに草間が立ち寄ったかもしれないと考え、ジェームズは店へ入ることにした。
 そこは南仏風の造りをした小さな店で、内部はレストランとバーが併設されたようになっていた。席数は決して多くなく、5組も入れば一杯になってしまうだろう。入ってすぐのところにカウンターがあり、多くの種類の酒が壁際に置かれている。
「いらっしゃいませ」
 店に入ったジェームズに柔らかな声がかけられた。声のしたほうを見ると、白いシャツの上にこげ茶色のエプロンを身に着けた女性が、トレイを小脇に抱えて立っていた。
「お1人さまですか?」
「ええ」
「では、お好きな席へどうぞ」
 ジェームズはカウンター席へ腰を下ろした。昼過ぎということもあってか、店内にはそこそこの客がいる。あちこちから会話が聞こえるが、決して不快ではない。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
 メニューを渡し、そう言うと女性は立ち去った。ざっとメニューを見て、ジェームズはエスプレッソを注文すると、露骨にならないように店内を見回した。落ち着いた雰囲気で、控えめにピアノ・ソロがかけられている。
 しばらくしてエスプレッソが運ばれてきた。ジェームズは懐から草間の写真を取り出し、先ほどの女性に見せた。
「昨日の午後5時頃、この人物が来店しませんでしたか?」
 ジェームズの前にカップを置いた女性は、まず写真を見て、次にジェームズへ目を向けた。
「ええ。お見えになられました」
「1人でしたか?」
「確か、お1人だったと思います」
 ようやく当たりを引いた、とジェームズは思った。
「彼は、どのくらいここに?」
「1時間くらいでしょうか」
「その後、どこかに行くと言っていましたか?」
「いいえ。コーヒーをお飲みになられて、帰られました」
 その女性の言葉にジェームズは違和感を覚えた。確かに草間はコーヒー好きだが、たかが1杯のコーヒーを飲むためだけに、わざわざ長野まで足を伸ばすとは考えられない。それに上諏訪駅から、この店までなんの迷いもなく直行している。草間は明らかにこの店になんらかの目的があって訪れたと考えられた。
 ジェームズは改めて女性を見た。年齢は30代後半といったところだろう。店に似た落ち着いた雰囲気で、柔らかな物腰をしている。店のオーナーか、それに近しい人物ではないか、とジェームズは考えた。
 それ以上、ジェームズは余計なことを訊ねようとしなかった。訊いたところで、適当にはぐらかされると思ったからだ。エスプレッソはまあまあの味であったが、ゆっくりとティータイムを楽しんでいる余裕はない。慌ただしくエスプレッソを飲み、会計を済ませてジェームズは店を後にした。

「なにかわかりましたか?」
 高島城の北門近くで待っていたシュラインたちと合流したジェームズが訊ねた。
「いいえ、空振りだったわ。武彦さんは来ていないって。そっちは?」
「収穫、といえるかはわかりませんが、気になる店を発見しました」
 ジェームズは高島城の南側で発見した店のこと、そしてそこで行われた会話の内容をシュラインと零に話した。黙ってジェームズの話を聞いていたシュラインは、少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「その店の人が、武彦さんの行方を知っていると思う?」
「さあ、それはどうでしょうか。なにか関係しているのなら、武彦が店に来たことを私に教えるとは思いませんし」
「でも、無関係ではないと思っているんでしょ?」
「ええ。それはそうですが……」
「調べてみる必要がありそうね」
「そうですね。ですが、関係しているにしても恐らく店をやっている間は動かないでしょう」
「動くなら、お店が終わってからということね」
「確か、閉店時間は午後11時となっていました」
「じゃあ、それまでに他のところも調べましょう。今夜、泊まるところも決めなければならないし」
 そうして一行は今夜の宿を決めることにした。

 宿泊する場所はすぐに決まった。湖畔に建つホテルの1つだ。真夏の花火大会、それに続く新作花火大会も終わり、紅葉シーズンからも少し外れているためと、平日ということもあってか宿泊客はたいしていなかった。
 諏訪湖が一望できる部屋に案内されたシュラインと零は、とりあえず一息つくことにした。窓からは夕日が当たり、オレンジ色に染まった湖が見える。本当は以前、花火大会の時に宿泊した旅館やビジネスホテルでも良かったのだが、どこか気落ちしている零を元気づけようと、シュラインの提案でこのホテルとなった。
「お兄さん、大丈夫でしょうか?」
 窓際に立ち、湖を見下ろしながらポツリと零が呟くように言った。
「大丈夫よ、きっと。すぐにどうにかなる武彦さんじゃないもの」
 笑みを浮かべ、シュラインが答えた。相変わらず草間とは連絡が取れない。携帯電話も通じず、事務所の留守番電話にもメッセージは吹き込まれていない。だが、それでも草間は無事であるとシュラインは信じていた。それは零やジェームズも同じだろう。
 あれから草間が立ち寄った店のことを調べたが、たいしたことはわからなかった。ただ、30年くらい前から店はあったようで、今の主人に代替わりしてから店舗が建て替えられた、という証言を得ることができた。特に不審な点も見当たらない。
 また、草間の足取りは、あの店を最後にぷっつりと途絶えてしまった。店の周辺、再び駅の周辺などで聞き込みを行ってみたが、草間を見たという人間はいなかった。
「また、みんなで花火大会を見に来られるでしょうか?」
「来れるわよ。武彦さんも一緒にね」
「そうですね」
 零が答えると同時に部屋のドアが開き、ジェームズが入ってきた。
「車を調達してきました」
 草間に関する情報が集まらないことを悟り、今夜の尾行に必要になると思われる車をジェームズが借りてきたのだ。都心とは異なり、この辺りで移動のメインとなるのは自動車だ。店を閉めた後、あの女性が車を使うと考えての準備であった。
「お疲れさま。それじゃあ、少し早いけど夕食にしましょう」
 シュラインの提案で3人は早めの食事を摂ることにした。

 午後12時半。零、シュライン、ジェームズの3人は暗い車内にいた。彼らの目の前には月極めの駐車場があり、そこに止められた1台があの店の女性の所有であることは、すでに調べがついていた。短時間ではあったが、その程度のことを調べるのは造作もない。
 間もなく女性が現れるはずだ。店周辺への聞き込みから、11時過ぎに店が閉まり、そこから後片付けなどをして、店の明かりが消えるのは12時から12時半頃だという証言を得ていた。
「来ました」
 運転席に座ったジェームズが車へ近付く女性を見つけて声を発した。女性の車は赤のアウディで、遠く離れた場所からでも良く目立った。対する3人の車はありふれた国産のセダンだ。尾行中でも他の車両に紛れ込むことができる。
 アウディが駐車場を出た。少し遅れてジェームズは車を発進させる。アウディは高島城南門から伸びる道を南下し、諏訪湖へ注ぐ上川を渡って六斗橋の交差点を左折した。そして、すぐに上川の堤防の上を走る通称、通勤バイパスへと入って速度を上げる。
 深夜ということもあってか、車は驚くほどに少ない。接近しすぎれば尾行であることに気づかれる恐れがある。一定の距離を保ったままジェームズはアウディに続いた。
 法定速度を大幅に超える速度で、細い道を4キロほど走ったアウディは、不意に通勤バイパスから出て道を右折した。
「諏訪インターに向かうコースですね」
「もしかして高速に乗るのかしら?」
 だが、その予想は外れた。諏訪インターチェンジの手前でアウディは左折し、茅野市方面へ進路を取った。しばらく進んだところで再び右折し、諏訪ステーションパークと記された、インターに隣接するショッピングモールへ入って行く。
 巨大な商業施設の中を通る道を進み、高速道路の下を潜るトンネルを抜け、ステーションパークの裏手に立つ1つのマンションでアウディは止まった。
「どうやら、ここが住まいのようですね」
 マンションの隣にある駐車場にアウディを止め、女性が降りてきた。そのままマンションの正面玄関へと回り、部屋へ向かおうとする。
 次の瞬間、激しいスキール音を響かせながら1台のワンボックスが女性の行く手を塞ぐように止まった。後部のドアがスライドして開き、車内から2人の男が飛び出してきたかと思うと、突然の出来事に驚き、抵抗する女性を車内へ引きずり込み、荒々しくドアを閉めて発進した。
「なに? いったい、どうなっているの?」
「わかりません。とりあえず、尾行を続けましょう」
 唐突な出来事に驚きを感じながらも、ジェームズは再び車を発進させた。
 草間の行方を知っているかもしれない女性が、何者かに拉致されようとしていることは明らかであった。もしかしたら、草間と連絡が取れないことと関係しているのかもしれない。女性を拉致しようとする、この男たちの正体を確かめる必要がある、と誰もが思っていた。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

 NPC/草間零/女性/不明/草間興信所の探偵見習い

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼いただき、誠にありがとうございます。九流翔です。
 遅くなりまして申し訳ありません。第2回、諏訪編をお送りいたします。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。