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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜

“拝啓
 天高ク馬肥ユル候 皆様益々御健勝ノ事ト 御慶ビ申シ候
 貴方様方似テ 特技見セ合イッコパーティー開催トノ情報ヲ得候
 次回パーティー当方盗賊ノ技ヲ見セニ参上致シマス
                           敬具”

「……なんだろう、これは?」
 葛織紫鶴は突然届いた手紙に、不審そうな顔になった。
「……そのまんま、盗賊からの予告状じゃないですか?」
 隣からのぞきこんでいた、世話役の如月竜矢が言う。
「盗賊?」
「盗賊です」
 紫鶴と竜矢は顔を見合わせる。
 やがて紫鶴が真剣な顔になって、
「そんな輩を家に入れていいのだろうか?」
「……いいわけないでしょうけどね」
 竜矢は肩をすくめた。「でも多分、本当に来ると思いますよ」
「むう……」
 そのときの対処はどうしよう、と紫鶴は真剣に悩んだ。

 葛織紫鶴。退魔の名門葛織家の次期当主と目される少女である。
 まだ十三歳。好奇心あふれるお年頃。おまけに生まれてすぐに別荘に閉じ込められているからなおさらだ。
「パーティのお誘いはもう送ってしまったからな……」
 紫鶴は困った顔をしていた。「今さら中止にできん。このパーティは社交の場として使われているようだし……」
「こんな予告状が来たから明日のパーティは中止します、では京神様がお許しにならないでしょうね」
「叔父上か……」
 紫鶴の叔父、葛織京神は前々から紫鶴に高圧的な態度を取る。早い話が、紫鶴を嫌っている。
 元々竜矢が、退屈な紫鶴のために外から人を呼んで特技を見せ合う場にしようと催したこのパーティを、親戚と関係者の社交の場に変えてしまったのも京神だった。
「明日も人はたくさん来るな……」
 紫鶴はため息とともにつぶやく。
 外は残念ながら夕焼け。明日も晴れる兆候だった。

     **********

 パーティはいつも通り、紫鶴の家の庭園で行われた。立食パーティである。
 誘いに応じた人々が次々とやってくる。竜矢はその相手で忙しいが、紫鶴は存在を無視されるので暇な時間帯だ。
 せっかくだからパーティの準備の手伝いでもしようと、メイドたちのところへ行く。メイドたちは紫鶴の家で長く勤めているだけに、紫鶴のことを邪険にしたりはしなかった。
 今日のために呼んだ特別なコック。彼が作り出した食事を庭園に並べたテーブルに乗せに行く。
 途中、何人もの人とすれ違った。そのたび紫鶴は挨拶をするが、相手はうろんな返事しかしない。
 こんな反応もいい加減慣れてしまったので、紫鶴も淡々と準備を続けていた。
 と――
「紫鶴」
 声がして、紫鶴は振り向いた。
 そこに、相変わらず威圧的なまなざしをした、叔父・京神がいた。
「あ、叔父上」
 紫鶴は慌てて礼をする。京神は返礼をしなかった。
「こんなところで何をしておる」
 京神は重い声で尋ねてくる。
「はい。パーティ準備の手伝いを――」
「そんなことはせんでよい!」
 一喝が飛んだ。「よいか、お前はこの葛織家の次代当主だ。そのような雑用に手をわずらわすな」
「は……」
 紫鶴は違和感を抱いた。――いつもの叔父なら、自分のことを次代当主だとは絶対に認めないのに。
「はようあずまやにいかんか。邪魔だ。ここはお前のいるところではない」
「はい……」
 しゅんとして、紫鶴はきびすを返す。
 と――
「姫、京神様がご到着です」
 竜矢の声。
 頭にクエスチョンマークを浮かべて紫鶴が振り向くと――
「なんだ?」
 京神の声がした。
 竜矢が呆気にとられている。彼の横に――
 たしかに京神がいた。
 紫鶴は慌てて今まで見ていた場所を見る。
 ――そこにも、京神がいた。
 ふたりの叔父。たしかに存在している。
「誰だ貴様は!」
 竜矢がつれてきたほうの京神が、鋭い一声を放った。手に精神力で生み出す大刀を取り、紫鶴と話していたほうの京神ののどもとにつきつける。
「私の姿を使って……不埒者め。今すぐ正体を現せぃ!」
 パーティ会場がざわめく。ふたりの京神を中心に輪ができあがる。
 ひとり目の京神は――
 不敵に、笑った。
「もう少し、ねばりたかったのですがね」
 声が若い青年のものに変わる。どこから取り出したのか、その手に日本刀がひとふり。
「京神とおっしゃいましたか、そちらの方」
 日本刀の京神が一歩退いてのどもとから大刀の先端を放す。
「私に何用だ」
 京神がうなるように尋ねる。
 日本刀の京神は、不思議なほど穏やかな顔で微笑んだ。
「ここで一手、手合わせ願いたく存じます」
「なに――」
「小野派一刀流――」
 日本刀が閃いた。
「妙剣」
 カシィン
 上段から振り下ろされた日本刀が、京神の大刀を叩く。
 京神の大刀が下を向いた。しまったと京神が顔をゆがめる。
 しかしそこで、日本刀の京神は一歩退いた。
 京神は中段の構えを取る。同じく日本刀の京神も中段の構えを取る。
 京神は大刀を振りかざした。
 偽京神は――
 大刀を打ち、続いて京神の小手を刀の背で叩いて、さらに刀先を京神の喉元につきつけた。
 それはまるで、水が流れるような自然な動き。
「いかがでございましょう」
 偽京神が、静かに囁く。
 のどに刀をつきつけられたままの京神が、にやりと引きつりながら笑った。
「いいだろう――私も見せてやる!」
 大刀を片手に持ち直し――自分の精神力から生まれた剣なだけに、重さも自在なのだ――日本刀の京神の脇腹めがけて一閃する。
 偽京神はすすすと数歩退いて、それを避けた。そして、静かに囁いた。
「次、参ります」
 右脇構えを取り、次いで京神と同じ中段の構えを取ると、京神は大きく振りかぶり右の袈裟斬りを狙ってくる。そこへ偽京神も右の袈裟斬りを放ち、ふたりの中央でカシンと刀が打ち合わされた。
 京神は力づくで刀を放した。そしてさらに思い切り上段に振りかぶる。
 偽京神がすっと京神の懐に入った。右脇構えから京神の小手へ一撃――
「小野派一刀流……脇溝刀」
 偽京神はすう、と息を吸い、吐いた。
 そこからは刀の打ち合い――
 偽京神は、京神の大刀にも恐れることなく思い切り踏み込んで敵の小手を打つ。そして何度も京神の喉元を取っては、すっと刀を引いてしまう。
「おのれ……っ貴様は私をなめているのか!」
 京神が顔を真っ赤にして怒鳴れば、静かな答え。
「あなたを殺しに来たわけではございませんゆえ」
「く……っ!」
 京神もやられてばかりではなかった。大刀の威力はすさまじいものがある。――間合いを取っていても、圧力だけで偽京神の服を引き裂く。
 偽京神はにっこりと笑った。
「さすが葛織家現当主殿の弟君……素晴らしい刀をお持ちです」
「………っ!!」
 京神はますます激昂して大刀を振り回した。
 当然のことだが、頭に血がのぼればのぼるほど隙が生まれる。大刀が大振りになり、その隙を狙って偽京神の日本刀が小手を叩いて京神の腕の動きを止めては、喉元に刀先をつきつける。
「そのように頭に血が昇っていては……お相手はできませぬ。危険ですゆえ」
「やかましいわっ!」
 ますます顔を真っ赤にする京神をよそに、周囲のざわめきが大きくなっていた。
 ――葛織家の親戚や関係者は退魔の力を持つ者が多い。しかしなぜか、皆の退魔道具が消えているのだ。
「盗賊……」
 紫鶴はつぶやいた。叔父そっくりの偽者を見つめる。
「あれが……?」
「姫。どうやら他の方々の退魔道具がなくなっているのはその盗賊のせいのようですよ」
「すりとられたか! いつの間に……!」
 紫鶴はじっと偽京神の刀の動きを見る。
 どうやら偽京神は、小手を打って喉元を取ることを得意としているようだ。
 それを破るには……?
 ふと閃いて、紫鶴は「ん」と満足げにうなずいた。
「姫?」
「私もあのお方と手合わせをしてこようと思う」
「姫?――姫!」
 ちょうど京神と偽京神の勝負がつこうかというところだった。本物の京神の息があがってきたのだ。
「失礼、叔父上」
 紫鶴は中に割って入った。「私もこのお方と勝負したいと存じます。お許し願えますか?」
「……はっ!」
 京神は吐き捨てるように、「お前のような小娘に相手が務まるか!」
「ここは我が家。そこに侵入した怪しき者を、主人の私が放っておくわけにはまいりません」
 紫鶴は京神に丁寧な礼をする。
 京神はぐっとつまり――それから、「恥をかいても知らぬぞ!」と言い捨ててその場を退いた。
「今度はあなたがお相手ですか」
 偽京神がにっこり微笑む。紫鶴は緊張などない様子で、
「ここは会場中央で邪魔になる」
 と偽京神を会場から離れた場所へと促した。
 当然のこと、結果を見たくて人々がついてきてしまったが、そこは竜矢が、「これ以上中に入らないで!」とうまく戦いの場ができるように人々をのけた。
 紫鶴は――
 いつものごとく、両手にひとふりずつ、二本の剣を生み出した。
 偽京神の表情がぐっと緊張したものになる。
「では――参る!」
 紫鶴は地を蹴った。

 カシィン カシィン カシィン

 刃が交わる音。鈍い金属音。
 偽京神はなぜか防戦一方となった。紫鶴の勢いに負けているのか、と観衆がざわめく。
 竜矢が片眉をあげた。
「勢いくらいでは、あの落ち着いた不埒者を押すことなどできませんよ」
「ではなぜだ?」
「それはもちろん――」
 紫鶴の勢いがいったん止まった。その隙に偽京神の日本刀が紫鶴の小手を打とうとした――が。
 流れるような舞の動きで、紫鶴はそれをかわした。剣の先端が刀に触れて、小さく金属音を立てる。
 右を狙われているうちに左が――
 下から偽京神を斬りあげた。
 偽京神がぎりぎりで体をそらしてかわす。紫鶴はするりとしなやかな腕の動きで、日本刀の鍔に剣先を当てた。
 生まれてからずっと両手に剣を持ってきた紫鶴である。両手による剣の扱いには慣れている。
 もちろん――片本ずつでも。
 それにくわえて、我流の剣術。どこから剣が来るか分からない。
 本来葛織家は自分の生み出す剣の形態に合わせて剣術を習うはずだった。生まれてすぐに別荘に閉じ込められた紫鶴にはそれがなかったのだ。
 彼女は、舞の動きをそのまま戦いに使う。
 そして舞の動きは――無限。
 くるりと回転したかと思えばしゃがみこみ、下から二本の剣の連撃が偽京神を襲う。足腰が強く、バネが効くのも、紫鶴の利点だった。
 偽京神が中段の構えを取り、すうと息を吸った。
 ――来る。
 紫鶴はあえて攻撃の手を休めなかった。
 中段から振り下ろされた刀が、紫鶴の右手小手を思い切り打つ。
 紫鶴は剣を取り落とした。じんじんとした痛みが右腕に走る。
 けれど――
 自分の右の剣が落ちるのと同時に、紫鶴は左の剣で偽京神の喉元を取っていた。
 偽京神の動きがぴたりと止まる。
「私は、このままひかない」
 紫鶴は静かにそう言った。先ほどの偽京神のように、遊ぶように急所を取ったらまたひいて、などとやらないという意思表示。
 偽京神は――
 懐から小太刀を取り出した。
 紫鶴が目を見張る。まさかもう一本持っていたとは。
 小太刀は喉元を狙っていた紫鶴の剣を弾いた。偽京神は今まで持っていた日本刀を腰の鞘へ入れ、今度は小太刀一本で紫鶴ではなく周囲の人間たちに向かって走り出した。
「待て!」
 紫鶴が叫ぶ。「我が客を少しでも怪我させたら許さん……!」
 聞く耳持たず、偽京神は小太刀をうまく操り周囲の人間を威嚇する。
 人々は小太刀を恐れて道を作った。その人々の割れ目を、偽京神は走る。
 そして恐ろしいほど身軽な動きで石垣をひょいと跳んで、向こう側へと姿を消した。
「な……っ」
 紫鶴がわなわなと震える。「あんな……あんな動き……」
「盗賊ですから、当たり前と言えば当たり前ですよ」
 竜矢が後ろから紫鶴の両肩に手を置き、ため息をついた。
「まったく姫も無茶をなさって……あまり心配をかけさせないでください」
「……いや、二刀流なら負けないと思ったんだ」
 紫鶴は落ちていた自分の剣を拾った。右腕はまだじんじんしているが、剣を握れる程度には痛みがなくなった。
「紫鶴」
 後ろから低い声がする。
 振り向くと、頬を引きつらせた本物の京神がいた。
「……この借りは返すぞ」
 ――いい意味ではない。
 京神が苦戦した相手を、紫鶴は軽くあしらってしまったのだから。
 紫鶴は改めて京神の前で礼をして、
「叔父上の刀の冴え、久方ぶりに拝見しました。素晴らしゅうございました」
「姫!」
 竜矢が肘でつついてくる。――今それを言ったら嫌味だ。
 しかし紫鶴はやめなかった。
「私は二本もの剣を持たなければ敵を抑えられなかった。それを一刀で相手していらした叔父上に心から敬服いたします」
「………」
 再び頭をさげる紫鶴に、京神は言葉をなくしたようだった。
 憤然としながらきびすを返し、「今日のパーティは中止だ!」と言い出す。
「京神様。それは他のお客様に失礼というものですよ」
 竜矢がどうどうといさめようとした。ちょうど他の親戚たちからも、「食事を楽しみにしていたのに」という声が出て、京神の意思とは関係なくパーティは続行される。
 京神はぎりぎりと奥歯で歯ぎしりをした。
 触らぬ神にたたりなし。紫鶴も竜矢もそれ以上何も言わなかった。と――
 メイドがひとり走ってきて、竜矢に何事かを囁く。
 竜矢が首をかしげて門へと走っていった。その間に紫鶴は、庭のあずまやに腰を落ち着けた。
 やがて竜矢は、ひとりの青年を連れて紫鶴の元へ戻ってきた。
 ごく普通の服を着た、少しひょうひょうとした雰囲気のある青年である。
「加藤さん、こちらが葛織紫鶴です。――姫。加藤忍さんです」
「忍……殿か」
 初対面の人間には弱い紫鶴はあたふたして、慌てて「初めまして」と西洋風の礼をする。
「気にすることはありませんよ、姫さん」
 忍が気楽に言った。その声に、紫鶴は硬直した。
「そ……の、声――」
 しかし忍は素知らぬ顔で、
「先ほどこちらで騒ぎがあったとか。姫さんのご境遇は草間武彦から聞いて存じております。……少しは退屈しのぎになりましたか」
「―――」
 紫鶴は呆然と忍を見つめていた。
 パーティ会場のほうでは、もうひとつの騒ぎが起こっていた。何かと思った竜矢が様子を見に行くと、盗まれたはずの退魔具が、すべて戻ってきたらしい。
「は……はは……それじゃ全部……」
 ごくりと喉を鳴らした紫鶴に、忍はのたまった。
「草間さんから話は聞いていますからね。姫さんも、我慢はほどほどに」
 なぜ叔父の姿を借りて現れたか――
 それを悟って、紫鶴は笑った。大いに笑った。
「そうか、それはすまなかった……! ありがとう!」
 楽しかった――と紫鶴は言った。
「それはよかった」
 忍はのんびりと言った。
 パーティ会場からは、人々のざわめきと料理のいい匂いが届いてくる……
 ひとりの盗賊が残した余韻に、すべての人々がひたっていた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5745/加藤・忍/男性/25歳/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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加藤忍様
こんにちは、笠城夢斗です。
このたびはゲームノベルへのご参加ありがとうございました!
小野流をうまく表現できなくて苦心いたしました;少しでも気にいっていただけるとよいのですが。
よろしければまたお会いできますよう……