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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜秋、来訪〜








「これはこれは。いらっしゃいませ、亜真知さん」
「ご無沙汰しております、銀埜様。少々暇が出来たので、寄らせて頂きました」
 来訪客を招くうちの接客係の声に続いて、鈴が鳴るような軽やかな声が店内に届く。
銀埜の呼んだ来訪客の名と、その彼女の声に反応し、カウンターに肘をついていた私はパッと顔をあげた。
「亜真知さん! いらっしゃい、お久しぶりっ」
 ぱたぱたとスリッパを鳴らし、彼女の元に駆け寄る。私に気づいた彼女は、私のほうを見て、にっこりと笑ってくれた。
「お久しぶりです、ルーリィ様。お元気でしたか?」
「ええ、ええ、とっても! 亜真知さん、今日はどうしたの?」
 私の問いに、彼女は手に提げた四角い風呂敷包みを掲げ、
「いいお天気ですし、お茶でも如何かしら、と思いまして。わたくし手製の菓子で宜しければ、ご一緒に如何でしょう?」










 背筋をピン、と伸ばし、片手を器の周り、もう片方の手を器の底に添え、音を立てずに茶を啜る彼女。名は榊船亜真知、うちの常連様であり、私のお友達でもある。
 洗練された日本人形のような楚々とした美しさを誇る彼女、今日のお召し物は淡い黄色の下地に白牡丹をバランス良く染め上げている、秋らしい振袖。黒の帯と合わせて、落ち着いた趣のある衣装で、毎度ながら彼女のセンスには惚れ惚れとしてしまう。
「如何でしょうか、亜真知さん」
「ええ、良いお茶っ葉をお使いですね。こちらのお店で煎茶を頂くのは珍しいけれど、とても美味しいですよ」
「それは良かった。最近和を好まれるお客様が多く、日本茶の淹れ方を勉強している最中なのです。また亜真知さんにご教授頂きたいですね」
「まぁ」
 盆を片手に一礼する銀埜、亜真知はそんな彼を見て、口元に柔らかい笑みを浮かべている。
「煎茶の基本は、茶碗を前もって暖めておくことですわ。それから、お湯を注ぐときには、糸をひくように、少し高めの位置から注ぐと宜しいですよ」
「ふむ。それはまた、何故に?」
「お茶っ葉も生き物ですから、空気を入れて差し上げませんと。少し高めの位置から注ぐことにより、空気も一緒に入るのです」
「ははあ…なるほど」
 うんうん、と頷き銀埜。きっと心の中のメモに書きとめているのだろう。
 銀埜が最近日本茶に関心を持っているのは私も知っていることなので、亜真知も来訪は私も嬉しかった。
「亜真知さんが作ってきてくれたお芋のお菓子、お茶に良く合うのねえ。私、驚いちゃった」
 煎茶を啜りながら、亜真知の持参したマロングラッセをパクつく私。彼女が持ってきてくれたお菓子はもう一品、スウィートポテトもあるが、こんなに日本茶に合うとは思わなかったのだ。
 私の言葉に亜真知はくすりと笑い、
「甘さは控えめにしてありますから、和洋関わらず楽しめますわ。お気に召して頂けて何よりです」
「ええ、とっても美味しい。亜真知さん、どうもありがとう」
 確かにしつこく感じる甘さは無いが、その分口の中でとろけるようなお芋本来の甘さに、私はうっとりした。うん…美味。
「そういえば…ルーリィ様、リネア様はいらっしゃいますか?」
「リネア? ええ、二階にいるけれど。呼んでくる?」
「お忙しくなければ、是非に。お顔も拝見したいですし」
 亜真知の言葉に、ふむ、と頷く私。あまり騒いでも困るから、いつもはよっぽどのことが無い限り、お客がいるときはリネアは下に連れてこない。でも彼女はリネアの友人でもあるし、リネアも彼女の顔を見て喜ぶだろう。
「じゃあ銀埜、呼んできてくれる?」
「了承致しました」
 ぺこり、と頭を下げてカウンターの裏に向かう銀埜。程なくして、トントン、と元気良く階段を下りてくる足音が聞こえたかと思うと、カウンターの裏から頬を赤くしたリネアが飛び込んできた。
「ほんとだ、亜真知ねーさんだっ! こんにちは、いらっしゃいませ!」
「はい、こんにちは。リネア様、お久しぶりですね」
「うん、おひさしぶりです!」
 リネアは私たちのいるテーブルに駆け寄ると、亜真知にぺこりと頭を下げる。そしてすぐに頭を上げ、にこーっと良い笑顔で亜真知を見上げる。
「母さんったらひどいんだよ。亜真知ねーさんが言ってくれないと、亜真知ねーさんが来てること、わたしに言ってくれなかったんだから」
「まぁ。でもルーリィ様にも色々おありなのでしょうから」
「えー、そうかなあ。絶対、忘れてただけだと思うんだけど」
 ぷぅと頬を膨らませているリネアの髪を優しく撫でる亜真知。どうでもいいけどリネア、本人がいる前にそういうこと、言わないほうがいいわよ…。
 そう思いつつ、私は一応笑顔を浮かべてリネアに言う。
「リネア、ちゃんと椅子に座りなさい。お行儀悪いわよ?」
「あっ、はぁい」
 リネアは手近にあった椅子に背伸びして飛び乗った。ちょこん、と亜真知の真似をしてか、居住まいを正すリネアを、亜真知はにこにこと笑いながら見つめていた。
「そう、リネア様。これはお土産です」
 そう亜真知が言ってリネアに差し出したのは、こじんまりとした巾着袋だった。綺麗な藍色に染められていて、表面に微かな凹凸が見られる、あまり見かけたことの無い布で出来ている。
「えっ、ありがとう。…これ、なぁに?」
 目を丸くして受け取ったリネア、不思議そうに布の感触を確かめるように撫でている。亜真知はふふ、と笑い、
「縮緬織の巾着ですわ。わたくし愛用のもので少々年季が入っておりますけれど、しっかり織られていますから頑丈です。また何かにお使い下さいませ」
「いいの? うん、大事にするね!」
 ぱぁっと嬉しそうにリネアは顔を輝かせるが、私は少し眉を寄せた。
「亜真知さん…ちりめんおり、って?
「ええ、”縮”はちぢみ、”緬”は細い糸、という意味でして、その名のとおり少し縮れたような様子を見せる織物のことを指します」
「へえ…初めて聞いたわ。でもそれ、お高いんじゃ…?」
 嬉しそうにリネアがいじっている巾着を見ると、藍と言っても様々な藍色が折り重なるようにその藍を表現していて、決してそこらへんの店で売っているもののようには思えない。とてつもない高級品なのでは、と少し恐れている私に、亜真知はやはり笑みを浮かべながら曖昧にぼかした。
「お値段は良く分かりませんの。随分前から愛用しておりますし…それに、あまり気になさらないで下さいませ」
「は、はぁ…」
 本人がそう言ってくれてるなら、いいのかしら…。
「…リネア、それ大事にしなさいね」
「? うん、もちろんだよ」
 こっちの心配を全く察することなく、リネアは後押しする私を不思議そうに見るのだった。
「それはそうとリネア様、最近は如何ですか?」
 亜真知の言葉にリネアは振り向き、うん、と頷く。
「最近はねえ、色々あったよ。運動会をしたりね、栗ごはんとか食べたり…。そうそう、亜真知姉さんも手伝ってくれた、あの肝試しね。村で好評だったんだよ! 母さんのお友達がね、みんな顔真っ青にしてたの」
「まぁ、それは何よりですわ。ということはリネア様、魔女の村にお出かけに?」
 その亜真知の問いには、私が口を挟んだ。
「ええ、ちょうどハロウィンの季節だったし、この子を連れてはじめての里帰り。楽しかったわよねえ、リネア」
「うん! 亜真知ねーさんも一度来てほしいな。自然がいっぱいで、空気が綺麗なんだー」
 里帰りしたときのことを思い出したのか、リネアはにこにこしながら亜真知に言う。亜真知はリネアの言葉に、「まぁ」と少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに微笑んでくれた。
「機会があれば、是非に。ルーリィ様のような魔女さんがたくさんおられるのでしょうか」
「うーんとね、母さんみたいなのは少なかったかなあ…。どっちかいうと、リース姉さんみたいなのが多かったよ」
「あはは…うちの村、結構みんな気が強いのよね」
 ホント、村に帰るたびに圧倒されてしまう。他のところの魔女のことは良く知らないが、何故かうちの村の住人は、大概自己主張が激しいのだ。
 亜真知をちらりと見ると、さすがただものではない彼女、全く動じずに返す。
「まぁ、それでは大変賑やかで宜しいですわね。一度大量のリース様、というのもお目にかかってみたいものですわ」
「………」
 大量のリースと、その中に一人平然としている亜真知。
 何故だか私の頭の中の光景では、いつの間にか女神様のような亜真知が、周囲のリースたちを調伏しているのだった。
「ある意味大変なことになりそうね…」
 亜真知を連れて帰ると、数日中には亜真知がうちの村に君臨しているかもしれない。
 私の頭の中の変な妄想を知る由もなく、リネアと亜真知は揃ってハテナマークを顔に浮かべていた。











 しばらくそうして、何気ない会話を楽しんだ私たち。
ふと唐突に、リネアが「あっ」と声をあげた。
「? どうしたの?」
 訝しむ私に、リネアは少し慌てたように言う。
「母さん、わたし、宿題の途中だった! 提出、夕方までなの。まだ少し残ってるんだ」
「あら。悪いわね、呼び出しちゃって」
「ううん、亜真知姉さんに会えてうれしかったもん」
 ねっ、とリネアが亜真知に声をかけると、亜真知はきょとん、として首を傾げていた。
「宿題、ですか? 確かリネア様は、学校には…」
「ああ、日常生活に必要なこととか魔法のこととか、私たちが先生役してるの。一応、授業の時間は取ってるから…」
「成る程。ルーリィ様たちがお出しした宿題、ということですわね」
 亜真知の言葉に、リネアは大きく頷く。
「うん。今日のはね、リース姉さんが出した変化術の問題なの。ちょっと難しいんだー」
「まぁ。例えば、どんな問題ですか?」
 亜真知がそう問いかけると、リネアは少し考えるようにしたあと、
「んと、動物の体の仕組みとか、植物の種類とか…」
「あのね、変化術を正確に行うには、対象をより深く知る必要があるの。だから魔法…っていうかは、物質の構成とか、解剖学みたいな部分が大きいのよね」
 リネアの言葉と合わせて、私の補足を聞き、亜真知はふむ、と頷く。
「ならばわたくしにも理解できるかもしれません。リネア様、宿題のお手伝い致しましょうか?」
「えっ! い、いいの?」
 驚いて目を丸くするリネア。亜真知はにっこりと頷く。
「母さん…」
 リネアは伺うように私を見るが、まさかここで却下するわけにもいかない。私は仕方なく笑い、
「しょうがないわね。リースには手伝ってもらったこと、秘密よ?」
「うん!」






 かくして。
 臨時の家庭教師をお願いした亜真知はリネアと共にリネアの自室に篭り、宿題を片付けてくれることとなった。
私はその間横につきっきりになるのも二人の邪魔だから、ということで自粛して一階に引っ込んでいる。だが、二階の様子がどうしても気になってしまう。
「ルーリィ…そのぐらい私がやりますから」
「いいのいいの、銀埜はのんびりしていて」
 眉を寄せる銀埜を押しのけ、お茶の用意をして、お盆に載せて階段を上がる私。うーん、我ながら”ガールフレンドを部屋に呼んだ息子の様子を覗きに行く母親”ね。お邪魔虫になってしまう世のお母様方の気持ちが良く分かるわ…。

 トントン、とノックをしたあと、中からの返事を確かめ、ドアをあける。
子供用の勉強机に向かうリネアと、その傍らで身を屈めている亜真知が目に入った。
「ルーリィ様、わざわざ申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそ。どう、リネアの様子」
 机を離れ、こちらによってお盆を受け取る亜真知に、こっそり尋ねる。亜真知は同じように小さな声で、
「ええ、なかなか好調子ですわ。リネア様も、基礎はちゃんと把握しておられるようですし」
「本当? 良かったわ。もしご迷惑なら、すぐに言って頂戴ね」
「ええ、大丈夫です」
 両手で盆を持ち、にっこりと亜真知は笑う。ホッとしたのもつかの間、机に向かうリネアが亜真知を呼ぶ。
「亜真知ねーさん! これ、良くわかんないよ〜」
「まぁ、どの部分ですか?」
 盆を持ったまま机に戻り、机に広げたノートを覗き込む亜真知。
「ああ、哺乳類の説明ですわね。哺乳類は胎生…お腹の中に子を宿し、乳で子を育てるのが特徴ですわ」
「へえー。じゃあせきつい動物って?」
「脊椎とは背骨のことです。大まかに言うと、背骨を持つ動物のことですわ。魚類や両生類、爬虫類や鳥類、先程申し上げた哺乳類もこの分類に入りますわね」
「そうなんだ。じゃあね…」
 私はそんな二人を見つめつつ、ゆっくりとドアを閉めた。
ぱたん、と閉めたあと、いつの間にやってきたのか銀埜の声がして、私はぱっと振り向く。
「どうですか、中の様子は」
「銀埜も気になってたの? うん、ちゃんと真面目にやってるみたい。亜真知さん、家庭教師の才能もあるのかしらね」
 家庭教師のコツも、またご教授してもらわなきゃ。
私がそう言って笑うと、銀埜も苦笑して頷くのであった。


 ちなみに。

 後日、リネアに出した宿題の成果を確認していたリースは、そのあまりの出来のよさに、亜真知の来訪を悟ったらしいが―…。

 それはまた、別のお話である。








                  おわり。




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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【1593|榊船・亜真知|女性|999歳|超高位次元知的生命体・・・神さま!?】

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▼ ライター通信
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 いつもお世話になっております。今回お任せくださってありがとうございました。
そしてとんでもなくお待たせしてしまい、誠に申し訳ありません…!
以降気をつけて参ります;

 お話では、いつも優雅な美少女の亜真知さんに惚れ惚れしつつ、
和やかな一日を過ごさせて頂きました。
臨時家庭教師もお願いしてしまいまして、亜真知さんのおかげで
リネアの賢さも更に上がったことかと思います。
ありがとうございました!

 それでは、またどこかでお会いできることを祈って。