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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「…いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 彼がやってきたのは、蒼月亭の夜の営業が始まってすぐのことだった。
 金髪に青い目…そしてくわえ煙草のその男は、カウンターに座ると飄々とした人懐っこい笑みで、ナイトホークに向かってこう言った。
「ミルクと砂糖がたっぷり入ったブラックを…っと、こりゃ失礼。ただのカフェオレですな」
「カフェオレですね、少々お待ち下さい」
 ナイトホークはいつものようにまず小皿に乗せられた小さなチョコレートケーキを出すと、使い込まれたコーヒーミルに豆を入れ挽き始める。
 彼の名は矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)…防衛庁情報本部に所属する一等陸尉だ。慶一郎は吸っていた煙草を灰皿に置くと、顔を上げナイトホークをじっと見た。
「あなたがナイトホークさんですか?…私はあなたのコードネームしか聞かされておりませんのでね」
「……誰だ、あんた」
 ぴた…とナイトホークの手が止まる。
 コードネームというのはおそらく『ヨタカ』という呼び名のことだろう。だが、それを知っているのはほんの少ししかいないはずだし、その呼び方を許している相手もほとんどいない。眉間に皺を寄せ軽く慶一郎を睨むと、ナイトホークはコーヒーを挽く手をまた動かし始めた。
「まあ、お互い名乗らないほうが良いでしょう。どちらかが死んでも後腐れがありませんでしょうからな…私の事は『白鴉』とでも呼んでください」
「ますます嫌な感じだな。で、その白鴉が何の用?ただコーヒーを飲みに来た割には、素敵すぎる挨拶だ」
 挽いたコーヒー豆をネルに入れ、一滴ずつ湯を落としコーヒー豆を蒸らしていく。
 どちらかが死んでも。
 それは死ぬかも知れない『何か』を相手が持ってきているということだ。別に初対面の相手が死のうがナイトホークにとって全く興味はないが、本名ではなく『白鴉』と名乗った辺りに嫌なものを感じている。
 そう挨拶をしながら、慶一郎自身もナイトホークを観察していた。
 確かに自分が聞いた『ヨタカ』という風貌にふさわしい人物だ。色黒で長身、そして何かを射抜くような鋭い視線…普段はそれを隠しているようだが、最初にコードネームの話をしたときにそれがにじみ出た。彼が一体どんな能力を持っているのかは分からないが、修羅場をくぐり抜けた者独特の空気を持っていることは確かだ。
 目の前に温かいミルクと混ざったコーヒーが差し出される。
「お待たせいたしました、カフェオレです。砂糖は自分の好みで…それと、あんたが聞いたって言うコードネーム…それ、出来れば使わないでくれる?」
「じゃあ、ナイトホークでよろしいのかな?」
「あの名前で呼んでいいのは、俺がいいって言った奴だけだ」
 そう呟くと、ナイトホークはシガレットケースから煙草を出してくわえた。吸っている銘柄はゴールデンバット…日本で最古の煙草だ。慶一郎はカフェオレに入れた砂糖を溶かしながら溜息をつく。
「『キジ』と『サヨナキドリ』が絡んでいると表に出せない、厄介な物の証拠隠滅というヤツですよ」
 キジ…それは防衛庁の隠語だ。そしてサヨナキドリに関してもナイトホークはよく知っている。
 サヨナキドリ…『Nightingale』
 それは篁コーポレーションの社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)が個人で持っている特殊機関だ。だが、防衛庁と繋がりがあったとしても今更驚くつもりはない。そもそも篁自体古くから伝わる名であるし、その昔旧陸軍と関係があったりしたはずだ。それが現代に繋がっているだけなのだろう。
 ああ嫌だ。
 鳥の名前は気が滅入る。
 煙草の煙と共にナイトホークが溜息をつく。
「面倒なの嫌だから、とっとと話しない?」
「残念ながら私も良く分からないのが正直な話です。私が上から命令されたのは『ナイトホークにの手紙を渡せ』ということと、『任務遂行せよ』ですからな…うん、ここのカフェオレは美味しい」
 慶一郎が差し出した手紙を、ナイトホークは嫌々手に取った。本当であればこのまま火をつけて燃やしてしまいたいぐらいなのだが、流石にそれをするわけにもいかないだろう。
 そもそも慶一郎…白鴉自体に何の恨みがあるわけでもないし、手紙で来るということはそれだけ外に漏らしたくない事なのだ。
「………」
 最悪だ。
 そう言いたいのをナイトホークはぐっと押さえた。中に書かれていたのは、思い出したくもない名前だったのだから。

 綾嵯峨野研究所から逃げた異能者を処理せよ。
 詳しいことは彼の指示に従え。

「『綾嵯峨野研究所』について私は詳しいことは知りませんが、国家を揺るがせるテロ活動に関与していることだけは確かです。以前あるアーティストのDVDを見た者達が自傷や暴力に走るという事件がありましたが、それにも関わっていたらしい…何とも嘆かわしい」
 慶一郎の話をナイトホークは無言で聞いていた。
 忘れられるものか。自分の記憶を奪い、不死という呪いを植え付けた研究所の名前。自分が脱走してから火事で焼失したとは聞いていたが、何処かで細々と活動していたのだろう。そう簡単になくなるとも思っていなかったが。
「白鴉、オーダーを」
 手紙を破りながら呟くナイトホークに、慶一郎が目を丸くする。
 もっと警戒したり渋るかと思っていたのだが、あっさりと自分に従うと言ったのが信じられなかったのだ。
「ずいぶん話が早い」
「他のことに関しては渋るけど、これだけは別だ。多分俺の『体質』についても聞いてるだろうから余計なことは言わない。オーダーを」
 全く食えない相手だ。
 おそらく自分のことも警戒しているのだろう。『オーダーを』と言っているその表情はカフェのマスターの顔ではなく、感情を押し殺した一人の兵士になっている。
「…私達の任務は『そこから脱走し、人間狩りをしている異能者の処理』です」
「了解」

 十一月だというのに生暖かい風が吹いていた。
 異能者は既に慶一郎の部下達が追い込んでいるが、それを処理するのは自分達の役目だ。
「あんた、それで走れるのか?」
 都市迷彩服を着て三八式歩兵銃と銃剣を提げたナイトホークが、慶一郎がついている杖を見て呟く。慶一郎の左足は膝下から義足なのだが、ナイトホークは今気付いたらしい。
「心配なく…出来れば、こちらに追い込む方向で」
「了解…と行きたいところだけど、上手く追い込められりゃいいけどね」
「行かないと困る」
 さーっという雑音と共に、無線が入る。
「こちら小鳩、聞こえますか?」
「感度良好、どうぞ」
「待機地点に『妖精』移動中。後を頼みます」
 それを聞いたナイトホークが溜息をついた。迷彩の戦闘服を着た慶一郎も困ったように肩をすくめる。
「煙草吸ってる暇はなさそうだ…じゃあ、これからのことは他言無用で」
「幸運を」
 作戦は簡単だった。
 ナイトホークが近接戦闘で相手を引きつけている間、慶一郎が銃でターゲットを撃つ…普通の射撃の腕では無茶な作戦だが、精密射撃に長けている慶一郎だからこそ出来る事だ。
 愛銃のコルトパイソンエリート6インチの重さを、脇のホルスターで確かめる。
 ただナイトホークは慶一郎に対して一つだけ条件を付けた。『この作戦を見ているのは、白鴉以外いない状況にして欲しい』と。そして任務に関しては、その成否だけを上に伝えろ…と。それが一体どんな意味なのかは分からないが、否という理由はない。
 ナイトホークは既にポイントに向かって靴音を鳴らしながら歩き始めている。
「Who killed Cock Robin?I, said the Sparrow…」
 歌っているのはマザーグースの「コマドリの歌」だ。
 ざっ…と生暖かい風が吹き、ナイトホークの前に影が躍り出る。
「………!」
 それは信じられないような光景だった。
 躍り出たのは白い影…ナイトホークと同じ姿をしているが、銀髪銀眼の姿をした者だった。白い影がナイトホークを見て声を出す。
「誰だ…貴様…?」
「名乗る必要はない…」
 タン…!
 腰に下げた銃剣が振り下ろされる前に、白い影が飛んだ。影が銃をゆっくりと構えナイトホークに向ける。
「俺と同じ顔に銃を向けるのは気が進まないけど、なんか気味悪いから死んでくれる?」
「……撃ってみろよ」
 銃声は同時だった。
 慶一郎が引き金を引くのと、影がナイトホークに向かって引き金を引くのが重なる。撃つと同時に慶一郎はその影に向かって走った。自分が撃った弾を影は紙一重で避けたが、ナイトホークはそれを頭に受けた…いくらナイトホークが『特殊体質』だといっても、それを間近で見て黙っていられるほど慶一郎は人間が出来ているわけではない。
「ナイトホーク!」
「まだうるさい蝿が…っ!」
 影は慶一郎に向かって銃口を向ける。その刹那…。

「…蝿じゃねぇ、鳥だ」

 これは…何だ?
 顔を半分飛ばされたナイトホークが嗤っている。
 ゆらりと体を起こし、片方だけの目で影を見据え影に向かって銃剣を構えている。
「俺と同じ顔してるんだから、こんな事で驚くなよ」
「うわあああああっ!」
 影は既に慶一郎のことを見ていなかった。己の前にいる全く同じ顔をしたナイトホークだけを見、それに向かって銃を撃ちまくる。
「他言無用…か」
 シリンダーを上げ、慶一郎はゆっくりと銃を構えた。
 確かにこんな光景を部下などに見せるわけには行かないだろう。そして『Nightingale』が何故ナイトホークをこの任務に指定したか、その理由を慶一郎は理解した。
 サヨナキドリ…死を告げる鳥は、敵がナイトホークと同じ姿を持つことを知っていたのだ。それを知った上で一番残酷な方法を与えたのだろう…。
「さて、茶番は終わりにしましょうか…」
 そう呟くと、慶一郎はゆっくりと銃を構えたままナイトホークの後ろを通り抜けた。そしてその後ろにいた影に向かって引き金を引く。
「きゃあっ!」
 前もって聞いていた通りだった。
 蒼月亭にいるナイトホークを白くした影の後ろにいるのが、異能の本体だと。それは自分が選んだ者を魅了し力を与え、代わりに人を狩らせる『妖精』だ。ナイトホークが引きつけると言ったのは影の方で、自分が処理するのはその『妖精』…。
「女性に銃を向けるのはエレガントじゃありませんが、失礼しますよ」
 少女の姿をした『妖精』は人を狩ることも忘れ、口から血を流したまま慶一郎とナイトホークを交互に見ている。
「化け…物…」
「おやおや、私まで化け物扱いですか。それは残念だ」
 闇夜に銃声と悲鳴が響き渡ったあと、辺りには耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。

「ローマの詩人曰く『ことによると、いつかこれも楽しい思い出になるかも知れない』…そうなればいいものですな」
 血の海で横たわる自分の影を足下に、傷を急速に回復させていくナイトホークに、慶一郎は煙草に火をつけながらこう言った。少しでも話さないと、何だか言葉が繋がらないような気がしたのだ。
「あんまり楽しい思い出にしたくねぇな…」
 顔の左半分を押さえながら、ふっと笑うナイトホークに慶一郎は火のついた煙草を差し出す。
「私がつけた煙草でよろしければどうぞ」
「サンキュー。丁度煙草吸いたかったところだったから助かる」
 開いている右手で煙草を受け取ると、ナイトホークはそれを美味そうに吸いながらぼそっとこう呟く。
「…こんな化け物と任務で大変だったな、白鴉」
「自分で自分のことをそんな風に言うものじゃない…」
 あの時…顔を半分飛ばされながら笑っているナイトホークを見て、慶一郎は悲しい笑い方だと思った。何故そう思ったのかは分からない。だが、あの笑い方は涙を堪えているように見えたのだ。
 気になることはたくさんあるが、今はそれに触れる必要はないだろう。
 おそらく自分達が同じ場所に居続ければ、その謎から近づいてくることになるのだろうから…。
 煙草をくわえ片膝をつくナイトホークを見ながら、慶一郎は星のない闇夜を睨み付けるように見上げていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛庁情報本部(DHI)情報官 一等陸尉

◆ライター通信◆
初ノベル発注ありがとうございます、水月小織です。
「Nightingaleとキジ(防衛庁)」に関わり、ナイトホークと危険な仕事…ということで、多少突っ込んだ話になっています。プレイングを参考にして、ナイトホークが自分から動きそうな話…となると、どうしても『研究所』関係になってしまいまして、最初から飛ばしていいのかな…と不安になりながら書かせていただきました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
更に謎に迫っていくことはあるのでしょうか…機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。