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<東京怪談・PCゲームノベル>


ランチタイム・ティータイム 〜女の子同士だものね〜

「ふみゅう。もぎゅもぎゅ。ふぉれ、みやこ。秋ふぉ新作メヒュウふぉ品揃えふぉ、もふぉっと増やふぃてみてふぁどうふぁえ?」
 ランチタイムが終わり、入店客も一段落した『井之頭本舗』では、秋の新作スイーツの「かぼちゃのムース」「やきいもプリン」「焼き栗入り大福」の試食会――とは名ばかりの、弁天による『勝手におやつタイム』が繰り広げられていた。
「食べるか喋るかどっちかにしてくださいな、お行儀の悪い。増やすのはいいんですけど、結局弁天さまが食べつくしちゃうんならあんまり意味ないんですよねー」
 あきれ顔のみやこは、それでもほうじ茶(弁天対策に一番安いのを購入)の入った湯呑みを、とんと置いてやる。
 今日のスタッフは、店長のみやこや弁天以外は、グリフォンのフモ夫ことファイゼ・モーリス、ケルベロスのポチことポール・チェダーリヤという、異色組み合わせであった。
「これフモ夫。おぬし、先刻から何をそう、そわそわしておるのじゃ?」
 ひととおり食べ終わって満足し、やっと明瞭な物言いになった弁天は、湯呑みを手にファイゼを見る。
「は、はあ」
 ファイゼはいつもの彼らしくもない落ち着かぬ様子で、窓からそっと外を見たり、入口扉を何度も開いては閉じたりなどしているのだった。誰かの訪れを心待ちにしている風情なのである。
「……実はですね。先日、所用があって草間興信所に出向いたのですが。そのとき、調査依頼に出かけられてお留守だったシュラインどのの机に、『井之頭本舗』秋の新メニューのチラシを置いてきたんです。私のバイトシフト表と、私がお店にいるときでしたら、おごりでスイーツをサービスさせていただきますよ、と、手書きで加えて」
 ですから、そろそろいらしてくださるんじゃないかと――などと言いながら、またもやファイゼは外を窺う。
「そんなナンパなチラシ、武彦に見つかったら即刻ゴミ箱行きに決まっておろう」
 騎士の純情を台無しにするようなことを言って、弁天がほうじ茶を飲み干したとき。
 ――入口扉が、開いたのである。
「そんなことないわよ、弁天さん。フモ夫さん、ご招待ありがとう。今しがた、そこでばったり知人と会ったものだから、彼女も誘ったんだけど――いいかしら?」
 待ち人来たる、であった。
「いらっしゃいませ、シュラインどの! お待ちしておりました。宜しかったらお知り合いのかたにも、お近づきのしるしに私のほうから一品、スイーツのサービスを――ををを!?」
  大喜びで出迎えたファイゼは、しかし、いきなり硬直した。
 シュラインの連れは、あまりにも意外な女性だったのである。

 † †

「しゅっしゅっシュラインどのぉぉぉ! なっなっななんでマリーネブラウが一緒なんですかぁぁ〜!!!」
 ファイゼは数歩後ずさってから絶叫し、シュラインは苦笑する。
「だからね、さっき偶然、動物園前で会ったのよ。公爵さんを訪ねてきたんけど、アトラス編集部に行っててお留守だったみたいなのね。でも、せっかく来たんだから、すぐ帰っちゃうのも勿体ないでしょ、って。ね、マリちゃん?」
 マリちゃん呼ばわりされて、マリーネブラウは憮然としつつも、勧められるままシュラインの隣の席に座る。
「ええ……。まあ、断る理由もないし」
「これこれ、シュライン。ちとこちらへ」
 テーブルから離れ、いったん厨房に引っ込んでから、弁天はシュラインを手招きする。
「何でまた、こんな酔狂なことを」
「そうですとも。ティータイムを過ごすお相手には、不穏当過ぎますよ」
「きっと、何かたくらみがあってここに来たに決まってます」
 ファイゼとポールも小走りにやってきて、胡乱な目でマリーネブラウを振り返る。
「ううん……そうねえ。秋のせいかしら」
「秋じゃとぉ?」
「ええ。彼女、秋が似合うわね。美しい紅葉の下に、真紅のショールが素敵な美女を見つけたものだから、つい」
「聡明なおぬしにこのような念を押すのも野暮だがのう、あれは、たちの悪い毒を持つサラマンダーじゃぞ」
「あら。トカゲって可愛いじゃない」
「可愛い――かの?」
「うーん。シュラインどのは弁天さまのことでさえ『可愛い』と仰る、スケールの大きなかたでいらっしゃいますからねえ」
「……どういう意味じゃえフモ夫?」
「ま、弁天さまの傍若無人はちょっと回りが大変なだけですが、あの女の場合、もう少し複雑です。策を弄して公爵どのの宰相職を奪う結果になったにも関わらず、今度は呼び戻そうと企んでいる。実際のところ、何を考えているやら知れたものではありません。お気をつけください」
 ファイゼは口元を引き結ぶ。
「本日は平和的なアルバイト店員の立場ですから、戦闘準備はしておりませんでしたが……。必要とあらば『グリフォンの盾』を用意いたしましょうか」
「私も、『ケルベロスの矛』を」
「待って、ふたりとも。……そうねえ。公爵さんや幻獣騎士さんたちの事情は多少、わかっているつもりだから、政治的な話題を持ち出すつもりはないのよね」
 少し考えたのち、シュラインは、ふふっと笑った。
「もっとずっと、他愛のないお話ができたらいいなって思ったのよ」
「はあ……。たとえば、どのような?」
「単純に、エル・ヴァイセにはどんな種類の幻獣さんたちがいるのか、とか、気になるひとのことについてのお話とか、いいかも知れないわね。女の子同士、和気あいあいと。じゃあそろそろ私、席に戻るわね」
 マリちゃん、お待たせ、と言いながら腰掛けたシュラインを遠巻きに、ファイゼとポールと弁天は顔を寄せて声を落とした。
(シュラインどのは、今、何か、ものすごくレアなことを仰ったような……?)
(気になるひとのことについて、ですか?)
(いやぁ、ツッコミどころはやはり『女の子同士』であろうて)

 † †

 心配をよそに、思ったよりも平穏な雰囲気で、シュラインとマリーネブラウのティータイムは始まった。
 ……ただ、雰囲気的にどうしても、有能女性事務官たちの秘密会談、というおももちになってしまって、女の子同士の他愛ないお茶会というわけにはなかなか行かなかったのだが。
 ファイゼは、当然ながら、シュラインに「やきいもプリン」と「焼き栗入り大福」をおごり、さらに断腸の思いで、マリーネブラウにも「かぼちゃのムース」をサービスした。
 何しろ、勢いとはいえ、「お知り合いのかたにも私のほうから一品、スイーツのサービスを」などと口走ってしまった手前、騎士たるもの、反古にするわけには行かなかったのである。

「ふぅん。エル・ヴァイセの種族構成に興味があるの?」
「ええ。大きくてふかふかした種とか、大きくてもこもこした種とか、大きくてほわほわした種とか」
「ふかふか、もこもこ、ほわほわ、ねぇ」
 なかなかマニアックな問いを受け、マリーネブラウは真剣な表情で「幻獣人口調査」の結果を思い起こす。
「ユニコーン属のモノケロスは、ふかふかした銀色のたてがみを持ってるわよ。とても気難しい稀少種で、山奥に小さなコロニーを作って暮らしているから、王宮近辺では見かけないのだけれど」
「モノケロス……。銀色のたてがみ……ふかふか」
「もこもこなのは、スフィンクス属のアブル・ホールかしらね。大きな虎の身体に鷲の翼がついている幻獣なのだけど、その虎は、どちらかというと毛足の長い虎猫に近いの」
「アブル・ホール……。もこもこの大きな虎猫……」
「鳥系だと、該当するのはアムルゼスかしら。こちらの世界で言うとダチョウに似てるわね。羽根が綿花みたいにほわほわしてる、3メートルくらいの真っ白なダチョウを想像してみて」
「アムルゼス……。ほわほわな白いダチョウ……」
 シュラインは、未だかつてみたことがないような、うっとりと果てなき夢を見る表情をした。
「モノケロスさんとアブル・ホールさんとアムルゼスさんが、幻獣の姿で接客してくれるお店があったら、私、通い詰めてしまうかも……」

「っわー! どうしましょう弁天さまっ。シュラインどのがあんなこと仰ってますー!」
「むー。シュラインは『どうして私、イエティに生まれなかったのかしら?』と豪語するほどのふかもこ好きじゃからのう。しかし、負けるなフモ夫。おぬしとてちゃんとふもふもしておるではないか。今日はグリフォン姿でアピールせいっ!」
「はっ。そういたします」
「それでは、及ばずながら私も」
「うむ、ポチ。存分に『お手』と『お代わり』を命令されてくるが良いぞ!」

 † †

 グリフォンとケルベロスが出現すると、店内はかなり窮屈になるため、テーブルの3分の2は撤去された。
 マリーネブラウと火花を散らしながらの接客はスリリングであったが、シュラインは喜んでくれたので、目的は達したといえようか。
 ふかもこ幻獣情報を教えてくれた御礼にと、シュラインはマリーネブラウに、秘蔵のデータベース「シュライン・ディスク:公爵さん画像編」を見せることにした。
 この店舗の2階にある『イノガシラ・インターネット・カフェ』から、マリーネブラウのためにノートパソコンを運んできたのはみやこだった。
「お茶をしてくださる以上はお客様ですから、できる限りのサービスをしませんと」
 というのが、店長の心意気である。

 クリックするごとに切り替わるデュークの画像と、一緒に映っている女性陣に、マリーネブラウはいちいち反応した。
「ちょっと。この女王様然とした女は誰よっ!」
「碇麗香さんよ。月刊アトラスの編集長。公爵さんはアトラスの外注ライターだから……そうね、いわば上長といったところかしら?」
「上長? デュークが国王陛下以外の存在に剣を捧げるなんて、変われば変わるものね。……この着物姿の女は誰? どうしてデュークが着付けなんかしてあげてるの?」
「ああこれ、百人一首大会のときのね。このひと女性じゃないわよ。弁天さんの眷属の蛇之助さん」
「じゃあ、この女は?」
「懐かしいわ。『白銀の姫』のときの画像ね。これはデュエラさん、というか、公爵さんご本人」
「何ですって。デュークは女装なんかするようなひとじゃなかったわよ」
「よく見てみい。女装ではなく女性化じゃ。詰めものでは、この、ぼん・きゅっ・ぼんは演出できまいて」
「あら弁天さん。いつの間にそこに」
「考えてみれば、わらわも女の子じゃでのう。語らいに混ざってやっても良いぞ」
「井の頭弁天! じゃあ、あなたがデュークに、怪しい薬を飲ませたのね。なんてひどいことを」
「その台詞、おぬしにだけは言われなくないのう」

(……どうやら、私はお邪魔のようだな)
 アトラス編集部から帰還したデュークは、マリーネブラウ来襲の情報を耳にして、井之頭本舗の状況を確かめに来たのだが。
 ――店の外から様子を窺い、すぐにきびすを返した。

 ティータイムはすでに、「女の子」たちにしかわかりあえぬ世界に、突入していたからである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
シュラインさま視点ならではのマリーネブラウのご指名、まことにありがとうございます。
お茶に誘っていただけるとは夢にも思わず、フモ夫同様に吃驚です(笑)。せっかくなので、ちょっと暴走気味に「女の子同士」で語らってみました〜。