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<東京怪談ノベル(シングル)>


白い決意

 黒・冥月は病院の一室で黙って本を読んでいた。
 傍らにはベッドで寝ている少年が居る。
 とある事件で大怪我を負って入院しているので、そのお見舞い。と言うのは表向き。
 本当は彼の護衛である。
 三嶋 小太郎と言う名の少年は訳あって、命を狙われている……らしい。
 語尾に自信が無くなるのにも、気持ち良さげに小太郎がいびきを立てるほど安心してられるのにも一応ワケがある。
 彼が入院してもう二週間近くたつのだが、事件らしい事件は起きてない。
 襲撃は全く無く、病院は静かなものだ。
 護衛の妨害を考えて、慎重になっているだけかもしれないが、それにしてもアクションが少なすぎる気もする。
 まぁ、それならそれで好都合。
 小太郎が完治するまで養生して、改めてケンカを売ってくるなら買えば良いし、そうでなければ忘れれば良い。
 依頼がなければ興信所の関係者として動く事はない。

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「んあ、あれ? 師匠、来てたの?」
 小太郎がやっと目を覚ます。
 冥月はチラリと目をやり、小さく頷くだけで返答した。
「起こしてくれりゃ良いのに。それなりのおもてなしってヤツをしてやろうと……」
「怪我人に何が出来る。下手に気を使われるよりもいびきをかかれているほうがマシだな」
 冷たい物言いに小太郎は一度顔をしかめるが、すぐににやりと笑う。
「いや、うん。まぁ、俺もコレぐらいじゃ腹を立ててられないよな。なんせ、師匠も実は俺のことも認めてくれてるらしいし?」
「……は? 何のことだ?」
「またまた、とぼけちゃって!! 聞いてたんだぜ、俺! 俺のことちゃんと『弟子』って言ってくれたよな!」
 冥月は無言で記憶を掘り返す。
 ……確かに、言った気がしないでもない。
「ああ、そうだな。確かに言った」
「よっしゃ! じゃあすぐにでも本格的な修行にだな……っ! いてて」
「言っただろう。怪我人は寝てれば良いんだ」
 今にも飛び起きて病院の中庭に駆け出しそうな小太郎だが、胸の傷が相当痛むらしい。
 言葉は元気でも身体がついていかないのだ。
 冥月はそんな小太郎のデコを小突き、静かに寝かせる。
「ちぇー、せっかくちゃんとした弟子だって認めてもらったのに、結局今は寝てるだけかよ」
「弟子になったといっても、そうなるのに今の実力は関係ないしな」
「……っう」
「と言うより、自分に足りない事があるから教えを請うのだろう」
「確かに……」
「まぁ、今は寝てることが修行だな。ゆっくり休んで、その傷を直す事だ」
「……押忍」
 不機嫌そうな顔はしたが、小太郎はそのまま枕に頭を預けた。

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 冥月が本から目を離し、辺りを眺める。
 一応、小太郎のベッドの周りはカーテンで仕切られているが、その隙間から部屋の一角が見える。
 大部屋であるらしいこの部屋は、小太郎の他に患者は一人。
 今は看護師に何やら話しかけられている老人。
 どうやら相当衰退が進んでいるらしい。
 看護師の言葉に曖昧な返事しか出来ていない。
 そう、長くないのかもしれない。
「看護師さん、美人だよなぁ。師匠、気になるか?」
「殴るぞ」
 誰かさんに対するようにすぐさまパンチは飛ばない。やはり病人だという事で気遣っているのだろう。
「この病院には美人看護師さんが多いから、師匠もそこから何かを見出し、女っ気を身につけると良ブフっ!」
 今度は瞬速パンチが小太郎の頬を貫いた。
 それからしばらく痛がる小太郎の呻きが聞こえていたものの、すぐに間が空き、沈黙が降りる。
 そして、小太郎が静かに口を開いた。
「あの爺さん、死ぬのかな」
「……どうだろうな。私は神様じゃないからな」
「だよな、わかんないよな」
 小太郎の声に元気がない。
 やはり、一度死を目の前にして、そういう事に敏感になっているのだろう。
「死ぬ、か。……小太郎。何故あの時、逃げなかった?」
「あの時?」
「お前がその傷を負った時だ。相手の力量が測れなかったか?」
「……いや。アイツの強さはわかったつもりだった。俺じゃ敵わないかもって思った」
「ならどうして逃げなかった? 命あってのものだね、と言うわけではないが、死んでは何もならないだろう。生きる為には逃げる事も必要だ。ただの猪突猛進では死に急ぐだけだぞ。それとも、私達の援軍でも期待したか?」
「それはない! 自分で何とかできないからって易々と他人に頼るのはごめんだ!」
 冥月の言葉を、小太郎は強く否定した。
「じゃあ何故だ? 逃げるのが恰好悪いとでも思ったか?」
「違う。俺は、アイツらが許せなかったんだよ。何の表情の揺らぎも見せずに人を殺すアイツらが」
 小太郎の拳がシーツを強く握っていた。
 小さく、ミチミチと繊維の千切れる音まで聞こえてくる。
「人を殺すのは絶対悪、か?」
「違うのかよ?」
「じゃあ私も悪人という事だ」
「あ……」
 冥月も元々は暗殺者。人は数えられないほど殺している。
「気にすることはない。それは事実だ。人を殺すのは悪いことだろうし、私もそれをわかっていて殺した。だが、お前がその考えを通すなら、国を作るほどの多くの人を相手に戦わなければならない。私たちが住む世界というのは、そういうものだ」
「……俺、ちょっと心配になったな」
 小太郎はそう言って苦笑する。感情の起伏の激しい少年にしては、苦味を隠して笑うと言うのは高度な表情だ。
 冥月は本を閉じ、それを棚に置いた。
 そして小太郎を強い視線で射る。
「それで、お前は私を悪だと断定した時、私と殺し合えるか?」
「え? 無理だろ、そんなの。負けるに決まってるじゃん!」
「ああ負けるだろうな。確かに強さを見極めろと言ったが、重要なのはそこではない。必要なのは覚悟だ。お前を殺しに掛かってくる人間を殺す気で戦えるか、と聞いているんだ。我らが優しい所長様は小僧のお前に温い表現しか出来なかったようだが、ヤツの言いたいこともつまりはそこだ」
「覚悟……。でも、俺は……」
 真剣に思いつめる小太郎の横で、冥月は小さく笑う。
「ああ、それでいい。殺せと言ってる訳じゃない。だが殺さない覚悟も大変だぞ。殺さず勝つにはかなりの実力差が必要だ。この世界で生きていくなら尚更な。精進しろよ。強くないと好きな女も守れんぞ」
 そうやってニヤリと不適に笑む師匠を見て、少年は小さく、力強く頷いた。
 そんな小太郎は冥月が無意識の内に触れたロケットのチェーンがチャリと鳴ったのに気付かなかった。

 好きなヒトを守る。
 それはきっと、とても大事な事だから。

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「あっれぇ、でも、俺の好きな娘って誰だ……?」
「居ただろう。妙な黒服から守ってやったお姫様が」
「いや、あれは別に……っ!」
「ほぅ、最早アレよばわりか」
「そ、そんなつもりじゃ……ああもぅ!!」