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特攻姫〜満月の夜の余興〜
その夜は満月だった。葛織家の力が一番満ちる日である。
葛織紫鶴は剣舞を舞っていた。
魔寄せ、の剣舞を。
次から次へと発生する『魔』を、次々と地面に沈めていく陰陽師がひとり。
陸玖翠。最近紫鶴の家へ出入りするようになった女性である。
しゃらん しゃらん しゃらん……
翠が敵を片づけるたびに、紫鶴の舞は激しくなった。
「土剋水！」
翠は符を放ち、新たに現れた魔をつぶしてゆく――
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「鈴の音……」
その屋敷の前を通ったとき、ヴィルア・ラグーンはふと足を止めた。
「それに今の声……翠か」
ちょうど止まった場所に、その屋敷の名前が記されていた。
――葛織。
「ああ――なるほど」
以前、友人から聞いたことがある。葛織紫鶴という名の少女のことを。
門の向こうを見つめる。
しゃんしゃんしゃん
絶えることのない鈴の音が聞こえる。
遠目に――
美しい少女が舞っているのが見えた。
この夜中に、まるで少女の周りだけ灯りをつけたかのように、少女の姿はぼんやりと発光している。
「あれが、葛織紫鶴……」
ヴィルアはにやりと口角をあげた。
「面白い」
そしてヴィルアは、驚くほどの身体能力で、ひょいと高い門を飛び越えた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「ひと段落つきましか」
用意してあったタオルで首周りを拭きながら、翠がふうと息をつく。
紫鶴が剣舞をやめる姿勢に入った。両手の剣を逆さにクロスさせ、片膝を地面につけて軽くうつむく。さらりと、彼女の赤と白の入り混じった髪が揺れた。
「今日もお疲れ様です、おふたりとも」
紫鶴の世話役、如月竜矢がぱちぱちと手を叩きながら言った。
紫鶴はぱっと立ち上がり、
「今日も見事だった、翠殿！」
と瞳をきらきらさせて翠を見た。
鉄面皮と呼ばれる翠も、ふたりに対してようやく少しの表情を見せるようになっていた。少しだけ微笑んで、「ありがとう」と言う。
満月の照らす夜は静かだった。虫の音だけが空間を支配する。
「これからどうしようか」
紫鶴が楽しそうに思案し始めた。「翠殿はお疲れだろうし、寝たほうがよいだろうか？ いや、しかしこんな時間から寝たのでは余計生活リズムに支障が出そうだし――」
「私のことは気にしなくてけっこうですよ」
翠は言う。そんなわけにはいかないと、紫鶴は憤然とした。
「翠殿は大切な友人だ。邪険にするわけにはいかない」
「………」
あまりにも素直な紫鶴の言い分に、翠がくすっと笑ったそのとき。
さり……
草原の庭の、草を踏む音がした。
三人がいっせいに振り向く。
「素敵な舞に魅せられてきたが、なるほどな」
そう言いながら、突然姿を現したのは、長い金髪に赤い瞳をした男性――いや、女性か？ 分からない。
翠が眉を寄せた。
「私はヴィルア・ラグーン」
名乗る声が、少し高かった。女性かもしれないと紫鶴は思った。
ヴィルアは、くくと笑って翠を指差した。
「そこの陰陽師」
「……何か」
「勝負だ。私は舞に寄せられた魔――だからな」
翠はますます眉根を寄せた。目を閉じ、しわの寄った眉間に指をあて、しばし黙考――
「だめだ！ 翠殿は疲れていらっしゃる！」
紫鶴が間に割って入った。
ヴィルアはうるさそうに紫鶴を見た。
「小娘は黙ってな。舞が終わったんなら邪魔だ」
「何だと……！」
「姫！」
激昂しかける紫鶴を、竜矢が慌てて止める。
「紫鶴殿」
翠は目を開けて、苦笑した。
「いいですよ。私がこの不埒者の相手をいたしますので」
「陰陽師ごときが私に勝てるか……！？」
ざっ
翠とヴィルアの立ち位置が変わった。向かい合うように。
「紫鶴殿は結界の中で見ていてください……！」
翠は声をあげ、そして先手を取った。
符を扇に変化させ、それをブーメランのように飛ばす。
ヴィルアはそれを避けた。そして手を翠にかざす。
炎が生まれた。一直線に翠へと。
翠は呪符を取り出し、
「水剋火！」
水の呪符で炎をかき消した。
と、炎が消えたと思うと同時に――
ヴィルアが翠に肉薄していた。拳が、翠の腹をえぐる。
「か、はっ……っ」
翠が体をくの字に曲げた。しかし体をかがませると同時に翠は鉄扇を下から振り上げた。
ヴィルアの体すれすれを鉄扇が通りすぎていく。避けるためにヴィルアがいったん動きをとめた。その隙に、翠は体勢を整えた。
「やるねえ！」
ヴィルアが冷酷な笑みで笑い、再び炎の術を発動させながら翠に肉薄する。
水の呪符で消された炎は、しかし翠にわずかな傷を負わせた。その上ヴィルアは、翠のあごに掌底を放った。
「………っ！」
翠はふらついた。あごへの痛打は脳を揺らすことにつながる。しばらく動きが鈍くなる。
そこを容赦なく狙う炎――
翠の自己防衛本能が、水の呪符を取り出して炎を消す。しかし同時に、翠は耐え切れず地に膝をついた。
ヴィルアは、翠の額をブーツの先端で蹴り飛ばした。
いつの間にかヴィルアが手にしていた拳銃が、二発、夜陰を震わせる。
翠の目が大きく見開かれ、ゆっくりとその体が倒れていく。
「翠殿ーーーー！」
紫鶴が大声をあげた。
翠がぴくりともしない。紫鶴は竜矢が作った結界から飛び出した。「姫！」と呼ぶ声も聞かずに。
翠に駆け寄ると、翠の腹からは血が広がっていた。
その瞬間に、紫鶴の中で何かが切れた。
「よくも……っ！！」
精神力で生み出す剣を即座に取り出し、紫鶴はヴィルアに向き直る。
「翠殿の仇は私が討つ！」
「はん。偉いお嬢ちゃんだな――お偉い家の娘のくせに、そんな一介の陰陽師に入れ込むか」
ヴィルアがあごをそらす。
紫鶴は怒鳴った。
「翠殿は友達だ！」
ヴィルアは口だけで笑った。
「……次は貴様らの番だ」
竜矢は翠の傷口の世話をしている。紫鶴ひとりで戦うしかない。
紫鶴は地を蹴った。
いつもは二刀流の彼女も、今回は渾身の一撃を放てるよう一本しか剣を生み出していない。
ヴィルアの炎をかがんで避けて、下からヴィルアを斬りあげる。同時にヴィルアの横に立ち位置を変え、二撃目は横腹への突き。ヴィルアのさらりとした動きに避けられる。
「おやおや、よく動くお嬢ちゃんだ……っ」
ヴィルアは冷酷な笑みをたやさないまま、紫鶴に手を伸ばした。
紫鶴が警戒して一歩退く。
ヴィルアはにやりとして掌をぐっと拳に握る。
瞬間、世界が闇に包まれた。
「さあ、月がないぞ――どうする？」
囁くヴィルアの居場所が、声の反響で分からない。紫鶴は焦った。
「姫！ 左です！」
竜矢の声ではっと我に返った。左。言われた言葉を信じて左を見ると、本当にそこにヴィルアがいた。
ヴィルアはちっと舌打ちする。
「闇魔術が解けちまったか……そっちの兄さんもあなどれないな」
――竜矢は影を相手にする鎖縛師だ。闇の中でも目がきく特殊な体質である。
紫鶴はもう一度ヴィルアに肉薄した。
剣の刀身をヴィルアの胸に当てるようにして――
そこから滑らすように――斬る。
ヴィルアは炎を生み出し、紫鶴を追い払った。
「あーあー。血が出ちまった」
ヴィルアはどこか嬉しそうにそうつぶやいた。
紫鶴は泣きそうな顔でまくしたてた。
「み……翠殿の痛みを思い知れ！ 翠殿は、翠殿は、その程度の怪我じゃない……！」
がむしゃらに紫鶴はヴィルアに向かっていく。
ヴィルアは紫鶴に拳銃を向けた。しかし紫鶴はひるまない。
「おいおいお嬢ちゃん。これで撃たれたら痛いぞ？ ものすごーく痛いぞ？」
「翠殿が抱えた痛みなら私も受けよう！ 撃つがいい！」
「へーえ」
ヴィルアは引鉄をひいた。
すさまじい音が夜闇に響く。
紫鶴は頭にひどいショックを受けた。――弾ははずれている。しかしかすめるように通っただけでこの痛み――
「み、翠殿は、これよりも痛いのだな……っ」
ふらふらする頭を抱えながら、紫鶴はなおも剣を握りしめた。
後ろでは、竜矢が眉根を寄せていた。
――今、わざと銃弾を紫鶴からはずしたような……？
しかしそんなことは紫鶴自身には分からないようで、紫鶴はただ剣一本でヴィルアに向かっていく。
「はっはあ！」
ヴィルアは笑った。二発目の引鉄。紫鶴の脇腹をかすめていった。
紫鶴の足が思わず止まりそうになった。しかし紫鶴はさらに一歩踏み込む。
踏み込んだ先に、銃弾が撃ちこまれる。
それでも止まらぬ紫鶴はとうとうヴィルアに到達し、剣を振り上げた。
「隙だらけだぜ、お嬢ちゃん」
振り上げた腕をヴィルアが簡単にわしづかむ。自分よりも背の高い人間相手に上段の構えは危険だった。紫鶴は悔しげな顔をする。
ヴィルアはつかんだ腕を紫鶴の背後に回し、関節をきめる。
紫鶴の持っていた剣が地面に落ちた。口からは苦悶のうめき声があがる。
「う……ああっ」
「痛いだろう？ あんな陰陽師のために、なんであんたみたいないいトコのお嬢ちゃんがこんな痛い目に遭うんだろうな？」
「う……るさい！ 翠殿は……友達、だ……！」
紫鶴は反対の手から、剣を生み出した。そしてそれを背後に突き出した。
「おっと」
顔に刺さりそうになり、ヴィルアは紫鶴の体を解放する。
紫鶴は二、三歩前に倒れるように進んでから、くるっと体の向きを変えた。
ぜえ、ぜえと紫鶴の息があがっている。それでも構わず紫鶴は剣の先をこちらに向けている。
ヴィルアはその様子を見て――
ふと、表情をやわらげた。
「さて、閉幕だ」
「―――？」
ヴィルアの言葉の意味が分からず、紫鶴が虚をつかれたような顔をする。
同時に――
「冗談じゃないんだぞ、ヴィルア」
竜矢の腕の中から、むくりと起き出したのは翠――
ヴィルアは戦闘中とはうってかわって、心底楽しそうな笑顔を見せた。
「あっはっは！ だって試してみたかったんだしよー！」
「紫鶴殿は冗談が通じる相手ではない。まったくお前は……」
「……？……？……？」
ヴィルアが翠の元へやってきて、血の染み出た腹に手をかざす。
ほわ、と光が傷口にしみこんで、やがて傷は消え去った。
紫鶴は驚いた。
「な、なん、」
「申し訳ない、紫鶴殿、竜矢殿」
翠は立ち上がり、頭を下げた。「こいつと私は友人なんだ」
「へ……」
「今までのはすべて狂言で――こらお前も頭を下げろ」
翠に後頭部をわしづかまれ無理やり頭をさげさせられて、ヴィルアはあっはっはと笑いながら、
「悪かったな、うん」
と全然反省の色の見えない様子で謝った。
紫鶴は呆然とふたりを見つめた。いつの間にか握っていた剣は消え、竜矢に支えられていた。――倒れそうだったのかもしれない。
「いやー紫鶴嬢のことは翠に聞いててよ」
ヴィルアは陽気に笑いながら続ける。「一度会ってみたいと思ってたんだ。そこにちょうどこいつがいたもんだからさー」
「……打ち合わせもなしに勝手にこんなことをやりおって……」
翠がぶつぶつ文句を言う。
打ち合わせもなしに、これだけの芸当……？
紫鶴と竜矢は呆気にとられた。それはつまり、ふたりがよほど深い間柄の友人同士ということだ。
「紫鶴殿、銃で撃たれた場所は大丈夫ですか？」
翠は心配そうに言ってきた。「銃弾は至近距離を通っただけで危険ですからね――もう本当に、こいつはっ」
「ちゃんと急所ははずしたぜ」
ヴィルアは偉そうだ。
「こいつの不始末、勘弁してやってください。私にやれることならひとつだけ叶えますから」
翠がしきりに恐縮する。
「あ……いや……」
紫鶴はぼんやりとしたままうろんな返事をしたが、
「姫」
と竜矢に呼ばれてはっと我に返った。
「い、いや。翠殿が無事なら私はいいんだ、うん」
「私は無事です。無事じゃないのは紫鶴殿のほうでしょう」
「それはすまない、姫君」
ヴィルアは唐突に紫鶴を姫扱いしだした。「痛いところは？ 治してさしあげます。誰か始末したい人間は？ 今すぐ始末しにいってきますよ」
「アホ！」
翠の拳がヴィルアの脳天にクリーンヒットした。
「大体な……」
翠は黒い瞳で痛がっている友人を見る。
笑顔で。……目が笑っていない笑顔で。
「故意とは言え……同意の上とは言え……痛かったのだがな？」
「―――」
ヴィルアがびくっと退く。
翠は目が笑っていない笑顔のまま、
「さあ紫鶴殿、今夜のこれからの予定は決定です。お茶会しましょう」
「お茶会か。――そちらの方も？」
「ヴィルアですか。もちろんですとも」
紫鶴殿さえよろしければ――と翠は言う。
紫鶴は微笑んだ。
「おふたりが本当に仲のいいご友人ということは分かった。ぜひ、一緒にお茶会をしよう」
「はいはい。ケーキはいくらでも出せますからね」
翠は例によってあの意味不明なわざを見せた。
ずばり、『懐からたくさん物を出しちゃうよ』わざ。
さすがにテーブルはあずまやにあったものを使ったが、皿やフォークやスプーン、そしてケーキは翠の懐から出てきたものだった。
ケーキ！？ とヴィルアがひっくり返った声を出す。
「じょ、冗談じゃないぜ！？ 私にケーキを食えってのか！ おいこら翠！」
「もちろん食え。お茶会に出席するなら食え。お茶会に出席しないなら一度紫鶴殿の剣のえじきになれ」
「ひひひ姫〜ここにひどいことを言う人がいます〜」
「いや、ええと……食べたくないなら、食べなくていいのではないかな……」
ヴィルアに泣きつかれ、紫鶴は困ってそう答える。
ちっと翠が横を向いて小さく舌打ちした。
「み、翠殿？」
「何でもありませんよ紫鶴殿」
紫鶴殿のお好みのケーキはなんですか？ と翠は訊いた。
紫鶴はにっこり微笑んで、
「私の親友は薔薇が大好きなんだ。だから――薔薇の装飾をされているケーキが食べたい」
「よろしゅうございます。薔薇の香りつきでもよいかもしれませんね」
そして翠の懐から、どんとワンホールのケーキが出てきた。
ヴィルアがわあわあ騒ぎ出す。翠が再びごつんとヴィルアの頭を殴る。
紫鶴は微笑ましそうにそれを見つめてから、
「さあ、ケーキを取り分けよう。何人分にすればいいのかな」
と、ケーキナイフを手に取った。
―Ｆｉｎ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【６１１８／陸玖・翠／女性／２３歳／（表）ゲームセンター店員（裏）陰陽師】
【６７７７／ヴィルア・ラグーン／女性／２８歳／運び屋】
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■ ライター通信 ■
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陸玖翠様
こんにちは、笠城夢斗です。
続けてのゲームノベルへのご参加、本当にありがとうございます。今回はお友達とのご参加でとても楽しく書けました。ありがとうございました。
よろしければまたご友人と遊びに来てくださいｖ
またお会いできますよう……
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