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<東京怪談ノベル(シングル)>


Beast shrine maiden


  銀糸の髪に金色の瞳。 磁器のような白い肌。
 この国の色ではない。
 他の国でもこのような瞳の色はない。
 あるのは獣。
 これは獣の色だ。


 「そっちいったぞ!」
「化け物! 人のフリしたって無駄だかんな!?」
 心無い子供たちの罵声。
 言われるままに真央の容姿は、その色は異端の色だ。
 色素が薄いという理由だけでは到底済まされはしない。
 自分を産み落とした親ですら、この身を嫌っているのだから。
 好きでこんな色に生まれたわけじゃない。
 あたしは悪くない。

 特殊な家系であっても人は人だ。
 今を生きている人間であることに変わりはない。
 だが彼らはそれを理解しようとしない。
 同じ集団生活の中で、彼らは同じである事を求める。
 特徴なく平々凡々とした生活である事を求める。
 心の奥底ではその全てを否定しているくせに。
 人の目に触れるたびに奇異の目で見られ、蔑まれ、虐げられる。

 真央は十一歳にしてもはやこの年齢の子供の愛らしいところなど欠片もなかった。
 冷えきった眼差し。
 冷ややかな言葉遣い。
 大人びているわけではない。
 内からも外からも迫害され、感情を顕わにして訴えることに疲れてしまった。
 何も反応しなければいい。
 何を言われても放っておけばいい。
 内も外も。
 親も誰も彼も。
 親は何も言わない。
 この体が如何に傷つこうとも、親は決してそれを直視しようとしない。
 己の生んだ子供と正面から向き合うことを拒否する。
「…嫌い…人間なんて大嫌い」

 そして、日々繰り返される子供たちの苛め。
 今日もまた、真央はいじめっ子に追い回されていた。
 林の中を右往左往。
 後方から聞こえるいじめっ子たちの楽しげな声。
 得物を追い詰めようとじわじわと追い回すケダモノたちの声。
 真央は必死で逃げた。
 捕まればまたひどい仕打ちを受ける。
 体中の癒えきれぬ傷やあざの数々。
 その苦痛から逃れる為に、真央は視界に入った洞窟の奥へと足を進める。
 湿気を帯びた冷たい空気。
 まるで真冬のような空間。
 吐く息が白くなり、やがてそれも見えなくなった。
 一筋の光もささない暗闇の世界。
 それでも僅かに自分の姿を確認できるのは、岩壁に群生するヒカリゴケの類のおかげだろう。
 途中転びそうになるも、真央は恐れることなくただただ洞窟を進んでいった。
 当て所なく奥へと進んでいた真央はふと、来た道を振り返る。
 確かな明かりがある中ではない為、枝分かれした道のどれを歩いてきたのか全く分からない。
 しかも、何かがいる。
 何処にという確証はもてない。
 だが、真央の心に恐れはない。
 それは何故だか本人もわかっていない。
 そして、周囲を取り巻く気配は目の前に集約される。


斯様な所へ何しに来た 小童


「……」
 頭の中に直接響く声。
 低く、太い声。
 だがその声に真央は恐れることなく、それどころか歌を歌い始める。
 心の趣くままに。


気でもふれたか


 そういわれた瞬間、真央は目の前の気配に視線を向ける。
 冷ややかな、凍てついた心でその闇を見据える。
 自らの意思でここにいて、そして歌を歌いたい気分になったから歌っているだけだと、真央の瞳はそう語っていた。
 それを目の前の闇も感じ取ったのだろうか。
 にやりと、笑ったように見えた。
 だが真央は眉一つ動かさない。
 思うままに、心の命ずるままに歌う。
 暗闇の洞窟の中で、真央の細く美しい声だけが響く。
 音叉の反響する音の波ように。
 静かに静かに、洞窟に広がっていく。
「――――貴方は誰? 何故こんなところにいるの?」 
 ひとしきり歌った真央が目の前の闇に問いかける。
 闇は囁くように真央の問いに答えた。


この地に 縛られているのさ


「出られないのね」
 そして外へ出たいかと尋ねれば闇は一言、勿論と。
 魔物に手を差し伸べ、真央は囁く。
「おいで、連れて行ってあげる」
 自らもこの地で迷っているというのに。
 真央の言葉に、闇も激しく動揺した。
 罠か? そんな風に考えている様子だ。
 勿論真央は罠だとかそんな裏のことなど全く考えていない。
 出たいと願っているならそれに手を貸すまでだと。
 自分はいじめっ子ではないのだから。


――――面白い…… 小娘 名は


「真央…瑠守真央」
 貴方は? と問い返すと、闇は真央の眼前に近づき、その名を名乗った。


―――Beast―――…


 そして次の瞬間、黒い大型の犬への姿を変える。


『そなたが契約者――我が獣巫女』


 ビーストと名乗ったその黒い犬がそう囁くと、真央の体にスゥッと溶け込んでいった。
「!」
 体が熱い。
 今までにない感覚が真央を包む。
 自分の姿がはっきりとみえる。
 自分が光っているわけではない。
 ヒカリゴケの明かりだけで十分に状況が把握できるのだ。
「……ビースト……?」
 体の中にもう一つの確かな存在を感じる。
 ビーストの存在を。
 そして真央は来た道を引き返した。
 それまでまったく分からなかった道が、自分が辿ってきた道が分かる。
 導かれるように、いや、あたかもはじめから知っていたかのように。
 どれほど歩いただろう。
 前方が徐々に明るくなっていく。
 地上に出た瞬間、目を開けていられないほどの光に包まれた気がした。
 目が眩み、チカチカとする中で真央は自分の手を見つめる。
「――獣巫女……」 
 洞窟の奥で出遭った闇が変化した黒犬。
 そしてそれと共に生きる、獣巫女。




 ―――こうして、身の内に住まう獣との新たな日々が始まった。




―了―