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<東京怪談・PCゲームノベル>


デンジャラス・パークへようこそ 〜愛と勇気の花が咲く〜

(あれれ?)
 ハナコは、ふっと顔を上げた。井の頭池方向から、時空の裂け目にボートが巻き込まれたとき特有の、独特の波動が伝わってきたのだ。
 誰か不運な、もしくは物好きな来客が、タイムスリップしたらしい。
(そっか。今日はボート乗り場がにぎやかだなって思ってたら、お客さん来てたんだ。良かったね)
 挨拶がてら様子を見に行こうかとも思ったが、しかし肝心の来客が違う時空に旅立ってしまっていてはどうしようもない。
(ま。いっか。弁天ちゃんたちにまかせよっと)
 ここは、動物園入口の柱の横のゲートより繋がるハナコの部屋、『いのゼロ番』である。
 今、部屋中に広げられているのはエル・ヴァイセ王国の『への27番』、ルゥ・シャルム公国の『ろの13番』、ゲーム世界『白銀の姫』の『まの46番』と『むの39番』等といった、異世界からの亡命者居住区域別資料ファイルであった。幻獣動物園管理責任者として、ハナコもそれなりに業務を遂行していたのである。
(エル・ヴァイセやルゥ・シャルムのひとたちは、弁天ちゃんからイベント要員として駆り出されたりするから、東京のひとたちとも交流の機会があるけれど、問題は『まの46番』と『むの39番』なんだよねー)
 自分が生まれ育った世界から出奔してきた彼らは、多かれ少なかれ、心に傷を負っている。この世界の住人たちとの交流は、そんな彼らの癒しであったり、新しい人生を考えるうえでの情報を得られる貴重な時間でもあった。
 幻獣騎士連中やかわいい系軍人たちには、ときどき訪れてくれる人々がいる。だがしかし、アサルトゴブリンやジェノサイド・エンジェルに会いに来る勇者は、残念ながらあまりいないことが、ハナコはちょっぴり気がかりだった。管理責任者としては、移住者の精神的ケアも一応、考えているのである。
(んー。ハナコも自分で動物園内限定イベントとか、主催してみたほうがいいのかなー)
 そんなことを考えつつ、ハナコは私室を出て、いつもの定位置であるところの、動物園入口の門柱の上にちょこんと腰掛ける。
(でもねー。弁天ちゃんみたく、行き当たりばったりの計画って立てらんないんだよね。ほら、ハナコって根がデューク並みに真面目できちんとしてるし)
 もし知り合いの誰かが耳にしたら、大いなる異論を唱えるであろうことを、心の中で呟いた、そのときだった。

 ――ハナコの目の前、1メートルばかり先の空中に、緑色の不思議なリングが現れたのである。

 ☆★☆ ☆★☆

(んんん?)
 それは、星形のペンダントトップがついたネックレス――にも見えたが、只のネックレスではないことくらい、500年の人(象)生の長きに渡ってゲート管理をしてきたハナコにはわかった。
 ハナコが異界ゲートを開くときとよく似てはいるが、しかし微妙に異なる、何ともいえない超感覚。
 しいて擬音で表現するならば、「うにょろぉ〜ん」であろうか。
 ともかくもそのリング状のものは、いずこかの異世界に繋がるゲートであったらしい。ハナコがじっと見つめていると、やがて輪の中から、にょきっと、ひとりの青年が現れた。
 ……いや、正確に言うならば、何やらゼリー状の極小の群体生命っぽいものが、ふよんふよんと固まって人のかたちと質量をつくってみましたぁ! という感じであった。が、トンデモ生物に慣れきっているハナコにとっては、それくらい普通の範疇であるし、まして人に擬態したその姿が、ぐるぐる眼鏡にぼさぼさ頭が母性本能をくすぐる20台前半好青年となれば、ノープロブレムオールオッケイというものだ。
「はじめまして。東雲緑田です」
「わぁ。はじめまして。緑田ちゃんっていうの? あたし、ハナコだよ。この動物園の管理者。なぞなぞが好きなの」
 新しい出会いににこにこし、ご挨拶がてら&歓迎がてら、ハナコはいきなりなぞなぞを吹っかけた。
「いくよー! どんなに辛くても弱音をはかない動物はなぁに? 」
「ラクダ……?」
「うちの近くにできたお店はなんでしょう?」
「そばや……かな?」
「宇宙にいくとお腹がへらないのは、どうして?」 
「空気(食う気)がなくなるから?」
「すっごーい! 気に入ったよ、緑田ちゃん!」
 ハナコは緑田の右手を両手で握りしめ、ぶんぶん上下に振った。
「で、緑田ちゃんは異世界のひとっぽいけど、もしかして亡命希望者?」
「いえいえ」
 ハナコに握られた右手首には、金属状の腕輪が嵌められていた。その腕輪を、緑田は外す。その途端、どうした仕組みやら、ラーメン屋台が忽然と出現した。
「僕は、世界に、愛とか! 希望とか! 勇気を振りまきに! やってきました」
 緑田は、グローバルでインターナショナルな目的があって、異世界『東京』に来ることを決意したようである。
「うっわー! 美味しそうなラーメン屋さん。あのね、ハナコ、こう見えてラーメンにはうるさいの」
「魔法の屋台&魔法のラーメンです。味は保証付き」
「ねね、魚介系+豚骨系のダブルスープをベースにしたカレーつけ麺ってできる?」
「魔法の道具がありますから」
 同様の応酬がしばらく続き、聞きたいのはそこだけなんかい! と言いたくなるほどのこだわりラーメン談義が繰り広げられたのち、ハナコはしみじみと言う。
「そっかあ。他の世界へ逃げるんじゃなく、与えるために来たんだね。前向きでいいなあ。ハナコも見習わなくっちゃ。頑張って仕事をしているつもりでも、空回りしてちゃ、意味ないもんね。やっぱ、基本は愛だよね」
 ……最近、仕事に壁を感じ始めたキャリアOLのような口調である。
「ハナコさんには、愛や希望や勇気があふれまくりに見えますが?」
 緑田は、ぐっと拳をにぎりしめ、ハナコの顔を覗き込む。ハナコはふるふると首を振った。
「ううんー。そんなことないと思うよ。彼氏とかもいないし。愛とか希望とか勇気とかの斜め上を爆走してバンジージャンプする女神が身近にいるくらいで」
「ハナコさん」
 肩をぽんと叩き、緑田は本題に入る。
「魔法少女に、なってみませんか? そして、人生に行き詰まっている人々に、愛と希望と勇気をライスシャワーのように降らせてあげるのです!」

 ☆★☆ ☆★☆

 その日、草間興信所に、ある調査依頼が持ち込まれた。
 何でも、どんなラーメン通も唸るほどの美味いラーメン屋台を引く東雲緑田という青年と、魔法少女『フラワーフェアリー*ハナコ』を名乗るふたり連れに、遭遇したというのである。もう一度会いたいので、彼らを探して欲しいという内容だった。
 依頼人は、大手建設会社の課長補佐(47歳)。既婚。子どもは娘がふたり。
「恥ずかしながら私、リストラと申しますか、孫請け会社への無期限出向を命じられましてね」
 大きなミスもなく、この25年間、誠実に勤め上げてきた会社から随分な仕打ちを受けるものだと、彼は思ったらしい。来春、結婚が決まっている長女からも、「ええー? リストラぁ? 彼のご両親に何て言えばいいのぉ? 披露宴のとき、体裁が悪いじゃない」などとなじられていたこともあって、精神状態が不安定になっていたという。
 今までは真面目だった勤務態度も一変し、おざなりに仕事を終わらせて、定時退社後は泥酔するまではしご酒。そんな日々が続いたある日のこと。
 いつもどおりに泥酔した深夜、夜の街をふらふら歩いていて、目つきの悪い男たちにぶつかってしまったのである。
「おう、おっさん。気ぃつけろよ」
 すぐに謝れば事なきを得たろうに、彼は自暴自棄になっていて――
「そっちこそ、口の利き方に気をつけたまえ」
 自分から殴りかかろうと、身構えたのである。当然、相手も色めき立つ。
 男のひとりは、胸ポケットから、ナイフを取りだしてきた。
 すわ、盛り場に血の雨が、と思われた、その矢先……!

 ポップなんだか演歌調なんだかわからないメロディが、どこからともなく聞こえてきたのだ。
 
  東京砂漠と いうけれど
  探してみれば 人情も
  こころの花も 残ってる
  咲かせてみせましょ 一面に
  あなたのために 枯れない花を
      【作詞:緑田&ハナコ】

「誰が呼んだか知らないけれど、呼ばれなくても駆けつけちゃうよ! 『フラワーフェアリー*ハナコ』只今検算! あ、間違えた見参!」
「はじめまして、東雲緑田です。愛と勇気と希望がなければ困っちゃう皆さんのために、ささやかな草の根活動を行っています。どうですか、ラーメンを一杯」
 何やら自分で走っている風に見えるラーメン屋台を引いた青年と、その屋台の上に乗っかっている、魔女っ子アニメに出てきそうなふわふわひらひらのドレスに身を包み、魔法のステッキらしきものを持ってポージング中の小さな女の子を見て、いざ、乱闘を始めようとしていた一同の気分は、一気に醒めまくった。
「あ、おれ、用事があったんだ」
「俺も。忙しかったんだよねー、うん」
「私も。妻と娘のもとに帰らないと」
「そんな皆さん、ご遠慮なさらず! さぁ、ハナコさん! 出番ですよ。心おきなく必殺技を!」
「おっけー! 『必殺! ブリザードフラワーエクセレェェェェント!!!』
「「「いきなり必殺技はやめろぉぉぉお!!!」」」
 盛り場を逃げまどう人々の頭上に、チェリーレッド、ベビーピンク、ゴールデンローズ、グランブルーといった色合いの各種『ブリザードフラワー』が、ぽたぽたぱらぱらと降ってくる。
 その一帯は、高級ブリザードフラワー店のような状態になり――つまりそれが(それだけが)『フラワーフェアリー*ハナコ』の決め技であるらしかった。
「自由に持って帰ってね。保存状態によって持ちが違うから、飾るときは高温多湿に気をつけて。湿度は30〜50%、温度は18〜22度がベストだよ♪」
 
 ひととおり状況を語った依頼人は、こう付け加えた。
「そのブリザードフラワーを抱えられるだけ抱えて、手みやげ代わりに長女に渡しましたら、それはそれは喜びましてね。ウエディングブーケにアレンジするんだといって大はしゃぎです。お父さんありがとう、ひどいこと言ってごめんね、とも詫びてくれまして……。あの後、東雲氏とハナコ嬢はどこへやら消えてしまい、まだ御礼を言ってないので、是非、もう一度お会いしたいんですよ」
 
 ☆★☆ ☆★☆

 ――以上は、まだ緑田がこの世界に来たばかりの、いわば少しばかり過去の出来事である。
 それからも、緑田とハナコはときおりコンビを組み、愛と勇気と希望が必要かも知れない局面をキャッチするやいなや現れては、美味しい魔法のラーメンで場をなごませ、ブリザードフラワーを降らしているのだ。
 折に触れ、緑田は、普通のラーメン屋台の『おやっさん』としても、井の頭公園内に出没している。
 そんなときはハナコも普通のOL(どこが)としてカウンターに座り、
「緑田ちゃん。今日はねー、そうだなぁ東京風醤油ラーメン大盛りで。トッピングに味玉とノリ……じゃなかった『おやっさん、いつもの頼む』!」
「いらっしゃいませハナコさん。いやあ、寒くなりましたねぇ。どうですか最近、お仕事の方は?」
「ぼちぼちかな。あせらないほうがいいよね、なにごとも」
「そうですよ。誰しもが、こころに、枯れない花を持っているんですから!」

 ……などという会話を、しているのであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6591/東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)/男/22/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
緑田さま、初めまして! ゲートをくぐる早々、ハナコと出会ってくださり、まことにありがとうございます。
決め技がひとつしかない魔法少女で申し訳ありません。でも、高いんですよねぇブリザードフラワーって(世知辛いことを)。
魔法のラーメン、是非食べてみたいと思いつつ。今後とも宜しくお願い申し上げます。