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<東京怪談・PCゲームノベル>


似而非者

 この物騒なご時世だから、俺は一応家の鍵はかけて出る主義だ。鍵穴式の鍵―――これはごくごく一般的で廉価なタイプのものだから、効果はさほど期待できない。留守中に空き巣やら何やらが入り込んでいても、おかしくはない程度のもの。
 で。
 問題は俺が掛けている『もうひとつの鍵』だ。仕組みとかは面倒だから省くけれど、これは絶対に俺にしか開けられない。
 ということはつまり。
 考えるまでもなく。
 目の前にいるこいつは―――俺(但し顔に生傷あり、服装はジャージ)だ
 結論は出た。現状把握は万全。さすが俺。
 対処法はまだ白紙だけど。

 そんなわけで、これはある晴れわたった夜空の下での物語。

 その日の夕方、少し早めに帰宅すると、既に室内にいた「もうひとりの俺」はにこやかに笑って俺に茶をすすめた。
「お、悪いなわざわざ……」
 うっかり礼を言ってしまった。
「いやいや、気にすんなって。ああそうだ、お茶菓子もあるよ?」
 どうぞ、という声がして、俺の前にドラ焼きが差し出される。
「いやぁ、どうもどうも……っつーかそれ、元々俺のじゃねえか!」
 俺が言い返すと、もうひとりの俺は……って何かややこしいなあ、まったく。とりあえず「こいつ」のことは「森羅」でいいか。まあ当然同一人物なのだから、俺も森羅だけどね、弓削森羅っていう。
 とりあえず俺がドラ焼きの所有権を主張すると森羅は(何かこう言うと、俺が森羅じゃないみたいだけど、仕方ない)突然パチパチと手を打った。
「おーさすが俺、見事なノリ突っ込み!」
 俺が褒めたわけじゃないけど、これも一応自画自賛に分類されるんだろうか。
「本当はこのまま漫才大会にでも突入できると嬉しいんだけどね」
 嬉しいらしい。
「双子漫才の更に上を行く、究極だよこれは」
 本人同士だからな。
「でもね、今は時間がない」
 森羅はそういって真面目な顔を作った。
「明日の日没までに帰らなきゃまずいんだ」
 ―――もといた世界に。
 まあ順当な展開だ。同一人物が二人、ということはどちらかが別世界から飛ばされてきたと考えるのが妥当だ。
 明日の日没ということは、異世界モノにつきものの、タイムリミットというやつだろうか。
 俺が尋ねると、森羅は首を横に振った。
「いやー、毎週見てるドラマが明日放送なんだけどさ。録画予約してないんだよね、これが」
 困った困ったと、森羅は笑う。
「…………」
 突っ込み待ち?
 ていうか俺って、ボケもツッコミも平等かつ潤滑こなすってのがウリだったはずなのに、さっきからツッコミばっかりなんですけど。
「ほら、やっぱり個性って大切だからさー。混ざらないように今回俺はボケに徹させてもらうよ」
 読心術―――なんてものではなく、本人だから考えてることは丸見えというやつらしい。
 とりあえず、飛ばされる直前まで紫桜と一緒にいたという森羅の話だったので、とりあえず『彼ら』と合流するしよう。
 そうして俺たちは顔を見合わせて、同時に笑った。
「面白そーなことになってんじゃん!」
 と、玄関の呼び鈴がなった。どうやら『彼ら』の方が行動が早かったらしい。


 玄関を開けると案の定、彼の隣にももうひとりの紫桜がいた。こちらも何やら埃っぽい感じだ。引っかき傷もある。
「そういうわけで、しーたん……」
 俺がこちらの紫桜―――しーたんに声をかけると、俺の隣にいた森羅が感心したように声をあげた。
「なるほど。そうやって呼べば間違えがなくてわかりやすいね」
 片手をあごに当てて考えるそぶりを見せる。
「そーだっ。森羅の『し』をとって、しーたんにしよう、な? しーたん」
 確実に確信犯だ、こいつ。
「余計混乱するだけじゃねーか!」
 俺がボケに徹するとこうなるらしい。やっぱり何事も適度が良いようだ。今後の参考に覚えておくことにする。とりあえず話を戻そう。
 二人の説明を照らし合わせた結果、現在の状況は。
 彼らが弓削家の倉庫を掃除中に、野良猫乱入。その騒ぎに乗じて、保管してあった呪物が発動。気がついたらこちらの世界に飛ばされていた、と。
「はぁ、それはまた無駄に古典的な話です……」
 言いかけたしーたんに、俺は満面の笑顔を向けた。
「古典的……な話……だね」
 強制語尾訂正完了。
「さて、それでは倉庫に行って原因究明でもしましょうかね」
 再びしーたんの声。俺がその口調に反応して顔を向けると、それはしーたんの方ではなかった。まったくもって紛らわしいことこの上ない。


 弓削家倉庫内。
 俺たちは『それ』の前に一列横隊直立不動でかしこまっていた。
『ふむ、それではその無礼者が妾に謝罪をし、そののち然るべき責を負えば、この件に関しては不問とし、そこな二名を元の世界に帰してやろうぞ』
 我が家の倉庫で埃をかぶっていたプラスチック製招き猫(塗装剥げ気味)はこの上なく尊大な口調でそう告げた。
 なんでこんなに偉いんだよこいつ。材質がプラスチックである以上、そんなに歴史も由緒もないだろうに。ていうか雌だったんだ、初耳。
 そんなことは口が裂けても言えないので。
「あ、はい。ありがとうございます。必ずその不届き者を捕まえてきますから」
 ていうか何で俺、敬語になってんだよ。
「それでは、ひとたび御前失礼させていただきとうございます」
 しーたんが慇懃無礼に招き猫(そういえば小判の端がちょこっと欠けている)に礼をする。
「次にご尊顔拝し奉ります折りには必ず、その不心得者を御前に参らせますゆえ」
 今度は紫桜が言葉を続ける。
 このとき俺は、久しぶりに『紫桜』の笑顔が怖いと、思った。
『うむ』
 招き猫は、威厳たっぷりに頷こうとして。
 そのまま棚から落ちた。招き猫に首の関節など存在するはずもなく、にもかかわらず重心が前に傾いた結果であった。


 とりあえず「無礼者」―――要するに倉庫に乱入してお偉い招き猫様のご尊顔とやらに引っかき傷を作った猫―――を探すため、俺たちは倉庫を出た。
「困りましたねぇ」
 開口一番、しーたんと紫桜が溜息を落とした。
「どーしたんだよ? あいつ、神社の境内に住み着いてる真っ黒い野良だろ。とっ捕まえて……」
 森羅がぎゅうっと何かを捕まえる仕種をしてみせる。
「あちら―――つまり俺たちの世界では、ですよ。森羅」
 紫桜が森羅に言う。
「あれ、でもこっちでもいるぜ、神社に野良猫」
 なあ、としーたんを見ると、彼は首を横に振った。
「それがね」
 しーたんは何故か言いにくそうな顔をする。
「残念ながら、先月の終わりに交通事故で……」
「あちゃー……っていうか。向こうでは生きてるのに、こっちでは死んでるのか?」
 素朴な疑問。
「そういうこともありますよ。時系列がずれていたりとか、何かの拍子に細かい事象が変動することは」
 時系列。
 紫桜の言葉に俺は森羅とかわした会話を思い出す。
 ああ、なるほど。
 さっき森羅が楽しみにしていたドラマ―――あれはこっちの世界では、半年前に既に最終回を迎えている番組だ。
「そんなことを議論していても仕方ない。とりあえずどこかで似たような猫を探して……」
 しーたんが諦めたように口を開いた。
「でもこの辺り、あれ以外に野良猫いない……」
 言い返しながら俺は、ある事実に気がついてごくりと唾を飲んだ―――いや、いるのだ。あと一匹だけ。
「……あのう、もしかしてもしかしなくてもですよ、しーたんさん?」
 何か言葉遣いが怪しくなった。
「ふむ、それが次善策ですかね」
 あっさりと紫桜が断じる。
 森羅も軽く頷いた。

 かくして近所のボス猫(超凶暴野良)捕獲ついでに墨染め作戦が決行されることとなったのである。

 てんやわんやのその結末。筆舌に尽くしがたいのであまり語りたくはないのだが。
 一言で表せば、つまり―――『痛かった』。以上。そんな感じだ。
 それでも捕獲は難なく済んだのだ―――ちょうど奴が眠っていたから。
 問題はその後。
 墨染め作戦である。
 思ったより手間取ってしまい、眠っている間に事を済ませられなかったのが悔やまれる。
 そういうわけで、もとより傷だらけだった森羅や紫桜はもちろん、今は俺としーたんまでもあちこち生傷だらけだった。
 俺たちは四人で顔を見合わせて笑い、暴れる猫を抱えて、我が家に足を向けた。

 
 再び、倉庫。
『それで、そこな無礼者は何と言っておる?』
 お偉い招き猫様には、ありがたいことに猫語は通じないらしい。
 墨染めの猫はにゃごにゃごと、文句を言っているのか喧嘩を売っているのか。おそらくは後者であろうけど。
 そんなこと素直に伝えられるわけもなく。
「あ、ええ。大変申し訳ありませんでしたって言ってます」
 口からでまかせ。さすがに信じないかと思ったのだが。
『なるほど、それでは反省しておるのだな?』
 招き猫はあっけなくも見事に納得した。
「ええ、それはもう、心の底から」
 しーたんがにこやかに嘘を吐く。
『では、このたびに関しては許してつかわそう』
 許すも何も、そもそもが濡れ衣である。着せたのは俺たちだけど。
「……ありがとうございます」
 俺たちは半ば棒読み半笑いで、声を揃えて礼を述べた。
 これで終わる。
『それでは―――扉を開こう』
 招き猫がそう告げると同時に、空間がぐずっと歪んで。
 その向こうに、別の世界が垣間見える。
 それは、森羅と紫桜とが暮らす―――。
「あっちの世界なのかよ、アレが?」
 いくら時系列がずれているとはいえこれはあまりにも。
 そこには。
 こちらの世界では遥か昔に絶滅したはずの古代生物。巨大爬虫類。要するに恐竜。そんなのがわやわやと群がっている。
 森羅と紫桜に視線をやると、二人は力いっぱい首を横に振っていた。
「違う違う!」
「それじゃないです!」
 二人の言い分にも聞く耳を持たず招き猫(よく見れば実は耳も一部欠けていた)は宣告する。
『己の世界に帰るがよい!』
 その瞬間、招き猫の首に巻かれた鈴が光り、歪みが二人を吸い込み始めた。
 何と言うか、勘違いも甚だしい。
 そんな中、周囲の騒ぎに刺激されたのか、黒染めされた野良猫がふぎゃーと叫んで背中の毛を逆立てる。招き猫の視線が猫を追った。
 その隙を突いて、しーたんがすうっと招き猫の背後に回りこんで、その頭部をぱしんとはたいた。
 バランスを崩した招き猫は再び倒れこむ。
 俺はその首から鈴を抜き取り、掌に握りこんだ。
 歪んだ空間の奥で、景色が一変する。
 ここと、よく似た―――いや、同じ場所。倉庫の中だ。
「……成功、ってか」
 歪みの中に、もう一組の俺たちが消えていく。その最後の最後に、二人は笑って手を振った。
 それと同時に、俺の手の中から鈴の感触が消える。
「まだ終わりじゃないみたいだけど……」
 しーたんの台詞に、俺は嫌な予感を覚えた。そう、猫は二匹いたのだ。


 結局、野良猫は倉庫内でひとしきり暴れると、数分後にするりと扉の隙間を抜けて出て行った。
 そして久々の静寂。
「策を弄するより、最初っからこうしとけば良かった気がしますね……っと、じゃなくて気がするよ」
 しーたんはそう訂正してから、俺に笑いかける。
「それを言うな」
 言い返しながら俺は、もう動かない、喋ることもしなくなった招き猫を拾い上げ、その埃を払ってやる。
 元のように棚に戻してやって、辺りを見渡す。
 二匹の猫のせいで、倉庫内は天地がひっくり返ったようなありさまだ。
「片付けなきゃなー、これ」
「手伝おうか?」
 協力を申し出てくれたしーたんの頬には、ひっかき傷があって。
 俺たちは二人して埃まみれで。
 そうしてこれから倉庫を片付けるのだ。
「悪いな、ありがとう」
 こっちとあっちは、やっぱり平行に走ってるんだと、思った。
「その扉、閉めといてくれ―――猫が入りこんだら、大変だからな」
 俺がにぃっと笑うと、しーたんも同じように笑いかえす。
「ああ。お猫様のご機嫌を損ねないようにね」



END




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【6608 / 弓削 森羅(ゆげ しんら)/ 男性 / 16歳 / 高校生】
【5453 / 櫻 紫桜(さくら しおう)/ 男性 / 15歳 / 高校生】



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■         ライター通信          ■
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弓削森羅様

はじめまして、超絶遅筆ライター紀水葵と申します。
このたびは、「似而非者」へのご参加ありがとうございました。

いつもと異なり、基本一人称ノベルでしたが、心情描写等不備がないとば良いのですが……。
平行世界との交錯の物語、お気に召しましたら幸いです。

それではまたどこかでお目にかかれますよう。


紀水葵