コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


Fighting Girls

「ほにゃー…」
 ある日曜日。
 真新しい黒系のジャージと、しばらく慣らし履きをしていた白いスニーカーに身を包んだ立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、黒 冥月(へい・みんゆぇ)に連れられてきた場所を見て、感心の声を上げていた。いつもは髪を下ろしているのだが、今日は運動ということでゴムできゅっと結んである。
「そんなにすごいか?」
「すごいですよ。冥月さん、もしかしてここに住んでませんか?」
 それを聞き、同じようなトレーニングウェアを着ている冥月が不敵に微笑む。
 今二人がいるのは、冥月が自分の力で作り出した影の中にある亜空間だった。見た感じは室内競技場のあるドームのようで、周囲は全て闇だ。だが電気が通っているので暗くはないし、別次元にいるからと言って息苦しいわけでもない。
 しかもその中にあるのは、陸上競技用のトラックだけではなかった。冥月が案内した部屋には、自己鍛錬用に揃えたというトレーニングマシンや、汗を流すための風呂にサウナまである。
「こっちは休憩室だな」
 そう言われた部屋には座り心地の良さそうな椅子やマッサージ器だけではなく、スイーツやドリンク類が入った冷蔵庫まであった。下手なスポーツジムよりしっかりしている設備に、香里亜は感心するやら驚くやらだ。
「お金が取れそうです…」
 冥月がここに香里亜を連れてきたのは、無論金を取るわけでも、ただそれを見学させるためではない。
 色々な事件などがあったせいで、せめて自分の身ぐらい自分で守りたいと「私を鍛えてください」と香里亜本人に頼まれたので、まずは基礎体力と身体能力を測るために来たのだ。冥月が知ってる武術はいろいろあるが、身体的な特性を無視して鍛えればケガの元になる。それを知るためにも、一度全てを数値にしておかなければならない。
「今日は何をするんでしょう」
 初めてここに来たので気が急いているのか、既にジャージの上着を脱ぎTシャツ姿になっている香里亜に、冥月はまずトラックの端にある身体測定用の器具を指さした。
「運動の前に平常時の血圧や体温に脈拍、肺活量、身長に体重、肥満度を測定だ」
 最初はふーんと聞いていた香里亜が、「身長に体重」という所で表情が止まる。
「し、身長と体重ですか?」
「計らないとトレーニングメニューが作れないぞ」
「うっ…小さいのは分かってますけど、数値になると思うと何かドキドキします…これ、他の人に言わないでくださいね」
 言った所でどうしようもない話なのだが、体重などを知られたくないのは女心という所か。
「言わないから安心しろ。私と香里亜との秘密だ」
 そう言うとやっと安心したように香里亜はスニーカーを脱ぎ、身長台に乗った。身長は146センチ…かなり小柄だ。体重も平均からすると軽い。血圧や脈拍は平均値で、体温も最近の女性に多いと言われる「低体温症」でもないようだ。代謝機能に問題はないだろう。
「肺活量…コレ苦手なんですよね」
 香里亜がすうっ…と息を吸い、装置に向かって思い切り息を吐く。
「……〜!」
 ギリギリまで頑張っているようだが、年齢から行くと平均値だ。それを見て冥月は少し考える。
「ある意味鍛え甲斐がありそうだな」
 全くの運動音痴であったり、身体能力が低いのであれば鍛えるのは難しいだろうが、運動らしい運動は歩くぐらいしかしていない状態でこれだけ保っているのなら、上手く伸ばしていけるだろう。
 バインダーの紙に数値を書き付けると、冥月は次にやることを言った。
「さて、いきなり運動をすると筋肉を痛めるから、まず準備体操がだ。ラジオ体操と、アキレス腱のストレッチや屈伸運動、首の運動…少し汗ばむぐらいが丁度いいな。真剣にやれよ」
「はい、ラジオ体操は高校の体育の授業以来です」
 カチッ…とテープレコーダーのスイッチを入れると、おなじみのラジオ体操の音楽が耳に入ってきた。冥月がいた中国にこういう体操はないのだが、ラジオ体操を真剣にやると全身がほぐれるように出来ているので、香里亜になじみの深いであろうこれを選んだのだ。
「いちにーさんし…」
 まずは何事も基礎が大事だ。自分ぐらい鍛えているのであれば、咄嗟の運動にも筋肉がついていけるが、今いきなり香里亜にそれを求めるのは酷だ。見本になるように一緒に運動しながら、冥月はこれからやらせようと思っていることを考える。
 まず五十メートル走のタイムに、五分間走による持久力テスト。握力と背筋力で筋力を計り、垂直跳びと立ち幅跳びで瞬発力を計る。他にも平衡力や柔軟性、敏捷性・協応性など、調べたいことはいろいろあった。
 念入りに準備体操を終え、冥月は香里亜に一つ質問をする。
「香里亜、体力測定で自信のあるものはあるか?」
 それを聞くと、香里亜はうっすら汗ばんだ額を手の甲で拭いながらにっこりと笑った。
「体は柔らかいんで、前屈は自信があります。あとは短距離走でしょうか…」
 確かに体が硬そうな印象は受けない。一番最初に前屈の測定場所に連れて行くと、ひょいと難なく手が足の下まで伸びる。
「柔軟性はなかなかだな」
「でも、この測定器って転んだら刺さりそうでちょっとドキドキしますよね」
 考えたこともないような言葉に、冥月は思わず測定器を見た。確かに前に倒れたら…と思うかも知れないが、そもそも測定器自体は自分の足で支えているので、よほど平衡感覚がおかしくない限りそんな事はない。
「ふむ…じゃあ、体力測定で一番自信がないものは何だ?」
「あ、握力…」
 握力計を手に取り、冥月は右手ででそれを握った。スレンダーな体付きをしているが、その身には鍛え上げられた筋力が眠っている。軽々と百キロ以上の数値を出す冥月に、香里亜が感心する。
「すごい…私、二十キロいかないかも…ほにゃーっ!」
 本人がそう言ったとおり、利き手である右手でも十六キロぐらいしかない。左になると更に落ちてしまう所を見ると、武器を振り下ろし戦う武術は向かないようだ。持っている武器を落としてしまっては元も子もないどころではなく、下手すると敵に武器を渡してしまうことにもなりかねない。
「あう…やっぱりー」
「次行くぞ」
 出た数値に落ち込む暇を与えず、冥月は時折休憩を交えながら全ての数値を測定していった。
 垂直跳びや立ち幅跳びなどは平均…伏臥上体そらしはかなり平均値より上だ。だが、やはり筋力が弱いのか、背筋力はあまりない。腹筋や腕立て伏せの回数も少なめだ。代わりに瞬発力は割といいようで、光刺激反応時間や五十メートルのタイムはいい方に入る。
「冥月さんは、どれぐらい走るの速いんですか?」
 五十メートル走を終え、息を整えている香里亜に冥月はストップウォッチを渡した。
「百メートル走るからちょっと計ってみろ」
 トラックの端まで小走りで向かい、冥月はスタートラインに立つ。しばらくこうやって走ることはなかったが、仕事などでは足を使っているので衰えているとは思わない。
「位置について!」
 キッ…と全身の感覚が研ぎ澄まされる。
 仕事になれば履き物など関係なく成果を問われることになる…その時の感覚を思い出すように、辺り一面にピンとした緊張感を漂わせる。スタートのその一瞬を逃さぬよう…もしそれが銃弾だったりしたら、動くのが遅れただけで待っているのは死だ。
「よーい、ドン!」
 まるで陸上選手のように走り抜け、ゴールを少し通り過ぎた所でゆっくりと速度を落とす。だが息は全く乱れておらず、そのまま香里亜が持っているストップウォッチに目を向けた。タイムを見た香里亜が、目を丸くしながら十秒台で止まっているそれを見せている。
「冥月さん、オリンピック出られますよ」
「トラックの上だからこんなものだろう…さて、休憩が終わったらソフトボール投げと五分間走に、閉眼片足立ちだ。それで体力測定は終わりだな」
「はい、最後まで頑張ります。もう死ぬ気で」
「ここで死んだら鍛えられないだろう…」

 全ての測定を終え、冥月は全国平均と見比べながら香里亜をどう鍛えるかを考えていた。持久力も平均ぐらい…瞬発力の速筋か持久力の遅筋かで鍛え方は違うが、香里亜はどちらかというと速筋型だろう。体も柔らかいので、中国武術や合気道に向いているかも知れない。
「やっぱり筋力低いですね…」
 休憩がてらに冥月の腹筋や腕立て伏せの速度や回数、ソフトボール投げで端の方まで投げる所などを見たせいか、香里亜が自分の数値が書かれた紙を見て腰だけ肩を落とす。
「まずは基礎体力向上からだな」
 しかし全く使い物にならないわけではない。基礎体力を上げていき、その後で護身術を兼ねた体の使い方を鍛えていけばいいだろう。
 まずはジョギングやウォーキング。腹筋などの筋力トレーニングメニューを話すと、香里亜が頷きながらこんな事を言う。
「必殺技とかないんですか?一子相伝の奥義とか!」
「そんなものあるか」
「あ痛っ」
 それはテレビやマンガの見過ぎだ。思わず無防備になっている香里亜の額に、冥月はぺち…と突っ込みを入れる。
「どんな凄い技も要は基本の応用と組合せだ。中身だけ知って強くなれたら武術の意味がない。大体私のは我流に近いからな、奥義どころか技さえない」
 基礎ぐらいは学んでいるが、そういう技は大抵実践向きとは言い難い。気を練れば刃物を頭で叩き折れたとしても、相手が悠長に待っていてくれるわけではないのだ。そんなものを覚えるぐらいなら、基礎だけで相手の攻撃をかわし隙をついた方がよほど役に立つ。
 額をさすりながら、香里亜は真剣な表情で話を聞いている。
「そうなんですか…じゃあコツコツと頑張らなきゃいけませんね。これからよろしくお願いします」
「その通りだ。早速今から持久走と筋トレをするぞ。いきなり無理してもダメだから、ゆっくり私の言うとおりにな」
 持久走は少しゆっくりめぐらいのペースで時間を長く、筋トレも同じようにゆっくり筋肉の奥に届くように時間をかけてやっていく。
「家ではダンベルなどで鍛えるといいな。いきなり重たい物を使うと筋肉を痛めるから、まずは500mlのペットボトルを使ってやるといい」
「はい」
 ダンベルトレーニングを同じようにこなしているが、香里亜が持っているのは一番軽い物で、冥月が持っているのはかなり重い本格的なものだ。一緒にこうやって側にいてトレーニングをするのは毎日というわけにはいかないが、一つずつじっくり教えれば家でも充分鍛えられるだろう。
「今日はこの辺にするか。ずいぶん汗もかいたしな」
「はうー久しぶりに筋肉を使った気がします…汗でびしょびしょです」
 一生懸命タオルで汗を拭っている香里亜に、冥月は最初に案内した風呂の方を指さす。
「風呂に入っていくか?今日はトレーニング初日だから、筋肉のマッサージも教えないとな」

 筋肉の疲れが取れやすいように、ラベンダーのオイルと重曹が入った入浴剤を入れ、冥月と香里亜は仲良く広い湯船に浸かっていた。水分補給のためほんのり冷たいスポーツドリンクが入ったペットボトルだけではなく、シャンプーや石鹸、洗顔料までしっかりと揃っている。
 洗った髪の毛をタオルでまとめた香里亜は、湯船の中で手を伸ばしながらふぅと溜息をつく。
「私、全然ダメですね…体は柔らかいけど力はないし、ちょっとしょんぼりです」
 冥月自身がダメだと言ったわけではないのだが、どうやら見せつけられたように感じてしまったらしい。そんな香里亜の姿を見て、冥月はにやりと笑う。
「いや、一つだけ私より勝っている部分があるぞ」
「え?」
「胸の大きさだ。大きいとな、揺れて戦う時は邪魔なんだ。うん、理想的だ」
 ………。
 そう言われ、香里亜は自分の胸と冥月の胸を見比べた。確かに武術や運動にはいいのかも知れないが、ないよりはできればあった方がいい。それに香里亜自身は出来れば欲しいと思っている。
「冥月さんひどーい、そんな事言うなら半分分けてくださいよー。ええい、ぺたぺたぺたぺた…」
 口で擬音を発しながら、香里亜は冥月の側まで近寄り背中や腕などをペチペチと触る。これではまるで自分が御利益のある地蔵みたいだ。
「こらこら、触っても移らないぞ」
「目指せ『大人のお姉さん』なんです。身長もちょっとこっちこーい」
 そんな事を言いながらニコニコと微笑む香里亜に、冥月はくすっと笑う。
 これからが鍛えて行くにつれて、戦いが始まっていくだろう。香里亜自身が自分と戦うだけではなく、狙ってくる者達もきっと出てくる。その時に、背中を守るだけではなく共に戦っていけるように。
「…頑張ろうな」
「はい、頑張ります」
 顔を見合わせ微笑みながら、二人は同じように伸びをした。

fin

◆ライター通信◆
シチュノベ発注ありがとうございます、水月小織です。
何度もゲームノベルで書かせていただいているので、シチュノベが初だということに驚きました。
香里亜を影の空間に案内して体力測定…ということで、冥月さんの抜きん出た能力を見せながら頑張って体力措定に励んでます。体は柔らかくて小柄な香里亜は、新体操向きというイメージがありましたので、そんな感じになってます。ラストは仲良くお風呂に入って、その後マッサージやスイーツなのでしょう。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またゲームノベルなどでよろしくお願いいたします。