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<東京怪談・PCゲームノベル>


神水の森



 暗く静寂に包まれた森の中に、一条の青い光が差し込んでくる。
 神秘的な光の筋を辿って葛葉が空を見上げると、細い月が宵闇に顔を出していた。光は弱く周囲を鮮明に捉える事は出来ない。けれど、沿道に茂る木々が不自然な風に揺れ動くさまを見ると、葛葉はその風が人為的に起こされている事を悟った。
「また破魔が、何かをしでかした仕返しとか……そういうので無いと嬉しいわ」
 神社の拝殿に佇んでいた葛葉は、来訪者の気配を感じ取ると深い溜息を零した。
 こんな夜更けに人間が参拝に来る事など滅多にない。となると人外の者である事は間違いないのだが、今この場に訪れようとしている者は、葛葉がこれまでに感じた事の無い力の持ち主のようだった。とはいえ、敵意は感じない。
 木々のざわめきが一際高鳴り、強い風に煽られた木の葉が宙に舞いながら黒く螺旋を描く。
 この景色を真昼の光の中で眺めたらさぞ美しいだろう、と葛葉が思っていると、その螺旋の向こうに、ふと人影を捉えた。
「……女の……人?」
 葛葉と同じ長い黒髪を揺らめかせ、風と戯れるように遣って来たその女性を、葛葉は微かに驚きの表情で見つめる。その視線に気付いたのか、女性は葛葉に気がつくと、ニッコリと微笑んだ。
「今日和。ここ、破魔君が住んでる場所だと聞いたのだけど、ご在宅?」
「……ええ。居ますけれど」
 破魔にもこんなにまともな知人が居たのだ、と葛葉が嬉しそうな表情でそう述べると、目の前の女性は月の光よりもさらに透き通った蒼い瞳に好奇の色を浮かべた。
 彼女は、風祭真と名乗った。


§ ◆ §


「破魔くーん! 今日和ー!」
 真は、葛葉に伴われて神社の本殿奥にある一軒の平屋へ赴くと、屋根の上に座って月を眺めている一人の少年に向かって大声で呼びかけた。
 暗がりではっきりと相手の表情を識別する事は出来ないが、名を呼ばれて驚いたような反応を示した相手を見ると、恐らく彼が破魔なのだろうと真は思う。
「げぇっ! 本当に来たわけ!?」
 と、破魔のあからさまに嫌そうな声が届く。
 真の隣で破魔を見上げていた葛葉は、その言葉に微かな難色を見せた。
「破魔、折角会いに来て下さった方に、そういう態度は無いでしょう?」
「だって僕、来て欲しいとか頼んでないし!」
「いいから降りて来て、ちゃんと挨拶しなさい」
 葛葉の言葉に破魔はむうっと眉間に皺を寄せるが、それ以上口答えをする事は無かった。面倒臭そうに溜息をつくと、月を背にすくっと立ち上がり、体重を感じさせない動きで二人の前へ舞い降りる。
 真は爽やかな笑顔で破魔に告げた。
「先日はさなとお茶してくれたそうで有難う。で、次も約束したって話だったから今日は私『まこと』が……という事でお邪魔するわよ?」
 その言葉に「まったく、社交辞令って言葉を知りなよね!」と言いながら、破魔はふとあることに気がついて、真の顔をまじまじと眺めた。
「どうかした?」
「なんかこの前と性格変わってない? もっと天然入ってたような気がしたけど」
 それを聞いて、真は「あら?」と首を傾げる。
「破魔君がこの間会ったのは『さな』という神格の私。真の身体の中に三つの神格が共存しているのよ。で、さっきも言ったとおり今日は『まこと』が遊びに来たわけ」
 他にも『しん』がいるのだけど、『さな』から聞かなかった? と真は破魔へ問う。
「あー……何かそんなような事を言われた気もするけど、忘れた」
 腕を組んで思い出そうとする仕草を見せたのも束の間。すぐさま考えるのを止めた破魔を見て、真は思わず首を竦めると独り言を呟いた。
「さなから破魔君の事は聞いてたけど、うん。想像していた通りだわ」
 紫の髪に金の大きな瞳。やや意地っ張りだけれど面白い神様。これが、さなの言っていた破魔君か、と真は破魔を見る。破魔はその言葉にふんっと鼻息を荒くした。
「僕忙しいんだよね。あんたに構ってる暇なんて無いんだけど!」
「あら残念。南瓜プリンを破魔君の為に作ってきたのだけど、食べる時間も無いくらい忙しいのかしら?」
 破魔のぶっきらぼうな物言いに気分を害する事も無く、真は笑顔で破魔の目の前にドーンと丸ごとの南瓜プリンを差し出した。
 それを見た瞬間、誰が見ても解るほど、破魔は表情を一転させた。頬を高潮させているところを見ると、真が持参したプリンは破魔の興味を引くことにかなりの効果を発揮したようだ。
「……僕の気が変わらないうちに、さっさと中に入ったら?」
 言って、破魔はくるりと踵を返すと屋敷の中へ入って行く。
 葛葉は慣れた様子で、すかさず真へフォローを入れた。
「あれで本当はとっても嬉しいのよ? 誰かが来てくれる事なんて滅多にないから」
 誤解しないであげてね、と微笑む葛葉に真は頷き、
「本当にさなの言った通り、食べ物でつると機嫌が良くなるのね」
 と、楽しそうな表情を見せたのだった。


§ ◆ §


「はい、真さん自信作をどうぞ♪」
 真は自らが切り分けた大きな南瓜プリンを、持参した紙皿に乗せると破魔へ手渡した。甘い香りが周囲に満ちる。破魔は暫くの間眉間に皺を寄せていたのだが、やがて「……いただきます」と素直に呟いて両手を合わせた。
 真は、お茶を淹れにその場を離れた葛葉の分のプリンを切りながら破魔を見ると、あまりの食べっぷりの良さに思わず噴き出す。
「美味しいでしょう」
 破魔はふいっとそっぽを向く。
「……まぁまぁじゃないの?」
「本当に素直じゃないのね、破魔君って」
 飽きなくて楽しいけど、と既に空になっている皿を見て笑うと、真は破魔がもの欲しそうにプリンを眺めている事に気がついて、もう一切れ皿に盛り付けた。
「それにしても、よくこんな所に二度も来ようと思ったね」
「退屈だったのよね。特別する事も無かったし。だからここに来ようと思ったのは本当に気まぐれ」
 言うと、真は改めて周囲を見渡した。
 荘厳な佇まいを呈している神社の奥。ひっそりと建てられた屋敷は、神社同様古めかしい。部屋数もさほど多くなく間仕切りも少ない為、真冬になったら寒いのではないか、と真が思いながら視線を外へ向けると、格子戸の向こうには大きな池があった。月光が弱い中でも、澄んだ緑青色を湛えた池の美しさをはっきりと見てとることが出来る。真は思わず立ち上がると、扉を開いて眼前に広がる景色を眺めた。
「綺麗な池ね……そういえば、破魔君は水遊びが好きみたいだけど、水の神様?」
 真に問われ、破魔はスプーンをくわえたまま、くるりと真へ顔を向ける。
「なんで?」
「さなから聞いたわ。初めて会った時、水の上で遊んでたって」
 それを聞くと、破魔は先日の事を思い出したかのように「あー……そういえば」と、興味なさげに呟いた。
「私は風を司る古神なの。風であれば自在に操る事が出来るわ。だから破魔君が水の神様だったら面白いのにと思って」
 風と水。これで火と地の神様が揃ったら、四大神にでもなるのかしらね、と真は楽しげな笑顔を破魔に向ける。だが、真の言葉を破魔は思い切り否定した。
「違う。僕は水の神じゃない」
「あら、そうなの?」
「月の神が人間の為に置いてった神水を守ってるだけ。だから僕は、水の神って訳じゃない」
 想像していたものとは違う返事が返って来た事に、真は些かきょとんとした。水の神でなければ何の神だろうと思いはするが、この気まぐれな少年が、その問いにすんなり答えてくれるとは思えなかった。
 プリンを平らげた破魔は無言で立ち上り、そのまま真の傍らを通り過ぎると、縁側に出て池を眺めた。
「ここの水は変若水とか死水とかって呼ばれてる。今はただの水だけど、僕が望めばそういうものに変わるんだ……月の神も、何の気まぐれだか知らないけど、番人にされているこっちはいい迷惑だよ」
 真は聞いたことのない言葉を耳にすると、破魔の言葉を繰り返した。
「変若水と死水……」
「人間が変若水を飲むと不老不死を得られる。死水はその逆。飲めば苦しまずに死ねる……そういう水」
 真はそれを聞くと、「ふうん」と呟きながら考え込み、やがてゆっくりと池へ視線を向けた。
 俄には信じ難い話だった。だが、この水が人の生死を簡単に左右する神水に変わるのだと言われれば、あながち嘘ではないのかもしれない。そう思わせるほどに、眼前に広がる緑青色の池は美しかった。
 その光景をぼんやりと眺めながら、真は独り言のように破魔に問いかける。
「変若水と死水か……それって神にも効果あるのかしら」
 その言葉に、破魔は真を見上げた。真はどこか寂しげな笑顔を見せるが、破魔キッパリと言い放った。
「無いよ」
「…………」
「少なくとも僕が知りうる限りじゃ、神に効力は無い。あくまで人間の為に創られた水だからね。……試してみれば?」
 何だったら今この場で池の水を変若水か死水に変えようか? と、破魔は探るように金色の瞳を真に向けた。
 束の間、真は破魔のその瞳を真顔で受け止めていたのだが。やがてふっと表情を崩すと、「やめとくわ」と一言だけ呟いた。
「あっそ。まぁ別にどうでも良いけどね」
 破魔は真にニッと悪戯を仕掛ける子供のような笑顔を向ける。
「ついでに僕は水の神じゃないけど、水で遊ぶ事は出来るよ」
 言うと、真の目の前で破魔は勢いよく池を目掛けて飛び降りた。だが、水音が真の耳に届く事も、水飛沫が上がる事もない。
 何事だろうと真が縁側から池を覗くと、下方で破魔が水の上を歩いているのが見えた。
「あんた風の神なんだよね? 雨降らせるの手伝ってよ。最近森に雨降らせてないから、木が元気無いんだ」
「雨を降らせるって?」
「僕が水の柱を作るから、それを風で突き崩して、水飛沫を遠くまで飛ばしてくれればいいだけ!」
 言って「よろしく」と手を上げる破魔を見て、なんて気まぐれな神だろう、と真は思う。だが、次になにをしでかすのか解らない、と言う点においては見飽きることの無い相手だ。
 真は面白そうに笑顔を見せると、「了解ー!」と破魔に言葉を返した。

 一瞬の静寂。
 次の瞬間。大きな地鳴りとともに破魔の居る場所から幾重にも波紋が広がり始める。
 その波紋は次第に円を描くようにうねり、破魔の合図とともに空へ届かんばかりの巨大な水の柱を作った。
 真はそれを楽しげに眺めていると、破魔が真の方へ顔を向けて合図を送ってきた。
 真はそれに頷くと、意識を集中させる。
 周囲の木々が微かにざわめき始めた。
 それは次第に大きくなり、豪風へと変わって行く。
 真が手を空に振りかざした瞬間、その風は意志を持ったかのように真っ直ぐに破魔が作り上げた水の柱へと激突し、轟音と共にその形を突き崩した。
 水の柱は砕け散り、水の欠片は風に乗って森を遥か遠くまで潤してゆく。
 月の穏やかな光が、風に靡いた水の粒子に反射して、えもいわれぬ美しい光景を作り上げていた。

「……綺麗ね」
 背後から声を掛けられて真が振り返ると、お茶を角盆に乗せた葛葉がその場に佇んでいた。
 真は葛葉に微笑むと、再び目線を池へと戻す。
「ええ奇麗。……でも、刹那的よね」
「…………」
「美味しいものを食べると幸せ。楽しい事があると嬉しい。哀しい事、辛い事も『生きてる』と感じることが出来る――けど、それがいつまでも……始まりを思い出せないくらい続くと時々分からなくなっちゃう。私は何故ここに居るんだろうって」
 その場限りの享楽に戯れても、その直後に訪れる虚無感を知っている。知っているから、また享楽を求めてしまう。その繰り返し。
「……始まりを、思い出したいの?」
 葛葉は淡々と真に問う。
「さあ、どうかしら。さっき破魔君から変若水と死水の話を聞いて、そんなことをふと考えてしまっただけ」
 真は曖昧な笑みを浮かべるだけで、葛葉の問いに明確な答えを返さなかった。
 葛葉は角盆をその場に置くと、真の傍へ歩み寄り、池の上で楽しそうに水と戯れている破魔へ視線を向けた。
「『僕が生き続けなきゃいけないって事に意味を見出そうとした時もあったけど、止めたよ。答えなんて出るわけないし、脳みその無駄遣いだよね』……って、これは破魔の言い分」
 表情の乏しい葛葉が破魔の口調を真似て言葉を紡ぐのを見ると、真は「らしいわね」と軽く噴き出した。見れば真の笑顔につられたのだろうか、葛葉も破顔している。
「葛葉さんも、ここを守る神様なの?」
 真の問いに、葛葉は首を横に振った。
「私は元々は人間。変若水を飲んで不老を得ただけよ」
「……そう」
 葛葉の言葉に、真は何と答えて良いか解らず、ただ相槌を打った。
「人間だから、真さんや破魔の苦しみは解らないわ。でも破魔の存在に救われる事は沢山あった。死ねない身のまま一人きりで過ごしていたら、きっと平静を保ち続けられなかったと思うもの」
 破魔が生きていてくれて嬉しい。そう思うのは私の独りよがりだと破魔に怒られるかもしれないけれど、と葛葉は言う。
 その言葉に、真は己にも、己が行き続ける事を嬉しいと思ってくれる者が居るだろうかと思いを巡らし、ふと視線を落として微笑んだ。
「何故ここに自分が居るのかなんて、答えはきっとそれぞれ違うものよね……でも生きてるから、破魔君や葛葉さんに出会えた。それもまた真」
 真が葛葉を見ると、葛葉は穏やかな表情で頷いた。
「破魔くーん! 葛葉さんがお茶入れてくれたわよ。戻ってきたらー!?」
 依然池で遊んでいる破魔へ、真が大声で呼びかけると「今行く!」と破魔が手を振ってくるのが見えた。
「……ホントに気まぐれな神様ね、破魔君って」
 でも嫌いじゃない。
 真は破魔に満面の笑みを浮かべて手を振り返した。



<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1891/風祭・真(かざまつり・まこと)/女性/987歳/古神】

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【NPC/破魔(はま)/男性/?歳/傍系神社の神様】
【NPC/葛葉(くずは)/女性/?歳/神水巫女】

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■         ライター通信          ■
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風祭・真 様

 こんにちは、綾塚です。
 ゲームノベルでは初めましてです。この度は『神水の森』をご発注下さいまして有難うございました!
 『神水〜』を御投入頂いたのは風祭様が初めてでしたので、非常に緊張しながら書かせて頂きました。そして破魔の性格の悪さにお気を害してしまいましたら申し訳ございませんっ!(滝汗)書きながら、私自身が彼の暴走を止める事に必死になっておりました。また、少しでも真様の性格を出せていたら嬉しいです!
 ではでは、またご縁がございましたらどうぞ宜しくお願いいたしますね(^-^)