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<東京怪談・PCゲームノベル>


幽玄堂奇譚

●本日のお客様
 宇奈月慎一郎(うなずき・しんいちろう)は、真剣に本を読みながら道を歩いていた。長髪に眼鏡、とという知的な男が哲学的な雰囲気を漂わせている…と思いきや、読んでいる本は『美味しいおでんの店・厳選版』である。おでんに目が無い彼に相応しい本である。
「ああ、美味しいおでんが食べたいですね」
 そう思ったからなのか、どこからか出汁の良い香りがする。それに誘われるよう、宇奈月はふらふらと歩み始めた。
「幽玄…堂? 変わった名前のおでんの店ですね。とりあえず、入ってみましょう」

 開き戸を開けると、陰気な声で「いらっしゃいませ」と店主が出迎えた。店は普通の構えだが、店主が風変わりだった。黒服、黒ネクタイという出で立ちは、葬儀屋のようである。外見は長身の男、あるいは女に見える長髪美形なのに勿体無い。
「いらっしゃいませ。あなたの心の隙間、お埋め致します」
「心の隙間、ですか?」
 店主の唐突の言葉に驚いたが、良く見ると…。
「あー! あなたは…」
 最後まで言おうとする宇奈月をシーっと黙らせる店主。
 宇奈月は、昔見た深夜ドラマを思い出したのだ。心の隙間を埋めたいと願う人物のところに主人公が訪れ、幸福になれる商品を法外な高値で売り捌く、という内容である。ただし、邪な心で商品を使用した場合は主人公がどこからともなく現れ、客の存在を消して去る。店主にその主人公の姿を重ね合わせたのだろう。
「何を言おうとしてたのかは存じませんが、あなたの心の隙間の話をお聞かせください」
 カウンターの向こう側には、湯気が立ちこめ、出汁の匂いが漂う。その誘惑に負け、宇奈月は
「あまり、そういうのは無いのですが」
 とあっさりそう答えた。
「あまり…ということは、ひとつくらいはあるのでは?」
 という店主の言葉に「参りましたね」と観念し、宇奈月は少しずつ話し続けた。

●トラウマという名の隙間
「僕の心の隙間は…ある研究者のことなんです。その人は…僕の父でした」
 宇奈月の父は、あるものを必死で追い求めていた。哲学者の石、天上の石、赤きティンクトゥラ、第五実体等、幾多の呼び名が
ある「賢者の石」だ。金属を練ることによってよりよいものを精製し、非金属から金を精錬する技術を持つ「錬金術師」と呼ばれる者達が、こぞって「賢者の石」に焦がれた。
「父は…「賢者の石」を創り出そうとしていました。それを用いれば、人体を永遠不滅に変え、不老不死を得られるとさえ言われています。それを練成しようとして、古代の異形に父は連れ去られました。父が消え去った後、僕は学び続けること。諦めを忘れ続けることを誓いました。そして、最大の禁忌とされた轍に踏み込み、連れ去られた父を呼び戻すことを」
 だが…それは叶わぬことだった。連れ戻そうと、父が行った通りにしたが、自らも異形のものに連れ去られそうになり、血塗れに
なった。
「それでも…僕は、父を連れ戻したかったんです…」
 宇奈月は俯き、涙を流していた。それを店主に見られぬよう、俯いて。
「それほどまでに、お父様を尊敬していたんですね」
 コクンと頷く宇奈月。
「辛いことを話させてしまったようで申し訳ございませんでした。さあ、これをどうぞ」
 店主は大根、こんにゃく、玉子を載せた小皿を宇奈月に差し出した。
「あ、どうも。いただきます」
 合掌をして、割り箸を割った後におでんを口にする。宇奈月の口に、美味しい出汁が染み込む。
「お、美味しいです! こんな美味しいおでんは生まれて初めてです!」
 感激のあまり、宇奈月は嬉し泣きしながら残りのおでんも食べ始めた。
「まだまだありますから、遠慮なく食べてください」
「は、はい。では、次は厚揚げと魚河岸揚げと…」
 先程までの落ち込み具合はどこへやら、元気を取り戻した宇奈月は次々と注文をし始めた。美味しそうにおでんを頬張る宇奈月を見て、店主は安心した。

 満腹になり、身も心も癒された宇奈月は「ご馳走様」と合掌しながら言う。感謝の心を込めて。
「ご満足いただけましたか?」
「はい、とても!」
 それは良かったです、と店主が微笑むと…何やら店の雰囲気が変わった。穏やかな空気が、邪悪な気に包まれている。

 ――これは…あの時の…

 宇奈月は身構えるが、時既に遅し。彼の体は、邪悪な影のようなものに絡められていた。
「くっ…」
 そんな宇奈月に店主はジリジリと近づくと…
『ドーン!!』
 と指差し、驚かした。
 すると…宇奈月が見慣れたものが近づいた。
「ゴ、ゴーンタではないですか! 助けてください! おね…」
 全てを言い終える前に、宇奈月は俗に言う「ちゃぶ台返し」で店に放り出された。
「ら、らぶり〜♪」
 恍惚とした表情で、宇奈月は店外に転がりながら店主の『ほーほっほほほ!』という高笑いを聞いた。

 ――ああ…あなたはやはり…

 そこで、宇奈月の意識は遠のいていった。

●夢から覚めて
「あの…大丈夫ですか?」
 幽玄堂の店主、香月那智に揺すられたことで目が覚めた宇奈月。
「あれ? 僕は一体…」
「それはこちらがお伺いしたいです。買い物から帰ってきたら、あなたが店の前で倒れていたんですから。幸せそうな顔をしていたようですが、良い夢でも見ていたんですか?」
 良い夢なのか、悪い夢なのかは宇奈月にもわからない。ひとつ覚えているのは、美味しいおでんのことだけ。あれも夢だったのだろうか。
「こんなところで寝ていると風邪をひきますよ。宜しければ、晩御飯をうちで食べていきませんか? おでんを作ったのは良いのですが作りすぎてしまったもので…」
「おでん!? ぜ、是非いただきます!」
 宇奈月はすっくと立ち上がると、那智の手を取った。
「さあ、どうぞ」と宇奈月を店内に招き入れる。そこには、骨董品から香の類が多く展示されていた。ここは骨董品屋なんですね、と一人納得する。
「お待たせしました。おでんが温まりましたので召し上がりましょう」
 心の中で「おで〜ん♪」と叫びながら、宇奈月は幽玄堂の奥にある居間へと向かった。そこで食べたおでんは…夢の中で食べたおでんの味そのものだった。
「どうかしましたか?」
「夢の中で、心の隙間を埋めると言ったおでん屋の店主が、これと同じ味のおでんを食べさせてくれたんです。ひょっとして、あなたは夢の中に出ていた人ですか?」
 夢の中に出ていた人は、そんなに私に似ているんですか? という那智に頷く。
「あなたは夢を見ていたのですよ、きっと。心の隙間を埋めたいと望んだから、そういう夢を見るのでしょう」
「そうですね。あ、もう少しいただいてもいいですか?」
「少し、と言わず、いくらでもどうぞ」
 那智の言葉に嬉々とした宇奈月は、とても美味しそうにおでんを頬張っていた。

 あなたがここに来たのは、偶然ではありません。この店が、あなたの隙間を埋めようと誘ったのです。
 宇奈月様の心の隙間が、埋まったようで安心致しました。
 次に幽玄堂に訪れるのは…あなたかもしれません。ご来店、お待ちしております。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2322 / 宇奈月・慎一郎 / 男性 / 26歳 / 召喚師 最近ちょっと錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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>宇奈月・慎一郎様

 はじめまして、氷邑 凍矢と申します。
 このたびは氷邑初のゲームノベルにご依頼くださり、ありがとうございました。
 とても個性的な宇奈月様を描写するのは楽しくもあり、苦労する面もありました。
 おでん大好きとのことでしたので、おでん屋を登場させてみました。美味しかったでしょうか?

 発注内容と一部食い違うところがありますが、ご容赦ください。

 宇奈月様とまたお会いできることを楽しみにしております。

 氷邑 凍矢 拝