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出動! ハロウィン・キャッチャーズ
『縁の下の力持ち募集!
商店街ハロウィン・セールに先立つ特殊ガテンワーク!
コスプレ好きさん歓迎!
がっつり戦い、たらふく食べよう!』
ひょんなことから手にしたチラシに興味をひかれ、ウラ・フレンツヒェン(うら・ふれんつひぇん)は『PMHCけもののきもち』に足を踏み入れた。
受付はこちら、と張り紙がされたドアを開けると、
「うは、本当に来たね。いいのかい、食べ放題とはいえ、ギャラはお菓子だよ?」
現れたのは白衣の人狼おばさんである。特殊メイクのせいか素でそうなのか、いかにも悪役然とした面構えだ。
「こら、せっかくの志願者が萎えるようなことを言うでない!」
その後ろからひょこんと顔を出したのは、とんがり帽子に黒マントの魔女っ子である。
「よくぞ参った。わたしはお菓子の国ハロウィンの偉大なる魔女、アリス・ペンデルトン」
少女は偉そうに胸を張った。
「わが国に迷い込んだ“よそ者ハロウィン”捕獲作戦の指揮官ぢゃ!」
唖然としているウラに、
「……一応フォローしとこうか」
人狼おばさん――院長の随豪寺・徳(ずいごうじ・とく)――が苦笑して、額の眼鏡をずりあげた。
「今年の目玉ってことでハロウィンの精霊さんにおいで願ったんだがね、どうしたわけか目的地を間違ったあげくすっかりやさぐれちまって、『お菓子をくれてもいたずらするぞ!』なんてんで……ま、先様から苦情が入ってね。招待した手前、どうにか連れ戻そうって寸法さ。まだ気が変わってないなら、そこにコスチュームが――正統ホラーから萌え系、着ぐるみイロモノまで――あるから好きなの選んどくれ。なんならメイクも手伝うよ。準備ができ次第、出発だからね」
+++++ 1 +++++
「どうかしら?」
ウラが爪先立って軽やかに回ると、長い黒髪がふわりとなびいた。レースをふんだんに使ったゴスロリドレスは赤と白を基調にしており、彼女の紅い唇と白い肌によく似合う。小さな頭には繊細な透かし模様の金のクラウンをいただき、さながらお伽の国の若き女王だ。
「素敵だ、よく見つけたねえ」
狼院長がぽふぽふと拍手する。
「フリルとレースとペチコート、衣擦れのさざ波、可憐にして甘やかな棘、痺れる極上の砂糖菓子。うぅん、私の若い頃を思い出すねえ」
「とりあえず褒め言葉と受け取っておくけど、何十年後かに人狼に化ける予定はないわよ」
「ああ、化けずにいてほしいもんだ」
耳までさけた大口でにやりと笑い、院長はあらためてウラを眺めた。遠目には無地に見えたドレスには、赤い生地白い生地それぞれにハートをかたどった薔薇の刺繍がほどこされている。クラウンの模様も同様だ。
「さしずめハートの女王様ってとこかな? いい選択だ。あっちの世界は意志の力がものをいうって話だ。なりきった者勝ちだからね」
「そういうのは得意よ、クヒッ」
ひきつるような独特の笑い声をたて、ウラは所在なげに待っていたアリスに向き直る。
「さあ、案内なさい!」
+++++ 2 ++++++
「なによ、盛り上がってるじゃない」
ウラは両手を腰に、小首を傾げた。
「問題児はどれ? 非常事態みたいなこと、言ってなかった?」
星屑きらめく藍色の天蓋の下、一行は広い庭園を眼下に臨む四阿にいた。きれいに刈り込まれた生け垣と等間隔に並んだ薔薇の木に囲まれた、噴水のある大きな庭である。そこかしこを騒々しく練り歩くモンスターは、吸血鬼やフランケンシュタインの怪物といった古典的定番から、地球産とも思えぬ異様な姿までヴァラエティに富んでいた。
「あの中のどれかぢゃし、十二分に非常事態ぢゃ」
「ってぇと、他は本物かい?」
「半分は精霊が呼び出しおった。あと半分は、ここの住人ぢゃ」
有志が調子をあわせ、足止めしているのだそうな。
「わが国にはない風習ゆえ勝手がわからんのぢゃが、なにしろ放っておくと秤の目盛を狂わせたり、生卵を固茹でにしたり、小麦粉を重曹に変えたり、調味料をごっそり入れ替えたりと悪さばかりしよるのでな。私なぞ、どれだけ激辛ケーキを作らされたことやら」
自分の魔力コントロール不足による失敗分もちゃっかり上乗せするアリスである。
「同じ名のよしみで大目にみておったが、ものには限度というものがある。第一、この世にお菓子の需要がある限り、わたし達は年中無休で忙しいのぢゃ! 様子を見に行った者まで仲間に入ってしまうし、それに……だんだん見分けがつかなくなってきて怖いのぢゃ」
「ミイラ量産の百鬼夜行か。そりゃまずいわな」
さっさと連れて帰ってくれ、ともっともな抗議に、院長はウラを振り返る。彼女は先程から熱心にモンスター集団を観察していた。
「しかしああ盛りだくさんじゃ、見分けがつかないや。ねえウラ陛下?」
「あら、簡単よ」
言うや、“陛下”が叫ぶ。
「トリィィック・オア・トリィィィーーート! お菓子をくれなきゃ、いたずらするわよ!」
と、人ごみもといモンスターごみの真ん中あたりで、あきらかに反応を示すカボチャランタン頭のスケルトンがいた。
「あれね。行くわよ!」
ウラは飛び出した。ドレスの裾を巧みにさばき、なだらかな斜面を庭に向かって駆け下りる。たちまち半魚人やら鉤鼻の魔女やらが群がってきたが、
「控えおろう!」
一喝するや、雷に打たれたようになった。
「迎えにきたわよ精霊! とっとと還らないと、このハートの女王がおまえの頭でクリケットをするわよ」
とたん、彼女の華奢な手には幅広のバットが現れた。それを手首のスナップをきかせてくるりと一回転させた後、ホームラン予告をする強打者のように突き出す。
「ほ、ほ。なりきってるね。こりゃ頼もしい」
「ぬう、住人まで平伏させるとは……しかし、ハートの女王ならクロケーではないのか」
「お菓子の国ヴァージョンだろ。まんま真似する娘じゃないし、マレットよりバットの方が破壊力がありそうだ」
「どこの荒くれ者ぢゃ!」
院長とアリスが現場に到着したときには、ハートの女王お菓子の国ヴァージョンことウラは件のスケルトンを追い回していた。ちなみにクリケット云々は単なる挨拶であり、追うのは相手が逃げるからである。いわゆる「捕まえてごらんなさ〜い(はぁと)」と解釈し、「待てぇ、こいつぅ(はぁと)」で応えているのだ。脅すつもりも荒くれる気も毛頭ない。
しかし精霊にとっては洒落にならなかったとみえ、わかりづらいがカボチャなりに必死の形相で肩ごしに何かをばらまいた。地面に落ちた“何か”はたちまち膨れ、フリーキックの壁よろしく並んでウラの行く手を阻む。
「なによこれ……おどき!」
叱咤され、列は崩したものの、そのまま彼女を取り巻いたのは、身の丈1mほどの直立二足歩行型生物。無毛かつ全身が灰色だ。大きな頭に真っ黒な瞳だけの大きな目、切れ込みのような鼻と口、体も手足もひょろりと貧弱である。敵意は感じられない。どちらかというと嬉しそうだ。
「ちょっと、これ、どうにかなさいよ」
あぐねたウラが、追いついた院長に声をかける。
「うは、小さな灰色の……ひい、ふう、みい……七人の小人さんときたか」
「いやな白雪姫ね。そんなの、願い下げよ」
「いいじゃん、せっかく懐いてるんだし」
「もう……軽いわね人狼。まあいいわ。で、おまえたちはさっきから何を囀っているの? どこかから電波でも受信してるのかしら」
口々に泡が弾けるような音を立て、灰色小人がいっせいに指をさす。その先にはよろよろと逃げていくカボチャランタン頭のハロウィンの精霊、さらにその行く手には――
+++++ 3 ++++++
「なんぢゃ、あれは!」
アリスは我が目を疑った。
お菓子の国の庭園のどまんなかに突如出現した巨大構築物。
飴細工の薔薇や生垣といった周囲の繊細な構成をまるっと無視した無骨な形状のそれは、どう見ても鉄骨製の電波塔であった。
「なんであんな代物が……まさか」
ある予感とともに、ハートの女王陛下と人狼をきっと睨む。あくまで来訪者にすぎない両名にとっては、呆れるより面白さが先に立っているようだ。そう思うそばから、
「可愛くないわ。どうせならお菓子の電波タワーとか」
ウラの注文に、鉄骨は焼き菓子のような香りを漂わせはじめる。院長がぷっと吹き出した。
「いいね、ついでにライトアップもしてもらおうか」
と、塔の足下から宵闇を切り裂き、シュガーピンクの光が二筋延びる。アリスは確信した。こいつら、意志の力がただごとではない。しかも心の赴くままに発揮している。むしろ妄想力。しかも操る気ゼロ。
「ちょっと待ておまえら、あまり余計なことを考えたり言ったりす――」
「クヒッ、じゃあせっかくだから登っていただいて」
精霊はよじのぼりだした。
「だから待てと言――」
「ほほう、まるで昔のハリウッド映画の大猿だねえ」
精霊は見た目ゴリラになった。
「クヒヒッ、だったら片手には捕われの少――」
じょ、と言い終わる前にアリスが消えた。
「おまえらいい加減にせぇぇぇーー!」
夜空に尾を引く叫びがむなしい。いまや巨体のゴリラと化したハロウィンの精霊は、片腕を塔先端に巻きつけ、空いた手に人質を掴んで、シュガーピンクの光の中でおたけびを上げていた。
「これは空中戦かな」
「出番よ、灰色!」
命令一下、七体の灰色小人が怪しく輝く飛行物体を召還した。
「あたたたた! こらぁ、やめんかぁぁ!」
夜目にも鮮やかな七色の一斉射撃を受け、遥か上方でアリスの悲鳴及びゴリラ精霊の唸り声がする。ばらばらと落ちてきたのは金平糖だ。それを一粒拾って噛みしめて、さてお次はどうするね、と言いかけた院長はひゅう、と口笛を吹いた。
「遂に本気かい、陛下」
ウラは心もち顔をうつむけ目を閉じて、精神集中に入っていた。しなやかな指が呪文を記すがごとく宙を舞う。空気の中に不穏な振動と綿菓子に似た甘い匂いを嗅ぎつけ、人狼院長が尖った鼻づらを空へ向けると、いつ現れたのか薔薇色の雲が星々を隠しながら厚みを増していた。
ゆっくりと、ウラが顔を上げる。目を開く。厳かに、あたかも宝杓のように頭上へバットを差しのべ、そして、
「――――ッ!」
まばゆい光にくっきりとそのシルエットを刻んだ一瞬の後、お菓子の電波タワーは特大の落雷に木っ端微塵に砕け散った。庭園じゅうに焦げた砂糖とビスケットの粉塵がもうもうと立ちこめ、くしゃみと咳の大合唱が巻き起こる。
なんでわたしがこんな目に……
キャラメリゼをだいぶ通り越したタワーの欠片に混じって落下しつつ、アリス・そういえば捕獲作戦の指揮官だった・ペンデルトンはしみじみ思った。
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ハロウィンの精霊はやさぐれていた。
なんだか知らないが抗い難く強烈に召還されてはるばる来てみれば、出迎えはもとよりランタンも派手な仮装も定番料理もなしだ。誰に聞いても「ここはハロウィンだ」と答えるくせに、広域汎用呪文“トリック・オア・トリート”が通じない、いたずらを仕掛ければ顰蹙をかう、そもそも要求するまでもなくあちこちお菓子だらけだ。わけがわからない。こんなところにいられるかと憤ってみたものの、召還者か案内人がいなくては還るに還れない。
「で、ストレスと防御本能とアイデンティティの危機諸々が入り乱れて――」
「――『仮装がないなら本物を呼べばいいじゃない』? 安易ね」
ウラは肩をすくめ、紅茶のカップごしに視線を投げた。
先刻のひと騒動の後、「ああ、喉が渇いたわ」と宣ったハートの女王陛下のために、急遽噴水前にテーブルがしつらえられ、お茶会の運びとなったのである。正気に戻った住人達も、わけのわからぬまま全員参加だ。ウラの向かいにはお菓子の瓦礫から救出されたハロウィンの精霊とアリス、両隣にはどういうわけか精霊の魔法が切れても消えずに残っている七人の灰色小人がいた。水っぽく囀りながら一生懸命届かぬ手をのばしている彼らに、ウラはフランボワーズムースを切り分けてやり、自らも目の前の銀盆からトリュフチョコをつまむ。その仕草は優美だが、消費スピードは半端ではなかった。
ハロウィンの精霊はいろいろ発散してすっきりした模様だ。元の姿に戻り、おとなしく座ってジャムのタルトを齧っている。背後には院長が立ち、軽く触れることで意思の疎通を図っているのだが、端から見るとスケルトンの体にカボチャランタンの頭、その上に人狼の顔が覗いていて、中途半端なトーテムポールのようだ。
「まあそう言ってやりなさんな。誰も自分を知らないし、心細かったんだってよ」
「そこへ凶器を手に襲いかかられてはたまらんわな」
あちこち香ばしく焦げたアリスが恨みがましく茶々を入れる。だが、ウラはにんまりと笑って“凶器”を掲げてみせた。
「あら、これのどこが問題なのかしら」
「ぬぬ……いつの間に」
「記念に貰っていくわね、ヒ、ヒッ」
恐るべし妄想力……フィナンシェのブレードとスティックパイのグリップで構成されたお菓子のクリケット・バットに唸るアリスであった。
「ともあれ、精霊の捕獲は無事成功だ。商店街の打ち合わせもあるし、それじゃあそろそろ戻ろうか?」
「待って、ひとつ、提案があるんだけど」
カスタードパイを口にくわえたまま帰りの準備にかかる院長を、ウラが呼び止めた。
彼女の提案とはこうだ――アクシデントのせいとはいえ、はるばる異世界から精霊がやってきたのだ、誤解も解けたことだし、単なる“よそものの迷子事件”で終わらせずに、今宵一夜は異文化交流として『ハロウィン』を楽しむというのはどうだろうか。
「ハロウィンのハロウィンか。いいかもね――うん、精霊もぜひやりたいってさ」
むろん人狼院長自身に否やはなく、打ち合わせなんか一晩くらい延びても大丈夫だろ、と大雑把なことを言う。
「けど、派手にやる前にアリス総司令官のご意見も伺わなくちゃねえ」
「勝手に肩書きを変えるでない……どうせ反対したところでやる気満々ぢゃろ、おまえら」
アリスは瞳をきらめかせるウラ、にたにた笑う院長、そしてカボチャなりに期待を込めて返事を待っているハロウィンの精霊を順繰りに眺め、はあっと大きなため息をついた。
「よいわ、わたしもなんだかパーッと騒ぎたい気分ぢゃ」
「決まりね! じゃあ、皆、起立、集合! まずは“トリック・オア・トリート”の説明をするわよ――」
かくしてここにお菓子の国ハロウィンにおける初のハロウィン・パーティーが開催され、その楽しさに感激した住人達の手で翌年以降も賑々しく行われることとなったのであるが、月日が流れるうちに次第に変容し、いつの頃からか『魔物を引き連れ雷雲に乗って現れたハートの魔女王が、よい子には甘いお菓子、悪い子には激辛お菓子を配るお祭り』として定着したのは、ウラ・フレンツヒェンの与り知らぬことであった――
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女 / 14 / 魔術師見習にして助手】
【NPC / 随豪寺・徳(人狼院長) / 女 / 54 / 動物心霊療法士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ウラ・フレンツヒェン様
この度はご参加ありがとうございました!
女王陛下のウラ様、楽しく書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願い致します。
三芭ロウ 拝
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