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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


言食み【ことはみ】



 近所の小さな古びた社。それに願い事をすると叶うという噂がある。
 叶ったと言う者もいれば、叶わなかったと言う者もいる。
 だが、彼女はそれを信じなかった。あんなボロい社にそんな力があるものかと。
 しかも、願い事が叶えば、供物として「死んだモノ」を捧げなければならないという。

  ──気味が悪い。

 虫だろうが小鳥だろうが鼠だろうが、死骸を欲しがるなどどうせロクなモノではない。
 だから彼女は願掛けなどしなかった。
 それでもある日、唐突に母親から「次のテストでいい点をとれなければピアノをやめさせる」と言われて、全く勉強をしていなかった彼女は慌てた。
 たまたま社の前を通りかかり、藁にもすがる気持ちで手を合わせた。
 結果、少女は母親の言いつけを守ることができたが、それは自分の底力の賜物であると思い、願掛けのお陰だなどとは思わなかった。

 そして夢を見た。
「約束を破ったな」
 手が喉に食い込む夢。それは人のものとは思えないほど長く、真っ黒だった。
「言食みの罪は重い」
 手はぎりぎりと喉を押し潰す。それを渾身の力で払いのけたところで目が覚めた。
 そして、声が出なくなっていることに気がついた。
 蒼白になった彼女の耳元で誰かが囁く。──次は目だ。
 弾かれたように振り向いたが何もいない。

 彼女は総毛立った。



 その社はフレイ・アストラスの行動圏内にあった。
 最近何やらただならぬ雰囲気を漂わせ始めたな、と気にしてはいたのだが、まさか人に祟るとは思わなかった。日本の神は寛大だと思っていたのに、どうやらそうでもないらしい。
 それにしても、見聞を広める為に日本にやって来たのは正解だったとフレイは思う。何しろこの国ときたら、神仏の存在に対して異様なまでに鷹揚で、実にあらゆる種類の神があちこちに祀られているのだから面白い。
 日本にはトイレにまで神様がいるのだという話を故郷の友人に話したら、「面白い冗談だな」と返されてしまった。それほどまでにこの国の神仏の在り方は、ある意味愉快なのである。
 日本では、放っておけば悪事を為すが、大事に祀りさえしておけば善いものになる存在までもを『神』と呼ぶらしい。そのシステムを疑問に思ったフレイが日本の知人にその事を訊ねると、実に的確な答えが返ってきた。
「人間にも、冷たくあしらえば暴れて悪いことばかりする奴がいるが、そういう奴ほどちやほやしてやれば、気を良くしてあれこれ世話を焼いてくれたりすることがあるだろう? それと同じだ」
 その説明に、妙に納得してしまったフレイだった。
 今回問題になっている社には、一体何が祀られているのだろう。
 そんなこんなで、ゴーストネットOFFでくだんの社に関する記事を見つけたフレイは好奇心半分、仕事半分で急ぎ彼女の元へ駆けつけたのである。
「正直な話、日本の神様に、僕が西洋で学んだ技がどこまで通用するか分からないんですけど……」
 声を失くして不安そうな表情を浮かべる彼女に、フレイはゆったりとやわらかい口調でそう語りかけた。
「それに僕、退魔士としてのお仕事をするのは久し振りなんですよ。でも、たとえ神様が相手とはいえ、人にゆえなく危害を加えるなら容赦はしませんから」
 スローテンポながらも、語尾にはきりりとした響きがあった。ほんの少し、彼女の表情がやわらいだように見えた。


 社はますます不穏な気配を放っている。念の為、フレイは社の周りに結界を張ることに決めた。
「東にはミカエル、西にはラフェアル、南にはウリエル、北にはガブリエル。──我らを巡る四人の天使よ、祈りに加護を。もしも我らが迷いし時は、その御手で正しき場所へと導きたまえ」
 四方に向かって十字を切り、祈りを捧げる。念には念を入れて、清めの塩と聖水を彼女の周囲に撒いておいた。
 何だか和洋折衷になってしまっているが、これなら万が一のことがあっても彼女に危害は及びにくいだろう。
「そこを動かないで下さいねー」
 彼女を振り返って安心させるように笑い、フレイは社に向き直る。そうして胸の十字架を握り締めて問いかけた。
「社におわす神よ、お答え下さい。言食みの罪とは、かくも重いものなのでしょうか?」
 途端、結界の中の空気がねっとりと重くなり、フレイの両肩にのしかかる。大きな音を立てて観音扉が開き、社の奥から低い声が響いてきた。
「言食みの罪が重いのは当たり前。我を崇め奉らぬのであれば尚更の話」
 社の中には闇が詰まっていた。それがどろりと流れ出してきたせいで、空気までもを重く感じるのだとフレイは気づく。
 これが神かと疑いたくなるほど、その存在感はおどろおどろしかった。息が詰まりそうなほどに濃厚な、瘴気にも似た気配。
「約束をたがえたならば、その死をもって我への贖罪とするがいい」
 瞬時におかしいと悟った。これが神の言いようかとフレイは疑う。いくらこの国が神に対して寛容とはいえ、些細な契約不履行に対して死の償いを求める神など認められるものなのだろうか?
 持ち前のマイペースさと好奇心を最大限に発揮し、小首を傾げながらフレイはさらりと訊ねた。
「あなた、本当に神様ですか?」
「……何だと?」
「神が信仰と供物を求めるのをおかしいとは思いません。ですが、小さな罪に対して死の罰を求める神はおかしい。いえ、あってはならないと思います」
「己が罪を些細とぬかすか。神との契約はたがえること自体が大きな罪であると、何故分からぬ」
 気のせいか、幾分か声のトーンが上ずっているように思えた。フレイは青い瞳で闇を見据えながら、左手に下げた水晶の振り子に神経を集中させる。
「神は与える者であって、搾取する者ではないのです。ですが、あなたのなさっている事は──」
 自分の放った言葉が正しければ振り子は右に、間違っていれば左に回るはずだ。フレイは言葉を継ぐ。
「約束をたがえたことに便乗した搾取のように思えます。もしそうなら、あなたは神などではなく──」
 くるん、と水晶が右回りに弧を描いた。社から放たれた闇が、矢のようにフレイに襲い掛かる。
 フレイは鎖を引きちぎり、十字架でそれをはねのけ、呟いた。
「魔、のようですねえ……」
「──神を冒涜するか、異教の民よ。己が信じる教義にまつろわぬものは魔だとほざくか」
「いいえ。僕があなたを神様だと信じないのは、そんな理由じゃないんです」
 これが神ではないのなら、それ相応の敬意を払う必要はなくなった。フレイは容赦なく十字架を掲げる。
「主よ、願わくばその御力を、我が指先に与え給え。悪しき者、悉皆捕らえて束縛なさしめ給え」
 闇に向かって十字を切るフレイの指先が淡く光る。その光は二つの輪となって闇を捕縛した。
「……あーあ。僕に捕縛されてしまうということは、やっぱりあなたは神様ではないんですねえ」
 呆れた口調でフレイは言う。闇は光の輪に戒められ、その中でギチギチと嫌な鳴き声を上げた。
「どうして分かった?」
 声から威厳がはがれ落ちた。もはや取り繕う気もないのだろう。
「簡単なことです」
 フレイはおっとりと笑って見せる。
「あなたには心がない。神と呼ばれるものは国によってさまざまですが、人心に添わせる心を持たぬ神などどこにもいないのです」
 そうでなければ人の救済など務まらないのだ。フレイは引導を渡すように十字架をつきつける。
「あなたに言食みの罪を問う資格はない。神の名を騙った罪は重いですよ」
 怯む闇に向けて、フレイは朗々と祈りの言葉を紡いだ。
「主よ。わが願いを聞き届け、慈雨のごとく聖なる光を降らせ給え。願わくば清廉なる光の雨音が、邪なるものをすすぎ清めんことを」
 フレイの言葉は光となり、光は無数の雨滴に変じ、闇を貫いて地に落ちる。光が地表で弾けるたび、澄んだ金属音が空気を震わせた。
 音は綾糸のごとく重なり合い、賛美歌のように結界の中に響き渡る。その中で闇は、淡雪のように光に溶けていった。かけらも残さずに。
 久々の退魔の仕事、しかも流儀が違っていたにも関らず、どうやらうまくいったようだ。フレイは安堵の息を吐いて彼女を振り返った。
「終わりましたよー。どうですか? 声は元に戻りましたか?」
「あ、はい……! あの、どうもありがとうございました」
 彼女はぴょこんと頭を下げる。その姿に苦笑を浮かべ、フレイは言った。
「そんなふうに僕にお礼を言って下さるのなら、神様にもちゃんとお礼を言ってあげて下さいね。それが礼儀というものですよ」
 フレイの言葉に、彼女はきょとんとした表情を浮かべる。
「神様にも心があるんです。ほら、よく言うでしょう。『信じる者は救われる』」
「はあ」
「信じない者を救ってくれない神様はケチだ、なんて言う人もいますけど、もしもあなたが神様だったら、自分をまったく信じてくれない人を助けてあげようと思いますか?」
 問いには否定が返ってきた。でしょう? とフレイは笑う。
「僕だってそうです。もしもあなたが僕のことを信じてくれなかったら、きっとあの魔を祓うことはできなかった。神様だって同じなんですよ。信じ、感謝する。その二つの気持ちがなければ、神様はうまくあなたを助けてあげることができないんです」
「……分かりました。次からはちゃんとお礼を言います」
 神妙な表情で彼女はこっくりする。フレイはうんうんと頷いた。
「まあ、今回の『神様』はちょっと怖かったですけれどね」
「はい。でも、私がちゃんとお礼をしていれば、あのひとも神様で居続けられたのかもしれません」
 言って、彼女は祠に視線を投げた。
「……そうですね。人の信じる心というものは、すごい力を持っていますから」
 何せ、目に見えない神仏の存在を、信心だけで古代から現代へと受け継いできたのだから。
 この社の魔も、人の信心さえあれば神の顔をしていられたのだ。そう考えると、フレイは信じるという行為の持つ大切さを改めて思い知らされたような気がした。


 彼女と別れ、フレイはふらりと行きつけのコンビニに足を運んだ。
「いい汗をかくと、お腹が空きますねえ」
 コンビニで新商品をチェックするのは、フレイのささやかながら大きな楽しみである。逗留先に日本を選んで正解だったと思う理由のひとつに、コンビニの存在を挙げてもいいくらいだ。
 24時間営業で、品揃えは豊富で、しかも他の国では見ないような珍しい商品がたくさんあって面白いものだから、コンビニ通いはやめられない。コンビニはある種、日本の神仏の在り様と似ているような気もした。
 整然と並ぶ品々を、カゴを片手にチェックして回る。すると、初めて見る商品が次々とフレイの目に飛び込んできた。
「これは……おはぎあんパン? ヘルシー豆腐白玉団子? 高級かにみそまん? お肌に優しいビタミンC入りチョコに、きなこ豆乳ブリュレ、たらマヨラーメン……。うわあ……!」
 ひょっとしたら日本にはコンビニの神様もいて、それが今、自分に笑いかけてくれているのかもしれない。そんなことを半分本気で思いながら、フレイは目についた新商品を全てカゴの中に放り込み、いそいそわくわくとレジに向かった。





■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【4443/フレイ・アストラス(ふれい・あすとらす)/男性/20歳/フリーター兼退魔士】