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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


言食み【ことはみ】



 近所の小さな古びた社。それに願い事をすると叶うという噂がある。
 叶ったと言う者もいれば、叶わなかったと言う者もいる。
 だが、彼女はそれを信じなかった。あんなボロい社にそんな力があるものかと。
 しかも、願い事が叶えば、供物として「死んだモノ」を捧げなければならないという。

  ──気味が悪い。

 虫だろうが小鳥だろうが鼠だろうが、死骸を欲しがるなどどうせロクなモノではない。
 だから彼女は願掛けなどしなかった。
 それでもある日、唐突に母親から「次のテストでいい点をとれなければピアノをやめさせる」と言われて、全く勉強をしていなかった彼女は慌てた。
 たまたま社の前を通りかかり、藁にもすがる気持ちで手を合わせた。
 結果、少女は母親の言いつけを守ることができたが、それは自分の底力の賜物であると思い、願掛けのお陰だなどとは思わなかった。

 そして夢を見た。
「約束を破ったな」
 手が喉に食い込む夢。それは人のものとは思えないほど長く、真っ黒だった。
「言食みの罪は重い」
 手はぎりぎりと喉を押し潰す。それを渾身の力で払いのけたところで目が覚めた。
 そして、声が出なくなっていることに気がついた。
 蒼白になった彼女の耳元で誰かが囁く。──次は目だ。
 弾かれたように振り向いたが何もいない。

 彼女は総毛立った。



 書き込みを見て駆けつけてくれた少女が名乗った途端、彼女は、自分は何かに担がれているのではないかという疑念を抱いた。
「初めまして。時空管理維持局特殊執務官、アリス・ルシファールと申します。こちらは私の姉、アンジェラです」
 そう言うアリスの傍らには、人形のように綺麗、かつ無機質な雰囲気の女性が立っており、機械的な仕種で一礼する。
 アリスは神聖都学園の制服を着ていたが、金の髪と赤い瞳はどう頑張ってもこの国の人間には見えない。おそらくは留学生なのだろうが、それにしても、先程つらつらと述べられた肩書きは一体何なのだろう。
 彼女の疑問を察したのか、アリスは溌剌とした口調で説明をしてくれる。
「時空管理維持局というのはですね、平行時空世界間の秩序維持を目的とした機関でして、平行時空世界間よりもさらに高度な世界同士で共同運営され──」
 即座に理解できないのは、自分の頭が悪いせいか、それともアリスの話があまりにも自分の持つ世界観とかけ離れているせいなのか、それすらも彼女には判断がつかない。
 ちんぷんかんぷんだ、と顔にでも書いてあったのか、彼女の顔を見てアリスは困ったように笑った。
「と言われても、何のことだか理解できないかもしれませんね。えっと、簡単に説明すると、あなたの住むこの惑星が存在する宇宙がありますよね。実はその他にもたくさんの宇宙が存在していて、私達はその外側からあなた方の世界を見守っているのだと思ってもらえれば……」
 分かったような分からないような状態で、とりあえず彼女は頷いて見せた。
「私はこの世界の駐在官ですが、今回は上層部からの命令ではなく、独断で参上しました」
 言って、アリスはふわりと笑う。
「あなたの状態が一刻を争うもので、上の判断を待つ猶予がなかったんです。ですから局のバックアップは受けられませんが、私とアンジェラだけで充分に対応できると思います」
 何だかよく分からないけれど、年下の少女のきびきびとした物言いを聞いていると、頼ってもいいのだという気になってきた。
 少なくとも、曰くの知れない社に手を合わせるよりも、突飛な肩書きを持つアリスのことを信用するほうがまだしもという気がする。
「とりあえず、これを身に付けておいて下さい」
 言って、アリスはペンダントを彼女の首にかける。赤い石のついた、機械的な装飾のものだ。
「これは、魔法科学による霊的防御機能を持つアクセサリ状の機器です。これにより、社に祀られたものからあなたに対する霊的干渉を抑え……」
 またも疑問だらけの表情を浮かべていたせいだろう。アリスは言葉を切り、ぽんと彼女の肩を叩いた。
「えー、これはとっても効果抜群のお守りなんだと思って下さい。あなたは現在声を失った状態で、明日には視力を奪われると予告を受けたわけですが、このお守りを身につけている間は、その予告が現実化する速度が落ちます」
 とにかく有難いものらしい。彼女はぎゅっと冷たい赤い石を握りしめた。
「事は迅速な処理を要求します。ですので即刻あの社に関する調査を行います」
 アリスはまだまだ不安いっぱいの彼女に向けて、機敏な仕種で敬礼をして見せた。
「色々と不安でしょうが、どうか私達にお任せ下さい、必ずあなたのお役に立ってみせます!」
 気がつけば思わず敬礼を返していた彼女だった。



 図書館でこの地域の郷土史や、それに関係する資料を山ほど借り出して机の上に積み上げ、アリスもアンジェラも黙々とそれをめくっている。
 アリスの資料を読み込むスピードも相当なものだったが、アンジェラに至っては一瞬目を通しただけでページを繰ってしまう。これで本当に目当ての文献が見つかるのかと怪しんだ頃に、アンジェラが黙ってアリスに本を差し出した。それを見て、アリスは目を輝かせる。
「お手柄だよアンジェラ! これを探してたの!」
 どうやらあのスピードで本当に中身を把握できていたらしい。一体この女性は何者なのだろうと訝る間もなく、アリスが彼女の袖を引く。
「これを見て下さい。あの社に祀られたものは、どうやら犬神と呼ばれる古代呪術の産物のようです」
 聞いたことはあるけれど、それがどういったものなのか彼女は知らなかった。それを見越したのか、アリスは丁寧に説明をしてくれる。
「犬神とは、飢えた犬を土に埋め、鼻先に餌を起き、その飢えが最高潮に達したところで首を落として四辻に埋めて作る、呪術用の霊です」
 嫌な話だ。彼女は思わず二の腕をさする。
「犬神は主の為に、その欲するものを他者から奪うと言います。……ですが、ここに書かれている事を鵜呑みにするなら、あの社に祀られている犬神には、どうやら主がいないようですね……」
 呟くように言って、アリスは何やら考え込み始めた。アンジェラはただ黙ってその横顔を眺めている。
「今回、犬神が奪おうとしているものは……? 死んだモノを供物とするのは何故なの? それはつまり……」
 赤い瞳がゆっくりと見開かれた。アリスは何かに思い至ったらしく、椅子を蹴って立ち上がる。
 どうかしたのかと問う前に、アリスは痛ましげな視線を彼女に向けた。
「おそらく犬神は、あなたを新しい主に据えるつもりなんだと思います。捧げられた供物を繋ぎ合わせて作った入れ物に、あなたという存在を閉じ込めて──」
 何を言われたのか瞬時に理解できなかったにも関らず、彼女はアリスの口から語られた言葉に身を震わせた。死骸で作った奇怪な入れ物の中に閉じ込められ、悪霊を行使して、望むものを欲望のまま手に入れる醜い自分の姿を想像して。
 そんなの嫌だ。そう口走るのに、アリスは自信に満ちた笑みで答えてくれた。
「もちろん、そんなことはさせません」
 それはとてもただの少女のものとは思えない、責務ある者の矜持を感じさせるような力ある笑みだった。


 社に対峙し、アリスは不安の欠片すらも滲まない、元気に満ちた口調で言い放つ。
「時空管理維持局特殊執務官、サーヴァント・マスター、アリス・ルシファールの権限においてこの社を浄化します!」
 ただならぬ空気を感じたのか、かたかたと社が揺れ、ぼろぼろの木板の間から音もなく黒いものが這い出てきた。
 彼女の首を絞めた、あの細長い手だ。それは縒り合わさって黒い獣の形を結ぶ。
「犬神よ。そんな姿にされてもなお、あなたは主を求めるのですか?」
 沈痛な声音も獣には届かない。アリスは諦めたように溜息をついた。
「このままではこの世界に悪影響を及ぼす……。仕方がありません。──アンジェラ」
 呼ばれ、アンジェラが一歩を踏み出す。そして薄絹を脱いだ──ように彼女には見えた。
 実際には、アンジェラの姿は一変していた。体のパーツを繋ぎ合わせる関節は球体。四肢は陶器のように硬質で、人肌のぬくもりなど微塵もない。
 その瞳は硝子のように虚ろ。背中には折れたような形状の羽根らしきもの。それが金属音を響かせながら広げられる。
 どこからか機械の稼動音が聞こえる。それに重なって、少女の高らかな歌声が。
 アンジェラが地を蹴り、犬神へと接近する。
 少女はと見れば、歌を謳っていた。
 アリスが高音の旋律を奏でればアンジェラは高く飛び、低音を響かせれば低く飛ぶ。
 アリスが息を継げばアンジェラは静止し、絶妙なヴィブラートをかければ攻撃を繰り出す。
 少女は歌でアンジェラを──あの人形のような武器を操っているのだと気づいた。
 金の髪の少女が謳う旋律は、異国の音楽に似ていた。クラシック色の強いカンツォーネのように独特で、明朗で情熱的。
 見えない音の糸に操られた人形は、人間顔負けの滑らかな動きで犬神の攻撃をかわし、捕らえ、撃つ。瑕疵ひとつ負うことなく。
 己が劣勢と見るや、犬神は標的を変えて彼女に襲い掛かった。アンジェラが素早く後を追う。
 獣が牙を剥いた。生臭い吐息が顔にかかり、彼女が悲鳴を上げそうになった瞬間、見えない壁に弾かれて犬神は地に伏す。
「……気がついていなかったのですね」
 憐れむような口調でアリスは言った。
「この社の周りには既に、謳術による浄化結界を張りました。あとはあなたを浄化するだけです」
 その言葉とともに、地面から光の柱が出現する。あまりの眩さに彼女が目を閉じた一瞬、獣の哀しげな咆哮が辺りに響いた。
 目を開けた時には、犬神の姿は消え失せていた。代わりに、開いた社の扉の奥に犬の頭蓋骨らしきものが安置されているのが目に入る。
 アリスはそれをそっと取り出し、胸に抱いて目を閉じた。
「可哀想な子。もう誰の言いなりにもならなくていいんだよ。……今度は自分の望むままに生きてね」
 白い骨を抱く少女の姿が何だか切なくて、彼女は思わず目を伏せた。


「任務完了! お疲れ様でした!」
 アリスが敬礼するのにつられて彼女も敬礼を返す。どうもこの少女の勢いには乗せられやすい。
「あなたが無事で何よりでした。もしもまたお困りのことがあれば、ゴーストネットOFFに書き込みをお願いします。私はいつもあそこから超常現象に関する情報を収集していますから」
 そう言ってから、アリスはぺろりと舌を出す。
「なんて、本当はもうこんな目に遭わないのが一番ですけど」
 まったくだ。彼女は苦笑を返して、改めてアリスに礼を告げる。少女は何やら恐縮したふうに手を振った。
「そんな、これも私の任務ですからお気遣いなく。ね? アンジェラ」
 アンジェラがこくんと頷く。機械的な仕種だったが、それが最初より人間くさく見えてくるのが何だか不思議だ。本当の姿を見せられたにもかかわらず。
 彼女がアンジェラにも深々と頭を下げると、アンジェラも真似るように深々と頭を下げてくる。その光景を、アリスがにこにこしながら眺めているのが印象的だった。
 帰っていく二人の姿は、外見こそ似ていないものの、本当の姉妹のように仲が良さげだった。とても傀儡とその操り手には見えない。
 彼女に日常を返し、非日常の中に帰っていく二人の姿が薄闇の中に溶けていくのを、彼女は心強いような微笑ましいような気持ちで敬礼しながら見送った。





■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】