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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花3 定めの場所 ]




 上着の裾を掴まれる感触。
 此処数日慣れていたそれがゆっくりと離れていった。
 それまで気づけなかった気配。気づかなかった変化。



   ――――おい、何の…冗談だ、それは?
    なぁ…もし、俺が殺されたらの話覚えてるか?
  で…眞宮、なんで柾葵の声は消えたと思う?
     俺を殺す…訳ならあるよ


        さよなら……



 考えは途中で途切れ、目の前に広がる何処までも白く続く空を見て、彼――眞宮紫苑は一つ小さく息を吐いた。
 手を閉じては開いてみる。今まで何度も掴まれてきた、彼にとっては利き手では無い右手。
 最後の行動は何だったのか……その意味は分からないまま。
 本当にコレで良かったのか、これから取るべき行動は何なのか……その両腕に柾葵を抱きかかえたまま、答えはまだ出やしない――…‥。



    □□□



「――……見つけた?」
 足を止め言葉にする……発したのは洸だった。しかしその言葉に柾葵も足を止め、紫苑の傍を離れると何か言いたそうにただ前を見る。
「響く音……この感じ――」
 洸の言葉、再開される歩み。ただ真っ直ぐと、確実に何処かを目指し歩いていた。柾葵と紫苑も続くが、辺りは此処数日降り続いた雪が積もり、洸には追いつけない。しかし洸の足がようやく止まる、何かを見つけ。
 同時、柾葵の表情が引き攣り、降り積もった雪を必死に除け進んでいく。
「――っ、おい!?」
「……柾葵?」
 完全に紫苑を振り切りやがて洸を追い越した柾葵は、そこに立つ男へと歩み寄る。
「――――」
 男も薄笑いを浮かべ、無言のままに歩み寄った。背丈は柾葵と同じほど、スーツにカラーシャツにカラーネクタイと、見た目は少し派手にも見える。ただ、白いロングコートはまるで雪と同化しているかのよう純白に見えた。フワフワの茶髪はこの雪景色の中浮きもせず、自然と溶け込んでいる。そしてその足は雪を踏みしめることもなく……柾葵へと近づく。
 そしてその後ろには控えるよう、白い上着を羽織った小柄な人物が居る。洸と柾葵にとってある意味馴染み深くもあり、紫苑には見覚えのある人物。先日、洸と共に居た者だ。
「なんの因果かな……先ず洸が来ると思ったんだけど。柾葵、お前も馬鹿正直に来るなんて、しかも洸と一緒だなんて笑いもんだな」
 男は二人の顔を見るなり、その名を当たり前のように紡ぐ。
 そして普段は筆談をする柾葵も、今は何も答えようとしなかった。ただ、強く握り締められた拳が紫苑が唯一確認できる感情。
 男は小さく失笑すると、その顔から表情を無くし言った。
「一人、無縁な奴が居るみたいだけど? なんなんだい、お前は…随分といけ好かない気配だね――此処は関係ない奴が来る場所じゃないよ。来ても、しょうがない」
 向けられた視線は冷たく、それでいて最後は嘲笑っているようにも思える。
 出会ってすぐ剣呑な様子の三人とは裏腹に、一人気配を潜めていた紫苑。それに対し、男は唯でさえ部外者なのにと言わんばかりに不快感を露にしていた。紫苑はそれを分かりながらも最初は洸の、そして洸と共に数歩進み次に柾葵の肩を引き寄せ、左右に抱えては口の端を上げる。
「あんたが知らなくても、俺も関係者さ」
 その言葉に、男は顔を顰め顎をしゃくった。
「ふぅん……関係者、ねぇ?」
 しかし興味は一気に薄れたのか、次にはもう洸に対し口を開く。
「洸、こいつから話は聞いたろ。眼も元に戻ってないはずだ、どうする?」
 『こいつ』と、後ろに控える少年を指す。洸は暫く答えを返すことはなかったが、やがて小さくかぶりを振ると、強く冷たい口調で言う。
「行きませんよ……それで罪滅ぼしになるとでも?」
「罪滅ぼしする気は微塵もないけどな。まぁ、来ないならしょうがない」
 二人のやり取り、その裏は見えてこない。しかし洸に何らかの取引が持ちかけられていたことだけは確かだった。柾葵の顔を見ればそれは分かる。恐らく何かが変わり始めたあの夜の事が関係している。
「……しかし、二人共アイツと顔見知りみたいだな?」
 男には聴こえぬよう、紫苑は小さな声で言う。それは答えを聞かずとも分かるが、良い雰囲気ではない。
「……会うのは初めてだから、俺は名前しか知らないよ」
「そうか」
 洸に関しては知り合い止まりなのか。柾葵は答えなかった。耳に入っていないのか無視しているのか。
 そして、未だ両脇に抱えたままの二人に対し、紫苑が耳元で言った言葉。
「――さて……お前ら、アイツをどうしたい?」
 それには流石の柾葵も反応した。そして咄嗟、肩に圧し掛かる紫苑の手を無理矢理自分に引き寄せ、掌に文字を書く。
「うおっ?」
 思わず洸を抱き寄せていた手が離れていくが、すぐ体勢を持ち直しその掌に書かれた言葉を解読する。
『どう、したいって なんだ?』
「俺が出来る範囲内で、お前らの希みを叶えてやろう……ま、依頼料の分柾葵が優先だがな」
 そう言い紫苑はいつの間に取り出したのか、クロスペンダントを掲げて見せた。チェーンが僅かに揺れ、陽の光が反射する。その言葉に柾葵は呆気に取られた表情を見せ、洸は意味が分からないと言わんばかりに紫苑を見る。しかし、紫苑を見ているのはその二人だけでない。
「おーい、何時まで内緒話してんの?」
 つまらなさそうに男は言い、溜息の後勝手に喋りだした。
「なぁ柾葵、俺は又お前に会えてとっても嬉しいんだ。だから俺のためにも……お前は早く家族の所に行け?」
 感情の篭らない声。しかし、その言葉が意味しているのは大きな事。
「っ……」
 開けられた口、そこから漏れるのは息だけ。握り締めた拳はギリギリと音を立ててはその爪を皮膚へとめり込ませて行く。最早、紫苑の言葉など頭になく、ただ感情があふれ続けている。
「柾葵、はっきり言ってお前が敵討ちなんて出来ない。お前は五年前と何一つ変わらない、無力なままだ」
 一歩踏み出しかけた柾葵を紫苑が無言で静止させる。嫌な感じがした。今の所相手が危害を与えてくる様子はない。しかしやたら喋る上に後ろに控える少年。監視役なのか、ジッと三人を見つめていた。
「怨むならそうだな、此処に来た己と馬鹿な父親……そして洸を怨むんだよ」
「なんだって……洸が出てくんだ?」
 思わず右に抱えた洸を見れば、彼は反論することも何か言い返すこともなくただそこに立っている。左に抱えた柾葵は、男と洸を交互に見ながら、最後には紫苑を見て困惑の表情を見せた。思わずその頭をポンポンと撫でる様に叩いてやると、紫苑を見ていた顔はフッと下を見る。
「それにしても傑作だね」
 男の視線が自分へ向いたことに気づき、紫苑は視線を柾葵から男へ向けた。
「ん、何だ?」
「いやな、お前が柾葵のシルバーを持ってるなんて。特別気に入った奴にしか渡してないと思ったけど……」
 言いながら、男は右腕を紫苑へと向ける。その右手に何かが光っているのが遠目にも見えた。紫苑の隣では、一度は落ち着いたと思われた柾葵が再び顔を上げている。ただそこに存在するのは、殺気立った表情ではなく何かを見つけたという顔。「どうした?」と問いかける間もなく、柾葵は肩に圧し掛かる紫苑の手を握り締めた。まるでそうすることで自分を落ち着けようとするかのように。
「俺もそいつのシルバーは幾つか持っている。貰った物もあれば、奪ってきた物もあるな」
「貰った?」
 その言葉が引っかかり、紫苑は男から目を逸らさぬまま反芻した。貰っただけならまだしも、奪った物もあると言うことは、やはり柾葵から直接貰い受けていると言う意味だろうか。
 柾葵を見た紫苑の目が一瞬見開かれた。確かに感じていた、彼が自分の手を握るその強さ。しかし、怒りを押し殺していると思っていたそれは、苦痛を押さえ込んでいたものだと気づく。
「柾…っ――!?」
 異変に気づいたのが遅かったかも知れない。柾葵の手から力が抜ける。
 離れていく体温、項垂れる頭。身体がゆっくりと落ちる様子に、紫苑は勿論並びに居た洸も柾葵の異変に気がついた。
 一瞬洸から手を離し、柾葵を支えようとする。男は相変わらず楽しそうに話していた。その声が耳に入る余地はなかったが。

 ――――風が吹く。

 それは降り積もった粉雪を高く舞い上げ、視界を白く染める。
 紫苑が伸ばした手は柾葵へ届くことなく宙を抱く。否、彼が…居ない。
「そもそもそれを教え――」



「――――っも、うそれ以上言うな!!」



 男の声を遮る、聴いたことの無い男の声。控えていた少年の言葉だろうかと考えた時、紫苑の隣で洸が言う。
「……ま、さき?」
 ようやく視界が開けた時、柾葵は紫苑の数歩先に立っていた。その背が今、大きく息をしているように見える。
 本当に彼が喋っているのかは分からない。しかし他に人の気配は無く、少年と会っていた洸がそう言うのならば、間違いないのかもしれない。
「もう、余計な事は言わなくていい、あんたの目的は俺を殺すこと……それだけだろ、翠明」
 翠明と言われるなり、男は俯き笑みを浮かべる。それが彼の名なのか、隣の洸に聞けば肯定の言葉が返ってきた。
「余計なこと、か……んならとっとと終わらせような、柾葵くん」
 かけていたメガネを押し上げ、翠明はほくそ笑む。
 既に落ち着いたように見える洸からゆっくり離れると、紫苑は柾葵へと近づいた。すると柾葵は顔だけ振り返る。その表情は、翠明へ向けていたものから戻しきれなかったのか、強い憎しみを含んでいた。それでも紫苑を見ると、やがて何か言いたそうにゆっくりと苦笑いを浮かべる。
「やっぱりその声は柾葵なのか……戻った、と言って良いんだな?」
「…あぁ、まだちょっと違和感あるけど。散々迷惑心配かけたよな、悪い」
 頷いた柾葵は、自分の喉を手で押さえながら顔を逸らした。迷惑だなんて考えた事は無い、しかしそれを伝える間もなく柾葵は言葉を続けた。
「ずっと考えてたんだ、希みってやつを。ただ、今こうして声が出て分からなくなった……やっぱりあいつ、を目の前に…したら俺、は――俺っ…」
 不自然に途切れる言葉に紫苑は違和感を覚え、翠明が変わらず浮かべている笑みも気になった。
 歩み寄ると同時、柾葵の膝が再び折れる。何か言うより先に身体が動いていた。
 崩れ落ちる身体を受け止めると、思いの他軽く顔色も悪い。しっかり支えこもうとした瞬間、紫苑は柾葵に思い切り突き飛ばされた。思った以上の強い力と雪に足をとられ、僅かにバランスを崩しては数歩後退する。
「っ、柾葵? お前なんかおかしく――」
 再び歩み寄ろうとするものの、雪の上で両膝を折った柾葵はまるで紫苑の言葉を遮るよう咳き込んだ。乾いた咳に、やがて異音が混じる。気づいた時、純白と言えた雪景色は変わっていた。再び柾葵へ近寄ろうとし、紫苑は顔を顰める。
「――――おい、何の…冗談だ、それは?」
「冗談じゃそんなならないだろ。そいつ、その内死ぬぞ」
 翠明の言葉を信じられないのは紫苑だけではない。
「嘘、だ……絶対このまま――声が…」
 ただ、柾葵自身右手が受け止めたその感触を信じられず、それでも咳が止まることはなく。彼の足元の雪は徐々に紅く染まりゆく。
 込み上げるそれを抑え込もうと胸を押さえても何も変わらなかった。何処から溢れ出るのか分からず、胸を押さえる手はやがてシャツを掴む。それと同じ強さで、柾葵はいつの間にか隣にしゃがむ紫苑へと言った。
「言ってくれたよな……相手を間違えるな。俺の肉親を殺した奴、そいつだけをきちんと憎め…って」
「……お前、あの時の」
 柾葵が言っていること、それは記憶にも新しく、確かに紫苑が言ったことだ。あの時は否定された筈の言葉、今のままで良いと望んだ彼。しかし今、柾葵の目には確かに決意の色があった。
「おいおい、んなこと言ったって事態は変わらないからな? お前が一番分かってんだろ、まぁーさき」
 その言葉に、柾葵は翠明を見ては無言のままかぶりを振る。
「死を認めたくないならそれで良い。そこの連れ……そういや名前聞いてないね」
 笑いを浮かべながらも翠明はやがて紫苑へと視線を向けた。こうしてまともに話そうとするのは、今更ながら初めてだ。紫苑は咳き込む柾葵の背を摩りながら顔を上げると、負けないほど不敵な笑みを浮かべては言い返す。
「あ? あぁ、あんたが名乗ってなかったからな、翠明さんよ。眞宮だ」
「そりゃ悪かったね。で…眞宮、なんで柾葵の声は消えたと思う?」
 それは唐突な、そして今までの考え全てを覆す質問だった。
「消えた? こいつの声は――」
 事件を機に出なくなった……言いかけて口を噤む。もう一つ考えられるとすれば。
「俺は今日までそいつの命の変わりに声を預かってた。そして残した命と記憶を対にした」
 ――それは意図的に奪われたという事。
「それをあんたは今更……?」
 しかし紫苑の問いに翠明は否定の言葉を口にした。あくまでも自分は関係ないと。
「そいつは今殺されてもイイって、思ってる。それが一時的に俺様の力を上回っているみたいだな。ま、相当な矛盾を抱えてはいるみたいだけどねぇ?」
 思わず隣の柾葵を見た。あの日の言葉は今もまだ覚えている。
 『殺せるもんなら…でも逆に殺られると思うと動けない。‥情けないだろ?』
 いざ対面した時、意外にも予想と反した行動を取るものなのか。しかし、このままで良いわけも無い。
「……柾葵、少し落ち着け。今の状況分かってんのか?」
 思わず柾葵の肩に手を置き問うが、彼は答えなかった。だが、不意に振り返り紫苑を見たかと思うと一言呟く。翠明には届かないほど小さな声で。
「もし、俺が殺されたらの話……覚えてるか?」
「……『遺志を継いでやろう』、か」
 目が合うと、紫苑はあの時を思い返し頷き答えては言葉を続けた。
「――柾葵……言え。お前の希みを今、その口でな」
 紫苑の言葉に、柾葵が驚きの色を露にする。しかし、表情を戻すと小さいながらも強い口調で言う。
「もう殺されたら、なんて言わない……あいつをぶっ殺して欲しい。……でも、」
 躊躇った言葉、その後はすぐには続かない。想像はつく、彼は今葛藤していると。結局は自分の手で決着をつけなければいけない。だから紫苑はそれ以上の言葉を待たずとも「半殺し、でいいか?」と一言かける。
 柾葵は安堵の表情を浮かべると小さく頷いた。
「さて、そう言うことで俺が相手だ」
 咳き込む柾葵を気にしながらも、紫苑は立ち上がり翠明を見る。その先にはもう明るい表情は微塵も無く、冷たく痛い程の殺気を放っていた。普通の人間ならばこの時点でその威圧に負けるだろう。
「……柾葵の代わり、確かにまともか。五分は保てよ」
 そう言った彼の口調に声色は、今までの軽いものとは違っていた。
「コッチの台詞だ」
 紫苑が言い終わるや否や、翠明は左手を出しては掌を上へと向ける。そこから光が溢れ出した。
 警戒を強めながらも、少年にも目を向ける。彼が動く気配は無く、仕掛けるならば翠明唯一人。
 先手を打ったのは紫苑の方だった。最初こそ雪に足を取られたが、慣れれば動きにくい場所ではない。要は歩き方次第。歩き慣れれば走り出す。勿論正面から行く気は無い。
 しかし全く動く気配の無い翠明に不穏な気配を感じ、紫苑はまず翠明の背後へ回り込むと左手を胸へと滑り込ませる。そこから先の動きは洸も柾葵も目で追えるようなものではなかった。ただ、紫苑が銃を撃った――二人にはその認識で精一杯だっただろう。
 実際紫苑は足を止めることなく小振りの銃を出すと構え、一瞬で銃口の狙いを定め引き金を引いた。
 しかし、確かに翠明の脚を狙った弾は、彼に達することなく雪の上へと落ちる。
「俺が能力者だって事は忘れてないだろうな?」
 余裕の笑みを浮かべる彼の左掌が再び光を放っている。気になりソレに目を向けた。距離はあるが紫苑にとっては問題ない。
「石…否、宝石か?」
 光はそこから溢れているように思えた。ポツリ呟くと、光が薄れていく。足を止めぬまま再び引き金を引くが、かと思えば翠明の周りに光が集まり弾は落ちた。
「おいおい、攻略のめんどくせぇ奴だな……」
「心外だな。これでも――『先生の授業分かりやすくてテスト攻略も簡単ですぅ』なんて有名な名物教師なんだからな」
 完全にふざけ口調で言う翠明に紫苑は撃ち続ける。洸がやっぱり無駄なんだと言った気がした。柾葵が咳混じりにただ見守っている。
 カツンッと、最早何度目か分からぬ跳ね返りの後、銃はもう弾を出すことは無い。
「もう終わりか? 次はこっちの――……」
 言うや否や、手中の石が強く光る。背中で柾葵の咳が激しくなったように思えた。
「…………」
 しかし、黙ったまま自分を見てくる翠明に、紫苑は怪訝な顔で言う。
「なんだ、今度はそっちの番じゃないのか?」
 同時、小さく何かが割れるような音と笑い声。
「っははは、道理で…石が騒ぐ。お前、面白い能力を持ってるな」
「は、面白い?」
「無自覚か! 尚更面白い…ただこっちが使えないならば余り好きじゃないが……」
 何を言われているのか紫苑は分からぬまま、ただ翠明が欠けた石を左手で握り締めた。それは吸い込まれるよう体内へと入り込み、同時彼は姿勢を低くし地を蹴った。見て考えるより感じるその距離に、紫苑は退かず前へ出る。まるで感心するような声が聞こえた後、左横から頭に向かって来た何かを腕で受け止めた。
「コッチもイけるか…面白い」
 僅かに痺れた腕で、受け止めた脚を払い落とす。
「趣味とは言え、一応生業だからな」
 言いながら片足立ち状態の翠明に手を伸ばした。絶妙なタイミングで今度は右から脚が飛んでくる。それを再び受け止めると一気に懐へと入り込み鳩尾に一撃。しかし接近戦を挑んできただけにその程度でくたばる訳も無く、一旦距離を置くと同時紫苑は無意識の内手にしていた何かを見た。
「ん、なんだこれ?」
 一枚の写真だ。思わず前を見れば、見間違いなく翠明が赤子を抱いている物だと分かった。
「おお、手癖悪っ。殺しよりもスリが似合うんじゃないか? 取り敢えず返せ」
「……嫌なこった」
 それを懐にしまうともう二三歩後退する。
 初めてだった、それまで決して出さなかった感情の一種を彼が見せたのは。
 どんなに強い力を持つ者でも、命・感情・考える力がある限り、その切り替わりの時一瞬隙が生まれる事がある。
「悪いな、手癖は悪いし二重三重に備えてんだ」
 片や場数の知れない能力者、方や一流の腕を持つ殺し屋。

 血が飛んだ。

「ってぇ……」
 腰から引き抜いた愛銃を構えたまま、紫苑は顔を顰める。右の頬に感じた熱、伝う感触。目の前には翠明の笑み。
「眞宮、か…まぁまぁだなぁ。又一つ、楽しみが増えそうだよ」
 言いながら彼は仰向けに倒れる。溜息と共、紫苑は銃口を下げ足元を見た。彼が持っていた石の破片らしき物がある。それが頬を切ったらしい。右手の甲で軽く流れた血を拭うと、二人を振り返り見た。
「致命傷にはなってない筈だ。後は好きにしろ?」
 狙ったのはまず左手、そして両足に脇腹。普通の人間ならば耐えられない物だ。しかし彼は笑みを浮かべていた。
「……あんたは、今まで関わってきた中で一番酷いよ」
 柾葵より先に倒れた翠明へと歩み寄り、洸は一言呟く。
「…一生、会わなければ良かった」
 言いながら左耳を掴んで俯いた。それを見た翠明は、ただ薄笑いを浮かべている。何も言う気が無いのか言えないのか、呼吸は荒く目を閉じた。
「眞宮さん……俺は何も希まないと思ってた。何より、依頼料なんて払えないし」
 洸の手は下ろされ、顔を上げ言った言葉は紫苑へと向けられる。
「でも、今はこんな馬鹿げた旅を終わらせ春を向かえ、桜を見てみたい」
 洸の希みに、紫苑は「あぁ」と頷いた。彼の言うことは、見るということを覗けば柾葵の依頼の延長線に存在する。依頼料の分柾葵を優先と考えていたものの、それならば叶えられる可能性はあった。
 そんな思考を巡らせていると、未だ倒れたままの翠明が笑い声を上げながら言う。
「っはは…面白いことを、教えてやろう。俺を殺すか、洸を殺せば柾葵に掛けられたモノは全て解ける。そして、洸の眼は柾葵が死ねば見えるようになる」
 まるで冗談のような口調と内容だった。第一信用できるような人物でもない。しかし紫苑は、それを仮に事実として柾葵を見ては話を振る。
「で、柾葵はどうすんだ?」
「っ? 普通こんな馬鹿げた話、止めるんじゃないのか!?」
「あぁ、かもしれないな。それに出来ることなら洸の希みも叶えてやりたい。でも、選択するのはお前だ。俺は今お前の手足さ、希み通りに動いてやる……さぁ、言えよ」
 その流れに、洸はまるで全てを受け入れているかのよう、無言のままでいる。
 ただ、そんなやり取りをする二人を見て翠明が再び割り込んできた。
「面白い部外者だ。…後は樹に祈りでもしてみな。まぁ、楽に済むわけがないがなぁ、洸?」
 言うなり翠明は両足を使い起き上がり、服についた粉雪を払い落とす。そのまま今までのダメージなど無かったかのよう身なりを整えると、最後にその目が紫苑を見た。よく見れば血も止まり、打ち抜かれた左手の傷も塞がっている。
「悪いけど、ここは一旦退かせてもらうよ」
「何処に行くつもりだ。まだ話は終わってねぇだろ…否、決着がついてない」
 言いながら、再び紫苑は手にしたままの銃を構えた。
「俺を倒すという選択肢は存在しない。ま、少し分が悪いのが本音だが。桂?」
 翠明の呼びかけに、ただジッと控えていた少年が応えては懐中時計を取り出した。紫苑の銃口が少年――桂へと向けられるが、気づけば翠明がこの場から消え、桂が微笑んだ。
「先ほどの続きです……この先に存在する桜の樹は、冬の間訪れる者の願いを叶えると言います」
 桂の言葉に、洸の視線が何処かへと向けられた。その先にそんな嘘のような樹が存在するのかもしれない。
「勿論それは無条件ではなく、そこに辿り着いた者の絆が試されると聞かされています。真実は分かりませんが、どうぞ頑張ってください」
 そして、桂も懐中時計を振りかざすと同時に消えた。それは、あの夜見た時のように。
「なんだったんだ……アイツらは」
 紫苑の当然といえる疑問に、洸は躊躇いながらも言葉を紡ぐことは無い。ただ、未だ咳き込む柾葵は小さく言った。
「翠明は……親戚だ。あの桂って奴は…俺たちが出会うきっかけにもなった奴、何度か助けられた」
 柾葵の言葉に、洸は俯いた。ただ、しきりに左耳を気にしながら。そして、時折翠明が消えた跡を見つめながら。
「あの話がホントだとしても…訳無く洸を殺せるわけがない……だからってあんたに…紫苑さんにそれを頼めるわけもない。なら俺は訳の分からない樹ってやつに――」
「俺を殺す…訳ならあるよ」
 柾葵の言葉を遮るよう、けれど静かに洸が言う。
「俺はあいつのただ一人の繋がりで、確かに俺が死ねば奴のでたらめな力は半分以下になる。眞宮さんは、さっき盗った写真を見れば良い。そこに書いてある……」
 そう言われ、紫苑は写真の裏を見た。そこには十六年前の日付と共に、『俺と洸』と書かれていた。十六年前の翠明……彼は今も昔も変わりない。
「俺が生まれなければ、柾葵の家族が死ぬことも無かった」
 その言葉に、柾葵は何も言えないまま。ただ、洸が言葉を続けた。
「そして眞宮さん……俺、この辺りで一度見直してみようかと思ってんですよ」
「見直し?」
「これからのこととか色々。だから、此処でお別れ。暫くはこの辺りに居るから何かあったら探しに来てくださいよ、気配は殺さずに」
 突然の切り出しに、紫苑は勿論柾葵も戸惑う。引き止めるべきなのかもしれない。けれど引き止めるに相応しい言葉は出ず、何より洸がそれを許しもしなかった。
「前言ったでしょ? 俺、あなたのことはやっぱり嫌いじゃないから。悪いけど柾葵を宜しく」
 最後、二人に背を向けると同時僅かに振り返る横顔が――――。

「さよなら……」



   確かに微笑んだ




 雪が舞う。少し遅れて風が吹く。
 粉雪舞う景色。一瞬白く染まった視界。それが晴れた時……既に洸は存在しない。
 残されたのは紫苑と柾葵。
「何も…分からなかった‥、みんなが殺された理由も――アイツもぶっ倒せなくて……洸が行って…」
 言葉と共、柾葵の手が紫苑の右手を掴んだ。冷たさか温もりか、よく分からない感触。
「まさ、き?」
 しかしまともに驚く間もなく、大きく咳き込む柾葵が前に倒れこむ。
「……柾葵っ、   !?」
 ホンの僅かな間繋がれていた手があっという間に離れてゆく。


 残ったのはその手に残る僅かな感触とこの雪景色に点々と残る紅く苦い痛み、そして何処までも白い空だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [2661/眞宮紫苑/男性/26歳/殺し屋]

→NPC
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 翠明・男性・32歳・教師/? ]

 [  桂・不明・18歳・アトラス編集部アルバイト ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、李月です。いつもありがとうございます。
 この度の3話は、今までの行動と今回の動き・会話・考え等で大きく物語が変わっています。
 戦闘(もどき)に関しては眞宮さんの能力の関係と、いけるということもあり少々接近気味で。翠明にとっては能力>体術な感じなのですが、決して不得意でなく嫌いなだけです。
 結果的に現在柾葵寄りで僅かに洸が介入している状態(洸が以前眞宮さんに言っていたあの言葉、今となっては…状態であり)洸は離脱と言う形になりましたが、再会不能と言う状況ではありません。今後彼は平衡して勝手に動いていくことになります。合流せずとも何らかの影響があるかも…しれません。
 何かありましたらお気軽にご連絡ください!

 それでは、又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼